これからの人事:「クロスアポイントメント」など

1 はじめに

先の投稿ですが思いのほか読まれまして反応もありました。読売新聞の記事が呼び水となって「基幹教員」の話題がSNS等で盛り上がり、その余波を受けたという感じです。

しかし、SNS等での議論については、得心がいかないものもあります。特に「クロスアポイントメント」や「非常勤の専任化」等については改めて考えた方がいいように思えます。運用に関しては各種法令や労働条件に関する判例があるので込み入った話になるのですが現時点で私の考えを、今回もまた「頭の体操」としてまとめようと思います。

 ・・・と、その前にここで話題にする「クロスアポイントメント」とはどのようなものでしょうか。経済産業省がまとめているので引用します。  クロスアポイントメント制度とは、研究者等が大学、公的研究機関、企業の中で、二つ以上の機関に雇用されつつ、一定のエフォート管理の下で、それぞれの機関における役割に応じて研究・開発及び教育に従事することを可能にする制度です。  何言ってるのかよくわからないですね。ざっくりいえば、「2つの組織に所属しながら仕事量や勤務日程等)を管理していい感じに働く」というもので、どんなやつが雇われるんだよという意味不明な仕組みです。 これだと怒られると思うので実例として以前仕事をご一緒した方のケースを話します(いろいろとぼかしと推測を入れています)。その方はやり手の若手研究者で、旧帝大において任期付きの准教授(つまり、契約社員)をしていました。近隣の国立大学で組織改革が盛り上がって総長が優秀な右腕を探していました。その若手研究者はこの国立大学に終身ポストを得て(正社員雇用され)、学部教員&学長補佐として異動することになりました。しかし、旧帝大の所属部局の方でも「こんな優秀な人材、もう少しいて欲しい」となったようで、結局、両大学間で協議をしたのでしょう。「国立大学**学部准教授 兼旧帝大任期付き准教授」という肩書きをこの人は手に入れたのです。これがクロスアポイントメントの従来的なイメージです。

2 今後想定される大学人事のあり方

(1)同一法人内でのクロスアポイントメント制度の運用

 SNSを見ていると「自分も基幹教員にさせられるかも!? 絶対断る!」と呟く専任教員の方がいました。設置基準が変更になるので、現在「専任教員」とされている方は全員「基幹教員」になります。それを確認した上で、この方は「クロスアポイントメントさせられるかも!?」と言っているのだと理解します。

 上の例でも見たようにクロスアポイントメントは2つの組織がエフォート(仕事量、さらに勤怠管理的にいえば勤務時間、日程)を調整して初めて成立する仕組みです。「自分がクロスアポイントメントになるかも」と心配な専任教員は自大学、そして他大学が自分のエフォートを調整してまでクロスアポイントメントして欲しいのか、考えるといいでしょう。・・・そんなケースはほぼないでしょう。

さらに他法人とクロスアポイントメントを結ぶのは 法人側からしても損でしかありません。優秀な人材は自法人で囲いたいに決まっているからです。上の例は旧帝大とその近隣の国立大学という「あからさまな関係性」のもと起きた出来事であって、中小の私立大学でこの手の動きが頻発するとは思えません。

 しかし、このクロスアポイントメントが有効活用できるケースがあります。それは同一法人内での運用です。例えば、学校法人XではA大学とB大学を運営している。A大学の先生が他大学に移動してポストが空いた。通常なら新規公募ですが同一法人のB大学に似たような分野の先生がいる。法人XはA大学とB大学の管理職と調整して、A大学の穴にB大学の先生を充てる。こうすればポストが1つ空いた状況に対して追加人員なしで対応できる。さらには法人として人件費削減までできてしまった。

 いかがでしょうか。同一法人が複数大学を運営ている場合、このような運用が可能になります。

このとき、「規模の経済」のような現象が生じるのに気づくでしょう。つまり、1つの法人内で3つ、4つと大学を運営すれば25%枠を非常に有効活用できるのです。1法人内で各大学の教員をシェアリングすることで、人件費を圧縮することができるのです。


非常勤講師の事実上の専任化

  SNSを見ていると「基幹教員」の特徴を「非常勤講師の専任化」として捉えている方が増えています。これは間違いではないし、私もそのようにまとめていますが運用レベルでは微妙に違ってきます。

 現行の非常勤講師は授業コマごとに雇用されています。さまざまな見解はあるのですが実情として授業準備やフィードバックについて残業代は出ません。

   非常勤講師を単純に基幹教員として数えてしまうことは基幹教員の特性上(「教育課程の編成その他の学部の運営について責任を担う」=「例えば、教授会や教務委員会など当該学部の教育課程の編成等について意思決定に係る会議に参画する者等を想定」)、不可能です。

 非常勤講師を基幹教員に数えるためには、「教授会や教務委員会など当該学部の教育課程の編成等について意思決定に係る会議に参画する」必要があります。文字通り、非常勤講師に会議に出席させればいいのということでしょうが問題はどのような雇用形態に落とし込むのかです。

 良心的な大学は「パートタイマー専任」の雇用形態を作るでしょう。つまり、「責任授業時間+週*日の大学運営業務」を雇用契約書の職務内容に書いているパターンです。しかし、これではそれなりの給料を払い、社会保険にも加入させないといけません。

 最もリーズナブルなやり方は「非常勤コマ数報酬+会議及び学内行事出席ごとの報酬」としてあくまでも「非常勤講師」として雇うのです。当然ながら会議や行事出席で仕事は終わりませんから、その周辺的な作業(会議資料や学内行事、例えば、オープンキャンパスの大学案内資料の作成など)も行わないといけないのが実情で、請負的なニュアンスでの雇用になるでしょう。大学側としては社会保険を支払わないように全体の報酬額、実動時間を調整するとなおヨシです。

 しかし、これだと雇われるインセンティブはそこまでありません。ですから、肩書きは精一杯、見栄えの良いものを用意するでしょう。例えば「非常勤講師」ではなく「専任講師」みたいな。実際は出来高払いのパートタイムですが。このように雇われるパートタイム基幹教員=「専任講師」は当然ながら使い捨ての消耗品です。


現実的な運用を考えてみます。若い基幹教員(旧来の意味での「専任教員」)が他大学に異動して人員不足になった。その穴を、よく働く若手非常勤講師に頼む。具体的には「専任のポストが空いたからどう?」と誘いをかける。当然、「専任だ!」と思って「ありがとうございます!」とその若者は返答する。実態は非常勤講師+会議&イベント出席のバイトであっても。途中で、「あれ?これおかしいぞ」となったら「学部業務を担うことで専任就職へのアドバンテージになるよ」と耳打ちすればいい。

 さらにこのケースの素晴らしいところは非常勤であること、つまり、契約期間が単年度であることです。以前の記事で示した「特任教員=再雇用教員」でも任期付き雇用が可能ですが、非常勤講師はさらに雇用を流動化=不安定化させることができます。こうすれば人件費を大幅に流動費化することができ、将来的な学生減少による教員削減をスムーズに行えます。


大学自治の破壊者

   今回の制度改正を受けて、ややマイナーなのですが経営側が取りうる1つの方法論もご紹介します。

 想定は、理事会と各学部が対立している大学で、理事長以下執行部はトップダウン的な改革をしたいにも関わらず学部教授会が抵抗しているシチュエーションです。このとき、理事長の側には大学への融資を行う銀行やコンサル、弁護士がついているとします。

 理事会は理事会側の銀行の執行役員やコンサル、弁護士を「実務教員」のパートタイム基幹教員として登用します。学部に所属させるのが難しければ教養やキャリアセンターに所属させ全学枠教員として採用させてから、学部に分属させるといいでしょう。単純な人員ですから学部も断りにくいです。

それら理事会側の基幹教員は学部分属後、教授会や全学の委員会で一種、「総会屋」的な立ち回りを行います。教授会を疲弊させ、骨抜きにしてから、理事長配下の基幹教員は本部の役職者(教学委員長など)、学部執行部(学部長や副学部長)に据えられて、現場レベルの支配が完了します。

 このようなやり方を私は「マイナー」と呼ぶのは、別に基幹教員としてこれを行う必要はないからです。従来の「実務系専任教員」として人事を起こしてやればいいわけです。ただ、兼務が可能である点はある種の効果があります。銀行員もコンサルも弁護士も一連の作業を本務として行うことが可能だからです。

 このケースでの理事会と教授会の対立は、「融資をした側&その利害関係者」と「現場」との対立です。教授会を乗っ取り、トップダウン的な改革を行うのは、パートタイム基幹教員として送り込まれたバンカー、コンサル、弁護士の利害とも一致するわけです。一連の「改革」が成功すれば、パートタイム基幹教員たちは本来の所属機関で出世が約束されるわけです。これは従来の専任教員制度では起きえないものでしょう。

3  おわりに:今後の大学教員人事

 ここまでの話を前回の記事と合わせてまとめたいのですが普通にまとめると面白くありません。例えば、私がコンサルタントとして大学執行部に「今後の大学教員人事」を提言して欲しいと依頼されたなら。そういうシチュエーションでまとめてみましょう。

 

 

 クライアントさん、ご相談待っています。


   と・・・これはまだまだ最悪なケースではなかったのです。続きは次の投稿にて。

公開日:2022年9月6

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