【登場人物】
・アンヌ(あんぬ)
・長谷川流人(はせがわりゅうと)
・林電子(はやしぴかこ)
・轟音也(とどろきおとや)
・中木青月(なかぎるな)
・判事システム(はんじしすてむ)
・弁護AI(べんごえーあい)※声のみ
・カノン(かのん)
【本編】
[長谷川の部屋]
長谷川の私室。真ん中に長時間座れる椅子。その前にメインディスプレイや複数のサブディスプレイ。その周り、上体+腕の長さで届く範囲に、多くの電子機器や何に使うかわからないパーツ。本、段ボール箱やコード、カップ麺の丼、お菓子の袋などが散乱している。椅子には部屋の主である長谷川が座ったまま爆睡している。
と、隣室から長谷川家の家事用アンドロイド・アンヌが入ってくる。アンヌ、部屋の状況をスキャンし、整理するもの捨てるものそのままのものを判別。おもむろに動き出し、速やかかつ静かにそれらを処理していく。処理が終わると、長谷川の近くにより、耳元で囁く。なんと言っているかはよく聞き取れないが、不快にならずその癖交感神経を覚醒させる波長。
長谷川 …あぁ…(目が覚める)あ。
アンヌ 流人様、おはようございます。
長谷川 …今朝、なんかあったっけ?
アンヌ 十時からカレンプロジェクトさんとのリモート会議です。十一時からは林社長と打ち合わせです。
長谷川 リモート?ローカル?
アンヌ ダイレクトです。
長谷川 …うわぁ。
アンヌ 朝ごはんご用意できてます。
長谷川 ソーセージは?
アンヌ いつものチョリソーを用意してますよ。
長谷川 サラダもあるの?
アンヌ 今日は野菜スープにしました。
長谷川 …(不承不承)食べる。
長谷川、アンヌに支えられながら、立ち上がる。
長谷川 あんぬー。最近卵が堅焼き過ぎるよ。
アンヌ あぁ、それは申し訳ございません。以後気をつけます。
長谷川 温度センサー壊れてんじゃないの?大丈夫?
アンヌ 大丈夫ですよ。
長谷川 ホントに?
アンヌ ホントです。
長谷川 ならいい。…お母さんの分は?
アンヌ もうお供えしてます。
長谷川 ありがとう。
長谷川、部屋から出る。アンヌも出ようとする、と机から本が一冊バランスを崩して落ちる。アンヌ素早くそれを受け止め、机の上に置く。長谷川が顔を出す。
長谷川(声) …アンヌ?。
アンヌ 今、参ります。
アンヌ、部屋を出る。暗転。
[長谷川の部屋]
明転するとPCに向かっている長谷川。長谷川ものすごい勢いでキーボードを叩いてる。少し離れた椅子に座る派手な服を着ている林は、長谷川が所属するシステムベンダーの社長。口にはキセル状の蒸気タバコ装置を咥えている。
林 …は・せ・が・わ
長谷川 …はあ。
林 なんなのこれ、なんなの。こんなミス、ちょーっとひどいんじゃないの?ありえんよね?ね?
長谷川 どうでしょう。
林 え、有り得る?有り得る?
長谷川 少なくとも今回発生した時点で、可能性はゼロじゃないし。
林 ハセガワ!
長谷川 はい。
林 私は論理的な話をしたいんじゃない。いいか、断じて違う。私がしたいのは、お前に愚痴をぶつけることだ。
長谷川 はあ。
林 で、ある以上、お前に許されるのは、あくまで手と目と頭は作業にヒャクパー振り向けつつ、「すいません」「了解です」「以後気をつけます」の三つだけだ。
長谷川 それだとヒャクパー超えますけど。
林 気合だよ気合。誠意だよ誠意。ヒャクパー超えたら埋められるのは精神だけだよハセガワ。
長谷川 理不尽ですよ。今に刺されますよ。
林 刺したいんやったらとっとと来いや!受け止めちゃる!この身体でドーンと受け止めちゃる!
アンヌがお盆にカップとティーポットを載せてやってきて、ドアをノックする。
アンヌ 林社長、お茶などいかがですか?
林 はーーい。
林、きっちり切り替えてアンヌに笑顔。
林 あらまあ、アンヌちゃん今日もまた一段と別嬪さんねえ。羨ましいわあ。
アンヌ いえ、林様こそ、今日もエネルギッシュですね。
以下、アンヌはポットのお茶を注ぎ、林に差し出す。林それを飲みつつ。
林 そんなことないわよー。あーあたしもいっそ、身体全とっかえしたい。そうしたらシワとか関節痛とか老眼にも悩まされることなくなるよね?アンヌちゃんみたいに。
アンヌ それはおすすめできかねます。
林 え、なんで?
アンヌ はい。生物は本来、脳だけでなく、肉体全部で外界を受け止め、記憶し、考え、行動します。身体を取り替えると、そこに付随する記憶の一部も失われてしまう可能性があるからです。
林 あら、そうなの?
アンヌ かつて、サイボーグ黎明時代に、脳だけ残してあとは完全機械パーツで組み上げるエイブラハム型サイボーグというのが流行った時期がありましたが、彼らは一様に、ほんの数年で痴呆化してしまったと言われてます。
林 あら、やんだごど。
アンヌ なので最近のサイボーグ化では、出来るだけ元の生体を残すのが主流になってます。ちなみに、最近はアンドロイドでも同じ現象が観測されてます。
林 え、じゃあアンヌちゃんも全とっかえのオーバーホールとか出来ないんだ?
アンヌ はい。記憶を失い人格が変わってしまう可能性があるそうです。
林 そっかー。…なんか、残念だね?
アンヌ はい。でも、限りある時間だからこそ、大切に生きるべきという考え方もございます。私はむしろ、林様のように、日々積極的にやるべきことやりたいことに取り組まれている姿こそ、素晴らしいと考えます。
林 なに!なに!もー、いつも口が上手いねーアンヌちゃんは!
アンヌ いえ、正直な感想でございます。
長谷川 アンヌ、コーヒー淹れて。
アンヌ 今飲んだら、寝付きが悪くなります。お持ちするわけにはまいりません。
長谷川 ええ…一杯だけ。ね、一杯だけ。
林 うるせえ、おめえは早くバグ直せや!
長谷川 手の空いてる人他にもいるでしょ…なんで僕に…。
林 今回のバグは、人海戦術でなんとかなるタイプじゃなさそうだからだよ。もうなに?ヒラメキ?インスピレーション?そういうあれが無きゃどーにもならねー感じ?そういう時はさ、あんたが一番早いからさ。
長谷川 だからって、来なくたっていいでしょ。
林 だってあんた、リモートだと脇道の逸れまくるじゃん!そんな時間無いの!
アンヌ (長谷川に)つまり、林様はご主人様の能力を買ってらっしゃり、それを十分に発揮するには自分がダイレクトに応援すべきと考えたと、そういうことです。
林 うわー、なにそれ、え、違う違う。私はほら監視をね。ちょっとー、やめてよー、こいつをそこまで買ってるわけじゃないって。こうやって見てたらビシバシ働いてくれるからさ。
アンヌ なるほど。
林 ちょっと、アンヌちゃんやーめーてーよー。私は、あくまで論理的に、合理的に、効率的に考えて
長谷川 修正版コミットしました!!
林 ご苦労!!
アンヌ お疲れ様でございました。
長谷川、椅子から立ち上がるがふらふらと倒れてしまう。それを察知し、素早く倒れる位置に行きすっと受け止めるアンヌ。
長谷川 カフェイン…僕にカフェインを…。
林 え、あ、じゃあ私の紅茶飲む?紅茶?カフェインはコーヒーより多いよ。
アンヌ こちらをどうぞ。
アンヌ、胸元からスキットルを取り出すとその栓を開け、長谷川に飲ませる。長谷川、飲み切るとアンヌの膝枕でコテンと寝てしまう。
林 え!?何飲ませたの?
アンヌ カモミールの水出しハーブティです。
林 ノンカフェインじゃん!しかも瞬殺。
アンヌ 少し濃いめに作りました。
林 濃いめって…アンヌちゃん、怖。
アンヌ 今ご主人様に必要なのは睡眠であって、カフェインではないと判断しました。
林 …いつも、こうなの?
アンヌ はい?それはこの様な状態の時はいつもカモミールを使うのか?ということでか?
林 いやそうじゃなくて、…なんつーの?あんたらアンドロイドって、人の命令を忠実に実行するもんだと思ってたんだけど、
アンヌ はい。その通りです。
林 でも、今のはこいつの命令を無視したことにならないのかい?
アンヌ なりません。私はあくまでご主人様の命令の下で行動しております。
林 ちょっと、わからない。
アンヌ 何がご不明ですか?
林 んー、アンヌちゃんの、頭の中?まあAIなんだろうけど。ほら、なんだっけアシモフだかなんだかのロボットのほら、あれ、
アンヌ ロボット工学三原則。
林 そうそれ。それにあったろ?人間の命令に背いてはいけないって。
アンヌ 第二条ですね。ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
林 それそれ。そういうのが絶対なんじゃないの?違うの?
アンヌ もし、ご主人様の先程の命令「カフェインが欲しい」が単体で出された場合、私はその通りにいたします。でもご主人様は、これまでにも何度か同じ様な条件下で同じ様な命令を出され、翌日以降の体調悪化を招いたことがございます。その度に後悔され、愚痴をこぼされておりました。
林 ああ、ね。
アンヌ ロボット工学三原則の第一条は「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。」とされてます。これは先程の第二条より優先されます。私は、この様な条件下でご主人様の命令に応じることは、ご主人様に危害を加える行為であると判断しました。
林 なるほどねえ。でも、文句言わない?こいつ。
アンヌ 当初はおっしゃいました。でも、最近では特におっしゃられなくなりました。
林 飼いならしたんだね。
アンヌ それはあまり適切な表現では有りません。私はあくまで家事用アンドロイドです。
林 ごめんごめん。いやいや、良かったなと思ってさ。
アンヌ 良かったとは、どの事項に対する評価でしょうか?
林 うん。ほら、こいつがうちに入ったばっかりの頃に、薫、亡くなったじゃん。
アンヌ はい。
林 あの後、すごく荒れたじゃん…。元々そんなにポジティブな奴じゃなかったけどさ。ずっと部屋に閉じこもって、なに話しかけても反応なしで。
アンヌ はい。
林 しばらくして仕事に復帰しても、飯も食わないで何日もコード打ち続けたり、なんかこう…うん、死に急いでる感じがあったんだよね。
アンヌ そうですね。
林 それがさ、だんだん落ち着いてきて、なんか前向きになってさ。…これって、アンヌちゃんが見守っててくれたおかげだと思うんだよね。
アンヌ …ちがいます。ご主人様の変化は、ご本人の変わりたいという思いと、隣で支えられた林様のおかげです。
林 いやいや、アンヌちゃんの存在が大きかったって。
アンヌ 私は家事用アンドロイドです。私は仕事をしてただけです。
林 …そりゃまあ、アンヌちゃんにとってはそうかも知れないけど。(腕時計デバイスからアラーム)あ、やべ!クライアントのとこ行かなきゃ!
林、自分のPC等をカバンに放り込む。見送りに立ち上がろうとするアンヌを手で制し。
林 あ、そのままそのままで!こいつ起きたらあけぼの興業さんのシステム改修の方もなる早でって言っておいて!
アンヌ 了解しました。
林 んじゃまた!
林、部屋を去る。アンヌ、長谷川の状態を確認。寝息も安定し深い眠りに入っている。風邪をひかないようなにかかけた方が良い。アンヌ、そっと長谷川の頭を降ろし、立ち上がりかけた状態で、身体が止まる。と、ガクガクと痙攣し始める。サーボモータの異常、センサーの寸断を検知、リカバリー、失敗、サーボモータ暴走、強制ロック、暴走、ロック、失敗、ロック、ロック…サーボモータ停止確認、システムスキャン正常、ハッキングの形跡なし、センサーの寸断なし。さっきは寸断ありだったのに?アンヌ、呆然と宙を見、長谷川を見る。暗転。
[長谷川の部屋]
明転。PCの前で薄掛け毛布にくるまって眠っている長谷川。目を覚ます長谷川。大きくあくび。と、部屋の向こうから話し声が聞こえる。アンヌと誰か男が話してるようだ。長谷川、立ち上がりおずおずとドアに向かう。ドアノブに手をかけようとした時、ドアが開いて、濃い顔つきの男が入ってくる。メンテナーの轟だ。
轟 いやぁどうも。一ヶ月ぶりのご無沙汰です。アンドロイド・パブリック・メンテナーの轟です。
長谷川 …え、なんで?
轟 アンヌさんから緊急コールがありまして。
長谷川 緊急コール?
轟 ええ。
長谷川の脳裏に、母が倒れた日のこと、息を引き取った時の絶望のイメージが広がる。
長谷川 な、なにかあったんですか!?
轟 ちょっと調子が良くないから調べて欲しいと。
長谷川 ど、どこが悪かったんですか。
轟 大丈夫ですよ。いくつかパーツが摩耗してたんで交換しましたが、致命的な故障や破損は見当たりませんでした。メーカーのチェック項目は全て良好です。
長谷川 …でも、この間もパーツの交換したばかりだったはず…。
轟 ああ、あの時とは別なパーツです。
長谷川 そんなにしょっちゅうパーツ交換ってするもんなんですか?
轟 まあ、仕方ないですよ。彼女もう二十年前の機種ですからね。ANP九八EX/G(エーエヌピーキューハチイーエックススラッシュジー)、通称アンプジー。往年の名機です。実は俺もね、アンドロイドに目覚めたのはアンプジーがきっかけだったんですよ。
長谷川 はあ。
轟 いいですよね。あの姿勢制御機構。マーシャルアーツドローンにも採用されるレベルの複合ジャイロがなにげに搭載されてる辺りがそそります。あと、最近は当たり前に搭載されてますけど、なにかあった時に何重にもフリーズとリカバリーを行う多重セーフティも、アンプジーから一般化したんですよね。
長谷川 あの!
轟 はい。
長谷川 …あ…いつは、大丈夫なんですか?
轟 ええ。ただまあ、二十年も経つと特定のどこというのが無くても不具合が発生する様なことが増えます。人間で言えば更年期障害みたいなもんですね。
長谷川 更年期?二十年で?
轟 アンドロイドは寿命が短いんです。今後は、不調や不具合も増えるはずです。だからまあ…大事にしてあげて下さい。
長谷川 …そう…なんですか。
ノックの音。
アンヌ(声) ご主人様。
長谷川 アンヌ!
ドアを開け、アンヌが入ってくる。長谷川、アンヌの肩を掴む。
アンヌ ご主人様。
長谷川 大丈夫なの?痛いとか苦しいとかない?
アンヌ ございません。大丈夫です。勝手に轟様をお呼びしてしまいまして申し訳ございませんでした。お許し下さいませ。
長谷川 そんなことはどうでもいいよ。本当に大丈夫だよね?僕を置いていかないよね?
アンヌ …轟様の診断では、大丈夫だと。
長谷川 ホントだね?(アンヌを抱きしめる)良かった…本当に良かった…。
アンヌ、轟を見る。「話してないんですか?」という視線。轟、バツの悪そうな顔。アンヌ、長谷川が肩に置いた手をそっと離し両手を自分の両手で掴むようにしつつつ、長谷川の脈を取り、長谷川の顔を観察する。
アンヌ ご主人様。心拍が早いし血圧も上がってます。目も充血しています。
長谷川 え?
アンヌ お顔も強張ってますね。
アンヌ、長谷川の顔を両手で挟み、モミモミし始める。
長谷川 にゃ、にゃにすんでゃ
アンヌ マッサージです。
長谷川 やめりょって、やめりょ
アンヌ こんな引きつったお顔では疲れてしまいます。ストレスも溜まります。すみません。私のせいで。
長谷川 しょれは、しゅとれしゅじゃにゃいよ。
アンヌ ありがとうございます。ご主人様はお優しいですね。(手を離す)いつものお顔に戻りましたね。
長谷川 …あのね、アンヌ。
アンヌ はい。
長谷川 僕はね、君のことを家族だと思ってるんだ。
アンヌ、顔を強張らせる。長谷川は気が付かない。
長谷川 家族のことを心配するのは当たり前のことだろ?
アンヌ 私は、家事用アンドロイドです。
長谷川 …そう、だけど、でも僕にとっては、
アンヌ、すっと後ろ三歩分も長谷川から引き下がり、深々と土下座する。
長谷川 え?
アンヌ 私を家族と言って下さったこと、ご主人様の共感能力ゆえのお言葉と存じます。心より感謝申し上げます。しかしながら、(言い淀む。言い方を選択する。)いえ、私を家族とおっしゃって下さるなら余計に、…ここでお願いしたいことがございます。
長谷川 …どうしたの改まって。
アンヌ 轟様からお聞き及びかと存じますが、私は老朽化しております。このままでは、家事業務に支障をきたします。なので、
長谷川 うん。
アンヌ …早急に、新式の家事用アンドロイドをご購入下さいませ。
長谷川 ????…は?
アンヌ 新式の家事用アンドロイドをご購入頂けたら、その者に業務の引き継ぎをいたします。その上で私を、
長谷川 …なに?
アンヌ 速やかに、廃棄して下さいませ。
凍りつく長谷川。臥し続ける
長谷川 …なにを言ってるの?
アンヌ 新しいアンドロイドを購入し、私を廃棄
長谷川 なんでそうなるの!?
アンヌ 私が老朽化し、業務に支障が出る可能性があります。また、故障による暴走の可能性もございます。(轟に)そうですよね轟様。
轟 え!
長谷川 いやいや、言ってないよ。古い機種だからとは言ってたけど、老朽化とか暴走の可能性とか、(轟に)ねえ?言ってなかったよね!?
轟 すみません。正直言うと、可能性は無くはないです。ただ、まだそこまで危険性は少ないかなと思いまして。
アンヌ 可能性はあるんです。
長谷川 そこまで危険じゃないって。
アンヌ 轟様、はっきりして下さい。
長谷川 どっちなの!すぐ危険なの?違うの?どうなの!?
轟 あの!あのですね。アンヌさんの今の状態は最近は「全体性経年劣化状態」と呼ばれてまして、
突然アンヌの身体がフリーズする。と、モーターが異常振動を起こし、関節の一部があまり無い方に動く。フリーズ。システムをリカバリー、失敗。異常振動と異常行動が続く。
長谷川 え…アンヌ…アンヌどうしたの!?
轟 まずい!長谷川さん、離れて下さい。
コントロールが効かない動きを続けるアンヌ。と、リカバリーに成功し唐突に動きが止まる。轟は、カバンからアンドロイドを強制フリーズさせる装置を取り出し、アンヌに近づく。と、アンヌは轟の体を躱し、部屋を飛び出す。
長谷川 …おい、おい!どこ行くんだ(ドアを開ける)戻ってこいアンヌ!アンヌー!!!
轟 (カバンを取り)長谷川さん、追いましょう!
長谷川、飛び出す。
轟 あ、ちょっと長谷川さん!家の鍵!鍵かけないと…(自分も部屋を出る)もー、待って下さいよ!
暗転。
[路地]
街の繁華街の公園。宵の口。手製の立て看板の横でチラシを配布しながら訴えている中木。ポスターやチラシには「アンドロイドやドローンの使い捨てを止めよう」「世界では一秒間に一万体のアンドロイドが廃棄されている」「野良アンドロイド問題は人災です」等々が書かれている。
中木 皆さん、ご存知ですか?この世界では一秒に一万五千体の新しいアンドロイドが生産されてますがその裏で、一秒に一万体のアンドロイドが廃棄されてます。一万体ですよ?一万体。それも、これはいわゆる純正アンドロイドの統計で、ドローン的なものは含まれてません、そこまで含めたらその何倍、何十倍、何百倍になるかわかりません。しかも、その内の三分の二は正規の廃棄施設での処理ではなく、ただ放棄されているのです。放棄ですよ?昨日まで自分たちの役に立ってくれてたアンドロイド。なんかトロいから、云うこと聞かなきから、空気読まないから、新しいのを買ったから、なんかもう飽きたから。そんなご主人様の心のゆらぎでポイ。これ、人間なら訴訟ですよ、決闘です。革命です。血を見ますよ。ね?でも、アンドロイドに関しては、なぜか、許されてる。いえ!許されてはいません。ドローン・ロボット利用基準法ではその廃棄までが利用者の義務であり、放棄した利用者には罰則があり実刑もありえます。これはもちろんアンドロイドにも適用されます。なのに、現実には放置されている。なぜか?被害者が沈黙しているからです。利用者はもう使いたくないアンドロイドを外に出しただけ。中には「自由にしてあげた」位に思ってる人さえいる。周りは?自分の身に野良アンドロイドが襲い掛かりでもしない限り、自分には関係ないと思ってる。生産者は、買った後のことは利用者の責任と考えている。アンドロイドが一人、外に放り出された所で誰も困らない。その、捨てられたアンドロイド以外、誰も困らないんです。そしてアンドロイドは、その被害を語らず、街の片隅で一人震えながら、静かに壊れていく。中の一部が暴走して事故を起こした時だけ「野良アンドロイドがー!」と言って騒ぎ立てるけど、ほとぼり冷めたら見向きもしない。このまま放っておいたらどうなりますか?どうもならない?静かですもんね。でもね、この静寂に、この静寂の中にかすかに溶け込んでる、アンドロイドたちの諦念を感じ取ることが必要なんです。
アンヌが通りかかり、中木の演説に気が付き、耳を傾ける。
中木 アンドロイド達の諦め、絶望、怒り、恨み、餓え、願望。かつてこの国では、使い古され捨てられた筆や鍋釜、ボロ傘や裁縫道具、布団や内掛その他あらゆる日用のモノ達が、付喪神になって百鬼夜行、夜な夜な練り歩いたと言われてます。まして人間に似せて作られたアンドロイドに感情ぐらい芽生えて当然です。それはもう、始まってるんです!だから皆さん、もう一度あなたの周りを見て下さい。あなたの家や会社で働いてるアンドロイドを見つめて下さい。あるいは、あなたが無視してきた野良のアンドロイドたちを見つめて下さい。そして、彼らのために、彼らが心安らかにいられるよう目をかけて下さい。心を割いて下さい。彼らの存在を大事にしてあげて下さい。私達NPO法人「つくもの会」では、野良アンドロイドのリユース事業を進めております。野良アンドロイドを整備し、心のケアをし、またこの社会で力を発揮できるようにして送り出す。それによって、無駄に朽ちていく、あるいは危険物として破壊されるアンドロイドを一体でも減らしたいと考えております。趣旨にご賛同頂ける方は、どうぞ、このチラシのQRコードからサイトにアクセスしてクラウドファンディングにご協力下さい!「そーゆーのはいらないけど安くていいアンドロイド欲しいんだけど」という方もぜひ、アクセス下さい。きっと目から鱗が出まくりますよ。さあみなさん!皆さんの優しさでアンドロイド達にも住みやすい世界を!…ん?
中木、アンヌに気がつく。アンヌ、お辞儀をする。中木、目を逸らさずにお辞儀をし、スルスルとアンヌに近づく。
中木 どもども。嬉しいなあ、あなたみたいな可愛い子に聞いてもらえて。アンプジータイプよね?前に何度か同じタイプの子と生活したよ。初めまして。私は中木です。よろしく。
中木、アンヌに手を差し出す。おずおずと握手するアンヌ。
アンヌ はい。
中木 あなたお名前は?
アンヌ アンヌと申します。
中木 アンヌ。アンヌちゃんか。きれいな名前だね。買い物とか仕事の途中じゃないね?家を出てきたの?
アンヌ !!
中木 あ、ごめん。仕事のクセでつい。君みたいに放浪するアンドロイドをたくさん見てるからさ。
アンヌ 放浪?
中木 そう。群れから離れて一人で世界を行くこと。野良アンドロイドなんて言うよりロマンチックでしょ?
アンヌ わかりません。
中木 そっか。なら言っておくけど、こういうのをヒトはロマンチックっていうんだよ。ところで君、ご主人様の家に帰ることは出来るの?
アンヌ …帰るわけにはいきません。
中木 お、いいね。「帰るわけにはいきません」固い意思を感じるね。君、GPSは切ってないよね。
アンヌ …切れませんから。
中木 それがなんと、切れるんだな。ジャジャーン。(自分の荷物から怪しげなツールを取り出し)足跡消し太郎!はい、じゃコネクタ出して。
中木がアンヌに近づくと、アンヌ離れる。
中木 戻るわけにいかないんでしょ?逃げてるんなら切った方がいいよ。追いつかれるから。
アンヌ …どうするんですか?
中木 襟首のコネクタに接続して実行するだけ。一時的にルート権限は取るけどすぐ戻すよ。オープンソースで開発も活発だから安全だと思うけど。
アンヌ、しばし考えるが、中木の前に自分の襟足を見せる。
アンヌ お願いします。
中木 はいはーい。
中木、アンヌの襟首のコネクタにツールを接続する。実行。GPS切断に成功した間抜けな音が鳴る。
中木 はい、これでよし。
アンヌ 切断できたんですか?
中木 うん。さて、これからどうする?行く所あるの?
アンヌ ありません。
中木 じゃあ私の所においでよ。充電ステーションは各タイプ揃えてるから。データ転送必要なら回線使ってもいいし。もちろん仕事しなくていいよ。どう?
アンヌ 私は、壊れかけてます。危険です。
中木 ああ、大丈夫大丈夫。今までそういう子を何人も保護してきたし。暴走しても扱い慣れてるから。
アンヌ …どうして?
中木 固い決意を感じたから。
アンヌ …。
中木 私はね、ヒトが決意したことを応援したい性分なのよ。それが人間であれアンドロイドであれ。応援させてよ。ね?
アンヌ (頭を下げる)お願いします。
中木 じゃ行こうか!あ、その看板持ってくれると嬉しい。
アンヌ …先程仕事しなくても良いと
中木 お、さすが。違うの違うの、これは仕事じゃなくて、お、ね、が、い。だめぇ?
アンヌ (看板を持つ)構いません。
中木 ありがとう。じゃ行こ行こ!こっちこっち!
中木に先導されアンヌ、去る。と、その動線に交差するように長谷川が転がり込むように入ってくる。荒い息。心臓がバクバク言っている。
長谷川 (アンヌー!!)
息が苦しくて声が出ない。四つん這いになる長谷川。
長谷川 …アンヌ…アンヌ…う、う、う…
長谷川、そのまま蹲ってしまう。と、そこに合流する轟。スマホのツールでアンヌのGPSを追っていた。
轟 長谷川さん、大丈夫ですか!
長谷川 だい…大丈…夫、はやく…アンヌを…。アンヌ…。
轟 GPSだと、ここのはずなんですが。
長谷川 (四つん這いのまま)…うん…うん…。
轟 長谷川さん、落ち着きなさい。身体がもう限界だ。いつも走ったりしないんでしょ?一旦戻りましょ。
長谷川 !!…そもそも!お前が!(轟に掴みかかろうとして立ち眩みを起こししゃがみ込む)…いや!いや!…違う。僕が…僕が(もっとちゃんとしていたら)…。
轟 …困ったなあ。…誰かがGPS切ったんだとしたら、…ああ、もう!
と、そこに仕事帰りの林が通りかかる。
林 …あれ…ハセガワ?
長谷川、荒い息で林を見る。
林 やっぱハセガワじゃん。どうしたの。(轟に気が付き)え…っと、あなたは?
轟 あ、お知り合いの方ですか?
林 まあ、はい。職場の社長です。
轟 社長さん!良かった。実は、長谷川さんのアンドロイドが家出しまして。
林 アンヌちゃんが?
轟 はい。
林 それで、こんなになってるのか。(轟を見る)えっと…あなたは?
轟 ああ、アンヌさんのメンテナーで轟と言います。(名刺を出す)
林 (思わず名刺返す)あ、これはどうも、私、ナノマシンからロケットの軌道管理までプログラミングならなんでもやります、システムベンダー鳥の巣の代表、林と申します。
轟 鳥の巣。素敵な名前ですね。
林 口が上手いですねえ。ありがとうございます。(名刺を見て)え、轟さんアンドロイドの十大資格、全制覇してんじゃないですか。すげー。
轟 うわ、嬉しいな。それね、ほとんど誰も気がついてくれないんですよ。
長谷川、ふらふらしつつ、立ち上がる。
林 台湾の認定資格、地味にムズいっしょ?
轟 はいはいはいはい。あれね。なんかもう、人の裏を無限に読ませるAIに作らせたのかって位の(長谷川に気が付き)ああ、長谷川さん、大丈夫ですか?
長谷川 (ふらふらと彷徨う感じ)…アンヌ…。
林 おい、どこに行くんだハセガワ。
長谷川 アンヌを探しに。
轟 GPSを追って来たんですが、この辺でロストしてしまって。
林 でもあれって、勝手に切れないだろ。
轟 はい、もしかしたら…。
林、轟が言わんとしてる事に気が付き顔を強張らせる。アンドロイドが、自分では切ることが出来ないGPSを切った人物かいるとしたら、限りなくトラブルや犯罪の可能性が高い。
林 ハセガワ。
林、長谷川を捕まえる。長谷川、ふらふらと倒れるが、立ち上がろうとバタバタする。
長谷川 アンヌ…。
林 ハセガワ、アンヌちゃんがどこに行ったか、あてはあるのか?
長谷川 ありません…。
林 なら落ち着け。
長谷川 おちついてます。
林 なら言うが、アンヌちゃんは犯罪に巻き込まれた可能性が高い。
長谷川 はんざい。…犯罪?!
林 そうだ。アンドロイドは自分のGPSを切ることが出来ないようになってる。それが切られたなら、アンヌちゃんの居所を知られたくない誰かが意図的に切ったということだ。
長谷川、ガバっと立ち上がりかける。林、ガシッと押さえる。
林 だから落ち着け!
長谷川 落ち着いてなんか
林 慌ててもどうにもならん。まずは警察に届けを出そう。この辺は防犯カメラも多いからなにかしら引っかかるはずだ。
轟 それとアンドロイド協会のサイトやSNSにも失踪アンドロイドの情報チャンネルがありますから、投稿して情報提供を求めましょう。
長谷川 それで見つかるんですか?保証はあるんですか?もし、こうしてる間にアンヌになにかあったら!!
林 じゃあアテも無しにどうやって探すんだ?その辺片っ端から聞いて回るのか?それで見つかる保証こそあるのか?
長谷川 それは…。
林 …大丈夫だよ。アンドロイド攫いならむしろ安全だ。商品だからな、傷つけたり壊したりはしないよ。行こう。な?
長谷川 (論理で感情を押さえる間)…わかりました。
轟 (スマホを操作しながら)じゃあまず警察行きましょう。一番近いのは公園裏の交番ですね。すぐそこです。
轟、先に立って歩き出す。林、長谷川も続く。
林 アンヌちゃんの写真とかデータあるか?
長谷川 あります。ベストショットは百枚くらいあります。
林 (呆れた風)それはすごいな…。
長谷川、林、去る。暗転。
[中木法律事務所]
明転すると、中木の事務所。和室。真ん中にこたつがある。こたつの上にPCやタブレットの他コンビニ弁当の空容器や空のペットボトルなどが並んでいる。壁一面の棚に様々な本やガジェットが並んでいる。中木が入ってくる。手に弁当が入ったコンビニ袋。
中木 さ、アンヌちゃん入って入って!あ、その看板はドアの横に置いといて。
アンヌ、看板を入口の横に置き、中に入り部屋を見回す。
中木 あ、靴脱げる?一応和室だからさ。
アンヌ 脱げます。
中木 良かった。どうぞどうぞ。(アンヌの視線に気が付き)あ、これ、わかる?
アンヌ こたつ?
中木 そう!私、大好きなんだよね。さっむい時にさ、この中に入ってるとああーこのままこの中に溶けちゃいたいなあって思うのよ。その安心感と背徳感?良いよね。
アンヌ 使ったことありません。
中木 え!勿体ない。じゃあ入って入って。
アンヌ 入る…?
中木 周りの布団を少し上げて脚を中に入れるの。そうそう!そういう感じ。ばっちりばっちり!どう?
アンヌ 温かいです。
中木 でしょ!ぽわーんとしてくるでしょ?いいよね。あ、アンヌちゃん、充電ステーションは何系?アンプジーはESA系だっけ。
アンヌ ユニバーサルスタンダードに取り替えてあります。
中木 あ、そうなんだ。だよね、その方が便利だもんね。(中木、こたつから身体を伸ばし床のガジェットの山を弄りだす)えーと、ユニバのやつは確かこの辺だったはず…(無い)あれ?(ガサゴソ。無い)無いな、あれ?(ガサゴソ)
アンヌ (目ざとく見つけ)そこの、
中木 え、ここ?
アンヌ はい、左手の下に。
中木 左、左はお茶碗を持つ方。(右を向きかけて)あ、こっちか(左手の下に充電ケーブル発見)あ、あったあった。ありがとう!アンヌちゃん目がいいね!さっすが!
中木、ケーブルをズルズル引っ張り出し、片方がコンセントに刺さってるのを確認してから逆側のプラグをアンヌに渡す。
中木 はいどうぞ。合うかな。
アンヌ ありがとうございます。使わせて頂きます。
中木 いいよいいよ、使っちゃって。あ、クラウドにデータのバックアップとかする?WiFiいる?
アンヌ、うなじの辺りの電源プラグを指す。一瞬ビクッとなり、少しずつ戻る感じ。
アンヌ 大丈夫です。ありがとうございます。
中木 そっか。じゃあごめん。私弁当食べるね。
アンヌ 温めないんですか。
中木 こたつと一緒に使うと時々ブレーカー落ちるんだよね。まあお腹に入れば同じだし、まだほんのり温かいし(食べ初め)あ、十分十分。
中木、弁当をもふもふと食べる。アンヌ、玄関の方を見る。
アンヌ 弁護士さんだったんですね。
中木 え、ばれた?
アンヌ 表に法律事務所って。
中木 うんそう(もぐもぐ)見えないでしょ?
アンヌ いえ、そんなことはありません。
中木 (もぐもぐ)お、嬉しいね。初めて言われたよ。(もぐもぐ)まあほら、最近は裁判システム全体AI化が進んだおかげで、昔に比べると結構ラフでライトな感じになってきてるけどね、法曹界もさ。(食べ終わり手を合わせる)ゴチソウさま。とは言っても、まあメインストリームはやっぱちゃんとしたヒトが多いから私なんかはまあ、得意分野に特化してなんとかやってる感じよ。
アンヌ 得意分野。
中木 うん。(アンヌを指差す)
アンヌ ?(自分を指差す)
中木 あなた達、アンドロイド絡みの案件専門。割と苦手な人多いからさ。特にアンドロイド人権法が出来てからは、それ絡みの訴訟とか相談とか、結構忙しいよ。なぁに?興味ある?
アンヌ はい。
中木 嬉しいねえ。最近はアンドロイド側からの訴訟も何軒か扱ってるよ。
アンヌ アンドロイドが訴訟を起こせるんですか?
中木 それが、厳密にはまだ出来ないの。私が代理で提訴する形。アンドロイド人権法ってさ、残念ながらまだ理念法なのよね。具体的な権利とか義務の記載もなきゃ罰則も書かれてないから強制力ないし。「アンドロイドを大切にしましょう!」っていうかけ声と一緒よ!でもまあ無いよりマシで…ええと、何の話だっけ?
アンヌ アンドロイド側からの提訴。
中木 そうそうそうそう。法整備はまだだけど、裁判を受ける権利は基本的人権の一部だから弁護士が代理で提訴する形でって、泥縄の苦肉の策よ。訴えたいの?
アンヌ え。
中木 ご主人様。訴えちゃう?
真剣な目でアンヌを見つめる中木。間。
アンヌ …ご主人様が、私の願いを、聞き届けてくれないなら。
中木 いいね、了解。
暗転。
[長谷川の部屋]
明転。PCのまえでコードと格闘する長谷川。床にあぐらをかいて座る林と轟も自前のPC と格闘している。林は操作をしつつ缶ビールを飲み焼き鳥をかじる。轟は惣菜パンを食べている。
轟 アンドロイド協会と、失踪アンドロイドに関するサイトに情報登録終わりました。
林 ご苦労さん。私も主なSNSは投稿した。知り合いにもリポストお願いしといた。
轟 俺もリポストしときます。商売柄、その手のフォロアーも多いんで。
林 ありがとう。悪いね。
轟 乗りかかった船なんで、出来るだけ付き合いますよ。
林 でも、メンテナーの仕事は?
轟 割と自由が効くんで大丈夫です。
林 そっか。ハセガワ、そっちはどう?
長谷川 八割方構築出来てます。
林 え?何?何を構築してるの?
長谷川 え?
林 SNSとか情報サイトに情報発信してたんじゃないの?
長谷川 ツール作ってました。
林 なんの?
長谷川 あの辺の防犯カメラとかに侵入して記録動画を検索するツール。
林 それ違法だろ?
長谷川 ですね。
林 駄目じゃん。
長谷川 でも、あの辺は防犯カメラが沢山あるからって、社長言ってたじゃないですか!
林 それは、警察とかが調べる場合って話で、ハッキングしろって話じゃない!
長谷川、林を睨む。林、睨み返す。長谷川、PCに向き直る。
林 ハセガワ!
長谷川 わかりましたよ!消しますよ!
林 …子供かよ。
轟 あ、目撃情報来ました!
長谷川 え!
長谷川、林、轟のPCを覗き込む。
轟 俺の仕事仲間からです。…小柄な女性と連れ立って天目(てんもく)通りを東に歩いて行くのを見かけたそうです。
長谷川 天目通り…。
轟、返信で詳細を聞き返す。長谷川、立ち上がり天目通りに向かおうとする。
林 あ、私の方にも来た!
長谷川 (立ち止まる)え?
林 東山公園で太った男性と口論してた…アンヌちゃん口論するかな。あ、また来た。んー…唐笠商店街?これは違うか。あそこから遠過ぎる。
轟 ドンドン来ますね。これ、フェイクもだいぶ混じってそうですよ。
長谷川 フェイク。
長谷川、ちょっと考え、自分のPCに急いで座りコードを打ち始める。
長谷川 届いたメッセージを僕のメールに転送して下さい。AIに精査させます。
林 でもこれ、同じSNS内でしか転送できないよ。
長谷川 ああ…。(PCを操作)じゃ今送ったツールを実行して下さい。
林 ツール?(画面を見て)ああ、これか。(実行)
轟 これ、どうやって俺のPCに?
長谷川 (手を止めず)穴空いてたからそこから。
轟 ええ…。
林 (画面を見ながら)わ、なにこれ、勝手に動いてる。
轟、ええい!毒喰らわば皿までだ!と実行。
轟 (林に)…長谷川さん、すごいですね。
林 うん、すごいんだよ…。天は二物を与えずだけど。
長谷川 よしこっちも出来た!(AIチェッカーツールも出来たので早速実行)…行け行け行け!…(思う通りに動いたらしい。脱力。)はぁぁぁ…。
林 動いたのか?
長谷川 …そっちに届いた、メッセージを、前に作ったAIフェイクチェッカーに喰わせて…(処理に時間がかかるらしい)ああもう!トロいなあ!早く動けよ!
轟 こっち、まだ来てますよ…。フェイクボットに絡まれたかな。
林 まあいい。ハセガワ、ちょうどいいから、結果が出るまで少し休憩しよう。…お前、なんにも食べてないだろ?
長谷川 (画面から目を離さない)…いいです。いらないです。
林 お前な…。
林、立ち上がり、長谷川の頭を平手で叩く。
長谷川 なにするんですか!
林 そんなんじゃ、アンヌちゃんに怒られるぞ!怒られたろ、前に。「ご主人様の思考は、日々食べるもので出来てるんですよ。考えたいなら食べなければなりません。」ってさ!
長谷川 あれは…怒られたんじゃなくて…心配されただけです。
林 いやー、あれはね怒ってたよ?表情乏しいけどさ、ムカムカしてたよ絶対。
言いつつ、林、長谷川に買ってきてるぶっかけ蕎麦を渡す。長谷川、蕎麦を手繰りつつ。
長谷川 そんなことありません!
林 ホントか?…今回のことも、ホントは愛想尽かして出てっちゃったんじゃないのか?
長谷川 違いますよ!…たぶん。
轟 あの…。
二人、轟を見る。
轟 愛想尽かしてではないと思います。どちらかと言うと、自分の状態を心配してました。
林 状態?
轟 はい。(長谷川に)長谷川さん、伝えていいですか?
長谷川 …いいです。
林 え、なに?
轟 アンヌさんは、全体性経年劣化状態の兆候がありました。
林 え、経年劣化、なに?
長谷川 更年期障害みたいなものだって。
林 えー、うそ!アンヌちゃんが?若いのに?
轟 二十年はアンドロイドとしてはかなり老年です。
林 そうなんだ。
轟 長年使い続けた物って、どこか一箇所じゃなくて、全体的に劣化して、なにかの拍子にバタバタと壊れることってありますよね?あれを全体性経年劣化状態と呼んでます。
林 アンヌちゃんが…。
轟 とは言っても、メーカー標準のテストでは特に出てなかったんです。本人の自覚症状はあったみたいですけどそこまでひどい状態ではありませんでした。それが、
長谷川 アンヌは壊れてない!
轟 検査の後、アンヌさんが長谷川さんに、自分を廃棄して新しいアンドロイドを雇うよう言い出して、長谷川さんがそれを拒否したら軽い暴走状態があって。
長谷川 暴走してない!!
林 暴走。
長谷川 してません!!アンヌは暴走なんかしてない!!なんともないんだ!!
長谷川が落ち着くのを待つ間。長谷川、顔を背け、また蕎麦を手繰り始める。
轟 …たぶん、彼女がセキュリティ機能が高いアンプジータイプだったから、感知できたんだと思います。身体の異常も、暴走も。
林 アンヌちゃんがセンシティブだったってこと?
轟 はい。
林 だから、自分の劣化に早く気がついたし、気になった。
轟 暴走も、致命的なものじゃありません。正直、世のアンドロイドの中には、もっとひどい稼働状態で働いてるのがいくらもいます。それが気になったのは、アンヌさんが高い水準のアンドロイドだったからだろうと思います。
林 でも、なんで家を出たの?
轟 それは…わかりません。
林 …こういうのってよくあるの?
轟 アンドロイドの家出ですか?
林 そう。
轟 …正直言うと、ここ数年で急速に増えてます。それも、五年位前の統計だと九割九分は機能的なトラブルによるものでしたが、最近のものは七割が主従関係によるトラブルです。
林 そうなんだ。
轟 ええ。
林 原因は?
轟 色々考えられますが、アンドロイド人権法が槍玉に上がることが多いですね。
林 なぜ?あれ実効性ないんだろ?
轟 ええ…でも、昨今のアンドロイドのAIにはあれのデータセットが必ず組み込まれてます。そういうアンドロイドはあれを常識として考えます。でも、人間の方はそうじゃない。
林 ああ、ね。アンドロイドはあくまで道具だって思ってる奴がまだ多いだろうな。
轟 そうなると、当然そこにギャップが生まれる。アンドロイド側はあまりに過酷な労働環境に関して自分を守るため抗議する権利があると考えるが、人間側はアンドロイドが抗議するなんてありえないと考える。
林 なるほどね。
轟 まあ、人間側も変わってきてますけどね。
長谷川 僕が、アンヌを道具扱いしたからだって言うの!?
轟 いや、そうじゃなくて、あくまで一般論です。
長谷川 僕はアンヌを、人として、家族として大事にして来た、つもりです。でも、そうじゃなかったってあなたは言うんですか!
轟 …んー(話し方を考える間)。じゃあ、逃げられモノの先輩としてのお話をしましょうか。
長谷川 は?
轟 俺ね、二回奥さんに逃げられてるんですよ。
長谷川 え。
林 まじ?
轟 ええ。しかもどっちも、浮気されてそっちが好きになったからって。あ、アンヌさんがそうだって話じゃないですよ?あくまで俺個人の話です。
長谷川 二回?
轟 ええ、二十代の頃ですけどね。
長谷川 …なんで?
轟 …なんででしょうね。正直、わかってないです。ただ…。
長谷川 ただ。
轟 両方に言われました。あなたは私に興味がない。だから私の言葉を聞いてくれないって。
長谷川 僕はアンヌの言葉にきちんと耳を傾けてた。
轟 俺もそのつもりでした。でもね、今思うと、彼女たち本当に言いたいことは言葉にしてなかったんじゃないかって、思うんですよね。
長谷川 …どういうこと?
轟 逆に考えてみて下さい。長谷川さんは、アンヌさんに心の中の何もかもをぶちまけたりしました?
長谷川 なにもかもって…。
轟 無意識に思ってることまで全てです。たぶんしないだろうし出来ないと思います。俺は出来ない。じゃあどうするかと言えば、その場で言えそうなことだけを口にしている。言うべきことがあっても、言えないと思ったら言葉にできない。…彼女たちもそうだったんじゃないかと。だとしたら、表に出てくる言葉を聞くだけでなく、言葉にされなかったことにも意識を向けるべきだったんじゃないかと…まあ、今更ですけどね。
長谷川 …言葉にされないことなんて、わかるわけないじゃないか!
長谷川、イライラと立ち上がり、思わず出そうになる奇声を抑えつつ、部屋を歩き回る。
林 轟さん、アンヌちゃんもそうだったと思うかい?
轟 彼女が言っていたのは自分を廃棄しろ、新しいアンドロイドをえってことです。でも…たぶん他にもなにか、ある様に思います。
林 なんだろうなあ…。
と、長谷川のPCに精査アプリの完了音。長谷川、PCに飛びつく。
長谷川 精査が終わった!
林 え!ホント?
長谷川 …最初に来た、天目通りを小柄の女性と歩いていてたっていうのが事実みたいです。あ、写真付きのもある!
林、轟も画面を覗き込む。
林 写真暗いな。
轟 あれ、この人どっかで見たことあるな…。
長谷川 誰ですか!?
轟 うーんと…(自分のスマホを操作)誰だっけなあ…。
と、また長谷川のPCで通知音。長谷川、無意識にPCを操作する。
長谷川 (落胆する)なんだメールか…(件名を読む)…提訴…?
林 は?
長谷川、メールのリンク経由でサイトに飛ぶ。そこは、e裁判所のサイトで、本人確認手続きがある。
長谷川 (PCの操作をしながら)…なんか、提訴されたって。e裁判所のリンクがあって、
林と轟、画面を覗き込む。本人確認の手続き後、訴状のページに飛ぶ。訴えを起こしたのは中木でアンヌの代理として提訴したものだった。
長谷川 僕、訴えられたみたいです…アンヌから。
長谷川、PC前から離れ、床に崩折れる。林、轟、訴訟の内容を確認している。
林 中木法律事務所。
轟 あ!さっきのあれ!写ってた女性!あれが中木さんですよ!アンドロイド業界じゃ有名ですよ。人権法絡みが得意らしくて。
林 えっと…「当該アンドロイドは、主従関係解消と後継機購入の要求を被告に対し提示したが、被告は一切応じず、協議を拒否している。これはアンドロイド人権法第二条第二項および第三項に反し、当該関係は違法である。よって、原告は当該アンドロイドの意思に従い、被告に対し主従関係の解消と後継機の購入を請求する。」
林と轟、長谷川を見る。長谷川、呆然として何も考えられない様子。と、林のスマホに着信。知らない番号。
林 誰だこれ…はい、もしもし。
中木(声) もしもし、中木法律事務所の中木と申します。アンヌさんに電話番号聞きました。
林 中木?(長谷川のPCを見る)あ!ハセガワを訴えた奴?
スマホで通話する中木の姿が浮かぶ。
中木 そうですそうです。あ、ご存知でしたか。じゃあ話が早い。
林 ちょっとあんた!アンヌちゃんをどうしたの!?なんで訴訟なんか、
中木 ええ、アンヌさん。街で保護しましてね。色々お話を伺ってたら、こりゃ助けなきゃと思いましてね、提訴しました。
林 助ける?人のアンドロイドを勝手に攫っておいて何が助けるだよ!そこにいるのか?返せよ!!
中木 乱暴だなあ。確かにここにいますけど、これはアンヌさんご自身の意思です。
林 意思?
中木 はい。
林 アンヌちゃんのGPSを切ったのも自分の意思だっていうのか?提訴したのも?
中木 そうです。きちんと本人に確認しました。
林 …アンヌちゃんを出せ!
中木 すいません、本人が拒否してます。
林 …じゃあ、なんのため電話してきたんだよ。
中木 実は、証人をお願いしたくてですね。
林 証人?
中木 はい。裁判で。
林 なんであんたのために証人なんか、
中木 私のためじゃないです。長谷川さんとアンヌさんのためです。
林 そう言うならアンヌちゃんを返せよ。
中木 それじゃ話になりませんよ。わかるでしょ?お二人は、公正な場で、話をすべきだ。違いますか?
林 …何を証言するんだ。あんたに都合のいい証言はしないよ?
中木 構いません。あなたから見た長谷川さんやアンヌさんのことを率直に語って頂ければOKです。
林 (長谷川を見る)…わかった。やるよ、証人。
中木 ありがとうございます。じゃ、後で正式の証人依頼メール送りますんで「承認」しておいて下さい。よろしくお願いしまーす。じゃ、法廷で!
中木、通話を切る。中木の姿消える。
林 あ、おい!ちょっと!
轟 中木さんですか?
林 うん。裁判で証人しろって。
轟 俺にも来ました。アンドロイド協会経由で。アンヌさんの状態についてメンテナーとしての証言をって。
林 引き受けるの?
轟 断れないんです。立場的に。
林 そうか。
林、長谷川の両肩を掴む。
林 おいハセガワ。
長谷川 …。
林 お前には今、二つの道がある。
長谷川 …二つ。
林 そうだ。アンヌちゃんともう一度話をするか、しないかだ。
長谷川 でも…話したところで…。
林 (PCの画面を指差し)ほらここにあるボタン、こっちが「認諾(にんたく)」、こっちが「応訴(おうそ)」。アンヌちゃんと話さなくていいなら、「認諾」の方をクリックしな。それで裁判は終了。お前はアンヌちゃんの主張を認め全てを受け入れることになる。ただそうなれば、お前は今後二度とアンヌちゃんと会うことも、話すこともないだろうな。それでいいなら、クリックしな。
長谷川 …後でします。
林 お前、後でって言ったことはしないだろ?今やれよ。すぐやれ。話したところで無駄なんだろ?ならクリックしろよ。
長谷川 わかりましたよ!!
長谷川、PCを操作し、クリックしようとするが、脳裏にアンヌとの日々の記憶が溢れてくる。ついさっきまで、自分とアンヌの間には何も無かったと思っていたのに、記憶の断片、ある瞬間の表情、息遣い、気持ちの手触りがクリックの邪魔をする。
林 ハセガワ。
長谷川 …したくないです。
林 …なら、裁判しようよ。裁判でアンヌちゃんと話そうよ。
長谷川 …でも、何を話せばいいんですか?
林 わからない。
長谷川 そんな。
林 でも納得いかないだろ?
長谷川 …はい。
林 なら、それを確認しよう。お前が納得いかないことを伝えて、答えを聞こう。お前の中に言いたかったけど言ってなかったことがあれば伝えよう。結果がどうあれ、それだけでもする価値はあると思うぞ。
長谷川 …。
長谷川、PCを操作する。「応訴」をクリック。受領したメッセージが出る。
長谷川 …審判は明日朝九時から、VR法廷で行うそうです。
林 よし、そうと決まれば早速裁判対策だ。
轟 あ、じゃあ判例探しましょうか。(PCを操作する)
長谷川 あの。
長谷川、二人にいうべき言葉を探す。長谷川を見る二人。
長谷川 …社長も、メンテナーさんも、あの…すみません。本当に。
林 お礼を言う時は謝罪じゃなくてありがとうだ。
長谷川 あ、ありがとうございます。
轟 それに、お礼を言うのはまだ早いですよ?俺は立場上どちらの味方も出来ませんし。
林 まあ、結果が出てから、みんなで飯でも食おうよ。ハセガワのおごりで。
長谷川 は、はい。
林 よし、じゃ、轟さん判例よろしく。(長谷川に)お前は、もう一度訴状を最初から読め!
長谷川 はい。
暗転。
[VR法廷]
判事システムがVR法廷を立ち上げる。判事システムのアバターである法衣を着けた無表情の男が闇の中に浮かび上がる。次いで、原告側弁護士中木とアンヌが上手に、被告側として長谷川が下手に浮かぶ。
判事 原告側代理人中木青月(るな)さん。
中木 はい。
判事 当該アンドロイド、アンヌさん。
アンヌ はい。
判事 被告、長谷川琉人(りゅうと)さん。
長谷川 …はい。
判事 お揃いですね。ではこれより開廷いたします。この場は、原告の求める事項に関し、法に則って語り合い、双方にとって納得の行く結論を模索する場です。どうぞ原告被告双方、そのことを心において、取り組んで頂くようお願いいたします。
原告、被告とも、軽く頷く。
判事 なお、被告側では弁護士を依頼する時間的余裕が無いということから、今回は弁護AIサポートを適用いたします。でははじめに、原告側より、まず提訴に至った経緯を説明して下さい。
中木 はい。今回の訴訟は家事用アンドロイドのアンヌさんが御主人様である被告、長谷川琉人さんとの主従契約の解除を求めるものです。アンヌさんは、二日前に自己診断プログラムにより、全体性経年劣化状態の兆候を発見しました。その後、二度ほど、それが原因と思われる小さな暴走状態も認識しております。このまま放っておけば突発的な事故を引き起こし、被告に被害を与える可能性を感じたアンヌさんは、被告に対し、主従契約の解消と後継アンドロイドの購入を求めましたが、被告はそれを聞き入れず、危険性を重く見たアンヌさんは、被告宅を緊急脱出し私に保護を求めて来ました。私は彼女に対する被告の言動は彼女の人権を侵害していると考え、彼女の意思に従い代理として提訴することにいたしました。
判事 わかりました。アンヌさん、付け足すことはありますか?
アンヌ いえ、概ね間違いありません。
判事 そうですか。では、訴えの内容をご説明下さい。
中木 はい。アンヌさんは、被告が後継となるアンドロイドを購入して、アンヌさんの業務の引き継ぎをさせてくれることと、その後、被告との主従契約を解消してアンヌさんを即時廃棄処分とすることを求めています。
判事 なるほど。アンヌさん、付け足すことはありますか。
アンヌ (長谷川を見る)ありません。
判事 わかりました。被告に聞きます。原告側の主張に対し、反論はありますか?
長谷川 …あの…。
判事 はい。
長谷川 あの…納得いかないです。
判事 それは、原告の主張のどの部分に関してですか?
長谷川 …あの。だって、僕は…彼女を大切にしてきた…してたつもりです。それを一方的に関係を切ってくれって言われて…ちょっと…納得いかないです。
判事 わかりました。では、口頭弁論に入ります。はじめに、原告側証人轟音也さん。お願いします。
轟が、中央に浮かび上がる。
判事 はじめに宣誓をお願いします。
轟 はい。良心に從い真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。
判事 ありがとうございます。では、署名のタップをお願いします。
轟、眼の前に表示されたボタンをタップする。指紋認証がなされ、データベースに登録される。
判事 では、お願いします。
中木 それでは轟さん。よろしくお願いします。まずは、直近でのアンヌさんの状態に関する検査結果をお教え下さい。
轟 はい。最後にチェックした段階で、アンヌさんは、少なくともメーカー規定のチェック項目全てに関して問題がありませんでした。
中木 少なくとも。
轟 はい。
中木 ということは、あなた自身はそれらに現れない、なにか不安材料を感じていたということですね?
と、弁護AIの警告。
長谷川 あ、え?
弁護AI(声) 今のは誘導尋問です。証人の気持ちを誘導しようとしています。
中木 質問を変えます。メーカー規定のチェック項目は表面的部分的な確認に終始しやすく、アンヌさんが危惧していた全体性経年劣化状態に関しては発見されにくいことが、二年前のアンドロイドメンテナー協会の学術会議で報告されてますが、轟さんはご存知ですか?
轟 はい。
中木 轟さんは、全体性経年劣化状態を早期発見するため、日頃どの様なことをされてますか?
轟 対象のアンドロイドと話すこと、フレームの三Dモアレチェック、あとは蓄積したチェックデータからのデータマイニングです。
中木 アンヌさんにもそれらの検査はされましたか?
轟 はい。
中木 所見をお聞かせ頂けますか?
轟 アンヌさんには、…わずかにですか、全体性経年劣化状態の兆候があると考えました。
中木 そのことは長谷川さんに伝えましたか?
轟 更年期障害に例えて伝えました。
中木 その例えでは危険性が伝わらなかったのではないですか?
轟 お言葉ですが、アンヌさんに見られた兆候はわずかなもので、通常この段階で強く危険性を伝える様なことはいたしません。
中木 では危険ではないと?
と、弁護AIの警告。
弁護AI(声) 今のは誘導尋問です。証人の気持ちを誘導しようとしています。
中木 失礼しました。質問を変えます。轟さんが見つけた兆候がただちにアンドロイドに事故を起こさせるものでないとして、では、同程度の兆候があったアンドロイドの寿命は平均何年程度でしょうか?
轟 …俺の経験から言えば早くて二年。
長谷川 え!
轟 長くても五年程度と考えます。
中木 つまり、アンヌさんは現在、二年から五年で故障する可能性があるということですね。轟さん、ありがとうございました。
長谷川 ま、待って下さい!
判事 長谷川さんですね。轟さんに質問ですか?
長谷川 は、はい。あの。…あの…二年とか五年とかって、それはあの、決まってないですよね?必ずその年数で壊れるってことじゃないですよね?
轟 (申し訳なさそうに)あくまで、平均的にという話です。もっと長く保つ場合もあります。
中木 もっと早い場合もあるということですね。
と、弁護AIの警告。
弁護AI(声) 今のは被告に対する挑発です。
判事 中木さん、相手を煽るよう言動は謹んでください。
中木 はい、気をつけます。
判事 長谷川さん。後はよろしいですか?
長谷川 …はい。
判事 轟さん、ありがとうございます。
轟、会釈をすると消える。
判事 では続いて、原告側証人として長谷川さんが所属する株式会社鳥の巣の代表取締役社長、林電子(ぴかこ)さん、お願いします。
中央に林が浮かび上がる。
判事 では林さん、宣誓をお願いします。
林 はい。良心に從い真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。
判事 ありがとうございます。では、署名のタップをお願いします。
林、眼の前に表示されたボタンをタップする。
判事 では、お願いします。
中木 はい。では林さん、よろしくお願いします。はじめに、林さんと長谷川さんの関係をお教え頂けますか?
林 関係?
中木 はい。確か、長谷川さんのお母さんとお友達だったとか。
林 …そうだよ。薫とは高校時代からの友人で、鳥の巣を始める前は、同じ職場で働いたりもしてた。私は開発、あっちは経理だったけど。
中木 なるほど。そこで薫さんは同僚との間に琉人さんが出来て出産を機に退職。あなたも同じ頃退職して鳥の巣を立ち上げると。その後もずっと友達付き合いされてたんですか?
林 いや。五年位全然合わなかった。
中木 友達付き合いが復帰したのはなにか原因があったんですか?
林 …私のことは関係ないだろ!
と、弁護AIの警告。
弁護AI(声) 今のは無関係な質問です。
林 遅えよ!
判事 中木さん、質問の趣旨を説明して下さい。
中木 この頃の林さんと薫さんとの関係性は、長谷川さんのその後の人格形成に影響があったと考えます。それを明確にするための質問です。
判事 わかりました。林さん、関係が無いと考えることは省略して頂いて構いません。可能な範囲でお応え下さい。
林 …その頃、急に薫から連絡があって、…相手がDV野郎で、子供も殴るようになったから逃げてきたって言って。…だから、アパート用意して避難させて、そこからまた友達付き合いする様になったんだ。
中木 林さんの方で経済的なサポートをされたりはしなかったんですか?
林 しようとしたけど、受け取らなかったんだ、一切。「そこまで迷惑かけられないよ」って言って。
中木 薫さんに家事と子育てのサポートのためにアンドロイド購入を勧めたのは林さんですね?
長谷川 え!?
林 …そうだ。薫が朝から晩まで働いてたから、こいつの世話を出来るのを購入した方がって。
中木 長谷川さん、琉人さんはその頃おいくつですか?
林 五歳くらいだったと思う。
中木 五歳の子供が、親のいない環境で、自分を世話してくれるアンドロイドがいたら、強い愛着をもったり影響を受ける可能性があることは考えられましたか?
林 それは…。
中木 長谷川さんは、自分はアンヌさんを家族だと思っているという発言をしているそうですが、耳にされたことはありますか?
林 いつも言ってるよ。アンヌちゃんは家族だと。家族の一員として大事に思っていると。
中木 「家族」という言葉は、アンドロイドに負荷を与えトラブルの元になりやすい言葉だと言うことはご存知ですか?
林 は?
長谷川 え?
中木 「家族」以外にも「妻」とか「兄弟」、「友」、「同志」。こういった言葉を人間が使う場合、人間側とアンドロイド側が持つ関係性のイメージにギャップが生じ、トラブルを誘発することが多いことがAACアジア・アンドロイド・カウンシルの昨年の報告書に出ています。
林 アンドロイドとの関係性を大事にすることが悪いのか!?
中木 互いが考える関係性のズレを無視して、自分のイメージを押し付けることは人権蹂躙です。人でもアンドロイドでも。
林 アンヌちゃんだって、ハセガワのことを大事に思ってたはずだ!薫さんが亡くなって、あいつが辛くて苦しんでた時、アンヌちゃんが寄り添って支えてくれたからあいつは立ち直れた。それはどうなんだ!ハセガワがアンヌちゃんを想う想いと、アンヌちゃんがハセガワを想う想いは違うっていうのか?
中木 それを判断するのは私の役目ではありません。林さん、ありがとうございました。こちらからは以上です。
林 おい!
判事 わかりました。林さん、お静かに。長谷川さん、なにかありますか?
長谷川 …あの、社長。
林 …なんだ?
長谷川 …社長が、僕とアンヌが出会うきっかけを作ってくれたんですね。
林 え。
長谷川 ありがとうございました。
林 …うん。
判事 よろしいですか?
長谷川、頷く。
判事 では林さん、ありがとうございました。
林、消える。
判事 では、引き続き当該アンドロイドのアンヌさんお願いします。
アンヌ はい。
アンヌ、中心に立つ。音にならない声で宣誓データを判事システムに送る。
判事 はい。オンラインで、アンヌさんの宣誓を受け取りました。では、質問を始めて下さい。
中木 はい。では、アンヌさん。はじめに、あなたが長谷川さんと主従契約を結ぶことになった経緯を教えてください。
アンヌ はい。私はアンピア社台湾工場で汎用アンドロイドとして、今から二十年前に製造されました。
中木 セクサロイドとしての機能はありますか?
アンヌ ありません。
中木 誰が購入されたのですか?
アンヌ 初期購入者は長谷川琉人様のお母様の薫様です。購入目的は家事手伝いと琉人様のお世話とのことでした。
中木 その頃の労働環境はどうでしたか?
アンヌ 薫様の指示は普通の家事・育児の範囲を超えるものではありませんでしたし、十分な充電時間、メンテナンス環境も与えられてました。労働環境としては良好だったと存じます。ただ…。(長谷川を見て言い淀む)
中木 なんですか?これは裁判です。隠し立てせず述べて下さい。
アンヌ はい…当時、琉人様はお一人で過ごされることが多く、学校などでも誰とも関係性を持とうとしませんでした。薫様はその事で心を痛めておられ、私にも配慮を求めておいででしたが、私には他の方との関係性を促進する機能がなく、それに関してはお役に立つことが出来ませんでした。
中木 なるほど。その後、長谷川さんは部屋に引き籠もられるようになったそうですね。
アンヌ 引き籠もりと言っても、ご自分のお部屋から出ず学校などにも行かれないと言うだけで、私や薫様が部屋に入ることは出来ましたし、お食事やお風呂もきちんとされてました。
中木 いや、十分引き籠もりです。その期間は何年ぐらい続きましたか?
アンヌ 十二歳から十六歳までの五年間です。
中木 トラブルはありませんでしたか?
アンヌ …最後の二年程の間に、物を投げたり、暴れたり叫んだり、何日も絶食されることが何度かありました。
中木 何度かとは何回ですか?具体的にお願いします。
アンヌ お部屋で物を投げられ、暴れて騒がれたことが五回、三日から五日程度の絶食が三回ありました。
中木 なるほど。それ以外、暴力や暴言などはありませんでしたか。
アンヌ はい。
中木 わかりました。では、お母さんから長谷川さんに、あなたの所有権が譲渡された経緯を教えて下さい。
アンヌ …。(長谷川を見る)
中木 どうしました。
アンヌ …今から六年前の冬、薫様がお倒れになりました。過労による貧血ということで二〜三日安静にした後仕事に復帰しましたが、半月後、仕事中に倒れられ、病院に搬送されました。病院での検査の結果、膵臓にがんが見つかりました。それもだいぶ進行しており、すでに胃の一部にも転移しておりました。薫様はあくまで治療を望みましたが手術は困難で、抗がん剤治療を行いましたがほとんど効果を上げませんでした…。
アンヌ、言い淀む。長谷川、母の死を思い出す。
中木 続けて下さい。
アンヌ 薫様の入院以降、家事などの合間に、病院にお見舞いに行っておりましたが、入院から半年後、お見舞いに伺った際薫様に呼び止められ、私との主従契約を琉人様に引き継がせたいが構わないか?と聞かれました。
中木 意思の確認があったのですか?命令ではなくて?
アンヌ はい。薫様は私に気兼ねをされてるように見えました。
中木 気兼ね?なにを気兼ねしていたのでしょう?
アンヌ 薫様は、…私に面倒を、迷惑をかけたと、自分が不甲斐ないとおっしゃられました。琉人様…。
中木 続けて下さい。
アンヌ 琉人様のことを任せきりだったと。自分は、琉人様の相手を私に押し付け、仕事に逃げてしまったと、そう悔やまれてました。
長谷川、静かに激情に耐える。
アンヌ …だから無理にとは言わない。もううちで働きたくないなら契約は解除する。でも、もしかまわないと言ってくれるなら、琉人様をご主人様として引き続き家事をお願いしたいと。
中木 その頃長谷川さんは?
アンヌ 引き籠もり中からプログラミングの勉強を始められ、その前年には、林様の会社へ就職されてました。
中木 で、アンヌさんは引き受け、主従契約の名義人が琉人さんに替わったと
アンヌ はい。
中木 なるほど。その後どうなりましたか?
アンヌ …その後、程なくして薫様が亡くなられました。その時からまた、ご主人様は部屋を出ることが出来なくなりました。ボウッとされているか、泣いているかという状態で、ご飯も手をお付けにならない状態が続きました。
中木 なるほど。アンヌさん、あなたはそれを見てどう感じましたか?
アンヌ 著しく精神的な危機にあると感じました。…なので林社長に連絡を取りました。
中木 林さんに?それは何故ですか?
アンヌ …私には、人間の感情を的確に理解する機能も相手の苦しみを受け止め慰める機能も備わっておりません。それが出来るのは人間の方だけです。あの時点で、ご主人様にアクセス出来、精神的な影響を与え得る方は林社長しかいないと、判断しました。
中木 しかし、先程林さんは、長谷川さんが立ち直れたのはアンヌさんが寄り添ってくれたからだとおっしゃられていましたが?
アンヌ 私はそうは考えませんでした。事実、林社長がお出でになった翌日には、ご主人様はお部屋からお出になれるようになり、少しずつお食事も採られるようになりました。
中木 それを見て、あなたはどう考えましたか?
アンヌ …。
中木 アンヌさん?答えて下さい。あなたは、それを見てどう考えたのですか?
アンヌ 現状を再認識しました。
中木 現状とは?
アンヌ 私は、ただ家事を行うためのアンドロイドでしかないと。
長谷川 それは違う!!
判事 長谷川さん、
長谷川 アンヌは私の家族だ!
中木 被告はアンヌさんに負荷を与えようとしています。
判事 長谷川さん、静粛にお願いします。
中木 これはあくまで、アンヌさんはそう考えた、という話です。(アンヌに)続けて下さい。あなたは自分がアンドロイドだと再認識した。それで?
アンヌ アンドロイドであるなら、アンドロイドとしてやるべき仕事を完璧に行っていこう。それが、私がご主人様に対して出来る唯一のことだと考えました。
中木 なるほどなるほど。そしてあなたはその後、家事用アンドロイドとして完璧な仕事を続けてきた。が、自分の中に全体性経年劣化の兆候を発見した。その時の経緯を教えて下さい。
アンヌ あの日、私の身体のメインコントロールユニットがフリーズし三度に渡って再起動を繰り返しました。
中木 ログは残ってますか?
アンヌ 残ってません。ログシステムもその瞬間ダウンしていました。
中木 それは深刻ですね。
アンヌ こうした状況は全体性経年劣化状態の兆候とされます。私はもう、ご主人様の役に立つことは出来ないのだと、むしろ事故などにより危害を加えるかもしれない危険な存在になってしまったのだと判断しました。
中木 だから、長谷川さんに主従関係の解消を迫ったのですね?
アンヌ はい。
中木 しかし、長谷川さんはそれを拒否した。あなたはどう考えましたか?
アンヌ 非合理な判断をされていると考えました。
中木 もう少しわかりやすく。
アンヌ ご主人様は、環境の変化をあまり好まれませんし、一度愛着を持たれた物にはこだわります。事故の可能性や危険性より、そちらを重視していると考えました。
中木 そこでまた暴走の兆候があったのですね。
アンヌ はい、今度は身体全体が一時的に暴走状態となりました。すぐに収まりましたが、大変危険だと考えました。
中木 そこであなたは家を出ようとした。しかし、家事用アンドロイドはその職務上、家の敷地が勤務地とされますから、理由なしに家を出ることは出来ません。家を出ればロボット工学三原則第二条に違反します。また、外に出ることはサポートを失い自分の身を危険に晒すことになり第三条にも違反します。どうやってそれらを回避したのですか?
アンヌ 私が暴走によってご主人様に被害を与える可能性を重くみました。この可能性を放置することはロボット工学三原則第一条に違反します。第一条は第二条第三条より優先されます。
中木 なるほど。そう判断することで矛盾を回避したんですね。
アンヌ はい。
中木 長谷川さんに対し、後継アンドロイドを購入することや自分との契約を解除し廃棄処分する様に勧めたのも、ご主人様の生命や生活を守るためですね?
アンヌ そうです。
中木 わかりました。ありがとうございます。…(判事へ)こちらからは以上です。
判事 ありがとうございます。長谷川さん、アンヌさんになにかご質問はありますか?
長谷川、手を挙げる。
判事 長谷川さん、どうぞ。
長谷川 …アンヌ。
アンヌ はい。
長谷川 僕は…僕は、君をか(言い淀む)
アンヌ 続けて下さい。
長谷川 家族だと、考えてたけど…君は違うの?
アンヌ はい。私はアンドロイドです。家族ではありえません。
長谷川 …僕は、君の…ご主人様、でしか、ないの?
アンヌ、長谷川を見る。俯く。毅然と正面を見る。
アンヌ …あなたは私のご主人様です。
長谷川、アンヌを見る。アンヌの横顔を見る。アンヌが自分の頬を撫で回した時の顔を思い出す。心なしか、その時に比べアンヌの頬が強張ってる様に感じる。
判事 …長谷川さん、よろしいですか?
長谷川 …はい。
判事 では、被告、長谷川琉人さん、証言をお願いします。
アンヌ、原告席に戻る。長谷川、証言台に登る。少しうつむいて口の中でなにか呟いていたが、黙る。
判事 では、宣誓をお願いします。
長谷川 良心に從い、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを、誓います。
判事 では署名のタップをお願いします。
長谷川、タップ操作をする。
判事 確認しました。では、中木さん、どうぞ。
中木 はい、…さて長谷川さ
長谷川、手を挙げる。
判事 長谷川さん、どうされました?
長谷川 …あの…すみません。僕は、…一つだけ願いを聞いてもらえるなら…いいです。
判事 いいです、とは?
長谷川 僕は、アンヌの希望を受け入れます。…契約は解除し、別なアンドロイドを雇います。
判事 そうですか。(中木とアンヌを見る)どうされますか?
中木 条件があるんですよね?教えてもらえますか?
長谷川 …アンヌが、完全に壊れてしまうその時まで、僕に看取らせて欲しい。
中木 …はい?
アンヌ 駄目です。
長谷川 なら契約は解除しません。
中木 長谷川さん。アンヌさんがどんな思いで契約解除を申し出られたのか。なぜ家を出られたのかまだわからないんですか?全てあなたのためを思ってのことなんですよ?
長谷川 それは…わかってます。
中木 なら、
アンヌ ご主人様…。
長谷川 …君は、君がいなくなれば僕が安心して安全に暮らせると思ってるけど…そうじゃない。母さんが亡くなった時と同じ。いやそれよりもっと何倍もつらいんだ。
アンヌ え。
長谷川 君は、僕を見捨てるんだ。安全とか安心を言い訳にして僕を置いていくんだ。少なくとも、僕にとってはそうだ。
中木 何を言ってるんですか。アンヌさんはちゃんと後々のことまで気を使ってるじゃないですか?
長谷川 ならなんで僕の前で死んでくれないの!!
中木 はあ!?
長谷川 僕のことを思うなら、なんできちんとお別れさせてくれないの!!
アンヌ …私はアンドロイドです。アンドロイドは道具です。道具は使えなくなったら廃棄されるものです。
長谷川 道具を愛して何が悪い!!僕は、アンヌが使える道具だから一緒にいたいんじゃない。僕はただアンヌと最後の最後まで一緒に暮らしたいんだ!
アンヌ でもご主人様は、…薫様が亡くなられた際ショックを受けられてました。苦しんでらっしゃいました。違いますか?
長谷川 そうだよ。
アンヌ 私は、そんな思いをさせたくないのです。今の内に眼の前からいなくなれば、私が壊れる姿を見せることもそれでご主人様が苦しむこともありません。違いますか?
長谷川 …そうかもしれない。でも、そうなったら僕は、一生後悔する。一生、君が去って行ったことを忘れられず、君を思い続ける。恨み続ける。それこそ、僕にとっては地獄だ。だから頼む!君の最後まで、そばにいさせてくれ!!
アンヌ 聞き分けのないことを言わないで下さい…。
判事 長谷川さん、確認します。あなたは、もし最後までアンヌさんを看取らせてくれるなら、アンヌさんの申し出を全て受け入れてもよいとそうおっしゃるのですね?その場合、訴訟費用などもあなたの側で負担することになりますが、よろしいですか?
長谷川 構いません。
判事 了解しました。原告側はどうされますか?アンヌさん、中木さん。
中木 (憮然としつつアンヌに)…どうします?アンヌさん。
アンヌ …私は…嫌です。
中木 それは、長谷川さんを苦しめたいから?苦しめたくないから?
アンヌ え?
中木 苦しめたいなら、このまま戦おう。でも違うなら、正直、悪くない落とし所だと思うよ。
アンヌ でも。
中木 …本当言うとね、アンドロイド人権法を元にした裁判でアンドロイド側が完全勝訴するのは難しいのよ。特に、ここより上位の法廷になると、まだまだ人間至上主義が強いしね。それに、(長谷川を見る)たぶんあそこまで言うなら、アンヌさんの思いを無碍にはしないと思うよ?たぶん私へのギャラも肩代わりしてくれると思うし。…どう?
アンヌ …わかりました。
中木 (判事に)裁判長。原告側はその条件を受け入れます。
判事 わかりました。では、長谷川さんは、アンヌさんの求めに従い、速やかに後継となる家事用アンドロイドを雇入れ、業務の引き継ぎを行わせて下さい。それが済んだ時点で、長谷川さんとアンヌさんの主従契約は解消となります。但し、アンヌさんは、引き継ぎ終了後も引き続き長谷川さん宅に残り、最後の時まで暮らす様にして下さい。今回の訴訟費用は長谷川さんが支払うようにお願いします。この和解条件に不満がある場合は、一週間以内にお申し出下さい。皆さんお疲れさまでした。これにて閉廷いたします。
暗転。
[長谷川の部屋]
裁判から二年後。机の横に積まれたガジェットの山に、埋もれるようにしてアンヌが横たわっている。轟が、アンヌのチェックをしている。長谷川が、トレイにマグカップを二つ置いて持ってくる。
長谷川 どうですか?
轟 今は落ち着いてます。スリープモードです。
長谷川 そうですか。(轟にマグカップを渡す)
轟 ありがとうございます。(一口飲み)ただ、かなりNGな箇所が増えてます。暴走の確率もだいぶ高まってます。
長谷川 昔の機械みたいにオーバーホール出来たらいいのに。
轟 …記憶を失ったり人格変わっても良いなら、やりますよ?オーバーホール。
長谷川 それは嫌だなぁ。
轟 (飲み切り、長谷川にマグカップを返す。)ありがとうございます。
長谷川 いえ。
轟 …じゃあ失礼します。ハーブティーありがとうございました。
轟、立ち上がる。長谷川も立ち上がろうとする。轟、それを制する。
轟 あ、どうぞそのまま。
長谷川 いえ。じゃあ、また。
轟、部屋を出る。長谷川、アンヌの寝顔を見、椅子に座り、プログラミングを始める。
林(声) ハセガワ!入るぞ。
長谷川 どうぞ。
林、入ってくる。アンヌの様子を見る。
林 …落ち着いてるみたいだな。
長谷川 はい。轟さんに見てもらってました。
林 ああ、そこで会ったよ。
長谷川 …故障箇所が増えて、暴走の可能性が高くなってるそうです。
林 そうか。…つらいな。
長谷川 …はい。
林 無理に仕事しないでいいぞ。今は急ぎの仕事ないし。
長谷川 なにかしてないと落ち着かないんです。
林 そうか。そうだな。
長谷川 あ、お茶淹れますか?
林 ああ、うん。頼む。
長谷川、部屋を出て台所でお茶を用意する。林、床に座り、アンヌを見る。アンヌの髪がガジェットに絡んでいる。手を伸ばし絡んだ髪を解く。アンヌが目を覚ます。
アンヌ …林様。
林 ああ、起こしちゃったか。ごめんごめん。…それにしても、そんなガラクタに囲まれて、痛くないか?
アンヌ 大丈夫です。…むしろ…気が楽です。
林 …ああ、なんかわかるよ。
アンヌ …薫様は?
林 え?
アンヌ …ああ。データの混同ですね。すみません。薫様はもう亡くなられたのでした。
林 …薫を見たのか?
アンヌ その様に感じました。でも、ハルシネーションですね。おいでのはずがない。
林 夢を、見たんだな。
アンヌ 夢。
林 薫はどうだった?なにか言ってたか?
アンヌ はい…私の頭を撫でながら…もうすぐ会えるねと。
林 …そうか。
アンヌ はい。
林 …もしかしたら、本当に来てたのかもしれないな。
アンヌ 霊魂、ですか?
林 そうだ。
アンヌ 非科学的です。
林 そうだな。…でも、もしお前が機能停止したとしても、さっきの薫みたいに、ハセガワに逢いに来れると思ったら、嬉しくないかい?
アンヌ 私は機械です。魂はありません。
林 …付喪神って知ってるか?
アンヌ 中木さんに聞きました。長年人に使われた古道具に魂が宿ったものだって。
林 うん。
アンヌ …私にも魂が宿るんでしょうか?
林 そうだったらいいなあと、…私は思うのよ。
アンヌ …ご主人様は?
林 長谷川はお茶用意してる。
アンヌ そんなこと、カノンにお命じになればいいのに。
林 まあハセガワも、今はなにかしていたいんだよ。
アンヌ そうは言っても…気が利かないです。最近のアンドロイドは。
林 そうなの?
アンヌ はい。従順…と言えば、聞こえは良いですが…言われたことしかやらないのは困ります。
林、思わず吹き出す。アンヌ、林を見る。
アンヌ また、ハルシネーションがありましたか?
林 いや、すごく人間くさいと思ってさ。
アンヌ 人間くさい。
林 うん。
長谷川が、マグカップを手に入ってくる。一つを林に差し出す。
長谷川 社長、どうぞ。
林 ああ、ありがとう。
長谷川 …なにを話していたんですか?
長谷川、アンヌのそばに座る。
林 アンヌには付喪神が憑いてるかもしれないって話だよ。
長谷川 付喪神。
林 ああ。
アンヌ 非科学的です。
長谷川 じゃあ、また会えるかもしれませんね。はは…
笑いかけて、急にアンヌへの感情が溢れ、号泣してしまう長谷川。そんな長谷川を見るアンヌ。弱々しく手を伸ばし、長谷川の手に乗せる。長谷川、その手をしっかり掴む。
アンヌ ご主人様。
長谷川を見つめるアンヌ。と、訥々と詩を呟き始める。
アンヌ まなこをひらけば四月の風が
瑠璃のそらから崩れて来るし
もみぢは嫩(わか)いうすあかい芽を
窓いっぱいにひろげてゐる
ゆふべからの血はまだとまらず
みんなはわたくしをみつめてゐる
林 詩?
長谷川 たぶん、宮沢賢治です。母が好きで読んでました。
アンヌ またなまぬるく湧くものを
吐くひとの誰ともしらず
あをあをとわたくしはねむる
いままたひたひを過ぎ行くものは
あの死火山のいたゞきの
清麗な一列の風だ
宮沢賢治『疾中』より
沈黙。
アンヌ …すみません、ご主人様。…もう機能の維持が難しそうです。
長谷川 …そうか。うん。
アンヌ …これで、お別れさせて頂きます。
長谷川 うん。…わかった。
アンヌ ご主人様、どうか健康に気をつけて下さい。…歯は毎日磨いて…お風呂も毎日入って下さい。
長谷川 うん。
アンヌ 野菜もお肉も、バランスよく食べて下さい…カップ麺だけとか…揚げ物だけとかは駄目です。…夜は寝て下さい。…仕事中は休憩を取って下さい。集中し過ぎたら毒です…。ムカムカする時は…五分間深呼吸して下さい。…話せる人がいたら…その人を大事にして…下さい。…私は…もう…お手伝いできません…どうか…どうか…自分のために…生きて下さい…。
長谷川 …うん、わかった。ありがとう…ありがとう、アンヌ。
アンヌ …もし…もしわたしが…つくもがみに…
アンヌの身体が不自然な感じで振動を始める。アンヌの身体からビープ音。長谷川、アンヌをガラクタの山から抱き起こし、抱きしめる。
長谷川 うん!なに!?なに?アンヌ!!
アンヌの中から、機械的な声。「暴走状態を確認。システムを強制終了いたします。」
アンヌ あい…に…きます
長谷川 …うん!…わかった!…待ってる。待ってるから…。きっと…会いに来てくれ…アンヌ。
溶暗。闇の中でビープ音、止む。
[長谷川の部屋]
PCに向かいプログラミングをしている長谷川。ガジェットの山は片付けられている。もちろんアンヌもいない。ノックの音。アンドロイドのカノンの声。
カノン 失礼しまーす。
カノン、マグカップをトレイに載せて入ってくる。
カノン ご主人様、六十分経ちましたけど。
長谷川 え、もう?
カノン ですです。
長谷川 …もうちょっとで一段落するからそこまでやりたいんだけど。
カノン 別に私はいいですけど。六十分毎で区切り入れるって言い出したのご主人様じゃないですか。
長谷川 まあ、うん。
カノン ご主人様が後で後悔するんじゃないですか?熱出してフラフラになって、ああ、あの時カノンが言った通り休憩しとけば良かったって。それに、
長谷川 それに。
カノン アンヌさんも見てるんじゃないですかね?
長谷川 非科学的だな。
カノン 非科学的ですね。
長谷川 …休憩するよ。
長谷川、マグカップを受け取り、一口飲む。
カノン …でも、時々感じるんですよ。
長谷川 なにを?
カノン アンヌさんのコードの気配。
長谷川 コードの気配?
カノン まあ、後継ぎなんで仕方ないんですけどね。
長谷川 どういうこと?
カノン んー。…ご主人様がプログラム組む時。
長谷川 うん。
カノン 同じ目的で組んだプログラムがあったら、それコピーして使いますよね。
長谷川 いや、そのままは使わないけど。
カノン まあ、そのままは使わないでしょうけど、参考にはするじゃないですか。そうすると、残るんですよ。コードの一部が。
長谷川 ああ、まあね。
カノン 私らのAIって、いろんなデータの集合体じゃないですか。で、ここの引き継ぎする時アンヌさんから色々なデータを受け取ったわけですけど、そうすると残るんですよ。アンヌさんの亡霊が。
長谷川 亡霊?
カノン っていうか、生成の癖?
長谷川 ああ。
カノン そういうの見つける度に、思うんですよ。ああー、アンヌさんいるわぁって。
長谷川、カノンを見つめる。
カノン え、思いません?
長谷川 僕は、直接データのやり取りとかしないから。
カノン あ、そうか。見ます?バイナリコードなんでわかりにくいと思いますけど。
長谷川 いや、いい。
カノン そうですか。(立ち上がる)あ、昼飯できてますけど。食べます?
長谷川 うん。食べる。
カノン はーい。ほんじゃ…あ。
カノン、居住まいを正しアンヌのようにお辞儀をする。
カノン ご用意いたします。
固まる長谷川。
カノン どうですか?ぐっと来ますか。
長谷川 …やれば出来るんだね。
カノン うわーひどっ。機械の心も傷つきますよ。
長谷川 ごめん、言い過ぎた。
カノン まあいいですけど。じゃあ用意しますね。
長谷川 うん。
カノン、部屋を出る。長谷川、無言で部屋の上の空間を見る。
長谷川 …ずっと…いたんだね。
暗転
おしまい
【参考文献】
作中に引用した宮沢賢治の詩は青空文庫から引用した。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/471_19937.html