戯曲講座で執筆した短編戯曲。改善の余地あり。いつかきちんと書き直したい。
【登場人物】
・浅野カズコ アラフォーの女性社員。総務部。
・長瀬ナナミ 二〇代後半の女性社員。経理部。
・水島ヒカル 二〇代後半の男性社員。営業部マーケティング担当。
ビール会社の会議室。真ん中に長めのテーブルが二脚くっつけて置いてあり、周りに椅子が片側三脚ずつ計六脚並んでいる。奥にホワイトボードがあり、「新製品!奇跡の愛のビール・ブルーベルベット試飲会」と書いてある。ホワイトボードの近く、下手側奥の椅子の一つに浅野が座っている。時々髪をかきあげたりしつつ、手持ち無沙汰にスマホをいじっている。と、ドアを開けて長瀬が顔を覗かせる。
長瀬 あれ?
浅野 あら、ナナちゃんも?
長瀬 カズコさんもですか。
浅野 うん、そう。水島くんに頼まれちゃって。
長瀬 そうですか。
長瀬、入ってこない。
浅野 どうしたの?入ったら。
長瀬 いや、カズコさんいるなら帰ろうかなって。
浅野 なにそれ、どういう意味?
長瀬 いやいや、別に深い意味はないんですけど。
浅野 あるじゃん。なんかあるじゃん。
長瀬 いやーないですないです。(思いついて)ほら!カズコさんビール好きじゃないですか。好きですよね?
浅野 まあ好きだけど。
長瀬 私帰れば、その分飲めるじゃないですか。
浅野 なぁに、そんなこと?いいじゃん、一緒に飲もうよ。ねえ、ナナちゃん。
長瀬 はあ…、それじゃ、はい。
浅野 うん、入って入って。
長瀬、入ってきて、上手側の真ん中の椅子に座る。
長瀬 他、誰か来るんですかね?
浅野 …わかんない。水島くん、ちょっと段取り悪いからね。
長瀬 悪いですよね。前日に告知なんて無理でしょ、今どき。昭和じゃないんだから。
浅野 ちょっと。昭和って言えばなんでもありと思わないでよ。
長瀬 え、違うんですか。
浅野 違うよー!むしろさ、昔は連絡手段がイエ電とか手紙とかしか無かったからさ、段取りとか、逆に大変だったんだよ。
長瀬 へえ。
浅野 恋愛とかもさ、こう、友達にバレないように相手の机に手紙入れたら、別な奴に渡っちゃったりさ、電話、相手の親に取られたりまずいから、最初に1回だけ鳴らしてからきっかり5分後に掛けるとかしてさ。
長瀬 へー、なんかスパイ物みたいですね。
浅野 そうなのよ!あの頃はもう、なに?恋愛が最大のエンターテインメントだったからさ。
長瀬 そういえば、昭和の映画とかドラマの恋愛ってなんかすごいのありますよね。トラックの前に飛び出したり。
浅野 「101回目のプロポーズ」ね。(トラックの前に飛び出す演技)飛び出してキキーッ!「僕は死にましぇん!僕はしにましぇん!あなたが好きだから!」って言うのよ!いいよね、あれ。
長瀬 えー、なんか重くないですか。
浅野 重いよ。重いけど、それがいいんじゃない!あとちなみに、あれ、平成三年のドラマだからね。
長瀬 そうなんですか。でも平成一桁は昭和みたいなもんですよ。
浅野 えー雑ー。
長瀬 っていうか、カズコさん40代ですよね。
浅野 それがなに?
長瀬 なんか微妙に言ってることが、…うちのおばあちゃんみたいだなあって。
浅野 おばあちゃん!言うに事欠いておばあちゃん!!
長瀬 あ、でも大丈夫です。うちのおばあちゃん脳年齢20代なんで。
浅野 慰めになってない!
長瀬 水島、遅いですね。
浅野 …ちょっと、なんで呼び捨てなの?
長瀬 なにがですか?ああ、水島?
浅野 水島「くん」でしょ?あんな子だから水島「さん」とは言いにくいかも知れないけど、せめてくん付けしなさいよ。
長瀬 私ら同期なんで。
浅野 でもぉ、なんかちょっと、私は納得いかない。
長瀬 なんでですか。
浅野 なんか馴れ馴れしいじゃん。あ!もしかして、ナナちゃん水島くんのこと…。
長瀬 えー無い無い。無いですよ。
浅野 本当に?じゃあ、ナナちゃんどんな人が好みなの?メガネ?童顔?ぬぼーとした感じ?
長瀬 それ全部水島じゃないですか。
浅野 あのカオナシみたいに、弱々しく「あ…あ…」みたいな感じが母性本能をグリグリくすぐるの?そうなの?
長瀬 ありませんよ。カズコさん、ああいうのがいいんですか?
浅野 いいじゃない。あの、フッて吹いたらパタンって倒れそうな感じ、たまらないじゃない。私、水島くんが目の前にいたらご飯三杯は行けるよ。
長瀬 変わってますね。
浅野 わかってない!ナナちゃんはわかってない!男なんて、結局みんな子供なの。女に甘えたくて甘えたくてたまらないの。
長瀬 ああ!ありますね。私の彼氏、歳上なんですけど。
浅野 え、え、そうなの?
長瀬 年上のくせに甘えてくるんですよね。帰るって言うと「もっと一緒にいたいよお」とか言って。そのくせ、用事あったら自分はさっさと帰るんですよ。ひどくないですか。
浅野 あーねー。あるよねそういうの。
長瀬 最初の頃はもう少しマシだったんですけどね。
浅野 やっぱりあれ?年上ってことは、包容力ある感じで「俺がお前を守ってやるよ」みたいな感じ?
長瀬 そうですねー、そんなこと言ってました。でも、口先だけでしたね。
浅野 そうなの?
長瀬 そうなんですよ。口では上手いこと言うんですけどね、約束したこと一つも守ってくれないし。
浅野 えーそれはひどいねー。
ドアを開け、荷物を抱えて水島が入ってくる。
長瀬 だから、そろそろ別れようと思ってて
浅野 あ、水島くーん!
水島 あ、…どうも。
水島、中に入ってくる。部屋をキョロキョロ見回す。
水島 …あれ、他の方は?
浅野 来てない。私達だけだよ。
水島 ええええ…。マジですか。
浅野 うん。まじまじ。
長瀬 来れるわけ無いじゃん。昨日の今日でさ。みんな忙しいんだから。
水島 うわあ、困ったなあ。
浅野 困るよね。ね。
水島 カノコさんになんて言おう…。
浅野 カノコ?カノコってカノコチヨコ?
水島 はい。カノコチヨコさん。
長瀬 今回のこのビール、カノコさんがメインで作ったんですよ。
浅野 えーそうなの!?(水島に)水島くんそうなの?
水島 そうなんです。カノコさん渾身の一品なんです。きっと、これ、ビール業界に革命を興しますよ。ざわわ、ざわわって。
長瀬 さとうきび畑か。
浅野 えー、あの子はちょっとどうかなー。どうなの?(長瀬に)どう?
長瀬 どうって?案外人気ありますよ。営業の連中なんかは研究所のクールビューティなんて呼んでますね。
浅野 くーるびゅうてぃい?あれは愛想が無いだけでしょ。こっちが挨拶したってさ、「はあ…、どうも…」みたいなさ!なんか、なに?愛想ないっていうか、気力がないっていうかさ、
長瀬 水島とおなじじゃないですか。
浅野 違うよ!「ふあ…」と「はあ…」くらい違うよ!
長瀬 同じでしょ。
水島 あの、喧嘩しないで下さい。
浅野 してない。喧嘩してない。でも、そうかあ、あの子が作ったビールかあ。なんか、なあ。
水島 なんですか。
浅野 なんか、やだなあ。帰ろうかな。
水島 そんな。浅野さん、お願いしますよ。これ以上帰られたら、僕困ります。頼みますよ。
浅野 でもお。
水島 お願いします。今度お礼しますから。
浅野 そう?そっか、そんなに言うなら残ろうかな。
長瀬 じゃあ、私帰りますね。
浅野 駄目!水島くんが困るでしょ。
長瀬 え、でも、私帰ったら二人っきりですよ。カズコさん的にはそっちの方がよくなくないですか?
浅野 え、よくなくなくなく、ん?
水島 長瀬さんもお願いします。僕を助けると思って。
長瀬 あんたを助けるメリット無いもんなあ。
水島 そんなこと言わないでよ。課長のこと黙っててあげますから。
浅野 課長?
長瀬 …なに?ちょっと、脅迫?
水島 違う違う。僕そんなことしないですよ。…でも、広がったら困るでしょ?
長瀬 うわ、ゲスい奴。
水島 お願いします。
浅野 え、課長って?
長瀬 じゃ、とっとと始めて。
水島 はい、はい。
浅野 ねえ、ちょっと。
水島、箱からひとまず2セットのビール瓶とグラスを出す。
長瀬 (瓶を1本取り)これ?
水島 はい。
浅野 ねえねえ、水島くん。やっぱりこの「ブルーベルベット」ってあれ?デビッド・リンチ?この間死んじゃったね。
水島 はい?
長瀬 デビッド・リンチってなんでしたっけ?ボクサー?
浅野 映画監督よ!知らないの?もーね、エロいのよ。エロスとバイオレンスと不条理全開なの。元々「ブルーベルベット」っていう歌があるんだけど、
長瀬 開けようか。開けて良い?(栓抜きで瓶を開ける)
水島 あ、はい、はい。
浅野 ヒロインが歌手でね、バーで歌うのよ(うっとりと歌う)シーウェアブルーベルベット…
長瀬 (香りを聴き)へえ、フルーティな香りね。やっぱりブルーベリィ?
浅野 無視しないでよ!
水島 はい。でもブルーベリィだけじゃないんです。国産ホップの爽やかな苦味と、極めつけはマンド。はい。
長瀬 はい?
水島 いえ、なんでもないです。
水島、グラスにビールを注ぐ。鮮やかな青色のビール。
浅野 うわぁ綺麗!!
長瀬 へえ、いいじゃん。(スマホで写真を撮る)
浅野 あ、私も撮ろう!(スマホで写真を録る)
水島 綺麗ですよね。カノコさんみたいですよね。
浅野 え、その表現はよくわかんない。
水島 こう、青が…映えて…すっと…なんか…(言葉を飲み込む)はい。
長瀬 語彙力。
浅野 うん!わかるよ水島くん。カノコみたいってのはわからないけど、わかるよ。
長瀬 あんた、仮にもマーケティング担当でしょ?そんなんじゃ社史編纂室とかに移されるよ。うちには無いけど。
水島 やめてくださいよぉ。(二人の前にグラスを置いて)じゃあ、どうぞ。
グラスを手に取る浅野と長瀬。水島、すっと離れて、スマホで動画を録り始める。
浅野 (グラスに口をつけかけて止める)ん?水島くんは?
水島 はい。
長瀬 (こちらも飲まない)あんたは飲まないの?
水島 いやぁちょっと。
浅野 えー、飲もうよ、水島くん。
水島 (妙に焦って)いや、はい、大丈夫です。僕は、ここで記録していますので。
浅野 えー!飲もうよぉ。一緒じゃないとつまんないよ!!
水島 いや、あの、僕が困るので。
長瀬 …カノコさんのためには、サンプルが一人でも多いほうが良いんじゃないの?
水島 それは、まあ、でも、あの、僕が飲んだら身も蓋もないので。
浅野 そんなこと言わないでさぁ、ねえ。
長瀬 あんた、なんか隠してるよね?
水島 え!?
浅野 え、そうなの?
水島 …いえ…なにも。あの…あ、僕は家で試飲するんで。
長瀬 嘘でしょ?あんた会社以外では仕事しない人じゃん。
水島 いや…はあ…。
浅野 ちょっと、水島くん。なに隠してるの?話してみそ?お姉さんに話てみそ?
水島 いやあ。
長瀬 さっきそう言えば、何か言いかけたね。「マンド」なんとかって。
水島 え、言ってません。
浅野 言ってたっけ。マンド?
長瀬 言ってたんです。原材料説明してる時に。…なんかやばいもの入れてんじゃないの?
浅野 やばいもの?農薬とか?あ、あれはメタミドホスか。
長瀬 なんですかそれ。
浅野 農薬。昔餃子に入ってたやつ。
水島 農薬は入ってません。
長瀬 「農薬は」?じゃあ、なにが入ってるの?
水島、急に立ち上がる。
水島 すみません。僕、これで失礼します。
長瀬、水島を椅子に座らせ、迫る。
長瀬 おーっと、逃さないよ。
浅野 水島くん!逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だよ!
長瀬 あんた、あたしらになに飲ませようとしたの?ん?正直に白状しな。
浅野 大丈夫、私は味方だから。
水島 やめてくださいよぉ。いじめですよ。
長瀬 なら、あんたがやろうとしたことは犯罪でしょ?
浅野 ねえ、水島くん。教えて?なに入ってるの?あのビール。
長瀬 出るとこに出てもいいんだよ?こっちは。そしたら、カノコさんにも迷惑かかるでしょうね。
水島 え、それは困ります。
浅野 いいじゃんあんな奴。もっと自分のことを大事にしよ?
長瀬 困るなら、言いなよ。何入ってるの?これ。
水島 …どらごら…。
浅野 え?なんて?
水島 マンドラゴラです。
長瀬 マンドラゴラ…ってなに?
浅野 え!それってあれじゃん。ロミオとジュリエットでジュリエットが飲むやつの原料。
長瀬 なんですか、それ。
浅野 え、知らないの?ロミジュリ。憎しみ合う家同士の男女が恋に落ちる話。
長瀬 それに出てくるんですか?そのマンドラ。
浅野 そうなのよ!ロミオはジュリエットの家の家来と喧嘩して相手を殺しちゃって、町を追放されちゃうの。ジュリエットはそれを追いかけたいけど、家から出ることが出来ない。で、教会の司祭に相談したらその司祭が「これを飲めば仮死状態になるから、お墓に葬られた後で脱出すればいい」って言って出してくるの!マンドラゴラの薬!
長瀬 ヤバイ司祭。え、じゃあ死ぬんじゃん。
浅野 違う違う!仮死状態。死んだみたいに見えるだけ。でも、密かに町に戻ってきたロミオは、それを本当に死んだと思いこんで絶望して自殺しちゃて、仮死から目覚めたジュリエットも、それを知って後を追って死んじゃうの。切ないよねー。
長瀬 ひどい話ですね。じゃあなに?カノコさんは、あたしらを仮死状態にしようとしてたの?
水島 仮死じゃないです。…あの、これです。
水島、ホワイトボードを指差す。
浅野 ブルーベルベット?
水島 奇跡の愛のビール。
長瀬 これがどうしたの?
水島 媚薬なんです。マンドラゴラ製の媚薬。
長瀬 媚薬?
浅野 え?媚薬って、なに、これ飲んだらいやらしい気持ちになっちゃうの?いやーんAVみたい。
水島 違います!好きになっちゃうんです。眼の前にいる人を。だから、奇跡の愛。
長瀬 ええ…。
浅野 眼の前の人を?
水島 はい。
浅野 飲んですぐに?
水島 って、カノコさん言ってました。
長瀬 なんでそんなもん入れたの?青くて美味しいだけでいいじゃん。女の子向けには十分行けるよ。
水島 それが…他社でも結構出してるんですよ。この手の可愛いビール。だから他社には真似できないものにしたいってカノコさんが世界中探し回って本物のマンドラゴラを探してきて。
浅野 え、あれ本物は、引っこ抜く時悲鳴あげるんでしょ?ぎぇえええ!!って。それ聞いた人は心臓発作で死んじゃうんだって。
長瀬 無駄に博識ですよね。
浅野 無駄じゃないから。
水島 だから完全防音のヘッドホンつけて採集したそうです。流石ですよね。
浅野 それを使って作ったんだ、媚薬。
水島 はい。でも、モルモットには効いたみたいなんですけど、人間はまだ試してなくて。
浅野 ええ!?
長瀬 なに?あたしたち人体実験されるとこだったわけ?
水島 カノコさんはきちんと実験して認可を受けてから販売しようって言ってたんですけど、発売日決まってるんで時間なくて。なので、社内試飲会でみんなに飲んでもらって、それで効果があるか無害かを判定しましょうって、僕が提案したんです。
浅野 え、カノコはなんて?
水島 なにも言わずに、僕をじっと見つめて、僕の肩をポンって。「大丈夫?」って。あ、そうか。僕の案を認めてくれたんだなって。
長瀬 違うでしょ。
水島 もう、感激でイっちゃいそうでした。
長瀬 キモ。
水島 というわけです。なので、お二人とも、よろしくお願いします。
長瀬 飲めるか!
浅野 可愛そうな水島くん。あのね、君は搾取されてるんだよ。カノコチヨコにやりがい搾取。
水島 いいんです。僕も、効果があるか知りたかったので。
長瀬 なんで?使うつもりだったの?あんた。
水島 ええまあ。
浅野 え、誰に?
水島 …(嬉しそうに)ええー、言えませんよ。
浅野 たぶんカノコね。
長瀬 ですね
浅野 カノコチヨコに飲ませるつもりだったんでしょ?そうでしょ?
長瀬 飲むわけないじゃん。媚薬入りって知ってるんだから。
水島 はい。だからいつも飲まれてるエナドリの缶に入れておこうかと。
長瀬 うわ、やばいやばい。あんたさ、そんなんで好きになってもらって、どうすんのよ。
水島 え、なにかマズイですか?
浅野、テーブルを挟んだ下手側に移動する。
浅野 はい、ナナちゃんちょっと来て。
長瀬 え、なんですか?
浅野 いいからちょっと来て。あ、水島くんはそのままそのまま。
長瀬、浅野のところに来る。二人小さい声で話す。
浅野 ちょっとご相談が。
長瀬 なんですか?
浅野 あのビール、水島くんに飲ませるの手伝って。
長瀬 え。…あ、なるほど。
浅野 そう!もし媚薬が本物だったら、彼が気がついた時には、彼の心はカノコチヨコじゃなくて私のものってわけ。
長瀬 別にいいですけど。…どうなんですか?カズコさん的には。
浅野 なにが?
長瀬 その、女としてのプライドというか。
浅野 いいの!使えるものは何でも使うの!
二人、ちらっと水島を見る。ビクッとする水島。
長瀬 …でも、どうします?
浅野 うーん。飲めって言っても飲まないよね。
長瀬 まあ、ほら未遂ですけど違法薬物を無理矢理飲ませようとしたわけじゃないですか。
浅野 違法かどうかわからないけどね。
長瀬 それを黙っててやるから飲めと。
浅野 えー弱くない?
長瀬 じゃあどうします?
水島、二人の様子を見ながらゆっくり腰を浮かせる。
浅野 こうさ、情に訴えかけるのはどうかな?水島くんはカノコに気に入られたいわけじゃない。
長瀬 ですね。
浅野 だからさ、水島くん自身が試す方がカノコに気に入られるんじゃないかって。ほら、君がまず試して見せるべきじゃないかな。だってさ、考えてみてよ。カノコチヨコにとって、このビールは可愛い我が子みたいなものじゃない。それにどれだけのポテンシャルがあるかわからない今、身を張ってそれを証明してみせる人がいたら、カノコチヨコはどう思うかな?好きに、なっちゃうよね?
長瀬 ああ、なるほど。
浅野 好きにならなくても、彼は私を、私のビールを信じてくれたんだ!ってなるから好感度はあがるよ!だから、ここは一つ、カノコチヨコのために、一肌脱ぐべき時じゃない?…って感じに。
水島、中腰のままドアに近づく。
長瀬 んー。でも、黙ってあたしらに飲ませようとした奴ですからねえ。
浅野 飲まないかな。じゃあ、三人でイッセイのセで飲もうって言って、私達は飲まない
長瀬 (水島に気がついて)あ!こら!逃げるな!!
長瀬、水島を捕まえて羽交い締めにする。
水島 ちょっと、やめてぇ!たすけてぇ!
長瀬 カズコさん、このまま飲ませちゃいましょ?
浅野 あー、うん。エレガントじゃないけどしょうがないか。
浅野、青いビールのグラスを手に取る。
水島 え!嫌ですよ。人権蹂躙ですよ。
長瀬 あんただって飲ませようとしてたじゃん。
水島 僕は無理矢理はしてません。黙ってただけです。
長瀬 余計質が悪い。
浅野 ほら、水島くん動かないで。お口開けて。
水島、口を引き結んでる。
長瀬 鼻!鼻つまんで下さい!
浅野 鼻?(浅野、自分の鼻をつまむ。)
長瀬 違いますよ、こいつの鼻です。鼻つままれると息が出来ないから口開きます。
浅野 あ、そうか。
浅野、水島の鼻をつまむ。息が出来なくて苦しくて口を開けてしまう水島。浅野、その口にビールを注ぎ込む。
浅野 はい、飲んで飲んで。吐いたら駄目だよ。カノコチヨコの努力の結晶なんだから。はいもうちょっと。…ハイ終わり!
全部飲ませる浅野。長瀬を振り切り、床に這いつくばる水島。
水島 …なに…なにするんですか。ひどいですよ。
長瀬 …あれ、なんか普通ですね。
浅野 あ、せっかくだから動画撮ろうか。
浅野、自分のスマホを操作して水島の様子を録り始める。と、水島、痙攣しはじめる。
長瀬 え、ちょっと。
浅野 (スマホで録画しつつ)どうしたの?大丈夫水島くん。
水島、痙攣しながら虚空を掴み、その瞬間目が空洞のようになって、そのまま倒れる。慌てて駆け寄る長瀬。スマホ片手に寄る浅野。
長瀬 うわ!ちょっとやばくないですか、これ。
浅野 (スマホで録画しつつ、水島の肩を揺らす。)水島くーん!大丈夫!生きてる?ねえちょっと。
長瀬 (水島の頬を叩く。)水島!ちょっと、しっかりしなよ、水島!
と、水島、ガバっと上体を起こす。眼の前に長瀬の顔。
浅野 起きた!よかったー。
長瀬 ちょっと、大丈夫?水島。
水島 はい。私は水島です。
長瀬 私誰かわかる?
水島 はい。
水島、長瀬の手を両手でしっかりと掴む。
水島 あなたは私の女神です。
長瀬 は?
浅野 あ!!
水島 結婚して下さい。
長瀬 え、嫌。
水島 じゃあ、足の指舐めさせて下さい。
長瀬 え、もっと嫌。
長瀬、浅野の後ろに逃げる。浅野、カメラを長瀬に渡し、前に出て水島の肩を掴む。
浅野 水島くん!違うよ!その人じゃないよ!私私。あなたの女神は私。
水島 空気投げ。
水島、腕を力なく動かすと、浅野投げられてしまう。
浅野 ひゃー!
水島、長瀬を追い詰め壁ドンする。
水島 長瀬さん。結婚が駄目なら奴隷契約結びましょう。もちろん僕が奴隷で長瀬さんが御主人様です。
長瀬 嫌だっつうの!!
長瀬、水島に頭突きをする。気絶する水島。
浅野 ナナちゃんズルい。
長瀬 …あの、私もう行くんで。あとよろしくお願いします。
いいつつ、まだ栓の開いて無いビール瓶を一本手に取る。
長瀬 一本もらっていきますね。
浅野 え、それどうするの?
長瀬 彼氏に飲ませます。じゃ!
浅野 え、ちょっと、ナナちゃん?
長瀬去る。浅野、髪をかけあげ、部屋を見回す。
浅野 うわぁ。…どうしよう。(水島を見る)…もう一杯飲ませたらリセットされるかな…。
だんだん溶暗。浅野、ビールをグラスに注ぎ、水島の頭を膝枕してやり、鼻をつまむ。水島の口が開く。
浅野 さあ、もう一杯飲みましょうね。
浅野、水島の口にビールを注ぐ。バタバタする水島。それを抑え込み全部飲ませる浅野。暗転。
おしまい