自分でも「どこだ、ここ?」と思った場所は白糠線終着、北進駅。
...のあった場所は目の前のお山の向こう側。これ以上車じゃ無理だわ...痕跡も残ってない場所に歩く気力もnothing.
白糠線終着の北進駅から車で進むと国道を跨ぐ白糠線の橋梁に遭遇。
今回、北海道廃線旅を計画したときに全く寄ること考えてなかったけど国道を跨ぐ橋梁が近々、
撤去の方針ということを知り、それなら寄って帰ろうと思った次第...
前回の国道を跨ぐ橋梁のすぐ近くに架かる白糠線の第20茶路川橋梁。ちょっと路盤に上がってみよう...
作るときの想定として将来的に釧路へ向かう特急列車が走るかもしれなかった、てことを考えると
この路線の見方もガラリと変わってきた...
新得→足寄→白糠ルートだったら既存のルートよりどれだけ時間が短縮できたのでしょうね...❓️
白糠線第19茶路川橋梁
目をこらすと見えるのが白糠線第18茶路川橋梁かな...【訂正】16っぽい...どうでもいいけど...
白糠線第11茶路川橋梁
白糠線第10茶路川橋梁 前日の嵐で茶路川がアマゾン川みたいになってるよ...
国道に架かる白糠線橋梁跡。近々、撤去予定(された?)とのこと。
白糠線第10茶路川橋梁跡。
白糠線第9茶路川橋梁 奥は高速道路
白糠線第9茶路川橋梁
国道から上茶路駅へ侵入しようとした際、まず「えっ、道道なの...⁉️」と驚いた...😲
実際調べたら上茶路駅前通りは今でも立派な現役の道道だった...
白糠線上茶路駅 前に投稿した第9上茶路川橋梁まで来たところで「あれ、なんか肝心な所を
通りすぎてるぞ...」と気づき引き返しました...🚙💨
俺たちの時代のファンタ‼️🍎
上茶路駅の次に写ってた写真がこれだったので鉄道と関係ない写真でも撮ってたのかと思ったが
小屋の向こう側の芝生の色が変わったラインが白糠線跡のようだ。
70年代の航空写真で見ても線路際にあの小屋があったことが確認できるから鉄道関係の小屋だったか...?
白糠線第7茶路川橋梁
白糠線第6茶路川橋梁。もう38年も列車が通ってないのに赤が鮮やかに映えるな...第6と第7の間に縫別トンネルがあるらしい...
白糠線縫別駅跡は今民家が建っているあたり。ちなみにここの撮影場所は白糠インターチェンジ降りたところの駐車場。きれいな🚾あるから白糠線ハンターには最適。
白糠線縫別川橋梁 もうこの辺りになってくると車走らせてすぐに橋見かけたらゲンナリしてきた記憶...😨
白糠線第4茶路川橋梁
足寄の手前で寄ったから70㎞我慢してたんだな🚾
白糠線鍛高トンネルの坑口。あそこまで私有地だろうし国道から遠いし近づきません。
鍛高の地名がでてきたのであの鍛高譚の?と思ったら本当に鍛高譚の原料のシソが栽培されてるそうな...
白糠線第2茶路川橋梁。前に投稿した鍛高トンネルの反対側を振り向くと見える。
ラストの第1橋梁は国道からも離れ見にくそうなのでもはや身体が車を停めることを許さなかったようだ..🚙💨
白糠線茶路駅はあの青い屋根の手前辺りかな...痕跡はなにもnothing...
白糠線蓮花沢橋梁跡 #国鉄駅名全百科 の路線図にきちんと記載されていた#共栄仮乗降場 の近くに残ってた橋梁。1959(昭和34)年6月の刻印が残っていた。昭和58年には列車通らなくなるだもん、短い運命だったよね...
さて、この共栄仮乗降場、仮乗降場も網羅する北海道時刻表にも記載されず「幻の乗降場」と言われたらしい...実際の仮乗降場跡は最後の写真の停めた車の後方あたりに簡易なホームがあったようだ...
実際、現地に着いたときにスマホで昔の航空写真を見てホームの場所を確認しようと思ったが陽射しが眩しくてスマホ画面が見れなかった...というよりももう真剣にホーム跡を捜そうという気力が残ってなかったのが正解だったと思う...🌞
痕跡は...昭和チックな外灯と駅前広場...かな?
白糠駅近くの跨線橋から
根室本線の伸びる線路と白糠線の途切れた線路...
昭和58年当時、今では信じられないくらい白糠線廃止のニュースはテレビで取り上げられてたのですよ...
だから「シラヌカ」という地名は割と早く覚えた...
国鉄赤字ローカル線廃止の先導を切ったカタチとなり80年代にあっという間に多くのローカル線が廃止になっちゃったものね...多分、そういうのもあって鉄道への興味が薄れていったと思う。