上弦の月を食べる獅子:夢枕獏

第10回日本SF大賞受賞作品です。氏の作品の中でも独特の切ない“哀”を持つ作品です。

一読してまず驚くのは、その凝りに凝った作品全体の構成です。螺旋収集家の男と宮沢賢治の物語が同時並行に二重螺旋を描いて語られ、さらにその物語と螺旋に対する問答が二重螺旋を描くのです。その構造は、物語そのものにも深く絡んでます。

キーワードは“螺旋”です。

この本は徹底的に螺旋にこだわった本です。そして、螺旋は繰り返しと上昇のシンボルです。この物語は、愚行を繰り返しながらゆっくりゆっくり進化していく生物達の苦悩と、そしてこの世界そのものの創造の痛みを語った物語であります。

夢枕獏という作家のコアの部分が十全に表現された作品ですが、それだけにちょっと難解でもあります。(内容は違いますが『ドグラ・マグラ』的だなとも思います。)物語自体は、主人公が巨大な山を延々と登ると言う話です。山を登ることが生物の進化をイメージさせるのですが、主人公は、本来じわじわとしか登ることが出来ない山をただ一人一気に登っていくのです。そして、その先にあるのは、混沌のまだ生まれない世界。その世界で、主人公は全てを悟ります。

そうして、物語の連鎖は解けます。螺旋は新しい段階に入ったのです。新たな進化を求めて‥。

よく、崩壊せず破綻せずにこれだけの作品をものに出来たと氏の力量にますます感服した作品でした。

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