6.4. 第4話 研究授業の成功

AR支援ネットワーク通信(68) 「ある新人教師とメンターの物語:研究授業の成功」第4話

横浜国立大学名誉教授 佐野 正之

■研究授業迫る?

9/11日の第3回目の授業観察までで、当初に掲げた3つの仮説のうち、「導入を英語で行う」という第1仮説と、「教科書の語彙指導と音読指導を充実させる」という第2仮説まではほぼ到達したことは明らかになった。当然、残された時間では、第1仮説、第2仮説に合わせて第3の仮説「まとまりのある文章を書くための指導」に焦点を当てた実践を行うことになる。また、当初から綾瀬市の英語研究会での発表などを考慮して(と私は思い込んでいたのだが)10月中旬には、リサーチの1サイクルを完成させたいという思いがO先生やK 先生はじめ稲垣さんにもあった。「リサーチを完成するには、全ての仮説の実践と検証が必要だから、途中までしかできなかったらARとしては失敗だ」という 不安からだろうと私は思っていた。第3仮説の結果も出したいという「あせり」さえ感じられた。

だが、私は10月の時点で第3仮説の成果の発表は必要ないと考えていた。理由はこのARの目的は、あくまでも稲垣さんの授業改善であって、「まとまりのある文章を書く能力を育てる」というリサーチの目標は、本来、2月末の学年の終了時点でのものである。だから10月の時点は、4月からの改善のプロセスの中間報告で十分である。すなわち、当初は英語授業や自己表現に苦手意識を持っていた生徒がどのように活動に取り組むようになったか、教科書の文法や語彙を日本語で教えることを重視していた教師が、どのような授業をするようになったかという変化をビデオを中心に示し、それが最終到達目標につながることを説明すれば十分だ。ありのままの授業を見てもらい、それまでの過程と今後の計画の説明ができればよいと考えていたからである。

私のこのような思いの背後には、いわゆる「研究授業」に対する強い不信感があった。どうしても「見栄えのする授業を見せたい」という意識が先走り、日常の実践とかけ離れた「理想像」を見せるが、研究授業が終わるともとの黙阿弥となり、授業改善には一向に役立たないことが多いからである。 特に、「書く力を伸ばす」研究授業というと、事前に用意させた英文を生徒に発表させて終わることが多い。しかし、観察者の関心は、出来上がった作文ではなく、どのような指導で書けるようになったか、また、教科書も含めた他のスキルとの兼ね合わせをどのようにしたかというプロセスにあるのだから、それを話し合う機会を提供するのが本来の研究授業だと思うからである。だが、この私の思い込みが思わぬ結果に終わるのだが、それはまた、それが明確になった時点で紹介する。

話を稲垣さんのARに戻すと、実際のところ第3回の授業観察以降のメールのやりとりが非常に難しくなった。というのは、9月の学校行事が過密で、英語授業が大幅に削られる週が続き、第3回の授業観察で扱ったReading 教材を終了させるだけで精いっぱいで、第3仮設への取り組みについてメールの交換をする機会がなかったのである。ただ、教科書のまとめの活動としてWriting を組み入れることはリサーチの開始時点から告げてはいたが、たとえば、このReading教材の中でどのようにwritingを入れてゆくかについてのメンタリングのないまま、第4回(最終)の授業観察の日を迎えた。

■第4回目の授業観察

10月2日の授業観察は、教科書ではUnit 4 Homestay in the United StatesのStarting Outで、targets はhave to…, don’t have to… must、内容はアメリカの家庭にホームステイした日本人の中学生が生活習慣の違いに戸惑うというものである。稲垣さんの授業の組み立ては以下のようであった。

(1) Greeting

通常のパタンどおり英語での挨拶。チャチを入れる生徒もいたが、稲垣さんが上手に扱い、教師の挨拶に明瞭な声の英語で反応していた。クラスのムードは良好。

(2) Oral Introduction (targetsはhave to, don’t have to, must)

以下は稲垣さんが、絵を黒板に貼りながら行ったOral Intro の概略である。

Today we are going to talk about housework. What is housework? That’s right. 家事 or 家の仕事。I’m going to talk about my housework. As you know, I live by myself. I live alone. I don’t live with my family. So I have to do every housework. Look at this picture. I have to cook dinner. (夕食を作っている絵を黒板に貼る。以下同様に絵を貼っていく。) I have to do dishes. I have to clean the bathroom. What is the bathroom? That’s right. お風呂。etc. In the morning, I have to make bed. Do you know bed making? No? Well, you have to stretch the sheet and clean the bed. That’s bed making. And I have some flowers. So every morning, I have to water the flowers. But I don’t have a dog. So I don’t have to walk a dog. I don’t have to go on an errand, go shopping, because I usually buy things on my way home. etc.

(have to の絵は左に、don’t have to の絵は右に貼ってはる)

先生の家事を説明したのだけれど聞きとれた?このグループに共通して聞きとれた英語は? そう、have to… どんな意味だと思う?「しなければならない」That’s right. では、こっちのグループは? そう、don’t have to. その意味は? 「しなくてもよい」だよね。では、一つずつ文を言ってくれる?(生徒の発言を板書しながら)そう、このグループは、たとえば、I have to cook dinner. でこっちは、I don’t have to walk a dog.

(2文を並べて板書。それぞれhave が/h f/ になることに注意して発音練習)

(3) Practice

i) 自分で手伝わなければならないことを想像してhave to … の文を繰り返してみよう。

ii) 手伝わなくてもよいことを想像してdon’t have to… の文を繰り返して言ってみよう。

(4) worksheet を用いて自分のしなければならない家事を選択させたあとで、T-Pで。

T: I have to cook dinner. How about you, A?

A: I don’t have to cook dinner. But I have to clean the bathroom.

T: Oh, you are a good boy.

の文型で教師が数名の生徒と対話したあとで、そのモデルにならってAre you ready? Go! の合図で、次々と相手を変えながら、ペアで対話のドリル。

(5) リスニング活動:

教師の話す英語を聞いて、佐藤家の通常の家事分担と、母親が1週間海外旅行に行った際の3人のメンバーの家事分担の表を完成する絵を貼り付ける活動。各自に個別に取り組ませ、その後クラスの前で指名した生徒に表を完成させた。また、「君にどうしてもして欲しい、しなければならないという気 持ちの時には、have to の変わりにmust が使われることがある」と説明して発音練習と文型練習。

(6) Writing

Have you ever heard of homestay? I know some students from abroad, foreign students. They are going to stay with Japanese families. They have some questions. Here are some of them. (と言って外国人が日本の生活に戸惑う質問、たとえば、In America, we wear our shoes in the house. In Japan, what do I have to do? など、3個の疑問文が書かれたワークシートを配布し、ペアで2文以上の英文でアドバイスを書く作業をさせた。ほぼ9割方のペアが与えられた8分で英文を完成させていた。) 2ペアに書いた英文を発表させたのち、全員に提出を求め、次時の宿題を提示して終了。

■授業後のメンタリング

*細かい点は別にして、リサーチの当初から目指した授業形態が今日ようやく完全な形で実現できた。すなわち、第1仮説の英語での導入、第2仮説の単語や内容理解の充実、第3仮説の自己表現のwritingである。ちなみに今日の授業と最初の授業観察をした5月29日の授業を比較してみよう。扱っている教科書のsection が異なるので、厳密な比較は不可能だが、大まかに見れば、次のような差が誰の目にも明確である。

(1) 教師の主体性の確立

初回の授業では、教師が教科書に書かれていることを覚えさせることを目標にした授業だったが、今日は教科書の内容と重なりを持ちながら、かつ、生徒の生活と関係するところから話題やtarget を導入し、それを聞きとらせて生徒に意味を推理させ、その後口頭でペア練習し、リスニングで理解を確認し、最後は生徒に自分の思いを書かせるという活動で終了した。すなわち、教科書依存ではなく、教師と生徒が創る授業となった。

活動は全て教師が考えたオリジナルで、教科書は一切使用していない。当然、教師主導の講義形式から生徒中心の言語活動主体の授業に変わってきた。すなわち、目標と目標達成の手段に教師の主体性が発揮された授業であった。

(2) 言語活動を中心とした授業

初回の授業は、ワークシートを頼りに、生徒が英語を日本語に訳す活動が大半だった。しかし、今回は教師が自分の行う家事を紹介することでtargetを導入するリスニングで始まり、target 構文の意味を推理させて理解させ、その後音声変化に注意を向けて口頭で文型練習を行い、それを発展させて友人との自己表現の対話をさせた。その上で内容理解を重視したリスニングで絵を用いた表を完成させ、最後にはワークシートを用いて日本に留学する外国人の悩みを読みとり、それに対する返答を書くペア活動 をさせていた。4技能の全てをカバーしただけでなく、頭を使って考えること、口頭での繰り返しのドリル、友人との情報のやりとりをする対話、外国人へのア ドバイスの内容をペアで検討するなど、多様な能力やスキルにアピールする活動がふんだんに取り入れられていて、生徒は全身で授業に取り組むことができた。

(3) 英語でのInteraction の増加

教師と生徒の英語使用の割合は大幅に増加した。授業中の教師の話す英語の割合は、全発話のほぼ8割に達し、文法や活動内容の説明などを除いてほぼ全てを英語で実施していた。圧巻はtargetの導入で、全て英語で行い、それを聞きとらせた上で文法項目の意味を推理させ、それを補足する形で日本語を使用していた。それに呼応して、生徒の対応も日本語でも英語でも活発になり、全ての活動に積極的に関わっていた。最初の観察授業で見られたような、教師の英語を生徒が少しでも分からないそぶりを見せるとすぐに日本語に切り変えて説明する行為はほとんどなく、平易な英語での言い換えや、生徒とのinteraction, 絵や身ぶりの使用などで理解を助けていた。発問や答えを待つタイミングなどにも教師の指導力の向上が見てとれる。

(4) 授業の流れに沿って個別に見てゆく

*Greeting でチャチを入れる生徒への対応が適切にできるようになり、クラス全体が授業に前向きになった。第1回の観察授業では、同じような生徒のチャチに教師が付き合ってしまい、授業に前向きな姿勢を崩すような行動が見られたが、今回はクラス全体のムードが建設的で、教師と生徒との人間関係の深化が見てとれた。

*Oral Introduction は今日の授業の目標であるwriting にもつながり、2時間目の授業から始まる教科書の指導にも対応するように工夫されていた。Unitの最初の授業はその時間の目標だけでなく、Unitの最終目標にも対応した活動がふさわしいというリサーチ・クエスチョンにも答えるものとなった。

*文法説明も教師の講義形式ではなく、まず、生徒に推理させ、その後自己表現に結び付けるという狙いが見事に実現していた。また、発音指導も注意が行き届き、かつ、十分な練習量も確保されていた。このいずれも最初の観察授業では見られないものであった。

*ペアをいろいろ変えての対話練習も、十分な準備がなされていたのでスムーズに進み、生徒は積極的に対話を楽しんでいた。級友がどんな家事の手伝いをしているのかを相互に知ることによって、親睦感も深まっていったようだ。

*リスニングも表の完成という目標が与えられており、「母が海外旅行に行っている間の家事」という状況設定もよかった。この設定でリスニングの活動にも変化が生まれた。

* 教科書が「日本人の中学生がアメリカで遭遇するショック」を扱うのに対応して、「外国人が日本の生活で感じる疑問を読み、不安にアドバイスする」という活動は、教科書の内容を踏まえた現実的なタスクになっている。具体的には、worksheet に記された次の3人の質問にペアで相談してアドバイスの英文を2文以上書くというものである。

<質問>

Jasmine: In America, we wear our shoes in the house. In Japan what do I have to do?

John: I can’t use the chopsticks well. Is that OK?

Becky: I don’t know about Japanese food very much. Must I eat all food?

(5) では、生徒はどのような文をペアで書いたのだろうか。その日のワークシーとは稲垣さんが回収しているので、その中から1例ずつ紹介してもらおう。

To Jasmine: You have to take off your shoes. Be careful.

To John: You don’t have to use chopsticks. But you practice it a little. Don’t worry.

Japan has a knife and fork and spoon.

To Becky: You don’t have to eat all food. You have to study about Japanese food. See you.

■稲垣さんの感想

9 月に入ると授業数が激減してしまいました。体育祭の練習のために授業時間が調整されたからです。アクション・リサーチのまとめてしての研究授業が1カ月後に迫っているというのに、前回発表した単元がなかなか終わらず焦りました。教科書を進めるのと並行して、早い時期から最後の発表に向けて準備も進めました。

しかし、準備は順調に進んだわけではありません。書いて表現する活動(仮説3)はこれまで数えるほどしか実践しておらず、具体的な活動の設定の仕方がわからなかったからです。色々と悩んだ結果、ホームステイと関連させて外国から日本にホームスステイに来る中学生にアドバイスを書くという設定にしました。この時間にはhave to/ don’t have to/ must の3つを一気に導入する予定でしたので、生徒たちが混乱して書く作業が達成できないかも知れないと不安でした。また、一人では書いて表現できない生徒をどう活動させるかというのも悩みの種でした。そこで思いきって、最後の表現活動もペアワークにすることにしました。さらに書く文の数は少なくし、正確に書く ことを重視しました。

結局、全体の進め方としては、これまでの実践を生かす形にして、定着を図るリスニングを取り入れました。生徒が最終ゴールを達成できるように、やれることは全部やっておこうと授業の組み立てや準備に精いっぱい取り組んだのです。

そして迎えた最終授業。佐野先生だけでなく、綾瀬市の先生方にも参観してもらいました。少し緊張しましたし、うまくやりたいという気持ちもありましたが、それ以上に生徒がどんな文を書くのかという期待のほうが大きかったです。この授業で気を付けたことは2つあります。一つは後半の活動を見据えてテンポよく進めること、もう一つは英語をできるだけ沢山使うということです。生徒はきっと分かってくれる、そう信じてどんどん英語を与えました。

授業が始まると、生徒は私の英語を一生懸命理解しようと耳を傾けてくれました。また、分かったことはどんどん英語や日本語で発言してくれたのです。4月の授業改善に取り組む前とは、座席に座っている姿勢さえまったく違うようになっていました。授業が進むにつれて教室全体が一つになった雰囲気がし て、その瞬間、今まで感じたことのない何かがすっと自分の中に入ってきた感覚がしました。上手く言葉にはできないのですが、リズムに乗れたというか、自分を含めたみんなが同じ方向を向いて走っていると実感できたような感覚でした。教師と生徒の協働で進める授業とはこういうものなのだと実感しました。

生徒とのinteraction やリスニング活動も順調に進み、いよいよ表現の作業に入りました。生徒たちは、まず、ハンドアウトに書いてある外国人の悩みを読みとることから始めなければなりません。互いに知恵を出し合い作業を進めていました。嬉しかったことは、英語の表現活動には関心を示さなかった生徒も、日本語で意見を出しながら活動に参加していたことです。半年間という短い期間では実際に書く力を伸ばすまでには至りませんでしたが、英語授業への積極的な参加に一歩を踏み出してくれたことがとても幸せに感じました。書く内容もペアで相談し、スペルや文法の間違いを恐れずに思い思いの英語を書いてくれたと思います。内容の完成度 (target 構文の正確な使用)はもちろんですが、Goodbye やSee you then. の挨拶、Don’t worry. やBe careful. などの表現を自然に使っていたことも驚きでした。結局、読み手のことを考えながらアドバイスの英文を作成しており、こういう活動がまさに英語を通してのコミュニケーションなのだと再認識しました。

授業参観の次の授業では教科書の本文を扱いました。導入でホームステイについて扱っていたので、抵抗なく理解させることができました。フラッシ・カードやいろいろな音読活動にも意欲的に取り組み、最終的には教科書を閉じてリピートすることができました。音読の際にはhave to やdon’t have to の発音ばかりでなく意味もよく理解し、自分のものとして使っているという印象でした。

教師が授業改善の方法を真剣に考え、全力でそれに取り組めば、生徒たちは必ずついてきてくれる。その積み重ねで自分もステップ・アップできるし、生徒との信頼関係もより深くなることを実感しました。これまでアイデアが浮かばず苦痛だった英語授業が、こんなにもやりがいのある楽しいものだと思えるようになりました。チャレンジし続けた結果、自分も成長したし生徒の意欲も掻き立てることができたことがとても嬉しいです。まだまだ改善するところは沢山ありますが、佐野先生に導いていただきながらアクション・リサーチに取り組むことができて本当に良かったと思っています。

■振り返り

こうして5月から始めた稲垣さんとのARも最後の授業を迎えた。私の心づもりでは、今日が私が学校訪問す る最後の日とはなるが、稲垣さんのARはこのまま継続し、第3仮説により本格的に取りかかるのだろうと思っていた。O先生や稲垣さんが第3仮説の実践を急ぐ理由は、英語研究部会での発表のためだと思っていたのである。ところが、当日、授業観察後のメンタリングに参加したO先生から、「学校の年度当初から決定していた方針で、来週にはクラスの総入れ替えがあり、このクラスも解体するので、稲垣さんの今回のARもこの時点で終了 します」ということであった。そう言えば、この中学校は2期制で、前期と後期ではクラスの総入れ替えを行い再編成するということは一番最初に聞いていたことを、その時やっと思い出したのである。第3仮説まで急いだのは、クラスが解体されるので、できるところまで進めたいという思いからだったのだ。とんだ私の誤解だった。

では、この事実を私が忘れていなかったとして、第3仮説を急いだろうか。それは多分しなかっただろう。実際のクラスや稲垣さんの動きを見れば、与えられた条件の中では最高のARの進め方だった。これ以上急いでことを進めようとすれば、稲垣さんか生徒のいずれかにトラブルが起きたと思う。それにして も最後の授業は、稲垣さんの授業力の向上を如実に物語るものであった。もし、FLINTやCOLTシステムなどを用いて授業分析をし、初回と今回の授業を数値的に比較すれば、大きな変化が見てとれるだろう。そんな面倒なことをしなくとも、2つの授業のビデオを見れば一目瞭然である。稲垣さんは教師としての成長の大きな階段の一歩を踏み出したのだ。

では、今後の成長を保証するものは何か? それは上に述べたような 「目に見える授業力」だけではなく、むしろ、その底にある 「目に見えない授業概念」 だと思う。この点については、その夜の盛大な飲み会での話題となるのだが、それを次号で報告して、このシリーズの幕を閉じたい。乞うご期待。

(配信日 2011/04/01)