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1 従来的な差別論
1つは「普遍的定義論」です。これは、個人の属性に基づいて不当な扱いを受けることを差別とする立場です。日本国憲法第14条の「法の下の平等」や、国連憲章・世界人権宣言・人種差別撤廃条約などの国際人権法においても、この考え方が基本原理となっています。
この立場では、「不当性」は社会的な合意や司法判断といった公的手続きを通して決まると考えられます。つまり、誰が見ても妥当といえるような合理的で普遍的な基準によって差別を判断しようとするものです。
この立場の利点は、判断の透明性と安定性です。誰に対しても同じルールが適用されるため、恣意的な判断を避けることができます。例えば「女性である」という理由で不当な扱いを受けた人と「男性である」という理由で不当な扱いを受けた人は等しく差別の被害者となります。
これに対して、先に述べた「朝田理論」の立場、ここでは「当事者判定論」と便宜上、呼ぶ立場です。これは、「それが差別かどうかは当事者がどう感じたかによって決まる」とする考え方です。
日本では、同和問題における「朝田理論」、部落解放同盟第2代中央執行委員長の朝田善之助が提唱したものであり、「当事者が差別されたと感じたならば、それは差別である」という考えが根底にあります。
この立場の特徴は、差別を制度ではなく体験や感情の次元でとらえる点にあります。被害者自身の痛みや違和感を中心に据えることで、社会の多数派が見落としてきた問題を可視化できるという利点がありますがこの立場は被差別者の主観に依存しすぎる危うさも持っています。
差別認定が被差別者によって無制限に行えるとなると、さまざまな問題を生み出します。歴史的に見て、この立場の最も強烈な批判者は日本共産党や同党系の全国部落解放運動連合会でした。
2 新しい差別論
そもそもこれら2つの理論には問題点があります。
まず、第一の立場である普遍的定義論では、「特定の属性に対する差別」として闘ってきた人々の活動と歴史が相対化されてしまいます。「差別」は一般的普遍的なものとして抽象化され、具体的な経験が見えにくくなるのです。
次に第二の立場である当事者判定論では、差別を判断する権利が当事者の心情に限定されるため、非当事者でありながら差別と闘ってきた人々の内心とその存在が薄れてしまいます。
つまり、これら2つの立場は差別反対運動に従事していた人々とその歴史を不可視なものにしてしまうのです。この2つの立場の間に生じた空白を埋めるようにして、第3の立場――「特権的活動家論」が立ち上がります。
第3の立場は、差別を定義し、判断する権利は「差別と闘ってきた者」にあるとするものです。
どの属性が差別の対象となるのか、どの行為が差別的と見なされるのかを決める権限が、社会全体でも当事者本人でもなく、(差別者と対峙するという)リスクを背負って活動してきた人々にあると考える(あるいは素朴に「感じる」)立場です。
ここでいう「闘ってきた者」とは誰を指すのか。路上でカウンター活動を行ってきた人々、SNS上で差別発言と戦ってきた人々・・・のみならず、反差別運動を理論的に擁護し、その運動に独自の歴史的文脈と社会的意義、そして正当性を与える研究者やジャーナリストもここに入るでしょう。研究者やジャーナリストは「被差別者としての当事者」ではなく、「立ち上がった市民」としての活動家の社会的価値を形成する上で重要な役割を担うからです。
この構造の中では、「何が差別か」を決める権利が活動家の関係性の中で「活動家としての当事者性」に基づき、 やり取りされていきます。
たとえば、「何がヘイトスピーチかは活動家が決める」「差別には序列があり、より深刻な差別は軽度の差別に対して優先される。例えば、レイシズムと戦うものがエイブリズム的言動を行なっても単なるミスだから非難すべきではない」「自衛隊差別や男性差別は存在しない」といった判断権がこの緩やかな共同体の中で取引されていきます。
この取引は、きわめて特異な権力構造を要求してきます。「特権的活動家論」では、基本的に運動に従事してきた者の主観的判断によって差別の有無が実践的に決定されていきます。その際、意見や認識の違いが生じた場合には、活動家としての当事者性――すなわち「差別者との闘いにどれだけ貢献してきたか」「どれほどのリスクを引き受けてきたか」――によって、個々の活動家の発言権や影響力が決まります。こうして、運動内部には発言力の差に基づく序列構造が形成されていきます。
リスクを多く背負った者ほど、より強い立場を獲得し、「差別者」を認定し排除する力を持つようになります。
その結果、より強い「力の行使」や「対立への従事」を行った者が、いわば「反差別の王」として振る舞うようになり、社会を監視し、異論を封じる固定的な権威関係が生まれてしまうのです。必然的に活動家たちは「より強い力」とその表出を自分自身に要求していくでしょう。
公開日:2025年10月24日
原稿作成にChatGPTを用いました