暗黒作家列伝 久生十蘭

出会い

ミステリ小説関連の本などで名前を見ることはあったものの、実際手にしたのは大学卒業後でした。手にしようにも普通の本屋ではまず置いてなかったからでもあります。

はじめて読んだのは、好きなものコレクションにも収録している『魔都』でした。

最初は、そのおどろおどろしいタイトルに惹かれ、普通の探偵小説を読む気持ちで読み始めました。

ところがどっこい、これがただ者じゃなかったのです。

その構成、冒険浪漫さ、複雑怪奇さ、どれをとっても高いレベルの作品でした。なにより、その美しい、流れるような文章は妖しい力を持ってました。

そして、次に読んだ『紀ノ一族』で、はまってしまいました。

ただ面白いだけでない、恐ろしさ、残酷さを持った作品だったのです。

作品の傾向

基本的に、現実の歴史の一場面の隙間にあった小さい事件を取り上げ、それがどんな事件であったかを紹介するかたちで物語が描かれます。

彼が描くのは、人間が心の奥に抱える闇でありましょう。人が抱く残酷さ、恐ろしさ、憎悪、嫉妬、そういったもの。それを、美しい文章で書きつづっていきます。そして、そんな残酷な運命に巻き込まれ、それでも負けずに、その運命を黙って真っ正面から受け止める人々を好んで描いてます。

ところで、十蘭のサブタイトルとして、“残酷な国粋主義者”と書きましたが、十蘭が国粋主義者だったという訳ではありません。でも、その作品をみると、“残酷さ”と“国粋的”な部分を強く感じてしまうのです。

というのも、彼が好んで被害者として描くのは、なんてことない普通の(戦前の)日本人達なのです。彼らは、日本の美しさ、潔さ、侘び寂びを体現する理想化された“日本人”です。そして、それを踏みにじろうと迫り来る敵に対し、彼らはぎりぎりまで堪え忍び、しかし屈することなく、立ちはだかるのです。

彼の作品を読むと、「日本人で良かった」と思い、また、「日本人って怖い」とも思うのです。

そんな、恐ろしさ、心の闇と、それが裏返った怖いまでの美しさを完璧と言っていい文章で描き出す作家です。

十蘭について書いた評論などを読むと、「男ぶりの作品」と「女ぶりの作品」に分かれるそうです。

男ぶりとは、『紀ノ上一族』や『亜米利加討』などに見られる、日本男児や武士として、肝っ玉を据えて、運命に臨む、そんな男らしさを描いた作品。女ぶりとは、『奥の海』や『湖畔』などに見られる、女の強い想いや情念の発露に、男が振り回され混乱し、男らしさが徹底的に滑稽なものとなってしまう様を描いた作品。

いづれにせよ、基本的に男性の目を(感覚を)通して描くスタイルで統一されてます。十蘭の描く女性像は、「美しくて冷たい怜悧な美女」か、「可愛らしく美しく屈託無い美少女」のいずれかであることが多く、ちょっとステレオタイプのようにも感じます。が、それは男の目を通した女性達だからかもしれません。

余談ですが、個人的に坂口安吾の作品と、また、つかこうへいの作品と共通する点を感じました。

坂口安吾との共通点は、最後に読者を突き放つ悲壮さが根底に流れている点。「桜の森の満開の下」や、「夜長姫と耳男」などに似たものを感じるのです。安吾の方がより詩的で、十蘭の方がより散文的といえるでしょうか。

つかこうへいとの共通点は、男を通して男を、女を描こうとしている点です。ダンディズムと言うべきでしょうか。(ある意味男尊女卑的というか)また、ギリギリまで運命を受け入れ、耐えに耐える前向きなマゾヒズムさを描こうとしてる点が似てるように感じます。つか作品にはブスが結構でてきますが。

お薦め

  • 面白いミステリィが読みたい方

    • 『魔都』(朝日新聞社文庫)がお薦めです。緻密な構成と、美しくも妖しい闇にうごめく人々の、都市の描写等、高い完成度をもった作品です。パズル的な謎解きが好きな方にはあまりお薦めできませんが…。

    • また、短く小気味いい謎解きものが好きな方は、『顎十郎捕物帳』、『平賀源内捕物帳』などの捕物帖シリーズが良いでしょう。どれも比較的短く、ホームズの短編の感覚で楽しく読めます。

  • ユーモラスな作品が読みたい方

    • 「玉取物語」が良いかもしれません。江戸時代、ある殿様のふ○りに出来た腫瘍を、玉ごと日本初の蘭法医学による切開手術で取り除こうとする人々を重厚な文章でユーモラスに描いています。

  • 美しく、怖い物語が読みたい方

    • 多分手に入りにくいと思いますが、なんと言っても『紀ノ上一族』をお薦めします。詳しくは感想をお読み下さい。

    • また、「無月物語」(私は社会思想社から出ている同名の短編集で読みました。)、「湖畔」、「亜米利加討」も、美しく、無惨でよろしいかと思います。三編とも、タイプは違いますが、美しく無惨で怖いと言う点では一致しています。

    • というか、十蘭の作品の多くは、緻密で美しく、無惨で恐ろしい作品で、そういう作品が好きな方なら、どの作品を読んでも十分楽しめると思います。なかなか手に入りにくいとは思いますが、社会思想社や、三一文庫の探偵小説全集、朝日文芸文庫などに収録されていますし、大きめの図書館などにも二三冊くらいはあると思うので、探してみて下さい。

好きなもんコレクション収録の感想

『魔都』(朝日文芸文庫)

『紀ノ上一族』(沖積舎)