2.15. リフレクション:松山大学ARゼミ

AR支援ネットワーク通信(23) 「第2部 リフレクション:ARS@MU(松山大学ARゼミ)」 高知工科大学 長崎政浩

第2部では、ARS@MU(アクション・リサーチゼミ@松山大学)の1年間の取り組みを、時系列で追いました。昨年4月から、愛媛県内の中・高校の約20名の先生方が、ARに取り組んだわけですが、その様子がリアルタイムに報告されました。佐野先生が直接企画・運営されたアクション・リサーチゼミということもあり、その内容は、英語教員の研修や力量形成に関わっている、私たち自身の取り組みを振り返る良い機会にもなったのではないでしょうか。

今回の通信は、この第2部のリフレクションとして、ARに意欲的に取り組まれている3名の指導主事の皆さんに意見をおよせいただきました。松山の様子を実際に見てこられた池田先生(愛媛県教委)、これまで地域でARに取り組んでこられた角濱先生(三次市教委)、そして、これから県教委の取り組みとしてARを進めていく米野先生(山形県教委)です。それぞれの立場から、第2部の感想・今後の課題などを語ってくださいました。

まず、3人のご感想をお読みください。お一人一人の感想の後に、私が共感した指摘を箇条書きにしてまとめてみました。そして、3名の先生方が提起してくださっている問題を Our Reflectionとして、皆さん と一緒に考えて行きたいと思います。私がそこで提起する問題について、ご自身で、あるいは、同僚と一緒に考えていただき、回答をいただきたいと思います。それを集計することで、振り返りを共有し、さらに一歩を踏み出せるのではないかと期待しています。

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3人のリフレクション

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◆池田哲也 先生(愛媛県教育委員会 高校教育課指導主事)

第2部の通信は、自分が体験したアクション・リサーチ(AR)のゼミがどのような点に留意しながら進められていったかがよく分かり、大変参考になった。昨年度は佐野先生の御指導のもとゼミはスムーズに進んだが、自分が研修を計画するとなると、課題は多いと感じている。

例えば、昨年度のARS@MUのように、毎回佐野先生のような専門家の直接指導を受けることができれば最高だが、そうでない場合(通信にも書いてあるように、「ARは一見単純だが、独力では習得しがたい部分もあるので」)指導主事だけでは研修参加者が不安を感じるのではないか。もちろん研修の企画運営を行う者自身がARについて理解を深める努力をしなければならないが、この問題について何かいい解決策はないだろうか。

また、実践報告に本人が書いているとおりの実践ができているか、どのように確認すればよいのだろうか。本人は仮説に書いている取組をしているつもりでも、実際にはそのとおりに実践できていなければ、仮説が正しかったかどうか判断できないことになる。理想的には、実践を行っている本人の授業を参観して、仮説のとおりの取組ができているか確認すべきであろう。直に授業を見ることが難しければ、授業をビデオに撮ってもらうのもよい考えだとは思うが、どちらにしても人数が多いと一人二人では対応できない。こういう場合、研修参加者同士で評価し合うことで足りるのだろうか。

課題も多いが、とにかく多くの教師にARを試してもらいたいと思っている。通信で佐野先生が書かれているように、ARの目的は、「教師が教室で起きていることに目を向け、自分の授業力の不足している点を発見し、認識を深めることにもある」のだから。

@長崎の視点

(1)理屈ではARを理解したつもりでも、実際に自分でやったことのない場合、運営に自信がもてないものです。もとより、この通信の一つのねらいは、そうした状況でもARを取り入れてみようという意欲を主事の先生たちに持ってもらうことにありました。ARに詳しい研究者や専門家がいないところで、AR研修を効果的に計画・実践するには、どのようにすれば良いか。今後のもっとも重要な課題です。

(2) ARの報告をどう評価するか、書かれている通りに実践されていると信じるか、または、参加者同士の相互評価を加えればそれでよいか。ビデオや授業参観などにより、外部から評価を受けるとしても、受講者数が多いと対応できません。何のために評価するのかという視点が重要になりそうです。

◆角濱 慶司 先生(三次市教育委員会 学校教育課指導主事)

ARネットワーク通信で掲載されている中身の濃い実践をぜひとも目標にしたいと思い,毎回読ませていただいています。

現場の先生方といっしょにリサーチを進める立場からすると,先生方の実践上の悩みを共有する方法,具体的なアドバイスの内容について多くを学ぶことができます。17・18号の研修会で出された質問と佐野先生からのご助言のやりとりにはとりわけ元気をいただきました。

私たちのところ(三次市)では,佐野先生にご指導いただき,市内の中学校英語部会でアクション・リサーチによる授業改善に取り組み始め,今年度で8年になります。この間,個々の段階では「手ごたえ」のあるリサーチもあり,生徒の基礎学力は向上し,教師の指導観の変容も多く見てきました。しかしながら,主事が中核となって組織的・計画的なリサーチのサイクルを確立することは引き続きの課題です。

そこで,今年度は,次の3つの「場」を設定し,課題を克服しようとスタートを切ったところです。

一つ目は,広島県が実施している「中学校学力向上対策事業」の市英語グループでの取組みです。この事業では,学力分析に基づく授業改善の具体を提案することが求められており,年間10回の授業研究を中心とした研究協議を行います。組織的な実践を進める場です。

二つ目は,「アクション・リサーチの会三次」です。昨年度の後半から始めた会ですが,月に一度土曜日の午後,有志が集まり,実践を報告し合っています。アクション・リサーチの裾野を広げる場となっています。

三つ目は,小学校外国語活動研究校での取組みです。この学校では,外国語活動における評価を中心に研究を進めています。週1時間の授業で,児童の変容を継続的に見取っていく過程にアクション・リサーチを取り入れています。外国語活動の改善の方法を提案する場ととらえています。

それぞれの場で得られた成果や明らかになった課題について,積極的に発信していきたいと考えています。

@長崎の視点

(1) ARを一つの形にはまったものとしてではなく、いろいろな場面で、それぞれの場にふさわしい目標達成にARを利用しようとしている。これはARの発想が三次市に定着してきた表れなのでしょう。

(2) 外国語活動に取り入れるという発想も興味深い。もし、それが実現できれば、授業改善を目指す全国の小学校の外国語活動の担当者に大きなヒントとなるのではないでしょうか。

◆米野和徳 先生 (山形県教育庁高校教育課指導主事)

第2部により、時系列で松山でのゼミの進行状況を知ることができました。また、佐野先生、長崎先生の解説のおかげで、毎回のゼミの趣旨や参加者が抱える課題や疑問点への対応などが居ながらにして手に取るようにわかり、AR研修を企画する者にとって大変参考になりました。

山形県教委では今年度、「英語授業改善塾」と称し、県内各地の高校教員を対象に、年間を通したAR事業を新規にスタートさせました。佐野正之先生からのご指導を賜りながら、企画をしてきましたが、配信していただいたこれまでのAR支援ネットワーク通信を企画段階から大いに参考にさせていただいているのは言うまでもありません。

先日、「改善塾」オリエンテーションが開催されたのですが、参加者の中には下記のような誤解をお持ちの先生もおられました。

(1)ARは生徒を被験者とし、一般化を追求する実証・実験研究であるとの誤解

(2)ARでは日々の授業と乖離した研究が要求されるという誤解

(3)ARは教師の指導効率、生徒の学習成果の伸張を求めるだけの手法であるという誤解

ARを行うことによって教師・生徒には数々のメリットがあることは明白なことですが、その良さを多くの先生方に正しく認識していただくためには、いかに1人でも多くの先生方に実際にARに取り組んでいただくことができるかということが改めて課題だと感じました。

今後3つの機会がAR普及のチャンスと考えています。1つ目は教育行政が提供するARの機会です。教委などが長期的な展望をもって、ARの機会を先生方に提供し、支援をしながら実際にARを体験していただく機会です。2つ目は教職大学院でのARプログラムの提供です。大学院で、文献研究をしながら、しかも、授業から離れることなく、じっくりとARに取り組むことができる環境を逃す手はありません。3つ目は、教員免許更新講習でのAR機会の提供です。講習を開講する大学には最新の知識・技術習得の役割の場の提供が求められています。学校現場の先生方は本当の意味で役立つ内容を更新講習に求めており、ARを内容とする講習の設定は最適と考えます。

今後、上記の機会などを通してARの知識と経験を持ち合わせた「英語教員2.0」とでも呼ぶべき教員が増え、地域、ひいては日本の英語教育の改善、充実、発展のための大きなうねりになることを祈っているところです。

@長崎の視点

(1) ARには依然として多くの誤解がついて回っています。でも逆に、その誤解を解く活動を展開することで、ARの理解は促進できるのかも知れません。山形の今後の展開に期待します。

(2) 教職員大学院や免許更新でもARを取り入れるという発想はすばらしいと思います。ただ、いずれもある意味では県の指導課や学校では、対応できない面があります。私たちとしては、まずは、実際にやってみること。実践を地道に積みあげ、仲間を増やし、大きな山を動かしていきたいと思います。

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Our Reflection

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1 専門家の存在

まず、提起されているのは、 ARに詳しい研究者や専門家がいないところで、アクション・リサーチをつかった教員研修や校内研修が効果的に実施できるかという問題です。近年、普及してきた職業に「プロのコーチ」というのがありますが、この場合の「コーチ」は必ずしもその業界の専門家ではありません。しかし、いろいろな報告や文献によれば、クラインアントをempowerし、業績を向上させることに成功しているようです。そこで、あなたに質問です。佐野先生のような専門家に頼ることができない環境でも、英語教育の研修にARを使うことはできるとお考えですか?Yes/Noでお答えください。もし、Yes なら、ど のようなスタンスで、ARを使った教員研修を企画、運営していけば良いのでしょうか。

2 ARの検証

第2の課題は、「実施されたARの評価」に関する問題です。参加者同士で、お互いのARを評価し合うだけで、良いのかという問題です。これは、ARが何のために実施されるのかという本質とも関わってきます。ARの主目的を「生徒の成績を上げる指導法の改善」と捕らえるなら、実際の指導法が外部から見ても妥当なものであることが望まれます。一方、主目的を「教師の成長」と見るなら、外部からの視点よりも実践によって教師の意識がどう変わったかがより重要です。もちろん、両方のバランスをとってみるという発想も可能でしょう。そこで質問です。あなたはARの主目的をどこに置きますか。

この課題は、また、ARの結果を productととらえるか、processととらえるかによっても、見方が変わってくると思います。Process と見るなら、経過報告でしかないARのまとめを、それほど厳密に評価する必要はなく、自己評価や相互評価で十分でしょう。しかし、product と見るなら、やはり出てきた結果に客観的な裏づけが欲しいと思うのも当然です。そこで質問です。あなたはARのどちらを重視しますか?それはなぜでしょうか?結果をどのように評価し、どのように次のステップに生かしていけば良いのでしょうか。

3 ARの正しい理解と普及

三次市では、ARを英語の授業改善だけでなく、学力向上や小学校外国語活動まで、幅広い分野で利用しようとしています。これは三次市にはARの理解が広まっているからだと考えられます。そこで質問です。あなたの守備範囲の中で、ARを実践できる分野を挙げるとすると、どんな場面が考えられますか。どのようにすればそれが可能ですか?

また、山形からは、ARをめぐる誤解があることが提示されました。この点は、実は全国共通だと思われます。この点で参考になるのは、以前、佐野先生から、フィンランドでは、教員研修の中核にARをすえているとの報告です。今号の最後にご紹介する米サンディエゴ大学でも、修士課程では全員ARに取り組んでいるとの紹介があります。ひるがえって、わが国では、まだまだ情報伝達中心の従来型の研修が主流です。もっと、教室に根ざした、生きた授業に根ざした研修が必要だと思うのですが、それを実現するために、私たちができることは何があるのでしょうか。そこで質問です。あなたの近くの大学、大学院でARを扱っている教育機関はありますか。その現状をどう思いますか。現状を変える良いアイデアがあったら教えてください。

4 学校現場と研修企画・担当者の協働

通信の第15号は「協働」がテーマで、生徒との協働、同僚との協働の重要性が指摘されました。実際に池田先生は松山大学で今年も現場の先生とARを用いた授業改善に取り組んでおられると聞いていますし、角濱先生は、「現場の先生方といっしょにリサーチを進める立場」と書いています。また、米野先生も、現職教員をメールで積極的に支援することで協同でのARを計画されています。私自身、ARにいっしょに取り組むことで、先生方と指導主事との関係性が変わったことを実感します。そこで質問です。従来型の研修とARを使った研修では、研修参加者と立案者・実行者の関係はどのように異なるとお考えでしょうか。また、指導主事は、どのような役割を果たすべきなのでしょうか。

5 組織的、継続的な取り組みを可能にするには

高知で、中高の全英語教員がARに取り組めたのは、国家規模の悉皆研修という大きなプロジェクトにのせることができたという側面があったことは否めません。わが国の教員免許制度は、免許更新講習が突然導入された以外、今のところ本質的な見直しの動きは見えてきません。そのような中、教室に根ざした、教師自身のpersonal theoryの変革を迫るような教員研修を進めていくために、私たちは、各地域、各学校で、どのようなビジョンを描いて、どのような取り組みを進めていくべきなのでしょうか。そこで質問です。何をめざして、どの場面でARを実践ゆくのが、最も効果が持続するとお考えですか。そのために国の文部行政に今求めたいことは何でしょうか。ご意見をお聞かせください。

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Action Research World Wide

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サンディエゴ大学 井上 典之先生からメールをいただきました。

「自分は大阪府で高校数学の教諭として6年間つとめた後、フルブライト奨学生として17年前にハーバード大学教育学部修士課程に入学し、その後コロンビア大で教育心理学の博士号を取得し、現在に至っています。今はサンディエゴ大学(University of San Diego)の助教授として教育心理学、リサーチ手法などの授業を教えています。

所属している教育学部では現職の教員や教職志望者を教えているのですが、学生は修士論文にアクションリサーチを行うことが必須になっています。また、本学では古くからアクションリサーチの研究をしている研究者が何人かおり、その研究グループに入って今いろんなことを勉強中しながら院生の指導をしたり論文を書いたりしています。詳しくは以下のリンクをご覧下さい。

http://www.sandiego.edu/soles/about/bio.php?id=1035

(配信日 2009/06/01)