【戯曲】ヴァカビジブル
【登場人物】
・原田(はらだ) 女教師。生徒指導担当。ヴァカビジブルの秘密を知り協力している。
・今野(こんの) 男子高校生。漢字などは苦手だが知能は高い。
・森川(もりかわ) 今野の隣の席の女子生徒。ヴァカビジブルの野望に対抗する組織に所属
高校の生徒指導室。テーブルの片側に生徒(今野)が座っている。お盆に麦茶の入ったコップを2つ載せた原田が入ってくる。
原田 あーそんなに固くならないで、麦茶で良かった?
今野 え、あ。
原田 (今野の前に麦茶のコップを置く)普通はね、生徒に麦茶なんか出さないんだよ。今野くんは特別。
今野 …はい。すみません。
原田 もう!そういう時は「ありがとうございます」でしょ?
今野 あ、すみません。ありがとうございます。
原田 うん、よしよし。素直な子は好きよ。
今野 …あの。
原田 ん?
今野 なんでしょうか?
原田 なにが?
今野 呼び出し。
原田 ああ、うん。ちょっとねー、今野くんとお話したかったのー。
今野 はあ。
原田 あれ?反応薄いなあ。先生とお話するのキライ?
今野 キライとかそういうのじゃ。
原田 良かったー。キライって言われたら先生泣いちゃうよ。
今野 すみません。
原田 またぁ。君、「すみません」が多すぎるぞ。「すみません」って言うとね、ため息の三倍幸せが逃げるんだよ?
今野 三倍。
原田 あ、なんか難しいこと考えてるでしょ。「幸せは数値化出来るのか」とかなんとか。
今野 え、なんで?
原田 え、当たり!?私すご~い。超能力じゃないこれ?よーし、えい!はああああ!(今野に向けて手のひらを向け力を込める)
今野 …あの、
原田 もー、乗ってよ。こうやったらうわーって言って吹っ飛んでよ。恥ずかしくなるじゃん。
今野 すみません。
原田 ほらまた「すみません」。謝らなくていいんだよ、こういうのは。
今野 はい。
原田 今野くんさー、あんまり他の人とつるまないよね。
今野 …ですね。
原田 苦手?人付き合い。
今野 はい。
原田 そっかー、でもわかるよ。面倒くさいもんね人付き合いって。
今野 面倒くさいっていうか、その…。
原田 怖い?
今野 どちらかと言うと…。
原田、今野の手を取る。
原田 今野くん。
今野 はい。
原田 今野くんの手、温かいね。
今野 そうですか?
原田 私の手はどう?温かい?
今野 …はい。
原田 私もそうだけどさ、今野くんの周りの人間もみんな、今野くんと同じで血が通っててさ、触れ合ったら温かさを感じられるんだよ。
今野 はあ。
原田 だからさ、怖がらないでさ、もっと心を開いてほしいなあ。
今野 すみません。
原田 また謝る!…こういう時は「わかりました」って言ってニコって笑うの。やってごらん。
今野 わかりました。(無理矢理笑う)
原田 (笑う)うわー、すごい顔!もー、なに?その顔!こんな顔こんな顔(真似する)この顔する方がよっぽど大変だよぉ。
今野、憮然としていると、原田、両手で今野の顔を挟みガシガシとマッサージする。
原田 ほらあ、もっとリラックスリラックス!無理しなくて良いから。
今野 (原田の手から離れ)…笑顔苦手なんです。
原田 そうなの?きっとさー、それって思い込みだと思うよ。
今野 思い込み?
原田 そう、思い込み。本当はさ自然な笑顔が出来てる時もあるんだよきっと。だけど「自分は笑顔が苦手だ!」って思い込んでるからわからないの。みんなさ、自分が今どんな顔してるかってわからないからさ。
今野 そう…かもしれません。
原田 あ、そう言えば。今野くん時々、授業中に不思議な表情する時あるね。困惑って言うか狼狽って言うか。なんか変なモノ見た時みたいな顔。
今野 え!!
原田 自覚ある?
今野 …いえ、その。…無いです。
原田 嘘だね。だって今野くん、目が泳いでるもん。
今野 そんなことないです。
原田 特に、隣の森川さん見てて反応してるかなー。なにか見えちゃって慌てて目をそらしてるみたいな。
今野 してません。
原田 してるってば。
今野 してません。
原田 強情だなあ。先生別に怒ってないよ。気になるんでしょ?森川さんのこと。可愛いもんね。思春期の健康な男児だもん当然だよ。
今野 そういうんじゃありません。
原田 またまたー、隠さなくていいよ。先生、誰にもしゃべらないよ。邪魔もしないし。好きなの?
今野 違います!時々、見え…
原田 時々?なに?
今野 …あの。
原田 うん?
今野 あの、自分がおかしいんだと思います。わかってます。その。
原田 大丈夫。今野くんの秘密は守るから。教えて?
今野 時々、見えるんです。
原田 見えるってなにが?
今野 あ、あの、見えないっていうか。あの、透けて、その、ブラウスの下が。
原田 んん?今野くん落ち着いて。
今野、深呼吸をする。
今野 あの、女子ってブラウスの下にブ、ブラしてますよね。
原田 ああ、うんしてるね。ああ、透けブラね。ブラウス越しのブラってそそるよね。
今野 ええと…でも、それが時々透けて見えるんです。
原田 うん、だからブラウス越しにでしょ?
今野 そうじゃなくてブラウス越しの…ブラが。
原田 だから、ブラウス越しのブラが見えるんでしょ?
今野 見えないんです!
原田 え?なに?見えるの?見えないの?どっち!?
今野 ブラウス越しのブラが、時々見えなくなって中身、あの、下の身体、っていうか皮膚、
原田 ああ!おっぱい見えるんだ、ブラウス越しに!ええー、すごーい!?超能力だね。エロ超能力。もー、今野くんそんな力あったんだ。
今野 力っていうか、いつもじゃないんです。時々です。時々、急に。テストの時とか、難しい問題解いてる時とか、そういう時に限って、フッと横見ると、
原田 森川さんの横乳が見えちゃうと。そうかーそりゃ困っちゃうよねー。その場で処理するわけにもいかないもんね。
今野 あの、これ、やっぱり僕の妄想ですよね。そんなことあるわけないし。僕、狂っちゃったんでしょうか?精神科に行った方がいいんでしょうか?
原田 今野くん、このこと他の誰かに言った?お父さんとかお母さんとか。
今野 言ってません。言えません。先生が初めてです。
原田 そう。良かった。
原田、今野の横に回り込み、今野にしか見えない角度で白衣の前を開く。
原田 どう?
今野 な、なにしてるんですか?
原田 大丈夫、下着付けてるから。
今野 あ、あの、僕には、
原田 見えてるんだ、丸見え?いやーん、興奮しちゃうぅ。
今野、逃げようとすると、原田今野を後ろから羽交い締めにする。
今野 ひ。
原田 もう!逃げないでよ。傷ついちゃうなぁ。
今野 は、放して下さい。
原田 今野くんさ、ヴァカビジブルって知ってる?
今野 知りません!
原田 そうか、今野くん、こういうのに興味なさそうだもんね。あのね、下着用の繊維とかを作ってるメーカーなんだけどね。トップシェアでね、すごいのよー、この国の下着の7割はこのヴァカビジブル製なんだって。まあ、国策会社なんだけどね。
今野 なんの話してるんですか。
原田 だから、君には見えない下着の話。
今野 え?
原田 ヴァカビジブルの特徴ってなんだと思う?わかんないよね。下着としての快適さももちろんなんだけど、なんとね、見る人によって見え方が変わるの。正確に言えば、その人の知能が高いと透けて見えるの。馬鹿には見えるけど天才には見えないってわけ。すごいでしょ?
今野 ど、どういう、
原田 考え事をしている時下着が透けて見える君は、天才の素質があるってこと!
今野、原田の拘束を外して逃げようとすると、いつの間にか今野の首に首輪がついていて、首輪の紐の端を原田が持っている。
原田 逃げられないよぉ。大丈夫。ちょっと収容所に入ってもらうだけだから。あ、警察に言おうとか思ってる?無駄だよ。これ国の政策だから。
今野 なんでこんなこと、
原田 幸福度って聞いたことある?国民がどれだけ幸せだと感じているかの指数なんだけどね、低いんだよね私達の国。でさ、高めようとしてるわけ。どうしたらいいと思う?
今野 恵まれない人を支援したり?
原田 ざんねーん。もっと簡単な方法があります。答えは、不幸だと考える人を減らすことです。じゃあ不幸だって考える人ってどんな人かな?
今野 恵まれない人?
原田 今野くんは恵まれない人が好きだなあ。残念、賢い人です。いろいろ調べて考えて伝える人が不幸を撒き散らす現況です。「今の世の中は間違ってる。もっとこうしたらみんなが幸せになれる。」なんて考えるやつがいなくなれば、みんな今の状態で満足します。はい幸福度上昇!ね?
今野 そんなの、おかしいです。
原田 おかしい!おかしいよね!?おかしいと思う、そういう君がいなくなれば、おかしいと思う人はいなくなるの。ね、だから、みんなの幸福のために、君は死んで頂戴。
原田、ぎりぎりと紐を引く。と、セーラー服を来た少女(森川)が現れ原田に打ち掛かる。原田と森川の激しい格闘。森川の蹴りが決まり、原田気絶する。森川、今野の首の首輪を外す。
森川 今野くん、大丈夫?
今野 森川さん?
森川 (今野の手を取る)着いて来て。
今野 え?
森川 街から脱出する。
今野 ちょ、ちょっと待って。
森川 早く。
今野 待ってよ!!
今野、森川の手を振り解き、森川から離れる。
森川 今野くん。
今野 なんなのこれ。なにが起きてるんだよ。わけわかんないよ。
森川 …このままここにいたら収容所送りになって抹殺される。さっき、原田先生が言ってた通り。
今野 おかしいでしょ。おかしいよね?なんで僕が殺されるの?僕そんなに知能高かった?テストの順位いつも低いのに?僕、殺されるようなことなにかした?友達いないけど、世の中に不満はあるけど、それで文句言ったこともないのになんで!?
森川 …今野くん。ごめん。私、その質問には答えられない。でもね、私はあなたを救いに来たの。それだけは信じて。
今野 君はなんなの?森川さんじゃないの?
森川 森川よ。でも同時に、WIHA(ワイハ)のエージェントなの。
今野 ワイハって、ハワイのこと?
森川 ワールド・インテリジェンス・ヘルピング・アソシエーション。世界賢人救済協会のこと。
今野 なにそれ。
森川 この国がやっていることと真逆のことを進めている組織。私達は、賢さこそが無知や蒙昧から人々を救い、それが結果的に人々を幸福に導くと考えている。だから、賢さの源である賢人を救い守る。
今野 僕が?僕のどこが賢人なのさ。
森川 あなた、私の胸、見てたでしょ?
今野 え!いや。見ようとして見てたわけじゃなくて、その不可抗力で。
森川 わかってる。でも、あなたの視線は、私のブラが完全に透けて見えてる視線だった。それはヴァカビジブルがあなたの知能の高さを証明しているってこと。…確かに今野くん、漢字のミニテストは大体半分間違えるし、英語は毎回赤点ギリギリだけど、でもね、それと賢さは関係ない。
今野 えぇ…。
森川 今野くん。私はあなたを死なせたくない。お願い。私と一緒に来て!
今野、悩むが森川の差し出す手を掴もうとする。と原田復活して森川の首を締める。
今野 原田先生!
原田 いやー油断したわ。まさかうちのクラスにエージェントが混じってたなんてね。
今野、二人に近づこうとすると、原田どこからかナイフを取り出し森川の頸動脈に突きつける。
原田 今野くん!ダメよ近づいちゃ。森川さん死んじゃうわよ。
森川 今野くん、逃げて!
今野 でも…。
原田 逃げられないわよ、今野くん。ヴァカビジブルの網はこの国を隈なく覆っているのよ。ここを脱出できたってすぐに捕まってしまうわ。無駄にあがくより、死ぬまでの日々を、少しでも平穏に暮らす方がよっぽどマシよ。
森川 原田先生?二百五十六かける二百五十六は?
原田 六万五千五百三十六。一六進数ならキリのいい数字!…もしあなたが、おとなしくしてくれるなら、森川さんは逃してあげるわ。
森川 底面が円の三角錐の体積の公式は?
原田 うるさいわね。三分のπr二乗かける高さ。底面がどんな図形でも高さをかけて三分の一でOK。…さあどうするの今野くん。抵抗するならここで森川さん諸共死んでもらってもいいのよ?
森川 x二乗+5x+4を因数分解せよ。
原田 え、ええと、あ、(x+1)(x+…ええと。
森川 今野くん!!ズボンを脱いで!
今野 ええ!?
森川 早く!!
今野、思わずズボンを下ろす。
原田 ちょ、ちょっと、今野くん止めなさい!きゃー!!
急いでズボンを上げる今野。森川、原田の動揺のスキを突いて原田に裏拳を浴びせる。再度気絶する原田。
森川 大丈夫、今野くん。
今野 ああ…ありがとう。
森川 原田先生、攻めは強いけど守りは弱いから。
今野 ああ。
森川 どうする?今野くん。
今野 え?
森川、今野の前に手を差し出す。
森川 生きようとあがくの?それともここで死ぬの?
今野 僕は…僕は、死にたくない。
今野、森川の手を掴む。
森川 じゃあ、行きましょう。
今野 うん!!
森川 ところで今野くん。そろそろズボン上げた方が…。
今野 あ(あわててズボンを上げる)…ん?もしかして、これも?
森川 …さあ、行きましょう。
今野 え、もしかして見えてた?
森川 さあ早く、先に行くよ。(森川去る)
今野 ま、待ってよ。見えたの?見えなかったの?ねえ。
今野、去る。
おわり