【戯曲】ワガクニ ~四畳半帝国の興亡~ 作:升孝一郎
・2000年1月 升孝一郎とがらくた本舗で上演 :OCT/PASS STUDIO(仙台)
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【試し読み】
四畳半の部屋がある。殺風景といっていいような部屋だ。真ん中にテーブル。奥が台所になっていて、そこにドアがあるらしい。一人の男が入ってくる。この部屋の住人、和賀だ。疲れているようだ。テーブル横に倒れ込む。と、ドンドンとドアを叩く音。
和賀 …誰ですか?
再びノックの音。嫌々立ち上がる和賀。
和賀 どなたですか!?
女 あら和賀さん。いたのね。
和賀 …すいません。家賃はもう少し待ってください。
女 ええ、その事でちょっとお話しがあるの。ちょっと、ここを開けてください。
和賀 いや、ですから、お金ありませんから。
女 そうじゃないの。和賀さん、とにかく、ちょっとここを開けてください。
和賀 家賃の話しじゃないんですか?
女 いいえ、家賃の話しよ。でもね、そうじゃないの。
和賀 あの、部屋散らかってるんで。それに、俺、そろそろ出かけますんで。
女 そう。じゃあ、しょうがないわね。…何時頃帰る予定なの?
和賀 …特に決めてませんけど。
女 じゃあ、後でまた来ます。
和賀 お金、ありませんよ!
女 だから、そうじゃないって言ってるじゃないですか。とにかく、また後で来ます。
女、去る気配。戻ってくる和賀。ごろりと、横になる。と、またノックの音。嫌々立ち上がる和賀。
和賀 だから、お金無いって言ったでしょ!!
和賀、ドアを開ける。勝手に入ってくる男。
和賀 ちょちょっと、なんですか、あなた!?
男 総統だ。
和賀 相当…なんですか?
総統 ヒューラーだ。
和賀 ヒューラーってなんですか?
総統 総統だ。
和賀 だから総統ってのはなんなんだよ。
総統 気を付け!!
和賀、気を付けする。以下、総統の指示に思わず従ってしまう。
総統 休め!気を付け!休め!回れ右!右向け右!礼!着席!起立!お座り!お手!ハウス!来い!回れ!飛べ! (えさを投げて)取ってこい!よーし、よしよし。
和賀 (我に返って)何させんだよ!!
総統 君は何だ。
和賀 この部屋の住人だよ。
総統 ならば、当然のことだ。恥ずかしがることはない。君は、我が臣民なのだからな。
和賀 はい??
総統 酒をもて。
和賀 いや、その前に、…今、なんて言った?
総統 「いや、その前に。」
和賀 あんたがだよ!!
総統 「酒をもて。」
和賀 その前!!
総統 騒ぐな。五月蝿い奴め。ええと、「君は、我が臣民なのだからな。」
和賀 何だ臣民って。
総統 知らんのか。帝国に仕える臣と所属する民のことだ。
和賀 どこが帝国なんだよ。
総統 ここ。
和賀 ここは、俺の部屋だ。
総統 じゃあ、君は何人だ?
和賀 日本人だよ。ああ、テンノーがどうとかいう人なの、あんた。俺、政治には興味無いから。
総統 残念ながら、君は日本人ではない。
和賀 じゃあ、何人だよ。
総統 だから、我が臣民だ。
和賀 なんで、そうなるの。いつ、俺があんたの臣民って奴になったんだよ。
総統 先程、この部屋は我が国によって征服され、併合されたからだ。
和賀 …なんのこと?
総統 今言った通りだ。この地は我が帝国の領土となった。よって君は、わが帝国の臣民だ。わかったかね?
和賀 はあ。あの、つまり、この部屋は、あんたの国になったと。
総統 そうだ。
和賀 それで、あなたが総統陛下だと。
総統 閣下だ。
和賀 総統閣下だというわけか。
総統 その通りだ。
和賀、笑う。
総統 なにがおかしいのだ?
和賀 冗談だろ?
総統 事実だ。
和賀 んなわけないでしょ。
総統 何故そう思うのだ?
和賀 何故も何も、つまり、この部屋を独立国にするってことでしょ?そんなことできるわけないじゃないですか。
総統 君は、国家の三大要素を知ってるかね?
和賀 いいえ。
総統 国家とは、国土と、国民と、政府の三つから成り立っている。我が帝国は、小さいとは言えどもこの三つの要素を有している。絶対主義国家であるから、政府は、私だ。
和賀 国民は?
総統 君だ。
和賀 国土は。
総統 この部屋。
和賀 誰の許可をもらったの。
総統 許可など必要無い。
和賀 そんなわけにいかんでしょ。
総統 よろしい。では聞くが、例えばそう、日本国という国がある。
和賀 ここが日本だよ!!
総統 この日本国は、誰に許可をもらって建国されたのだ?
和賀 ………それは、昔からあったからいいんだよ。
総統 残念ながら、昔からあるわけは無い。この世に存在するありとあらゆる国家は、いつか、誰か達によって建国されたのだ。そこに住んでいた人々を従えて、あるいは滅ぼしてな。人類が生まれる前に、国家が存在したか?
和賀 ああ、わかった。神様に許可貰ったんだよ。建国神話とかあるでしょ。
総統 いい所をついているが、それも違う。建国神話では、大抵の場合神の命令によって建国が行われる。人間が勝手に作ったものに許可を与えることは無い。何故か?神は、人間によって作られたものだからだ。誰でも、自分の存在に、自分の行動に、許可が欲しいからな。止まれ。とにかく、誰かに建国の許可を取る必要は無い。強いて言えば、国家を構成するものの共同認識があればいいのだ。
和賀 ちょっと待て。つまり、俺とあんたが、ここは独立国だよって思ってればいいっていうわけか?
総統 まあ、そうだな。
和賀 じゃあ、断る。
総統 ほ?
和賀 俺はあんたの帝国の国民なんかにはなりたくない。だから建国も認めない。以上。さあ、とっとと出てってくれ。
和賀、総統を追い出そうとする。
総統 まあ、待て。
和賀 待たないよ。あんたはどうやら、なんか企んでるらしいけど、そんなもん関わりたくないし、俺にはどうでもいい事ばっかりだ。ここは、俺の部屋だ。俺が、自分で見つけて自分の金で借りてるんだ。
総統 今はそうじゃない。
和賀 …確かに何ヶ月か滞納してるけど、それだって、いつか返すつもりだし、
総統 その必要は無い。
和賀 なんでだよ。あんたが払ってくれるのか?
総統 この地は、我が国の領土だと言ったはずだ。払うとしたら、私に住民税を払うべきだ。と、言いたいところだが、なにせ占領直後だ、当分の間、住民税は免除しよう。
和賀 …もし大家が怒鳴り込んできたらどうするんだ?
総統 何故、大家が怒鳴り込んでくるんだ?
和賀 何故って、だって、家賃溜まってるからねぇ。泣き寝入りはしないよ、あの大家は。
総統 問題無い。
和賀 どうして。
総統 その件はすでに解決済みだ。
総統、一枚の紙切れを出す。
和賀 領収書?…対日友好親善資金として??
総統 無用な戦争は避けるのが、我が国の基本的な外交姿勢だ。
和賀 …これ、溜まってた家賃の分?
総統 そういう言い方もあるな。
和賀 なんでこんなことしてくれるの?
総統 国民あっての、国家だからな。…で、どうするね?我が国の一員となるか、ここを即刻出て行くか。
和賀 即答しなきゃだめなの?
総統 うむ。
和賀 出てくのはちょっとなぁ。
総統 どうするのかね?
和賀 わかったよ。なるよ。賎民だっけ?
総統 臣民だ。
和賀 そう。その臣民に。
総統 よろしい。ここに、我が帝国が正式に成立した。それを祝して、建国の宴を行う。酒をもて。
和賀 …酒、無いんですけど。
総統 ならば、買ってまいれ。
和賀 金も無いです。
総統 しからば、国費から捻出しよう。ほれ。
総統、懐から裸のお札の束を取出し、数枚を渡す。
和賀 (お札を見て)何ですかこれ。
コピー用紙を切った物に、「一我が国ペセタ」とマッキーで書いている。
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