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はじめに
2025年から2026年にかけて、日本共産党では、地方議員の離党理由として、党内での人間関係や対応上の問題が公に語られる事案が相次いだ。2025年には津市議の中野裕子氏が、党内での長期的な圧迫や対応不全を離党理由として公表し、2026年には仙台市議の高村直也氏や高石市議の明石ひろたか氏も、党内ハラスメントをめぐる問題を離党理由として発信している。こうした動きは、党内の紛争やその処理のあり方が、もはや個別の内部問題にとどまらず、公的に論じられる対象になっていることを示している。
そのなかで、先行事例として重要なのが、当時、大阪府富田林市議であった田平まゆみ氏の「富田林事案」である。日本共産党中央委員会は2023年9月、当時市議の岡田英樹氏による田平氏へのハラスメントが「あった」と明言し、岡田氏がいったんこれを認めて謝罪したことも認めた。
他方で、田平氏が2025年9月に裁判資料として公表した陳述書には、相談から認定に至るまでの経過や、党内での対応の実態が具体的に記されている。
本稿は、まず田平氏の裁判資料の内容を整理し、次に日本共産党が対外的にどのような相談体制を説明していたのかを確認する。そのうえで、津事案もあわせて検討し、そこから見えてくる党内ハラスメント対応の特徴と問題点を考える。
第1章 富田林事案の経過と党の対外的制度説明
(1)田平氏の裁判資料
田平まゆみ氏は、2015年から2期8年間、日本共産党の富田林市議として活動してきた。田平氏は2026年3月現在、岡田氏を相手取り民事訴訟をおこなっている。2025年9月25日の大阪地裁堺支部での陳述で、田平氏は、自らの経験を「ハラスメントに端を発する名誉毀損行為」に対する司法的救済の訴えとして位置づけている。
陳述によれば、本件訴訟の中心にあるのは、被告による継続的な誹謗中傷と名誉毀損である。田平氏は、日本共産党がすでに詳細な調査に基づいて被告のハラスメント行為を認定していたにもかかわらず、被告が選挙後に態度を翻し、SNSやブログ、市民向け冊子の配布を通じて、「虚言癖」「嘘つき」「病気」などと田平氏を中傷し続けたと述べる。
田平氏の陳述のうち、本稿で注目したいのは党内での相談経過である。
田平氏は2019年5月頃から富田林市委員会に相談し、その後、地区委員会常任や地区委員長にも相談したが、適切な調査や指導は行われなかったと述べる。府委員会にも期待できないと感じた田平氏は、2021年10月12日に中央委員会のジェンダー平等委員会へ電話した(曰く「当時日本共産党にはハラスメント相談窓口の設置がなく、私は苦肉の策で」)。ところが、その際の相談は正式な窓口対応というより、電話で概略を話しただけのものだったとされる。田平氏は、聞き取り内容の確認もなく、相談内容をどこまで共有してよいかという確認もなかったと述べている。
さらに、裁判資料によれば、その訴えは当日に中央委員会から府委員会、地区委員会へと伝えられ、地区委員長から被告本人にも伝達されたという。田平氏は、この後、被告によるハラスメントがさらに強まったと主張する。たとえば重要な予定を誤って伝えることで、田平氏が欠席したように見せ、周囲の怒りや不信を田平氏へ向けさせるような行動があったと述べている。中央委員会への相談は保護や救済につながるものではなく、組織内で共有され、相手方にも伝わる流れのなかに置かれていた。
田平氏はその後も党内で解決を図ろうとしたが最終的には党外に救済を求めるしかなくなり、2023年4月6日に声明文を公表した。田平氏は、党が長期間対応を怠った事実を伏せたまま、自分が党外に問題を広げたことを批判されたが、その点についても後に大阪府委員会から謝罪を受けたとしている。さらに党中央は、2023年8月29日に田平氏に謝罪文を出し、同年9月には中央委員会ホームページ上でも、岡田氏による田平氏へのハラスメントが「あった」と明言した。
ここで確認しておくべきなのは、党が最終的にはハラスメントを認めているという点である。問題は、そこに至るまでの相談過程と初動対応が、どのようなものだったのかにある。田平氏の陳述から見えるのは、相談は繰り返されていたこと、しかし初期段階では調査や指導が進まず、中央への相談も、相談者保護より先に組織内共有へ接続されたように見えることである。
(2)内閣府アンケートの存在
日本共産党が対外的にどのようなハラスメント対応体制を説明してきたのかを確認するうえで重要なのが、内閣府男女共同参画局の「各政党における男女共同参画の取組状況と課題」である。2021年3月末現在を対象とする令和3年5月公表資料では、各政党に対し、女性候補者支援や政治分野の男女共同参画推進に関する取組が調査されており、そのなかにハラスメント対応体制に関する回答も含まれている。
この資料で日本共産党は、各都道府県委員会のジェンダー担当部局による相談支援体制、中央委員会のハラスメント対応相談窓口、議員活動相談室、選挙時の地方議員相談室などを挙げている。少なくとも対外説明のうえでは、2021年3月末の段階で、中央・地方双方に相談ルートが整備されていたことになる。
ここで重要なのは、これらが日本共産党自身が内閣府に対して行った対外的説明だという点である。少なくとも形式上は、党は中央・地方に相談体制があると回答していた。したがって、対外的な制度説明だけを見れば、日本共産党には一定の相談体制が存在していたことになる。
このアンケートへの回答と田平氏の陳述とを並べたときに、大きな問題が立ち上がってくる。
第2章 食い違いは何を意味するのか
田平氏の陳述と内閣府資料を並べると、まず目に付くのは、制度説明と当事者の経験が一致していないことである。党は2021年3月末時点で、中央委員会のハラスメント相談窓口や都道府県のジェンダー担当部局による相談支援体制を対外的に説明していた。他方、田平氏は2021年10月12日に中央のジェンダー平等委員会へ電話した際の認識として、「当時日本共産党にはハラスメント相談窓口の設置がなく、苦肉の策としてジェンダー平等委員会に電話した」と述べている。
この食い違いはどちらかの虚偽説明であるということを意味しない。田平氏のいう「窓口がなかった」とは、制度として存在しなかったという意味ではなく、本人に案内されず、利用可能な救済ルートとして認識できなかったという意味だったとすれば両者の主張は成り立つ。むしろ、ここで注目すべきなのは、対外的には制度があると説明されていたにもかかわらず、実際の相談者の側では、それが利用可能な保護制度として経験されていなかったという点である。
しかも問題は、単なる周知不足にとどまらない。田平氏の陳述では、中央に電話したその日に相談内容が府・地区へと流れ、地区委員長から相手方本人にも伝えられたとされる。そして、その後にハラスメントがさらに強まったと述べられている。
通常、ハラスメント相談で最初に求められるのは、相談者が安全に話せること、共有範囲が制御されること、相手方への接触が慎重に行われることである。ところが実際に起きたのは、相談直後の機関内共有と相手方への伝達だった。その結果として被害が悪化したのであれば、問題は「窓口が使いづらかった」というレベルにとどまらない。相談部署の対応が、被害者保護ではなく被害悪化を招くものだった可能性がある。
この時点で見えてくるのは、制度の外形と、当事者が経験した運用とのあいだにある落差である。制度はあったかもしれない。しかし、その制度は少なくとも田平氏にとって、安全に使える保護制度としては機能していなかった。
問題は、制度の不存在そのものではなく、制度が相談者にとって利用可能で安全な保護制度として機能していたのか、という点にある。
第3章 津事案が補強する構造的疑義
この問題が富田林事案だけの特殊事情であれば、個別の対応ミスとして理解する余地もある。だが、中野裕子氏の事案を重ねると、富田林事案で見えた問題が、別の形で再び現れていることがわかる。
中野裕子氏は、吉田あやか県議からの長期的な干渉や精神的圧迫を離党理由として公表した。その過程で提出された離党理由文書は、本人の同意なく関係者に共有され、吉田氏にも渡された。ここでまず確認できるのは、被害を訴える当事者の文書が、訴えをおこなったものの保護のための資料というより、組織内処理の資料として扱われていることである。被害申告の入口において、守秘や本人同意より先に機関内共有が進んでいる点は、富田林事案と共通している。
さらに重いのは、離党手続のなかで中野氏の離党理由文書をもとにハラスメント認定手続が進められながら、改めて十分な聞き取りが行われなかった点である。この事実を前提にすると、問題は認定結果への不満にとどまらない。被害を訴えて離党する側の当事者が、十分な聴取を受けないまま認定手続の対象に置かれ、その処理が結果として吉田氏を守る方向に働いたことになるからである。これは、当事者の側から見れば、十分な弁明や補足の機会を与えられないまま手続が進んだという意味で、実質的に欠席裁判に近い性格を帯びる。
加えて、中野氏が被害を訴えた相手方である吉田あやか県議は、その後、党県組織の「ハラスメント根絶委員会」の委員長に就任している。被害申告の対象となった人物が、事後にハラスメント対策の要職に就くという事実は、それ自体として制度への信頼を大きく損なう。少なくとも外形的には、被害申告者よりも吉田氏の側が組織的に保全されているように見えるからである。
この構図は、富田林事案で見えた問題とよく響き合っている。富田林事案では、中央への相談がその日のうちに府・地区へ共有され、相手方本人にも伝えられた結果、その後のハラスメントがかえって強まったとされる。津事案では、離党詳細文書が共有され、十分な聞き取りのないまま認定手続が進み、しかも吉田氏が後にハラスメント対策の要職に就いた。両者は事案の具体的経過こそ異なるが、被害申告がそのまま保護や救済につながるのではなく、まず組織内処理の文脈に置かれ、その過程で相手方や組織の側が相対的に守られているように見える点で共通している。
したがって、津事案は、富田林事案が単なる一件の不手際ではなく、より構造的な問題を示している可能性を強く補強する。すなわち、日本共産党におけるハラスメント対応は、被害者保護の制度としてよりも、被害申告を内部で処理し、組織秩序を維持する方向に傾いているのではないか、という疑義である。少なくとも、富田林事案と津事案を並べて読む限り、相談・申告・認定の過程において、守秘、同意、十分な聞き取り、被害者保護よりも、共有、調整、組織防衛が前に出ているように見える。
この点で、津事案は単なる追加例ではない。富田林事案で見えた「制度は存在すると説明されているが、実際の運用では被害者保護より組織内処理が優先されているのではないか」という疑問を、別の事例から補強する材料になっているのである。
第4章 見えてくるのは何か
富田林事案と津事案は、個別事情こそ異なるが、被害申告が保護や救済に直結せず、まず組織内共有と内部処理の文脈に置かれている点で共通している。富田林事案では、中央への相談が相手方への伝達を経て被害悪化の契機になったとされる。津事案では、離党詳細文書が共有され、十分な聞き取りを欠いたまま認定手続が進み、その相手方である吉田あやか県議が事後にハラスメント対策の要職に就いている。
こうした共通点を踏まえると、ここで問うべきなのは、窓口の有無そのものではない。制度が存在していても、その運用が被害者保護より組織防衛に寄っているなら、実質としては救済制度ではない。以下では、この構造をいくつかの点に分けて整理する。
第一に、対外的には相談体制があると説明されているのに、個別事案では当事者にその存在や利用可能性が十分共有されていない。制度は名目上存在していても、当事者には安全に使える制度として届いていない。
第二に、相談後の初動が、被害者保護や守秘よりも組織内共有に傾いている。富田林事案では、相談内容がその日のうちに府・地区へと流れ、相手方本人にまで伝えられた。津事案では、離党理由文書が本人の同意なく共有された。いずれも、相談者の安全確保より先に、組織内部での処理が始まっているように見える。
第三に、被害申告が「ハラスメント」ではなく「トラブル」や個人間の問題として再記述されやすい。こうした言い換えは、被害の性質を曖昧にし、組織として取り組むべき問題を個人間の対立へと縮減する作用を持つ。
第四に、聞き取り、意向確認、共有範囲の明示、記録、結果説明といった基礎工程が脆弱である。富田林事案では、聞き取り内容の確認や共有可否の説明がなかった。津事案では、十分な聴取がないまま認定手続が進んだ。これらは高度な判断が必要な問題ではない。手続の入口にある初歩的な段取りであり、そこに必要な保護原則が揺らいでいるのである。
第五に、最終的な帰結として、被害申告者よりも相手方や組織の側が守られているように見える。富田林事案では、相談後に被害が悪化した。津事案では、相手方が後にハラスメント対策の要職に就いた。ここまでくると、相談制度は被害者を守るための制度というより、被害申告を内部に吸収し、組織の秩序を維持するための制度として機能しているのではないかという疑いが強くなる。
ここで見えてくるのは、単なる制度不備ではない。制度が外形上存在していても、その運用が被害者保護より組織防衛と内部調整に寄っているなら、実質としては救済制度ではない。富田林事案と津事案に共通しているのは、相談や被害申告が、守秘や保護よりも組織内共有と処理の流れに回収され、その結果として相手方や組織の側が保全されているように見える点である。
こうした事情を総合すると、この体制は、被害救済のために整備された制度というより、対外的に「体制はある」と説明するための外形を先に整えたもの、すなわちアリバイ的体制とみるほかない。少なくとも公開情報から確認できる運用実態に照らす限り、この制度は被害者を守る仕組みとしてではなく、被害申告を内部に吸収し、組織防衛を優先する仕組みとして機能しているように見える。
おわりに
以上の検討から言えることは明確である。日本共産党のハラスメント対応体制は、少なくとも公開情報から見る限り、名目的には存在していた。しかし、富田林事案と津事案を通して見ると、それが被害者保護と迅速救済の制度として有効に機能していたとは評価しがたい。
一般に、ハラスメント相談窓口に求められるのは、相談者のプライバシー保護、不利益取扱いの防止、共有範囲の限定、本人への説明と同意、適切な聞き取り、結果の説明、報復防止である。富田林事案と津事案で示されている経過がそのとおりであるなら、欠けているのは相談制度として最初に守るべき基本原則である。一般社会のハラスメント対応基準に照らしても、許容しがたい。
津事案では、離党手続と並行してハラスメント認定手続が進められながら、本人への十分な聞き取りが行われていなかった。この点は重い。辞める側の当事者を、十分な聴取なしに認定手続へ乗せ、実質的に欠席裁判に近い状態で処理し、その結果として相手方の政治的・組織的地位を保全したということである。しかも事後に吉田氏がハラスメント根絶委員会の委員長に就いたことをあわせて見れば、制度が被害申告者を救うよりも、相手方と組織を守る方向に働いたと受け止められても無理はない。
富田林事案でも同様である。相談内容が加害者側に伝わった結果、その後に報復的ハラスメントが増長したなら、相談窓口は被害を止めるどころか、結果として被害悪化の契機になったことになる。これは単なる守秘義務違反の疑いにとどまらない。救済制度として作動すべき窓口が、加害者に情報を流すことで二次被害や再加害の回路を開いたということであり、制度の失敗として極めて重い。
以上から、結論は明確である。日本共産党のハラスメント対応体制は、少なくとも公開情報から見る限り、外形としては存在していた。しかし、富田林事案と津事案を通してみると、それが被害者保護と迅速救済の制度として有効に機能していたとは評価しがたい。むしろ、実際の運用では、守秘や十分な聞き取りよりも組織内共有と内部調整が先行し、結果として相手方や組織の側が保全されているように見える。
この問題は、単なる内部不備ではない。政党は、公認、候補者擁立、選挙支援、党内役職の付与を通じて、構成員の政治活動と地位に強い影響力を持つ公党である。したがって、ハラスメント対応の不全は、議員や候補者本人にとどまらず、住民、支援者、市民運動の参加者、党と接点を持つ関係者にも影響し、党内民主主義、人権尊重、有権者への説明責任に直結する。
公党として最低限の信頼を回復するために必要なのは、実効性の不透明な、アリバイ的な「学習会」でも、抽象的な「今後の検討」でもない。必要なのは、相談窓口の独立性、守秘と同意のルール、聞き取りと認定の手順、結果説明と救済措置、報復防止策を、第三者が検証可能な形で明示し、過去事案の検証も含めて再構築することである。それができない限り、この体制は、被害者を守る制度ではなく、被害申告を内部に吸収し、組織防衛を優先する制度として理解され続けるだろう。
<感想>
今回の原稿は、田平氏の裁判資料を読み、党中央に初歩的な不手際が見られたことに強い驚きを覚えたこと、そしてその問題が中野氏の事例とも重なって見えたことを出発点としております。さらに、内閣府アンケートを確認した際、田平氏の事案と時系列が整合していないように見えたことも、本稿をまとめる契機となりました。
党中央はハラスメント対応の担当部署を設置しながら、実行性のあるプロトコルを整備・運用していませんでした。第三者の立場から見ますと、この点は看過しがたいものがあります。しかも、そのようなプロトコルは特別に高度なものではなく、一般企業や各種団体においても、この十数年のあいだに事例の蓄積を通じて整備されてきたものです。
そう考えますと、なぜ基本的なプロトコルの策定と遵守すら徹底されなかったのか、その不作為の背景は理解に苦しみます。私には、その理由がわかりません。求められていたのは、さほど高度でも複雑でもない対応であったはずです。プロトコルを整備する能力そのものが欠けていたのか。しかし、標準的なひな型や先行事例は、いくらでも参照可能でした。あるいは、整備しようとしても整備できないだけの組織内の力学があったのかもしれません。もしそうであるなら、それは個別の怠慢や不手際ではなく、党の組織体質そのものに由来する、きわめて根深い問題ということになります。
さらに言えば、もしそのような段階にまで至っているのであれば、党改革を訴える人々の努力も、結局は徒労に終わる可能性があります。むしろ、改革可能であるという前提自体が誤っているのかもしれません。
なお、党中央は田平氏に謝罪したようですが、そもそも謝罪のみで済む性質の問題であったのかについては、なお疑問が残ります。その一方で、田平氏ご自身も、それ以上公に党中央を強く批判していないように見える点には、不思議さを覚えます。
公開日:2026年4月12日
原稿作成にChatGPTを用いました