【戯曲】とうもろこしの粒の数
【登場人物】
・小林(こばやし)性別不詳 二十代
・藤田(ふじた)男 二十代
・岡本(おかもと)男 二十代
2DKのアパートのリビング。真ん中にこたつ。エプロンを付けた小林がつまみやお酒を準備してる。と、ドアホンの音。
小林 はーい。
小林、ドアの覗き窓から覗き、鍵を開けると小皿に入れた塩を取る。入ってくる藤田と岡本。
小林 (藤田の肩口に塩を振り)お帰り。
藤田 ただいま。こいつが岡本。覚えてる?
岡本 どうも。
小林 うーん、なんとなく。
岡本 え、ホント?
藤田、部屋に上がる。
小林 うん、確か学級委員とかしてなかったっけ?
岡本 してたしてた。え、マジで?
小林 うん。私、生徒会役員してたから、行事の時とか顔合わせたことあったと思う。
岡本 えー、待って待って…うーん、ごめん。ちょっと思い出せない。
小林 いいよ気にしないで。私影薄いからね。
岡本 えーと、お名前は?
小林 小林マコトでーす。よろしく。
岡本 あ、はい。小林さん。よろしく。
小林 マコトちゃんって呼んでね。
藤田 いいから!(岡本に)ほら、上がれよ。
岡本 じゃ、おじゃましまーす。
小林 どうぞどうぞ。
岡本、上がる。料理を見て驚く。
岡本 うわ、すごい。ごめんね、なんか気を使わせちゃって。
小林 いいんですよ。作るの好きなんで。
藤田 そうそう。気にしなくていいから。
岡本 くー!このこの、なんだよそれ。言いてー!俺も言いてー!
藤田、冷蔵庫を開けてビールを取り出す。
藤田 ビールにするか?チューハイとかハイボールもあるけど。
岡本 あ、じゃあ、ビール頂くよ。
藤田、ビールを岡本に渡し、自分も一本取って開ける。
小林 あ、私も。
小林、冷蔵庫からチューハイを取り出す。藤田、ビールを掲げる。2人もそれに倣う。
藤田 早死した旧友の冥福を祈って、カンパーイ。
岡本 それ言うなら献杯だろ。乾杯しちゃ駄目だろ。
三人乾杯しそれぞれの飲み物を飲む。小林は一口飲むと、こたつに置いて台所に戻る。藤田と岡本は缶を一気に飲み干し、ため息。
藤田 マコ、もう一本出して。(岡本に)お前は?
岡本 あ、うん、もらおうかな。
小林 はーい。(冷蔵庫からビールを2つ出して藤田と岡本に渡す)
藤田 しかし、後藤が死ぬなんてなあ。あいつ健康オタクだったじゃん。
岡本 だな。毎週ジムに通ってな。栄養バランスとかもめちゃくちゃ気にしてたよな。ほら、何年か前に居酒屋行った時にさ。野菜系なんにも頼まないでいたら切れだしてさ。
藤田 ああ、あったな。「お前ら!俺を早死させる気かー!!」って。
岡本 そうそう「食事の最初は野菜食ってから初めないと太りやすくなるんだぞ!!」って言って勝手にサラダ十人前ぐらい注文してさ。
藤田 信じられねえよな。それで、早死してんだもんなあ。
岡本 …そうだな。
藤田 うん。馬鹿だったよな、後藤。
岡本 だな。サラダバカ。
小林、用意したサラダを持って来る。
小林 はい、サラダどうぞ。
岡本 え、サラダ!
小林 え?なになに?
藤田 いやサラダバカの話。
小林 サラダバカ?
岡本 マコトちゃん、ナイスタイミング!(笑う)
小林 え、なんかわかんないけど、イエ~イ(岡本にハイタッチの仕草)
岡本 イエ~イ(小林とハイタッチする)
小林 カズちゃんもイエ~イ(ハイタッチの仕草)
藤田 あーはいはい。(ビールを飲む)
小林 えー。もう、ノリ悪いなあ。
藤田 いいから、お前は料理してろ。
小林 はーい。
小林、台所に戻ろうとする。
岡本 まあまあ、小林さんもこっちで飲もうよ。料理これだけあったらもう十分だし。
藤田 いいんだよ。準備してんだろ?他にも。
小林 うううん、あとはとうもろこしチンするだけ。
藤田 なんだそれ、一昨日俺が茹でたやつじゃん。
小林 うんそう。
藤田 なんでそんなの出すんだよ。もう腐ってんだろ。
小林 腐ってないよ。全然大丈夫。
藤田 捨てろよ。
小林 捨てられないよ。せっかくカズちゃんが茹でてくれたものだもん。いいの。私が食べたいんだから。
藤田 お前な。
岡本 まあまあ、いいじゃんカズ。
藤田 良くねえよ。とうもろこしは採れ立てが一番で時間が経ったら不味くなんだよ。
岡本 え、そうなの。物知りだな。
藤田 常識だよ。
小林 カズくんすご~い。
岡本 すご~い。
藤田 うるせえ。
岡本 いやいや、お前さー、マコトちゃん今イイ事言ったよ?聞いてた?
藤田 なにを。
岡本 (小林を真似して)「せっかくカズちゃんが茹でてくれたものだもん。」だって!いいなあ。泣かせるなあ。
小林 えー。だって本当のことだもん。
藤田 ただ貧乏性なんだよ。こいつ。
岡本 お前さー、そういう言い方するなよ。マコトちゃんはさ、お前のこと大事に思ってんだよ。
小林 大事に思ってるよ。
藤田 うるせえ。いいからビールもう一本持って来いよ。
小林 はーい。
小林、冷蔵庫からビールを取り出すと、暖めたとうもろこしと自分が飲んでた酎ハイと一緒にこたつに持ってきて、ビールを藤田に渡し、とうもろこしをこたつに置いてその前に座る。
岡本 ところでさ、
藤田 うん。
岡本 二人はいつから付き合ってんの?最近だよね?
藤田 え、いつからだっけ。…先月?
小林 (とうもろこしの実をスプーンでほじり出し、皿に整列させ実の数を数えている。)そうだっけ。
藤田 そうだよ。ほら駅前のバーで会って。
小林 うん。
藤田 お前、俺の隣に座ってて、お金貸してって言って来て。
岡本 え、まじ?
藤田 まじ。聞いたらこいつ全然金持ってなくてさ。仕方ねえから俺が奢ってやったの。
岡本 そんでそんで?
藤田 そしたら、もう少し飲みたいって言うからうちに連れて来て、そのまま。
岡本 えー。お前それ、ちょっとショートカットし過ぎじゃない?マコトちゃん本当?
小林 えー、覚えてない。
岡本 覚えてないってよ。
藤田 本当だって。そのままこいつ居着いちゃってさ。帰るとこないって言ってさ。
岡本 え、マコトちゃん、その時はこいつが同級生だって知ってたの?
小林 知らなかったよ。
藤田 住み着いてからだよな、わかったの。
岡本 へえ。なにそれ、なんか運命の出会いじゃん。
藤田 そんなんじゃねえよ。(小林の並べているとうもろこしの実を摘もうとする)
小林 カズちゃん駄目!今数えてんだから。
藤田 食っちまえば同じだろ。
小林 全然違うよ~。もう、邪魔しないで。
岡本 え、マコトちゃんなにしてんの?それ。
藤田 こいつの癖。
岡本 癖?
藤田 こいつさ、とうもろこし食う時いつもこれすんだよ。実を取り出してさ、整列させて数数えて、それから食うのが美味しいんだと。
岡本 えー、なにそれ。俺初耳。そういう食い方あるんだ。
小林 とうもろこしはね、こうやって一粒一粒に愛情込めると倍くらい美味しくなるんだよ。
岡本 へー、そうなんだ。
藤田 なるわけねえだろ。
小林 そんなことないよぅ。こうやってあげた方がぜーったい美味しくなるの。岡本くんにも後で食べさせて上げるからね。
岡本 うんうん、ありがとう。
藤田 でさ、
岡本 え?
藤田 さっき話しかけてたのなに?
岡本 さっき?
藤田 後藤の葬式終わった時に言ってただろ。話したいことがあるって。
岡本 え…あ、あ。そうだった。
藤田 忘れんなよ。だからうちに来たんだろ。
岡本 うん。…でも、また今度でもいいかな。
藤田 なんでだよ。
岡本 いや、その、ちょっとコートームケーっていうか。オカルトみたいな話でさ。
小林 オカルト?マコト、オカルト好きだよ。
岡本 えーと、そういうあれじゃなくて、内々の話でもあってさ。
藤田 ああ、こいつがいると邪魔なのか。(小林に)おい、お前ちょっと外出ろ。
岡本 いやいやそこまでしてもらわなくても。
小林 私いいよ?外出てても。
岡本 いやいや、…まあマコトちゃんにも関係あるかもしれないし、一緒に聞いてもらった方がいいかな。
小林 えー、なになに?
藤田 静かにしろよ。
岡本 …後藤が死んだじゃん。
藤田 うん。
岡本 先々週、高橋が死んだの知ってる?
藤田 え、高橋って誰だっけ。
岡本 中学ん時のうちのグループにいたじゃん。
藤田 ああ、あれか、空手やってたやつ。
岡本 うん。あいつがさ、運転中に心臓発作起こして、交通事故で死んだんだよ。
藤田 え、知らなかった。連絡も来なかったし。
岡本 まあ、高校とか別だったしな。でも、俺仕事関係で付き合いあってさ。
藤田 そうか。んで?
岡本 その前の週には鈴木も急死したらしいんだよ。聞いた話なんだけどさ。
藤田 鈴木って、そいつも一緒だったよな。確か。
岡本 そう。一人暮らししてたらしいんだけどさ、あいつも心臓発作だったらしい。
藤田 へえ。
岡本 つまりさ、ここ一ヶ月でさ、中学ん時につるんでた連中が相次いで心臓発作で死んでんだよ。
藤田 まじかよ。…俺たちもそういう年になったんだな。気をつけねえとな。
岡本 違うよ。いや、違わないんだけど。俺さ、これ偶然じゃないと思うんだ。
藤田 偶然じゃないならなんだよ。
岡本 (声を潜めて)これさ、…もしかして、誰かの呪いとかじゃないかなって思うんだ。
間。
小林 終わった~!!今回は五五八粒!!
岡本 (びっくりして)え、な、なに?
小林 とうもろこしの粒の数だよ。ちなみに、とうもろこしの粒は必ず偶数になるんだよ。さ、召し上がれ!!
藤田 (粒を指でつまんで口に入れ)なんも変わんねえじゃん。
小林 そんなことないよ。もっとちゃんと味わってみてよ。岡本くんもどうぞ。
岡本 あ、はい。いただきます。
岡本、とうもろこしの粒を箸でつまんで食べる。
小林 美味しい?
岡本 お、たしかに美味しいかも。
藤田 美味しいわけねえだろ。気の所為だって。
小林 もーカズくんはわかってないな。「気」は最大のスパイスなんだぞ?気の持ちようで何でも変わっちゃうんだから。
岡本 あ、それ俺も聞いたことある。なんかさ「これは美味しい」と思ってる人と「これは不味い」と思ってる人が同じもの食べても、脳の反応がぜんぜん違うみたいな話あった。薬のさ、プラシーボ効果っていうやつもそれだよね。
小林 そうそう。そのなんとか効果。
藤田 知らねえんじゃん。
小林 知らなくてもいいの。「こうなれ!!」って言う想いはね、それだけで世界を動かしちゃったりするんだよ。呪いとかもそうだよね。
岡本 え。あ、そうだね。
小林 ほら!想うことが大事なんだぞ。カズくんはわかってない!!
藤田 うるせえよ。おい、ビール持って来い。
小林 はーい。
小林、ビールを冷蔵庫に取りに行き、取って来ると藤田に渡す。
藤田 呪いなんてあるわけねえじゃん。たまたまだよ、たまたま。
岡本 うん。まあ、俺もそうだと思うんだけどさ。あんまり急に続いたから、なんかあるような気がしてさ。
藤田 大体、呪いって、誰に呪われたんだよあいつら。
岡本 いや、だから、あの時のグループのこと嫌ってたやつがいたとしてさ。
藤田 あの時のグループって、別に何もしてねえじゃん。遊んでただけだろ。誰が呪うんだよ。
岡本 うん。そうなんだよね。
小林 え、なになに、なんか呪われちゃったの?
藤田 呪われてねーよ。
岡本 そうそう。はっきり呪いってわけじゃないんだけどね。中学の頃つるんでた連中の葬式が続いたもんだから。
小林 あー、それは呪いだ。
岡本 うそ。
小林 ホントホント。
藤田 いいからお前は黙ってろ。
岡本 え、なにマコトちゃん、なんで呪いだって思うの。
小林 中学の頃にさ、女子の間で流行ったんだよね。呪いブック。
岡本 なにそれ。
小林 見たことない?黒い表紙でさ、中開くとなんか気持ち悪いイラストが満載でさ、いろんな呪いが書いてあったの。恋人が出来る呪いとか、お金が儲かる呪いとか。
岡本 …あんまり呪いっぽくないね。
小林 そうかな。
藤田 病気にするとか殺すとかだぞ、呪いって。
小林 でも呪いブックって書いてたもん。
岡本 もしかしてそれ、「まじないブック」じゃない?
小林 え!?…あれそう読むんだ。まじないかあ。
藤田 馬鹿かよ!
小林 えーでもー、みんな言ってたよ「呪いブック」って。
藤田 だったらみんな馬鹿なんだよ。
小林 えーカズくんひどい。人を馬鹿っていう人が馬鹿なんだよ。
藤田 うるせえ。(ビールを飲み干す)おい、新しいの出せ。
小林 もう無いよ。
藤田 ああ?なら買ってこいよ。
小林 やだ。
藤田 ああ?
小林 あたし怒ったから行かない。カズくんの奴隷にでも頼めば?
藤田 いねえだろそんなの。なんだ奴隷って。
岡本 あ!(藤田を止めながら)あれ、あれほら!
藤田 なんだよ!邪魔すんなよ!
岡本 いたじゃん、ほら、ドレイ!
藤田 ドレイ?
岡本 あの頃つるんでた中にさ、ドレイって呼ばれてた奴いたじゃん。ひょろっとしてナヨナヨしててさ。
藤田 …あ、ああ確かになんかいたな。
小林 なになに、誰の話?
岡本 え、いやうん。
藤田 お前が知らねえやつの話だよ。
小林 えー気になるー。
藤田 怒ってんじゃねえのかよ。
小林 うん、忘れた。今忘れた。で、なに?そのドレイって。
岡本 ああ、…えーと(口ごもる)
藤田 うちのクラスにいたんだよ、オトコオンナみたいな気持ち悪いやつ。
小林 へえーそんなのいたんだ。初耳。今流行りじゃん。ABCD?
藤田 馬鹿、違うよ。L、D…
岡本 LGBTな。
藤田 だよ。
小林 で、なんで「ドレイ」なの?
藤田 言えばなんでもするから。
小林 なんでも?
藤田 なんでも。
岡本 まあ、パシリとか、荷物持ちとか?よくいたじゃんそういうの。どのクラスにも一人くらいさ。
小林 あーねー、いたかも。
藤田 いやいや、あいつはそういうのよりイカれてたろ。ほら、不良の先輩たちのたまり場に殴り込みかけたりさ。
小林 へー。
岡本 まあ、お前が行かせたんだけどな。
藤田 え?だっけ?
小林 カズくんそうなの?
藤田 知らねえ。
岡本 で、でさ、
藤田 あ、あとあれもあったじゃん。女子の前でストリップしてオナニー。放課後に。他のクラスの連中も来てさ。お前も覚えてない?大騒ぎになったろ。結局イケないでいる内に先生に見つかって連れてかれて。あれ、あの後どうなったんだっけ。
岡本 たしか、転校したんじゃなかったっけ。あの後、学校に来てなかったはず。
藤田 そうだっけ。…で?そのドレイがなに?
岡本 …だからさ、あいつの呪いじゃないかなあって。後藤とか高橋とか鈴木とか、立て続けに死んだの。
藤田 なんで?
岡本 だって、…ほら、俺たちあいつをほら、イジってたわけじゃん。…今の基準で言ったらちょっと無茶なことさせたりもしたし、恨まれてもおかしくないかなあって。
藤田 なんで?
岡本 え。
藤田 あれはあいつが勝手にやってたんじゃん。嫌ならやりたくないって言ったら良かっただけなのを、勝手に暴走して自爆しておいてなんで俺たちを怨むの?
岡本 え。
藤田 馬鹿にしたっていうけどさ、馬鹿にしたくなるような態度とか見た目してる方が悪いだろ。なよっとしてさ、男らしくしてたら誰も馬鹿にしなかったよ。努力すりゃ良かっただけじゃん。
岡本 まあ、…そうだけど。でも、怨みってそういうもんじゃん。正しいかどうかじゃなくて、自分が被害者だと思った方が勝手に持つもんだろ。
藤田 そんなの間違ってる!
岡本 でも、
小林 そのドレイって子はなんて名前だったの?
藤田 え、なんだっけ。知らね。
岡本 えーと、こ、こ、小林、じゃなくて。
小林 えー私と同じ?
岡本 違う違う。うーん…。こ、小柳、あ、そうだ小柳だ小柳。
小林 下の名前は?
岡本 え、なんで?
小林 んー?別になんか興味あっただけ。
藤田 あ、マコトだ。そうだよ。マコトマコトフジタマコト。思い出した。腹立つー。
岡本 なんだっけそれ。
藤田 お前らが言ってたんじゃん!俺とあいつと結婚したら藤田マコトだなって。
小林 なになにそれ。え、その子、男の子だよね?
藤田 男だよ。そいつさ、なんか俺の名前入ったポエムとか書いてたんだよ。隠してコソコソ書いてるから、取り上げてみんなに見せたらそんなんで、俺まで馬鹿にされてさ。
岡本 ああ。…あ、そうだよ。それで、ほら色々やらせる様になったんだ。ミセシメだっつって。
藤田 思い出した。うわー腹立つ。俺のほうがあいつを呪い殺したいわ。
小林 呪い合戦だね。でも、カズくんの負けじゃない?
藤田 なんでだよ。
小林 こういうのはさ、呪う力が強い方が勝つから。それにカズくん、人を呪う力ないでしょ?
藤田 ああ?俺があいつより弱いって言うのかよ?
小林 そうじゃなくて、カズくん忘れてたじゃん。そのマコトちゃんのこと。忘れられる程度のことだったんだよ。カズくんにとって。でもね、呪い殺せる人はね、忘れられないの。ずーとずーと、何年経っても精密に思い出すの。言われたこと、やられたこと、やらされたこと、みんなの目、羞恥心、身体とか心の痛みぜーんぶ忘れられなくて。で、何度も何度も再生されるの、頭の中で。目を瞑っても駄目、止めることも出来ない。だから、呪えるんだよ。
藤田、何か言い返そうとするが何も言い返せない。奮然と立ち上がり玄関に向かう。
小林 どこ行くの?
藤田 …ビール買ってくる!
藤田、乱暴にドアを締めて出ていく。
岡本 …なんかすごいね、マコトちゃん。カズ相手に、度胸あるよね。
小林 ありがとー。
岡本 あいつが、手出さないなんて。変わったなあ。
小林 出すよ。同棲始めた頃はよく殴られた。
岡本 …あ、そうなんだ。なんかごめん。
小林 別にいいよ。もう少しで終わりだし。
岡本 え?(皿を見て)あ、とうもろこしか。好きなんだね、とうもろこし。
小林 大嫌いだよ。
岡本 えー、またまた。
小林 でも他人に茹でてもらったとうもろこしでないと効かないからね、仕方ないの。折角、カズくんが茹でてくれたとうもろこしあるのに無駄にできないよ。
岡本 …えーと、何の話?
小林 おまじないの話。
岡本 え?なんの?
小林、岡本を見て。皿のとうもろこしに視線を戻す。とうもろこしの粒を一粒一粒食べる。
小林 最初は鬱がひどくなってバイト行けなくなった時だった。バイト先に嫌なバイトリーダーがいてね、グチグチ怒られている内に、怒鳴る声が昔の嫌なことと一緒にプレイバックするようになっちゃって。部屋に閉じこもってずっと泣いてた。その日は母親も仕事でいなくて、冷蔵庫見たらとうもろこし茹でたのが置いてあって。私は嫌いだけど母親が好きなのよね、とうもろこし。だから夏にはなるとよく茹でてくれて。嫌いだからって食べないでいると怒られるの。理不尽だよね。なんかムカついてね、こんな風にぜーんぶほぐして一粒一粒数えてね。確か六六六粒だった。で、一粒一粒口に放り込んで。こんな目に遭ってるのは全部あのバイトリーダーのせいだって思いながら飲み込んで。全部食べ終わったら、なんとなくわかった。ああ、始末できたって。
岡本 始末?
小林 うん。その日職場でそのバイトリーダーが急に倒れてね。心臓麻痺だった。ああ効いたんだって思った。これおまじないなんだ、このおまじないなら効くんだって。そう思ったら、なんかもう、嬉しくなってね。どうしたらいいかな、どうしたら一番いいかなって。考えて、ああ、あの人のそばにいて、一本一本指を折るみたいにあの人の仲間を始末していったら苦しんで絶望してくれるかなって。それをそばで見れたらいいなあって思って。だから色々お直ししてね、あそこも切っちゃって、ぜーんぶあの人の好みに合わせて。そしたら、カズくん馬鹿だから全然気が付かないの。すごいよね。で、あっさり同棲するまでになったんだけど。でもねあの人、仲間始末しても、全然苦しみもしないし絶望もしないの。っていうか覚えてすらいないの。ははは。壊れてるよね。
岡本 あ、あの、マコトちゃん。…君は、マコトちゃんだよね?
小林 うん、マコトだよ?マコトマコト藤田まこと…あ、最後の一粒だ。
小林、最後の一粒を岡本に見せる。岡本、それを奪い取ろうとする。逃げる小林。必死に飛びつく岡本。小林の腕を掴むが粒は取れない。岡本、小林の指に噛みつく。
小林 痛た!
小林、思わず粒を離す。岡本、少し離れ、口の中の粒をつまみ上げ。
岡本 おま、お前の思う通りにいくもんか。
小林 うん。で、どうする?
岡本 え?
小林 カズくんに言う?俺はあいつに呪われそうになったって。信じると思う?カズくん。
岡本 それは、
小林 (ドアの方に)あ、カズくんお帰り。
岡本 え!?
岡本、振り返ろうとした瞬間に、小林に腕を拗られる押さえ込まれ、粒を奪われる。小林を振りほどこうとする岡本の体制を崩し、マウントポジションを取る小林。
岡本 待って!俺は、俺はなにもしてなかっただろ!?お前に。やらせてたのは藤田とか他の連中で、俺は見てただけじゃん!
小林、岡本を粒を持ってない方の手で殴る。
小林 本当幸せだよね。覚えてない人は。
小林、岡本の口を無理矢理開かせる。
小林 はい、岡本クーン、あーん。
岡本、口を閉じようとするが閉じられない。小林、岡本の口の中にとうもろこしの粒を放り込み、口を押さえる。岡本、抵抗していたが心臓発作を起こし始める。身を離す小林。岡本、息絶える。小林、岡本をこたつの所に運び、居眠りしてるように寝かせる。と、ドアを開け、藤田が帰ってくる。手にコンビニ袋。中にビール。
藤田 只今。
小林 カズくんお帰り。
藤田 あれ、なんだあいつもう寝たのか。
小林 うん。最近仕事忙しくって疲れてるって言ってた。
藤田 だらしねえな。
藤田、コンビニ袋から一品取り出し小林に差し出す。真空パックの茹でとうもろこし。
小林 え、なにこれ。
藤田 コンビニのだけど…。お前好きなんだろ。とうもろこし。
小林 …わあい。ありがとう。…早速頂くね。
藤田、ビールを一本だけ残して冷蔵庫にビールをしまい、残した一本を開けながらこたつに。小林、とうもろこしを電子レンジにセットして温めを押す。暗転。
終わり