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撤回記者会見の文字起こし
司会:それでは田村委員長の記者会見を始めます。よろしくお願いします。
田村:金曜日の私の定例会見で、ヘイトスピーチを聞こえなくさせる市民の抗議行動について「あると思う」と発言をいたしました。その金曜日の会見で繰り返し述べたように、市民の行動の是非については・・・是非についてコメントをすることは適切ではないというのが我が党の立場です。さっきの発言はこの立場から見て適切なものではないということで、この発言を撤回いたします。なお、この発言はですね、これも金曜日の会見で述べているとおり、川崎などで行われた、まさに「まごうことなきヘイトスピーチ」に対することについて述べたものであって、参政党の街頭演説について述べたものではありません。日本共産党の立場としては、言論には言論でということを貫いていくということも改めて表明をするところです。これが私が今日会見を行う一番の理由です。もう一つ今日の会見で述べておきたいのは、第6回中央委員会総会、参議院選挙の総括を行う中央委員会総会を9月3日、4日に行います。私からは以上です。
記者:産経チバ?と申します。改めてなんですけれども、8月8日に新宿で行われた動画の様子、動画というかSNSに流れているかと思うんですけれども、これはご覧になりましたか。
田村:見てないです。
記者:それで、その上でヘイトスピーチ、金曜日の発言を否定されるということが撤回されるということなんですけれども、改めてヘイトスピーチに対するですね、党としてヘイトスピーチにどう対抗していくのか、改めて党としてお聞かせください。
田村:ヘイトスピーチ? 「まごうことなきヘイトスピーチ」! 何がヘイトスピーチかっていうのはあるんですけども、私が述べたのは川崎などで在日朝鮮人のコミュニティに対してですね、行われた「殺せ」であるとか「ゴキブリ」であるとか、これについて述べたものでした。しかし市民の行動について先ほど述べた通り、党としてその是非をコメントするという立場にはないということです。そして、日本共産党としては言論には言論でという立場を貫くということで、例えばこの川崎などで我が党の市議の方などが行っている行動というのは、ヘイトスピーチが来るっていうのが分かったら「そういうのが来ますよ」ということを周知すると。それに対する抗議行動も行われますよということを事前に周知をする。そして離れた場所でこういうヘイトスピーチということが、いかに許されないものであるかということを党として表明する。そういう演説を行うなどね、あるいは静かに鑑賞するというような行動を川崎などでは行ってきているということを承知しているところです。
記者:関連なんですけれども、8月8日の街頭演説の中では参政党の女性の国会議員に対して中指を立てるような行動もあったんですけれども、こういった行動に対しては改めてなんですけれども、委員長どうでしょうか。
田村:金曜日の会見で述べたとおり、極右排外主義との戦い方について、やはり党としてよく所属する組織の中で議論をしていくことが大切と述べました。私たちの立場は繰り返しますが、言論には言論でと、事実をもって批判を行うということが最も大切なことだと。もう一つは、参政党を支持した方々の中に、今の日本の社会や経済、政治の閉塞感、これを何とかしてほしいという思いがあって支持をしている方々がいると。だけどそこに希望はないんじゃないのかと。本当に日本のこの閉塞感を打破する道はどこにあるのかということを、私たちの改革の提案として冷静に知らせていく。そしてそこでの連帯を広げていくということをやっていくことが最も極右排外主義との戦いの力になるというふうに考えているところです。
記者:あくまでも市民の行動などで中指をしようがコメントしないと。
田村:市民の活動の是非についてはコメントしません。
記者:確認なんですけれども、今日は撤回した部分というのは、ヘイトスピーチ自体の言動は許されないと。だからそこを聞こえなくさせる行動というのは「これはある」というふうにおっしゃったんですけど、ここの部分を撤回するというか。
田村:市民の活動として聞こえなくさせる抗議行動が「ある」というふうに私が是非を判断してしまった、これが適切でないということで撤回をいたします。
記者:もう一点だけすみません、お願いします。ヘイトスピーチかどうかというのはどういう基準で判断されるのか。
田村:私が述べたのは繰り返しますが、川崎やあるいは新大久保などで行われた在日コリアンに対する「まごうことなきヘイトスピーチ」について述べました。
記者:認定するのは共産党が認定するんですか?
田村:そういうものではないですよね。
記者:例えば北海道とかで桜井誠氏が行動してた時、ゴミの回収車のモノマネで朝鮮人を回収しますとかっていう、そういうのが明らかなヘイトスピーチということですよね。
田村:ヘイトスピーチ解消法の中にヘイトスピーチについての定義があるんですよね。特定の民族に対してまさに排斥するという中身として書かれていたりしますよね。だから、ただ一つ一つのどれがヘイトスピーチかというのをまさに党が判断するってことではないと思うんですよね。市民的にそのことは許されないというのを育てていかなきゃいけませんし、まして政党や政治家というのはやはりヘイトスピーチは許されないんだという自覚に至って行動するということが必要だというふうに思います。自らの発言の場合にね、というふうに考えています。
記者:ちょっと論点がずれるかもしれないんですけれども、以前、福岡県委員会に所属していた党員の方が除籍になった時に、その除籍が不当だと言って抗議をした党員の方がいらっしゃいます。これも市民として自発的に党に対して抗議したんだと思うんですけれども、この抗議した党員の方々も除籍されてしまったと。これは市民の自発性というのは認められないでしょうか。
田村:私、それは金曜日の会見の中で聞かれたことですよね。民主集中制との関係で・・・。
記者:行動との関係で。
田村:その中で私がまず言っているのは方針ですよね。方針で統一するのは当然と。排外主義についても戦うという方針と、ここに団結するのは当然だと。ただ個々の党員の行動すべてについて中央委員会があれこれ指図するのは違いますよね、ということを言ったものです。その方針に対すると全く違う行動が取られれば、それはやはり対応が必要ですし、それからこの排外主義との戦いでも大きな戦いの方向性というのは示しているのであって。またこの中でも繰り返し述べましたが、党としてどういう抗議行動をとっていくかについては、党の中でそれぞれの組織の中で議論していくのが大切と。その議論は行動を統一するための議論ですから、一切責任を持たないということではありません。行動のすべてについて中央委員会があれこれ言うというのは違いますよね、というふうに会見の中では述べたところ。
記者:課題によって党員である市民の行動の自由、自発性とかそういうものが認められたり認められなかったり・・・。
田村:党の決定方針があるわけじゃないですか。その方針にまず団結しているかどうかというのが一番問われるところですよね。先ほど出された例は全く違うと思いますよ、今回のものと。
記者:行動の自発性という話が出たのでちょっと考えてみました。
記者:はい、FACTAのミヤシマです。いわゆる8月21日の幹部会報告、そこに負けた理由が書いてありますよね。8月21日の幹部会報告が出ましたよね。そこに明確に出ていることは、本来働き、要するに生活の訴え、これをやってたけど***が浮いたと。***のね。それによって二正面作戦を実施を強いられた。その結果がこういうことになった。党本部はそう書いてるんですね。その排外主義との戦い、この戦略目標は正しかったとも書いてある。だから一般党員から、あるいは共産党の応援している人からしたら、やっぱり参政党は悪いんだと、そういうふうに見えちゃうんですよ。そうすると、戦略目標は一緒だけど手段は選ばないっていうような方向に行ってしまうのが怖い。だからやっぱりどんなことがあったって強い煙なんて出しちゃいけないし。そういうことをですね、やっぱり共産党が言うことが私はこれまでの共産党のあり方だと思う。だからそこのとこ勘違いされてるんだと思うんですよね。だから党本部がこう言うと、今の共産党の民主集中制というかね、そういう中ではやっぱり現場はそういうふうに思って、参政党が出たらもう風が吹いたから自分たちは負けたんだとすると、そこで**に失意の人たちにとってはですね、その一部の人がそっちに回っていく可能性はあるわけです。それはいいんですよ、それで、****。だけどその時、党としてはどんなことがあってもやはり人に迷惑かけちゃいけないと。共産党を***であったり、シンパである人にはそうあるべきだということは言わないと。いろんな人がいるんだから、やる人がこれからバンバン出てくると思いますけど、ここはやっぱりはっきり委員長としてですね、*っちゃいけないよと。白い煙焚いたしちゃいけないよというのを、はっきり言った方が私は本来の共産党だと思いまし、それが20年30年共産党が培ってきた信頼だと思いますよ。
田村:今、金曜日述べた通りですね。党としてどのように戦っていくのかということについては、それぞれの組織の中で実際に今、議論が行われています。議論して、それぞれの党員の納得のもとでの行動ということをしていくことになると思っています。繰り返しますが、日本共産党としての戦いの基本は、まさに最も大切なことは「言論には言論」という立場を貫くことだということです。
記者:やってはいけないことはやってはいけないって言った方がいいんじゃないですか。煙焚いたりしてはいけないって言えばいいんじゃないですか。そういうことはやってはいけない。それは共産党員かどうかってことじゃなくてね、そういうことはやっぱりやってはいけないっていうのが、私は党の委員長に言うことであって。そう言わないとこういうふうに、こういろんな意味で共産党の過去の経緯が含めてね、いろいろ言われちゃうと思うんですよ。
田村:市民の活動の是非についてコメントしないというのが党の立場であると同時に、やはりどうしたら排外主義の台頭を本当にこの流れを許さないのかということについては、今後市民の皆さんとも意見交換というのはやっていきたいと思うんです。
記者:いや、党の戦略目標として排外主義とか極右とか戦うと決めたわけですよね、で、それによって今回負けたわけですから、なんとかしなくちゃいけないっていうのは分かりますけど、そうやったら現場の細胞に対してね、やっちゃいけないことはあるよって、あの、なんか・・・。
田村:これは選挙総括との関係で述べていることではありません。幹部会の決定というのは選挙の中間的総括として、客観的な事実として難しい選挙であった。それは自民党政治をどう変えるかという本筋のメインの訴えとともに、急遽現れてきた新興勢力ですね。こういう新興勢力との関係で外国人差別、排外主義的主張に対してやはりこれは許されないものだという、こういうことをしっかり言っていかなきゃいけない。そこにだって改革の道はないですもの。今の暮らしの苦しさは外国人のせいではないですもの。それは事実としてきっちり言わなきゃいけないというのは党の責任だと思います。その論戦について、私たちは的確だったと、適切であったというふうに考えています。そこに敗因を求めていないです。難しい選挙であった難しい選挙であったということを客観的に述べているということなんですよね。なんです。だからそのこの選挙の結果を受けてあの参政党どうにかしなくちゃいけないということでやってることでは全然ないということですよ。そもそも極右排外主義というものに、あの、この国を良くする道はないという立場からの、言論には言論でということでの戦いをやっていくということです。
記者:時事通信の**です。冒頭は3、4に総括をされる、9月3、4日に総括されるとおっしゃったのですが、成果物として何らかしらまとめられるということなのか。
田村:中央委員会総会ですか。
記者:はい。それと参院選の不振の総括となると思いますが委員長としてですね、どういった点、どういった方法性を重視してそこに望まれるか。
田村:まず第6回中央委員会総会ですけれども、これは毎回、中央委員会総会は報告であったり決議というのを採択しています。それが成果物ということになると思います。それは総括とともに、党がこれからその飛躍をつくっていく上でどうしていくかという、その方針も示していくということになります。その準備は今まさに今日も、かなり長い時間をかけて常任幹部会でも議論していたところですけれども、そういう議論を積み重ねて中央委員会総会の中で提起しますので、ちょっと今ここでいろいろ中身について述べるということはふさわしくないと思います。ただ一定の方向、中間的総括としては幹部会の決定という形で。これは赤旗で出したのは8月17日でしたかね、18日でしたかね。出しているものは中間的総括という形で出したものです。
記者:読売新聞の前田といいます。報道各社の世論調査の結果についてお伺いしたいんですけれども、弊社だけでなくて最近各社の世論調査で内閣支持率が上昇傾向で、石破さんが辞める必要がないという過半数というような状況になっています。このことについて委員長の分析をお伺いしたいのと、あともう1点。弊社ですと参政党さんの支持率、野党内で2ヶ月連続で1位という状況になっております。このことについてお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
田村:まず、石破政権の支持率が上がっているということについてですけれども、衆議院に続いて参議院でも国民の大きな審判の方向は自民党政治に対するノー、この政治を変えてほしいということだったと思います。その大きな流れの中では、たとえ石破政権の支持率が一局面で上がったとしても、それは国民の大きく根本的に望んでいるものではないというふうに考えます。そして、石破降ろしのですね、中心に立っているのがやはり裏金にまみれた安倍派の幹部ということから、国民が呆れて自民党を見ているという状況があると思います。これらのことから起きている一断面であって、一局面であって、大きな流れはやはりこの政治を変えてほしいというのが、私は国民が示した世論だというふうに考えているところです。参政党、これやはり変えてほしいという思いからのことがいろいろあると思いますね。ですからこれは私たち本当に日本共産党として、今の直面する切実な要求に応えることとともに、大きなこの政治を変えていく方向性がどこにあるのかということを、もっともっと私たちも国民の皆さんの中で訴えていかなければならないというふうに考えています。ぜひ8月終わりもそういう活動できるように頑張っていきますが、六中総を一つの契機にしてね、そうした大運動は党としてもできるように頑張っていきたいというふうに考えています。
記者:まあ、暗い話ばっかり・・・あの明るい話もあると思います。やっぱり赤旗ですね。日曜版を電子版にするんだとするんだという話を複数から聞きます。参政党とも本当に戦うんだったら、あれはYouTubeからできた政党ですからね。やっぱり最も要するに赤旗というかですね、共産党がリーチかかっているのは日曜版ですから、やっぱり伝言でね、ネットの世界に**できるような形で日曜版を頑張るしかない。これは本当にやれるんですか。
田村:この六中総の中でもそれは一つの押し出すポイントになるんですよね。いよいよ日曜版の電子版が9月にテスト発行になって、10月から本格的な発行になると。これは大きく広い市民の皆さんに新聞赤旗を目にしていただく一大チャンスとしてですね、位置づけていきたいというふうに思います。やはり今のこの自民党、自公過半数割れというのが衆参で起きた、その端緒はまさに裏金への国民の怒りだったと思いますし、まさにしんぶん赤旗日曜版の裏金スクープがなければ生まれなかった流れであると。このことを私たちも大いに確信にして、大いにスクープを今も連発している日曜版をですね、多くの方々に目にしていただく機会にしていきたいと思います。
記者:今回は委員長の発言の撤回というのは、そもそも参政党に対する抗議活動の中で過激な行動をする党員がいたということが発端だと思うんですけれども、参政党に対する抗議活動のあり方というのはどういったものを容認できるというか、過激な行動、過激な抗議活動というのは容認できるのかどうか。この点いかがでしょうか。
田村:まずその撤回は、私自身もこの金曜日の会見の中身を見たときに、これ矛盾があったわけですよ。市民の活動についてコメントしないというように冒頭から言っていたにもかかわらず、ここでコメントしちゃっていると。これはやっぱり適切じゃなかったということで、今回撤回をするということになります。それと全く別です。これはヘイトスピーチについて言ったことですので。参政党についてはもう何度も繰り返しになりますけれども、例えば8月15日に靖国神社にたくさんの議員で参拝をして、侵略戦争の美化のコメントも出しているわけですよね。こういうことについてやはり言論に対して言論で、「歴史の事実は違いますよね」ということや、やはりその方向性でいけば世界の国々、特にアジアの中での日本の立場っていうのは、もうこれ本当の信頼関係って結ぶことできないような主張ですよ。本当にこの日本の国がどういう方向に向かって政治が進んでいくことが求められているのかということを、日本共産党として示していく。そのことを多くの市民に知らせていくというのが一番の、私はですね、こういう勢力との関係、対決する力になっていくんだというふうに考えていますので。そういうことも党としては取っていきたいと。市民の行動については繰り返しますがコメントしません。
記者:理論と事実で反論していくということだと思うんですけれども、やはり党員の中で過激な方向に走って、冒険主義に走っていく方もいらっしゃると思うんですが、そういった方々に対して中央として「冒険主義に走ってはいけませんよ」というような指導をする、そういった場合はいかがでしょうか。
田村:先ほども述べた通り、党の中でどういうふうに戦うことが最もこの台頭を許さないのかということについて議論を、すでにそれぞれの組織の中で行っているところです。その過程です。
記者:いつぐらいまでに結論を出すとか。
田村:結論というか、もう私たちの立場というのは明らかなんですよ。それでどういう行動を取ることが大切なのかということを、それぞれの組織の中でも議論していきましょうということですよね。
記者:何らか中央から最終的に「こういうふうにやりましょう」みたいな行動方針を出すというお考えはありますか。
田村:基本的に「こういう方向で」というのは幹部会でも言ってきていますし、それから六中総の中でもテーマの一つになるのではないかというふうに思いますので、そういう場でいろいろ皆さんと議論をしていきたいと思います。
記者:すみません、フリーの堀田ですけれども。「言論には言論」ということで、その場所はどこで設けるわけですか。
田村:いや、「言論には言論」というのはこちらの言論がきちんと聞こえる中でやらなければ言論にならないですよね。はい、ということです。
記者:国会であるという意味ですか?
田村:あ、そういう意味か。それは国会の中で――。国会・・・? というよりも、やはり街頭の演説であるとか集会であるとか、そういう私たちのその問題でってことではないと思うんですけれど。やはりこれからこの日本の社会どうやって変えていくのか、皆さんの要求どうやって実現していくのかということの中でも、「この極右排外主義の流れでは変わりませんよ」ということは、適切に演説などで事実を持って理論でも知らせていくということになると思いますね。
記者:今のところ街頭という手段しかないわけですね、参政党に対抗していくには。
田村:例えばですね、国会の論戦というので私が記憶しているのは、極右的な動きというのはこれまでも、まさに安倍政権、第2次安倍政権の時に国会の中で何度も持ち上がりました。大学の講義に対する介入であったりとかいうことが行われたんですね。そういう問題が起きた、政治家による介入ですね。そういう問題が起きたときに、私たちはその都度ふさわしく批判をすると。「そういうことをやってはならない」ということや、それから歴史認識について、やはり侵略戦争を美化するような発言がですね、特にこれは政府内で行われたり閣僚経験者の中から出てきたりした場合に厳しく指摘をする。あるいは自衛隊と日本軍をまさに一体のもののようにして扱う動きがあれば、これを批判するというようなことは国会の中でもやってきています。そういうのがいろんな意味での「言論には言論」という対決・対立・対決のやり方だと考えます。
記者:それから川崎の駅前とか、ああいったところでいろいろなヘイト関係がありますけれども、そこに私は「日本共産党員」というのがどのような資格を持っているのか、あるいは身分証明書を持っているのか分からないんですけども、そういった人たちに対して「行け」ということを例えば神奈川県の委員会とか、そういったことが言ったことはありませんか?
田村:ないと思いますよ。確認しないと分かりませんけど、党としての抗議行動はそことは離れたところで行ってきたというのが事実です。
記者:行った人が・・・私も一人一人別に確認していませんけど、日本共産党員の人が行っているとしたら、それは自主的に行っているということで判断してよろしいですか。
田村:詳細が分かりませんので、ここではコメントしようがないですね。
記者:日本共産党員という人は、何か身分証明書を持っているんですか。
田村:持っていないです。
記者:分かりました。
司会:よろしいでございましょうか。ありがとうございます。では終わります。
田村:はい、終わります。
何を撤回し、撤回しなかったか
この会見で田村が何を撤回して撤回しなかったか、以下簡単にまとめた。
(1)撤回したもの
・前回(8月22日定例会見)で述べた「市民の行動でヘイトスピーチを“聞こえなくさせる行動”は『ある』」という発言。
・田村は「市民の行動の是非について党がコメントするのは適切ではない」という党の立場と矛盾していたため撤回したと説明。
・発言自体は川崎などでの「まごうことなきヘイトスピーチ」を念頭にしていたが、誤解を招いたとして修正した。
(2)撤回しなかったもの
・党の基本姿勢は維持:
・「日本共産党としては言論には言論で対抗する」
・「ヘイトスピーチ自体は許されない」
・「党員の行動すべてを中央が指図するのではない」
・「市民の行動の是非にはコメントしない(=市民として活動した党員の行動についても同じく)」
・日本共産党員や支持者が行った「中指を立てる」・「煙を焚く」といった具体的行動についても、あえて肯定も否定もせず「市民の活動の是非についてはコメントしない」と繰り返した。
(3)これまでの議論との整合性
これまでの分析(「二重主体」と「煽動」に基づく「新しいテロリズム」)は依然として有効である。なぜなら、田村は「市民の行動について党は責任を持たない」「是非を評価しない」という立場を改めて確認したからである。撤回は「市民の行動を肯定するかのように受け取られる一言」を修正したにすぎず、根本の論理(党員=市民の二重性、党は敵を指し示すが行為の責任を回避する)は変わっていないし、むしろ、福岡県委員会でのトラブルを引き合いに出して、この論理を強めている。そしてそもそも市民の行動を肯定も否定もしないということこそが、党員=市民の二重性の要であるなら、田村はあくまでも自己矛盾を解いたに過ぎないと評価できる。
はっきりいえば、田村は何も撤回していないのである。
(4)まとめ
撤回は「市民行動の肯定」と読まれる部分のみである。党の基本姿勢(市民行動の是非にコメントしない/言論には言論/参政党は極右排外主義)は変化なしである。よって、これまで積み重ねてきた議論(党の責任回避構造や「新しいテロリズム」論)は依然として有効である、と整理できる。
田村は過激党員を守り続けた
今回の緊急記者会見で最も注目すべきは、記者が繰り返し問いただした「過激な党員の行動を党中央が諫めるのか」という点である。記者は、中指を立てる行為や煙を焚く行為を例に挙げ、「やってはいけないことはやってはいけないと明言すべきではないか」と執拗に迫った。しかし田村委員長は最後まで明確な否定や禁止の言葉を口にせず、ただ「市民の活動の是非についてはコメントしない」という立場を繰り返すにとどまった。
田村は「党の基本は言論には言論である」と姿勢を示しつつも、それは抽象的な原則表明にすぎず、具体的な行動抑制のメッセージにはならなかった。さらに「どう戦うかはそれぞれの組織で議論している」「納得のもとで行動していく」と述べ、党中央が党員や支持者の過激な行動を抑制する権能を自ら行使することを拒否し、責任を「市民」や「下部組織」に外部化する姿勢を貫いたのである。
記者が「やってはいけないことはある」と明言を求めた場面でも、田村は論点を「選挙総括」や「極右排外主義との論戦」といった大きな戦略論へとすり替え、過激行動の是非そのものから議論を逸らした。これによって会見は、過激行動を諫める意思があるのかどうかを確認する場ではなく、党が「言論で戦う」とする大局的方針を強調する場へと収束していった。
結果として、この会見は日本共産党が過激行為を明示的に否定する機会を自ら放棄したことを示している。中央は「市民の行動にコメントしない」と繰り返すことで、党員=市民の過激行動を黙認する余地を残しつつ、自らは責任を免れる構造を温存したのである。むしろこの応答ぶりは、「新しいテロリズム」論で指摘されてきた無責任構造――敵の方向性だけを示し、行為の責任を外部化する仕組み――を補強するものとなった。
さいごに
率直に言えば、この日の会見は意味不明であった。田村は「発言撤回」を宣言しながらも、何を撤回したのか、なぜそれを撤回したのか、わざわざ再度会見を行うだけの必然性が見出しにくい。
合理的に考えると撤回の背景には、党綱領に記された「さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される。『社会主義』の名のもとに、特定の政党に『指導』政党としての特権を与えたり、特定の世界観を『国定の哲学』と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる」という箇所があるのだろう。綱領に背くならば発言を修正せざるを得なかったのかもしれない。
しかし、そもそも、この「市民の行動にコメントしない」というフレーズはあまりにも空疎である。なぜなら、日本共産党が過去に繰り返し各種の市民運動や大衆団体へコメント・・・どころか介入してきた事実は、もはや隠しようがないからである。
首都圏反原発連合のコアメンバー会議においては、党職員である姫井二郎氏が当時の志位和夫委員長の密命を受けて参加していたことは関係者の証言や記録から明らかになっている。また、全学連に対しても長期にわたる組織的な介入が存在したことは、東大教養学部自治会のX氏の証言と当時の資料によって裏づけられている。さらに京都FREEについても、当事者の証言によって党の関与が確認されており、単なる噂や推測ではなく具体的事実として共有されている。これは私が短期間に調べただけの範囲である。実態はさらに奥深く広くなっていることは政治活動に関係した人々なら周知の事実だろう。
そうした政党が「市民の行動にコメントしない」と言い張り、撤回を演出したところで、そこにどのような意味があるのかは不明である。むしろこの会見は、日本共産党が「党員=市民」という二重主体の論理を保持したまま、過激な抗議行動への責任を外部化し続ける姿勢を露骨に示すものとなった。
今回の記者会見も同様だが、日本共産党はもはや、何を言っているのか、何をしているのか、その意図が理解できない。選挙中にメロンパンをニヤニヤしながら頬張ったかと思えば、政権批判の時間を割いて支持層の重ならない新興政党を攻撃し出す。選挙期間中だというのに党の政見パネルはほっぽり出して、党とは関係のない(という建前の)赤いバラのパネルを掲げて絶叫する。その姿から、かつて日本共産党にかろうじて存在していた知的な印象は完全に消え失せている。
かつて「アベ政治を許さない」と声を上げたときの高揚感を、今度は参政党を相手に再現したいのかもしれない。しかし、それが政府批判でもなく、野党間の消耗戦にすぎない以上、政治的な意味がどれほどあるのかは疑わしい。ゆえに「レイシズム」という3.11以降の市民運動で最も成功したレッテルを用いることにしたのかもしれないが、そこには途方もない暴力の地平が広がっている。サラリーマン革命家に鉄パイプを持たせても滑稽なだけだ。すでにNHK党界隈の配信者が地方の日本共産党の街宣に「凸撃」を仕掛け始めており、党そのものが嘲笑の対象になりつつある。このような組織政党の衰退は不可逆的なものとなってしまっている。
不意に思い出すのは「犬が吠えても歴史は進む」、そして、「変節者のあわれな末路」というフレーズ。未来に向かって投げた汚辱に塗れた言葉が時を経て、いま彼らの歩みの先で懐かしそうに待ち受けている。
公開日:2025年8月26日
原稿作成にChatGPTを用いました