【戯曲】×(ペケ)な人々 改訂版 作:升孝一郎

・2019年4月-5月いのちの洗濯劇場プロデュースにて上演 4/19-21:リノベーションミュージアム冷泉荘(福岡)/5/4-5 神戸三宮KCスタジオ(兵庫)

現在、WEBサイトでの全文公開は中止しております。

『×(ペケ)な人々 改訂版』Kindle版

第6回せんだい短編戯曲賞で最終選考に残った作品に加筆修正を加えた改訂版です。

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【試し読み】

映像研の部室。奥に倉庫と棚。中央にテーブル。周りに椅子が五脚。テーブルの端に湯沸かしポット、その横にカップやお茶セットがまとめて置いてある。棚は機材や資料やマンガ本、壁は映画のポスターなどで埋め尽くされている。阿ペケが椅子に座り、ノートにシナリオを書いている。と、ドアを開けて林田がペットボトルのお茶を持って入ってくる。林田、阿ペケに声を掛けるが阿ペケには聞こえていない。反応がないので林田は阿ペケの肩を叩く。

林田  オイ!阿ペケ!

阿ペケ …あ、林田くん。

林田  無視すんなよ。

阿ペケ あ、ごめん。

林田  お前さ、いつも言ってるけどそういうの良くないよ。

阿ペケ、執筆に戻る。

林田  だから!無視すんなよ。

阿ペケ あ、ごめん。

林田  まあ、いつものことだから俺は気にしないけどさ、他の人はそうじゃないんだからさ、その辺はもうちょっと気にした方がいいぞ。

林田、棚にあるマンガ本を取り椅子に座り、お茶を開けて一口飲み、マンガ本を読み始める。

林田  オイ、誰か来た?新入生。

阿ペケ うーん。

林田  来なかった?

阿ペケ たぶん。

林田  いたんだろ。

阿ペケ うん。

林田  来なかったかー。ヤマちゃん達は?

阿ペケ うーん。

林田  来てない?

阿ペケ うん。…いや。うん。

林田  ビラ撒きかな。…あのさ、お前も行けよ。

阿ペケ いいって。

林田  良くないよ。お前さ、勧誘はみんなでやるもんだろ。ヤマちゃんとかセンちゃんに任せるってのは無しだろ。駄目だよ。

阿ペケ 居てって。

林田  は?

阿ペケ 部室。

林田  誰が?

阿ペケ えーと、やま

林田  ヤマちゃん?

阿ペケ 先崎さん。

林田  ふーん。いや、でもそれはさ、あれだよ、なんつーの?気を使って言ってくれているだけでさ、本当はお前の方から「一緒に行きます」って言うべきなんだよ。大人なんだからさ。

阿ペケ でも、いいって。

林田  そりゃ言うよ。お前いつもそういう時、露骨に嫌そうな顔するもん。

阿ペケ してる?

林田  してるの。ムスッとしてさ、反応しなくなったりさ。だからみんな気を使っているんだよ。だからさ、お前の方が変わるべきなんだよ。

阿ペケ でも留守番だから。誰か来るかも知れないからって。

林田  …ああ、まあね。でもそれこそ、ヤマちゃんとかに任せるべきじゃねえの?そういうの。大体お前、新入生来た時対応できるの?出来ないだろ?

阿ペケ …まあ。

林田  じゃあ意味ないじゃん。

阿ペケ でも帰ってくるって。

林田  あ、ヤマちゃん達?それまで待たせろって?

阿ペケ うん。

林田  えー、無理じゃねえの?…じゃあさ、ちょっと練習しよう。俺が新入生やるからお前対応しろ。

林田、一旦部屋を出るとドアをノック。阿ペケ、ドアを見ている。ノック。阿ペケ何もしない。林田ドアを開けて中を覗く。

林田  どうぞとか言えよ。

阿ペケ あ、はい。

林田、また外に出てノック。

阿ペケ …えっと、どうぞ。

林田、シナを作りながら入ってくる。

林田  あのー、映像研究会ってぇ、こちらですかぁ?

阿ペケ ええ!?なにそれ?

林田  なんだよ「ええっ!?」って。ほら、女子だよ女子。お前好みの。フィルターかけろよ。

阿ペケ ああ…。

林田  …あのさ、お前さ、仮にこういう人だとしても「ええ!?」ってのは無いんじゃないの?

阿ペケ うーん。

林田  ほら、やるぞ。あのー映像研究会ってぇ、こちらですかぁ?

阿ペケ あ、はい。

林田  わたしぃ、映像制作に興味があるんですけどぉ。

阿ペケ はあ。

林田  …映像研究会ってぇ、どんな活動されてるんですかぁ?動画配信とか?

阿ペケ 動画は配信してますけどそういうのは基本個人のチャンネルで、部としてはやってないです。

林田  あ、そうなんですか。

阿ペケ はい。

林田  …で?

阿ペケ で?

林田  …あのぉ、動画作ったりしてるんですかぁ?

阿ペケ あ、はい。

林田  えー!すっごーい。動画って、どんなの撮っているんですかぁ?

阿ペケ この間撮ったのは、えーと、車が走ってて、停まるとワラワラって人が来て無理矢理ドライバーを連れて行くんです。で、神様の前に連れて行かれて生贄にされそうになるんです。で、そこに改造人間が現れて、あ、改造って言っても、あのいわゆるキグルミなんですけど、本当はCG使いたかったんですけど、やれる人が居なくて、ここのロッカーに入っていたキグルミを改造して、

林田  ストーップ!!

阿ペケ …改造して作り直して、

林田  止めろって。駄目だろそれ。一番ダメ。

阿ペケ 改造はダメか。

林田  そうじゃなくてさ、そういうネタだけ急に饒舌になるなっていうの。わけわかんないよ。それにそーいうのはいいの。別に聞かなくていいの。普通さ、そういうのはもっと交流してからでいいんだよ。

阿ペケ 「どんなの」って。

林田  …だーかーら、それは社交辞令みたいなもんなの。もっとザックリでいいの。さっきのあれなら「特撮っぽいもの作ってます」で十分。

阿ペケ それじゃ駄目。特撮じゃないし。

林田  だから「っぽいもの」って言ってるだろ。それでいいの。さっきみたいなのはさ、知り合ったばかりの人にいきなり襲いかかるみたいなもんなの。…(スタート!の感じで手を叩く)はい!あのぉーどんなぁー動画をぉ撮ってるんですかぁ?

阿ペケ とくさつっぽいものです。

林田  顔に出てる!もっと笑顔で。

阿ペケ (口角だけ上げて)とくさつっぽいものです。

林田  えー!すっごーい。

阿ペケ 二回目。

林田  は?

阿ペケ 同じセリフ。

林田  いいんだよ練習なんだから。あのぉー、役者もやったりするんですかぁ?

阿ペケ 俺はしません。

林田  お前じゃない!映像研に入ったら役者もやったりするのか?って話。

阿ペケ ああ、シナリオによります。

林田  じゃなくて!…あのさ、こーゆーこと言う奴は自分も密かに役者やりたい人なの。あわよくばヒロインくらいやりたいと思ってるの。だから、そういう願いをくすぐるようなこと言わなきゃ駄目だよ。

阿ペケ くすぐる。

林田  そう!あのぉー、役者もやったりするんですかぁ?

阿ペケ、手を伸ばしてくすぐろうとする。林田逃げる。

林田  ストーップ!!そうじゃない!くすぐるってのは気持ちをくすぐるの!いきなり手を伸ばすな!物理的タッチは駄目!絶対!…じゃあ、交代!

阿ペケ 交代?

林田  お前言って、さっきのセリフ。

阿ペケ ストーップ。そうじゃない!

林田  そうじゃなくて!役者もやったりするんですか?

阿ペケ …あの、役者を、役者の、役者

林田  役者も!

阿ペケ 役者も、やったり、やったり、

林田  やったりするんですか。

阿ペケ やったりするんですか。

林田  はい最初から!

阿ペケ えーと、役者もやったりするんですか?

林田  うん、そうだねー。強制じゃないけどね。役者やってもらうこともあるかも。あ、でも君、結構映像映えしそうな感じ。

阿ペケ 映像映え?

林田  うん、なんていうの?華やかさっていうか、オーラがある感じ。君だったらヒロインも夢じゃないかも。いや、まじで。

阿ペケ 俺、ヒロインはやだな。

林田  そーゆーことじゃなくて。あのさ、今やってるのはなに?

阿ペケ 女子のセリフ。

林田  ちがう!新入生来た時の練習だろ!

阿ペケ あ、うん。

林田  だったら、目的は新入生の獲得だろ。

阿ペケ でもヒロインにするってのは。

林田  いいんだよ。だってウソじゃないかも知れないじゃん。だって、お前の作品のイメージにあう娘だったらヒロインに選ぶかも知れないだろ。だったらウソじゃないじゃん。

阿ペケ 違ったら。

林田  いやさ、お前、今の時点の話だけしてるけど、そうなった時にはお前違ってるんだよ。だから、今違うと思っても、可能性はあるの。だからウソじゃないの。

阿ペケ わかるよ。俺が書いてるんだから。

林田  だから、今じゃなくてこれからの話。

阿ペケ …うーん。でも必ずヒロインにしなくちゃいけないの?

林田  違うよ、そーゆーことじゃなくて!!…あーもういいわ。頭痛くなって来た。

林田、立ち上がる。

林田  俺、ヤマちゃん達手伝ってくるわ。

阿ペケ え?え?

林田  だから練習終わり。

阿ペケ いいの?

林田  …ムリムリ。いいよもう。とにかく、誰か来たら待ってもらえよ。お前がしゃべるよりマシだろ。

阿ペケ いいの?

林田  よくないよ。

阿ペケ え、どっち!?

林田  あのさ…まあ、できるだけ努力してよ。

阿ペケ 努力…努力…

林田、ドアから出ていく。阿ペケ、しばらく自問自答していたが、ノートに向かい擬音やセリフをつぶやきながら書き始める。

阿ペケ その時だった。海は枯れ、大地は裂け、空は曇天に包まれた。生きとし生けるものは皆戦慄し、震え上がる。その刹那、光の中から!

と、倉庫の中から鎧を着た将軍が登場。阿ペケの脳内人物。阿ペケはノートに書きながら会話する。

将軍  おい!勇者はまだ現れないのか!!

阿ペケ 現れていない。

将軍  くそ!いつになったら現れるのだ。魔王の軍はもう既にそこまで来ているのだぞ!!魔王が復活した時には勇者も復活するんじゃなかったのか!?兆候を見落としてるんじゃないのか!?

阿ペケ 見落としてはおらん。宮廷魔道士全員でくまなく国中はおろか大陸中の魔力のスキャンを行っている。小さな魔物の出現までわかるレベルでやっておるのだ。

将軍  それでも見つからないのか?伝承自体が間違っているのではないのか!?

阿ペケ わからん!だが、その可能性もある。

将軍  なんだと!?

阿ペケ 伝承自体間違いの可能性があるということだ。

将軍  お前、よくそんな他人事でいられるな。この世界が危機に瀕しているのだぞ!?

阿ペケ わかっている!

将軍  このまま魔王軍が進んできた時、我々には魔王に対抗する術はない。ただただ人命を無駄に費やすことしか出来ない。魔王に対抗できるのは勇者だけだ。俺たちはただもう、勇者の登場を待つしか出来ない。なのに、勇者は登場しない!だったら、このまま俺たちは滅びるしか無いではないか!!

阿ペケ まあ、落ち着け。

将軍  これが落ち着いていられるか!!

阿ペケ ハッシュワード産のお茶があるぞ。

将軍  …くれ。熱いやつを。ついでにはちみつもたっぷりな。

阿ペケ 残念ながらはちみつは昨日切れた。甘みは無しだ。

将軍  ああ!補給もままならん状態でどうやって戦うんだ!!

阿ペケ 策はある。

阿ペケ、将軍にカップを渡す。将軍、ぼんやり受け取ってお茶をこぼす。

将軍  あち!なんだって?策があるだと!?

阿ペケ ああ。

将軍  なんだ、どうするんだ!?

阿ペケ 勇者が駄目なら、悪魔だ。

将軍  はあ?

阿ペケ 悪魔を召喚する。

将軍  …貴様!!気は確かか!!魔王に対抗するのに悪魔を呼び出してどうするんだ。敵に塩じゃないか。敵の味方を増やしてどうするんだ!ん?味方を増やすんだから良いのか。違う!魔物を増やすことがなんの役に立つんだ!!

阿ペケ 契約だ。

将軍  契約?

阿ペケ 悪魔という存在は案外律儀でな、言葉によって縛られるのだ。言葉による縛り、それが契約だ。勝手に湧いてきた魔物は我々の言葉に左右されることはないが、我々の術式によって召喚された悪魔は違う。召喚されたものは召喚された時の言葉、つまり契約によって縛られる。契約が成立し、契約に基づいて我々が悪魔に命令を下せば、奴はたとえ同族だろうとなんだろうと関係なしに、我々のためにその魔力を尽くして戦う…はずだ。

将軍  確証ないのか。

阿ペケ ずっと禁忌とされた術式だからな。だが、そんな事は言ってられない。

ドアを開けて、星野が顔を覗かせる。阿ペケに声を掛けているが聞こえない。

将軍  ん!西の砦がやばい。とにかく、なんとかしてくれ。王国を、いや世界を救うために!

将軍、倉庫の中に入っていく。星野、恐る恐る部屋の中に入り、阿ペケに声を掛けるが聞こえない。

阿ペケ 男は、書物を広げる。そしてそれを見ながら複雑な魔法陣を床に描きつけていく。それを書き終わると男はその真ん中に立ち。

星野、阿ペケの耳元で声を掛ける。

星野  すみません!!

阿ペケ ふわ!!

星野  あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?

阿ペケ え、あ、はい、あれ、あの、

星野  はい。あ、勝手に入ってきてすみません。

阿ペケ あ、あなたは?

星野  あの、私、この部に興味があるんですけど?

阿ペケ え?

星野  はい。

阿ペケ あ、ちょっと待って。

星野  はい?

阿ペケ、ノートを閉じて星野に椅子を示す。

阿ペケ あの、どうぞ。

星野  あ、はい。

星野、椅子に座る。

阿ペケ あー…あの、ドアを二回ノックして「どうぞ」で入ってきて。

星野  はい。二回ノックしました。でも反応なかったので入りました。

阿ペケ あ、じゃあいいのか。

星野  はい?

阿ペケ あの…映像研究会ってこちらですか…あ、はい…私、映像研究会に興味が

星野  ええ。興味が。

阿ペケ あ…あれ、こういう場合は。

星野  …もしかしてお忙しいですか?また今度来たほうが良いですか?

阿ペケ あ、いや、このまま居て下さい。来るので。

星野  え、誰がですか?

阿ペケ 誰って、ええと、あの。

星野、笑い出す。

阿ペケ え、なに、なにか変なことした?

星野  いえ、噂通りの人だなあって。

阿ペケ 噂?

星野  阿ペケさんですよね?


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