【戯曲】ノイズ 作:升孝一郎

・2005年10月 いのちの洗濯劇場プロデュース「仙台アンソロジー」Bパートで上演 :ギャラリーARATA

【登場人物】

・女

・配達員

・声

※時代は2000年代初頭、女性は30代前半位を想定しています。

テーブルが一つある。テーブルの上にカセットレコーダーとノート。口の開いたチューハイの缶。女が入ってくる。手にはカセットテープ。


女 これ、いいはずだけど…。


女、カセットをレコーダーにセットして再生してみる。何も録音されていないホワイトノイズ。


女 よし。


女、テープを巻き戻す。なかなか終わらない。


女 あ、途中か。


女、テープを一度取り出し、方向を調べてセットし直し、巻き戻す。何気にノートをめくる。ノートにはボールペンでびっしりと書き込みがしてある。巻き戻し終わると、もう一度少し再生してみる。やはり何も入っていない。


女 よし。…あーあー…ん、んー。


女、のどの調子を整えると、録音を始める。


女 …えーと…。


女、録音を止める。なんだか気持ちが整わなかった。もう一度、ノートを確認する。気持ちを整える。録音を始める。三・二・一。


女 (読む。)…"このテープが再生される頃には、私は、もうこの世にいないと思います。だから、これから私が語る言葉は、全て私の遺言になります。法的に、この遺言に意味があるかどうかはわかりませんが、今ここで死を選んだ私の本当の気持ちをここに記そうと思います。そういうつもりで読んでください。"あ、違う聞いてください。


女、一度録音を止める。少し悩むが、録音を再開する。


女 …一部、おかしいところがあるかもしれませんが、気にしないでください。…えーと…(読む。)“初めに、何故わざわざ、録音なんて方法を選んだかを説明したいと思います。一番の理由は、音と文字では、やはり音の方が人の感覚に直接来ると考えるからです。人間の五感において、生理に近いのは触覚、次に聴覚と、嗅覚と味覚。最後の視覚は最も人間の生理から遠い感覚だと言われています。それは、生理から遠い感覚ほど、大脳新皮質による干渉を受けやすいためです。人の感覚とは、正確には、感覚器による感覚、脳による知覚、そして知覚した内容を分析する統覚という三段階を経ると考えられますが、特に、視覚は、最後の統覚による差異が大きいようです。視覚が特に文化的なものとみなされる所以(ゆえん)でもあります。つまり、多くの芸術、文学であります。では、他の感覚はどうか?もちろん、他の感覚においても文化的とされる部分があります。聴覚は音楽。嗅覚と味覚は食文化であり、また匂い文化とでもいうべきものです。「良い匂い」は、文化圏によって違ってきますが、危機を感じる香り、例えば死臭のようなものは、文化圏に限らず人々に危機感を感じさせます。これは、生理に近い証拠であります。このように見ていけば、触覚が一番生理に近いのは、判断を待たないものであろうと思います。さて、以上の理由から、私は視覚より聴覚に訴える録音という方法を選びました。”…ええと、ぶっちゃけ、やりたかったからです。


女、ノートをめくる。


女 ここのこれです。(読む。)“私は、ボウイ様好きです。ボウイ様とは、エキセントリック少年でもビジュアル系バンドでもありません。デビッド・ボウイ様です。うら若き中学生の頃、私は「ラビリンス」という映画を見ました。それは、デビッド・ボウイ様が美形の魔術師をやっている映画でした。元々、ファンタジーが好きでした。小学六年で「ホビットの冒険」に出会い、中学一年の頃わけわからないまま、必死になって「指輪物語」を読んで感動しました。「ラビリンス」は「指輪物語」に比べればずっと軟派な作品だったと思います。でもその中には、ファンタジー作品に不可欠な“夢”がしっかりと描かれていたと私は考えます。「ラビリンス」に描かれた“夢”とは、すなわち、少女の夢です。それは、かつては少女漫画で描かれることの多かったテーマでもありますが、ちょっと夢見がちな、でもごく普通の少女が、物凄い力を持つ魔術師によって狙われ、求められ、愛され、全てを与えれれ、でも、自由を、すなわち所有物としてではなく、一人の人間としてあることを願って、それらを捨てる。少女の時代に誰しもが一度は思い描く夢です。シンデレラコンプレックスとも違います。シンデレラコンプレックスが、自分を愛し庇護する王子様による幸せを盲目に求めるのに対し、この夢とは、それを確信しながらもそれを捨て、自らを以って由来と為す。すなわち本当の意味での“自由”を求める欲求であります。”…あれ?


女、録音を止める。少し考える。こんなことじゃなかった。ノートをめくる。


女 あれー…。あ。


女、録音を再開する。


女 えーと、話がずれました。“私は、ブームになっている作品に対し、無意識に反発を覚えてしまうほうです。”違う。ここじゃない。“その行動に対し、なんとも言えない美しさを感じたのは、私の”違う。ここでもない。…えーと…“ボウイ様が出演しているその映画の中で私が一番面白いと感じたのは、その捜査官が”…(ノートをめくり捜査官の名前を探す。見つからない。)名前はわからないんですが。…“その捜査官が、ことあるごとに行う行動でした。…彼は、何かを見つける度に、そして朝な夕なに、カセットレコーダにそのときの状況をありのままに語るのでした。それも、ただ語るのではありません。それは、明らかに誰かに向けたメッセージでした。それも、愛する人に向けてのメッセージでした。”


女、一瞬、言い淀む。


女 “語るということは、すなわち愛する人へのメッセージ。それは世界の原則といって良いものだと私は考えます。口から漏れるメッセージは、すなわち愛する者へのメッセージなのです。…その行動に対し、なんとも言えない美しさを感じたのは、私が、それを願っているからかもしれません。”…えーと、カセットに遺言を残そうと思ったのはこの記憶があるからかな。…なんか、ミーハーだなぁー。…いいか、誰も覚えてないし。…愛する人…ね。…あ。


女、録音を止め、しばし。しかし、すぐに録音を再生する。


女 えー…。


女、録音を止める。少し考える。何を読もう。ノートをめくる。


女 補足しておきます。“ボウイ様に幻滅したのは、「ラビリンス」の後に見た映画でした。その映画…タイトルは忘れましたが、その映画の中でボウイ様は、銀色の全身タイツで宇宙人と言い張っていました。その姿が、あまりにも格好悪くて、見ていて切なく、悲しくなりました。銀色の全身タイツによって、この世ならざるものを表現するという手法は、けして物珍しい方法ではありません。例えば、これも小さい頃に見たドラマですが、石坂浩二主演のドラマ「俺は御先祖様」において、主人公の孫を名乗る未来人をマリアンが演じましたが、彼女も銀色全身タイツでした。この場合、未来人であるということを銀色全身タイツによって表現していたわけです。あえて、過去に目を向けますと、この、普通ならざるものを表現する時に、外見の異様さを以ってする手法は古代の神話から延々とつながる方法であることがわかります。例えば、正史でない資料では、かの三国の劉備は竜の特徴を兼ね備えていたと言われています。これは、中国の皇帝がイコール竜として捉えられていた、そして劉備がその正統の後継者であると考えられていたせいでしょう。こういった例に頼らずとも、例えば、ひげ面やスキンヘッドが異形の者とされた歴史をかんがみれば、否、もっと卑近な例で言えば、Gメン75における香港マフィアの用心棒がボディビル選手のように筋骨隆々であるということも、結局のところ、外見によってそれが普通ならざるものであるということを表現していた良い例であるといえるでしょう。”…あれー?


女、録音を止める。チュウハイを一口。しばし。もう一口。


女 …なんで、こんなに理屈っぽいんだろう。


女、ノートをしばしめくり、読む。屁理屈ばっかりだ。ため息。録音を始める。


女 …“私は、高校時代を灰色の中で暮らしました。毎日毎日ルーチンワークのような生活でした。同じ時刻に同じバス停から同じバスに同じ時間揺られ、同じバス停から同じルートで同じ学校に行き、同じ時間に同じ時間をかけて家へ帰る。死にたくなる程悔しいことも無ければ、天に上るような幸せも無く、壁を乗り越えた者にのみ許された達成感を感じることも無く、ただ日を夜に、夜を日に次いで過ごすのみの日々を送りました。わたしは、文芸部に所属しました。しかし、それとても、なんの意味も持たなかったと思います。文学とは、文芸とは、真の生命の意味を探り出す行為であります。でも、私がやっていたのは、そんなこととは程遠いものでした。何も感じず、何も考えず、何も見ず、聞かず、心を震わせることも無い日々とは、結局のところシビトの日々に他なりません。生きながらに死んでいる日々の中で、私のやったことは、年に一回の文集作成の時に、百枚の原稿を約束しながら百行にも満たないあらすじで誤魔化し、一大叙事詩を歌いながら、愚にもつかないポエムでお茶を濁すことでした。”あー!!あれ!!(昔書いた極めて恥ずかしいポエムを思い出してしまった。)…あれ、残るのかー。…うー。リセットしてー。人生のリセットボタンどこよ。あー、もー…。あ、あれ!あれはっと…えーと…ここじゃなくて…どこだっけー、あれー??。


女、何か、絶対録音して残しておきたいと思ったことを思い出し、ノートに書いた記憶からページをたどる。と、ドアにノック。女、録音をを止める。しばらく様子を見る。また、ノック。ドアの外から声(寿司配達員)。


配達員 すいませーん、寿司お届けにあがりましたー。

女 寿司?


女、ドアの外に向かう。


配達員 あ、どーもお待たせしましたー。

女 あの…寿司なんて頼んでませんけど。

配達員 あ、でも、ここですよねほらこれ。


配達員、伝票を女に見せてる。


女 そうですけど…でも、頼んでませんし。

配達員 代金はもういただいてますんで。これです。


配達員、女に寿司を渡す。寿司といっても一人分の宅配寿司。


女 え?誰ですか?

配達員 俺ですか?

女 じゃなくて、

配達員 …誰ですか?

女 この寿司、頼んだ人。

配達員 …俺、受けたんじゃないんで、ちょっとわかんないです。

女 え…でも普通、送り主の名前くらいチェックしますよね?

配達員 俺だったらチェックするけど、俺じゃないんで、じゃあ。

女 あ、ちょっと!!


配達員、行ってしまう。手に寿司を乗せて戻ってくる女。テーブルに置き、調べる。開けて見ると、普通のパック寿司。女、一個つまんでみるが、また箱に戻す。女、付いていたウェットティッシュで手を拭き、チューハイを一口飲むと、録音を続ける。


女 …“私の、男性遍歴…などというと、なんか艶っぽく感じますが、そんな大層なことではありません。私の初恋は、ボウイ様でした。そしてその恋は、銀色の全身タイツによって引き裂かれました。その後、私の心に踏み入る男の人は皆無でした。男の人と接すること自体、高校時代には皆無でしたし、大学においては男の人は誰も私に見向きもしてくれませんでした。結局のところ、あなたと出会った時、私が処女であったのは、想いではなく結果でしかなかったのです。あなたは、あなたと出会うことが私の運命であったように語りましたが、…そう、あなたはもう覚えていないでしょうが、あなたはそう語ったのです。…そう語りましたが、それは間違いです。私にとって、あなたとの出会いは、偶然であって必然ではありません。それを私は必死になって必然であると思い込もうとしました。そうやって、自らを騙し続けました。あなたが、私にどんな裏切りをしたとしても、それを見なかったことにして必死になって「運命」という言葉にすがってきたのです。”…うー。


女、録音を止める。しばし。ノートを放り投げる。カセットレコーダも放り投げようとするが、止める。

私は何を言ってるんだろう。みじめだ。なんでこんな想いをするんだろう。なんでこんなことをわざわざ言葉にしなければいけないんだろう。これが私の一方的な想いであるとしても、あの人はそれを感じようと努力するべきではないのか?いや、人間はテレパシストではない。わかってる。以心伝心でわかれとは言わない。だが、せめて、問いかけすべきではないのか?「どうしたの?」「今、何を感じてるの?」と。それこそが、平等な人間関係、あるべき夫婦生活というものではないのか?(ここまで、数秒。)だがしかし、ああしかし、それも結局は私の独り善がりなのか?あの人が、なにも感じないのだとしたら、おかしいのは私なのではないか?何故?何故?何故?何故?

女、部屋をうろうろする。チュウハイを飲む。飲み切ってしまった。台所に行く。台所からお代わりのチュウハイを開けて持ってくる。それをあおる。と、お腹が張って痛くなる。


女 痛てててて…。


女、しばらくお腹を押さえる。色々な思いに責め苛まれながら、耐える。やがて、女、ノートを拾い、テーブルに戻り眺める。録音を再開する。


女 “平等な夫婦関係とはなんだろうと考えた時、一つの仮説として思い浮かぶのは大学時代のタカシナ君との関係性である。彼は、ホモであった。否、ホモであると言われていた。それは、彼の外見によるところが大きかったように思う。彼は、口ひげを生やし、色白だった。体格はがっしりしていたけれど、どこか物腰が柔らかだった。何より彼は、飲み物を飲む時、小指を立てていた。その一本の指のせいで、彼はホモだと思い込まれてしまった。私自身も。私は、彼を好ましいと感じていた。にもかかわらず、彼に何も想いを伝えることはしなかった。それも結局は、彼がホモであるという思い込みから。つまり、たった一本の小指のせいだったのだ。もしあの時、彼に思い切って思いを打ち明けていたなら、一本の小指に負けずに好きだと伝えていたなら、もしかして、私の人生は変わったかもしれない。いや、変わっていたに違いない。それは、この、今の人生から見たら修羅の道であるかもしれない。感情のもつれた茨の道であるかもしれない。それでもなお、その道を辿るべきであったかもしれないと、今は思う。”…いや、…結局、今だって。…あなたにとっては、どっちでも同じだよね。…結局、私は…。


間。


女 私は、あなたに必要とされないから、


女、録音を止める。しばし。チュウハイを飲もうとして、止める。録音を再開しないで吹き込もうとする。


女 …だから…さよならです。…さよなら。…あ。


女、録音をしていないのに気がつく。女、録音を再開する。


女 …えーと、だから…あの。


すごく情けない。何故、さよならなんて言うのか。言わなければいけないのか。醒めた気持ちではとても言えない。…言わない。…言ってたまるか。

ノートをめくる。なんだか、書いてあることが全て鬱陶しい泣き言、衝動的な死へのただの言い訳に思えてならない。

なんだか、うざったい。もう、やだ。


女 …もう、やだ。


女、ノートを閉じる。

どうせ、全部書いたんだから、書きたいことは全て書いたんだから、読みたい人がいたら、これを読めばいいんだ。録音なんて、…馬鹿馬鹿しい。

録音を続ける。


女 …ええと…他にも色々と吹き込むことを用意したんだけど…そのつもりでノートに書いたんだけど、…読みたい人はノートを直接読んでください。ノートに全部書いてありますから。…私の持ち物の処分の仕方も、何もかも書いてありますから。…読んでください…読まなくてもいいけど。…色々と、お怒りでしょうけど、しょうがないって、…思わないだろうけど、しょうがないんですよ。…書きましたから、読んでください。…いえ、どっちでもいいです。…じゃ。


女、レコーダーを止め、ノートの上に置く。立ち上がる。台所に行くと、コップ一杯の水とビンに入った薬を持ってくる。ビンを開け、錠剤をいくつか手に取るとそれを口に入れ、水で流し込む。もう一度、錠剤を手に取る。飲もうとして、ちょっと気になって、カセットテープを少し巻き戻して再生してみる。なにも音がしない。女、薬をビンに戻し、テープを取り出して方向などを確認してセットしなおし、巻き戻す。巻き戻し終わると、再生。ホワイトノイズ。やがて激しいノイズ。しかし気配はするが声がしない。


女 あれ?


女、ボリュームを上げてみる。ノイズばかり、声はしない。


女 壊れたかな。

声 あーあー。

女 ひ!


カセットレコーダーから声。女の声でもさっきの配達員の声でもない。女、ボリュームを下げる。


声 …ええと、いいのかなこれで。…聞こえてますか?…って、まあ、あとで確認すればいいんだけどね。…なんか…ええと、どういうあれで録音したらいいかわかんないけど、…まあ、ね、うん…ええと、俺は今、あそこに来ています。…あ、まてよ。


カセットの声、途切れる。


女 なにこれ。


声、続く。


声 えー俺は今、中央公園に来ています。くさいです。何でこんなにくさいかというと、ゴミ捨て場状態だからです。…ま、どうでもいいよね。…ええと、なんでここかというと、俺の記憶が始まるのが、ここだからです。…なんつって。大げさですけど。なつかしーんだよね。くさいけど。昔もくさかったです。俺、ここのぐるぐる回る奴好きでした。…えーと、なんて言うのかな名前。…わかんないけど。…ポールがあって、大きなリングが鎖でつながれていて、リングに掴まりながらグルグル回れるようになっていて、…それに必死になってしがみついてたんだよね。…あ、最初の記憶が。…あれ、あぶないってことで、小学校の頃にロープでがんじがらめにされて使用禁止になってたんだけど、…最近はロープ外してあんのね。…いいのか?…


声、途切れる。


女 中央公園って。


声、再び始まる。


声 …えっと、業務連絡しておきます。…なんつって。…この間、ターちゃんの奴見ました。良かったと思うよ。なんか、あの、ホニャホニャした奴が、あれでしょ?人間の情念って言うか、止むに止まれぬなんか、なんていうか、そういうあれでしょ?だから、ホニャホニャしてて…コーツ君は違うって言ってたけど、俺は、そう思うんですけど、ターちゃん的にはどうなんでしょう?あ、あと、俺のとこに残しといた奴ですけど、あれ、結構がんばったので、感想を…どっか、載せといてください。それだけでいいです。以上、業務連絡終わり!…あ、いいです無視してもらって。


間。


声 …えーと、なんでこうなったんだって事を、まず、一番最初に説明するべきだと思うんだけど、…なんかわかりません。…普通に高校も出て、大学も出て、就職もして、で、なに?っていうか。…なんか、今の俺から見てどうってこと無いし、何も意味ないし、やっぱり、人間生きてるんだったら、キリッとした目的っていうか、生きる意味って言うか、存在意義って言うか、そういうものを持っているべきだと思うんだけど、無いよなーって、…俺には無いよなーってつくづく思います。…まあ、親には悪いけど、なんか、血かなーって思います。…うちの母さんとかもなんか、そういうあれを、延々と悶々してたし、父さんもやっぱり延々と悶々してたし、…血って言うか、運命なんだろうね。、まあ、それを言っちゃおしまいよって感じだけど。…ええと、…一応、語るべきことをノートにまとめてみました。自分の、全てって言うか、生まれてからこれまでのことで、記憶に残ってるありとあらゆる事を書き留めて、この機会に吹き込んでおこうって思ったんだけど、…いざ読もうとすると、なんか…情けねーなーって思う。本当に下らないことばっかりで、わざわざ言葉にする必要も無いようなことばっかり。…パチンコでドル箱積み上げたら、次の日に全部すってマイナスになったとか。…あ、良く行く店に結構可愛い女の子がいるんだけど、なんか、すっごく清楚で儚げで、ああいう所にいるとなんか助けてやりたくなるような。…まあ、縁無いけどね。…つうか、勝手にそう思ってるだけだけどね。…どんな可愛い子だってうんこもすればおしっこもするし、オナニーもセックスもするんだよ。…同じ人間だって、思うけど、…超えられないんだよね、その壁を。自分の作ってる壁を。


間。


声 これを、心の壁と言って、解決した気になっちゃう人がいるけど、そんな簡単なものじゃないよ。だって、人間の生活というのは、結局形而上学的なもので、どんなに感覚するものが心地よくてもそれを解釈する精神が腐っていれば、生活が腐るんだから。…ものは取り様。…般若心経に曰く、「色即是空、空即是色」とは正にこの理屈を説明したものだ。でもね、この現実を表す色(しき)ってのが曲者さ。…俺の、体を覆っていた脂肪の塊。100キロ近いあの塊は、幻覚か?…はは…幻だ。だから、今はもう無い。そうして、まだある。…みんなの中に。


間。


声 …なんか、くらくらしてます。…そろそろ終わりかもしれないです。…昨日計ったら、体重50キロになってました。一頃の半分以下!オメデトー!めでたい!!…めでたくないよ。なーんも変わんない。…ダイエットしても、駄目でした。なにも変わりませんでした。んで、戻れなくなっちゃいました。…何食べてもすぐ吐いちゃうし、もともと蓄えもそんなに無かったから、食うもん自体もう無いし。…この時代に飢え死にって、なんだろうね。…俺が、他の人と違うのはそれだけなのかな。…減り始めた時は嬉しかったなー。…運動すればするほど見る見る落ちて、でも続かなくて、また太って、食べなくなって、やせて、でも、みんな気が付かなくて、だからもっと、あと十キロ、あと五キロってがんばってる内に、こんなんなっちゃって。…つうか、こんだけやせたのに、なんでみんな俺にデブキャラを求めるんだろう。俺ガリガリでしょ?なんでデブっていうの?デブっていうなよ。デブとか人に言うなら、まず自分がデブになってみろっていうんだよ。体が思うように動かないとか、ケツが上手く拭けないとか、体験してみろっつうの。…もう、俺、デブじゃないんだからさ。…つうか、…そんなの、どうでもいいんだよ、本当は。…俺には何も無いのが問題なんだよ。…


間。


声 …えーと、なんか、もう、どうにもこうにもひどいけど、これが、俺の最後の言葉になると思います。…なさけねーな。本当。…さよなら。


ノイズが途切れる。間。


女 なんなのよ、これ。…いったい、なんなのよ。…あたしの言葉はどこ行っちゃったのよ。…勝手に。

声 え?

女 …え?

声 …え?

女 …なに?

声 …え、あ、あの、…あなた、誰ですか?

女 …はぁ?…あ、あのさ、

声 …はい。

女 私の声、聞こえてるの?

声 …ええと、聞こえるっていうか、テープレコーダーですよね?

女 テープレコーダーでしょ?

声 …ええ、あなたが。

女 はぁ?私は、人間です。

声 …ええと、どこかで、その、リアルタイムでしゃべってるんですか?

女 …リアルタイムっていうか。

声 え、人間って…。

女 はあ?

声 はい。

女 …。

声 え?

女 は?

声 なんか、…声が遅れて聞こえるみたいだな。

女 一刻堂か。

声 …は?

女 私が吹き込んだこと、聞いてたの?

声 …え?

女 真似したの?つうか、当てこすり?

声 …聞いてません。

女 聞いてないなら、なんで。…なんか、馬鹿にしてるよね。

声 …馬鹿にしてません。

女 あのさ、一言言っておくけど、あたしは、あんたとは違うから。

声 は?

女 あんたみたいに、デブが嫌で死ぬわけじゃないから。

声 …あの、そんなんじゃないですけど。

女 そうじゃない。デブがダイエットしすぎで拒食症になって死ぬんでしょ?

声 …そんなんじゃなくて、本当に大事なのは、そんなんじゃないんです。

女 あんたにとって一番大事なのは、そこなの。デブなの。デブであるという存在の軽さなの。

声 …失礼ですよね。はっきり言って。

女 デブにデブって言って何が悪い!!

声 今はデブじゃない!

女 デブなの。体はやせても心がデブなの。

声 え。

女 心がデブなの、あんたは。心をダイエットしなさい!!


と、ノイズが強まる。


声 …。

女 聞いてんの!?

声 もしかして…。

女 は?

声 これ、…あの、…あなたは、(ノイズが強まる。)

女 は?なに?なんだって?

声 (ノイズ)なんですか?…昔、よく口癖で言ってたから。

女 なんのこと?

声 これ、霊界ラジオだったのか?

女 霊界ラジオ?

声 (ノイズ)

女 もしもし!?ちょっと、聞こえてるの?もしもし?私はなんなの。ちょっと!!なんか言いなさい!デブー!百貫デブー!おーい!もしもーし!!なんか言えー!!答えなさいよー!!


女、夢の中で泳ぐがごとく、歩むがごとく。やがて、闇に解けていく。

闇の中、携帯の音。明転すると、薄暗がりの中、女が横になっている。もぞもぞと起き出すと、携帯を取る。


女 でぶ?…もしもし?…はい…ああ…あ、ごめん、寝ぼけてた。…え?…ああ、あの寿司?…誰の?…だったっけ。…なんか、最近それ所じゃなかったから。…うん、ありがとう。…え?…そんな、いいよ。…いや、いいって。…そう?…うん、わかった。…ありがとう。…じゃあ、明日、夜ね。うん、じゃあ。


女、携帯を切る。部屋を眺める。お腹を見つめる。薬を見つめ手に取るが、また置く。女、カセットレコーダーを再生してみる。ホワイトノイズばかり。それをかけたまま、ノートと薬のビンを台所にしまいに行く。戻ってくると、寿司をつまむ。と、何かに気づいて探すが、無かった。


女 …醤油、もらえば良かった。


女、台所に醤油を採りに行く。ホワイトノイズの彼方に微かに何か聞こえる。暗転。


劇終

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