豊臣秀頼の愛した女、千姫

歴史さとう

豊臣秀頼は1593(文禄2)年9月8日~1615(慶長20)年6月4日の生涯でした。秀頼というと、少し軟弱な男の子と思われがちですが、身長が197センチ、体重が161グラムという巨漢でした。これは祖母のお市の方が兄の信長の170センチを超えるよりも高い背があったと言われ(当時の着物の丈で証明されるのです)ていますから、不思儀なことではないのです。

この秀頼と結婚することになる千姫は、父親が徳川秀忠、母親がお江(お市の三女、淀の妹)で、いわば二人は豊臣秀吉と徳川家康の決めた政略結婚でした。

でもこの二人は実に仲が良かったと言われています。だが二人の実家は戦いをしてしまうわけで、結局は千姫は大坂城から見事逃げ出します。その際に坂崎出羽守直盛に救い出されたと言われ、これでまた伝説ができています。

鎌倉の東慶寺の伽藍を修復したことがあり、いつもこの寺へ行くと、そのことを思うものです。

歴史はもう終わってしまったことで、仕方ないのですが、この千姫も秀頼と幸せに生きることはできなかったものなのかなあ、といつも思ってしまうものです。