塩野七生『ハンニバル戦記』

読書さとう

ヨーロッパの3大英雄というと、アレクサンドロス大王、ユリウス・カエサル、ナポレオン・ボナパルトだといいます。我がハンニバルが4代英雄のひとりとはいわれないのは、ハンニバルがローマの敵であったカルタゴの英雄であり、アフリカ人だからです。

私がプルタルコスの「対比列伝」、いわゆる「プルターク英雄伝」を最初に読んだのは小学校5年生のころでしょうか。もちろん子どもむきのでしたから、ギリシア、ローマの英雄たちを対比させて書いてあるのではなく、上巻ギリシア編、下巻ローマ編といった感じで、年代順だったと思います。その中で、ハンニバルだけはローマの英雄ではないのだが、そして原作では扱われてはいないのだが、ここでは1章をもうけるというように書いてあったかと思います。私はそのころからナポレオンが好きでしたから、そのナポレオンがあこがれた英雄のことがとくに知りたかったのです。イタリア半島で長く連戦連勝で闘いながら、やがてイタリア半島を離れざるを得ないときのハンニバルと、長く彼のもとで闘ってきた老兵士たちの哀しい貌が思い浮ぶような気がしていたものです。

実にプルタルコスはハンニバルと闘った将軍たちの列伝の中で、ローマの敵でありながらも、傑出した英雄であるこのハンニバルのことを生き生きと書いているように思います。だれしもが、このローマ最大の敵であった英雄のことは、何故か好きになるようです。 ほぼイタリア半島の北部をのぞく地域を支配できたローマが、シチリア(シシリー島)をめぐって、当時地中海を我が海としていた、フェニキア人のカルタゴと覇を競うことになります。海軍力をほとんどもっていなかったローマは最初は苦戦しますが、どうやら勝利します。これが第1次ポエニ戦役です。実に23年間の戦争でした。もうすべてのローマ人も、ほとんどのカルタゴ人も、もう両国の間に戦争は起きないと考えていました。

しかしカルタゴの中で、唯一ローマに対して敢闘したハミルカルとその1族のみはローマに勝利しなければカルタゴの未来はないと考えたようです。このハミルカルの息子がハンニバルでした。

ハンニバルはイベリア半島でカルタゴの力を蓄えます。そしてやがて行動を起こします。用意周到に準備しています。ローマの宣戦をうけるや、彼はピレーネー山脈を越え、ガリアの野を横断し、アルプスを越え、イタリア半島に進入します。ローマはどんなに驚愕したことでしょうか。約2,000年後にナポレオンもこれに習って、アルプスを越えるわけです。しかし、この時代、アフリカの兵を率いて、しかも37頭の象をつれ、しかも初雪のつらつきはじめる時期にです。

イタリア半島に入ってからは、ハンニバルは連戦連勝します。彼は会戦に負けたことはありません。だが実にハンニバルはこの半島で16年戦い勝利し続けなければなりませんでした。ローマは会戦で敗北しても敗北しても、降伏もしないのです。

どうしてなのでしょうか。その答えがこの著者のこの物語なのだと思います。