4.9. 高等学校の場合(1)

AR支援ネットワーク(55) 第4部 「授業は英語で」をめぐって (9) 高等学校の場合」

横浜国立大学名誉教授 佐野 正之

■はじめに

前回の「通信」では新指導要領が現行版と同じく、結局は「実践的コミュニケーション能力の育成」を目指していることを指摘し、その点には賛成だとしました。国際社会で生きてゆくには、大前氏の指摘する「国際英語」の発想が必要で、そのためには「英文和訳」をはじめとする日本の英語指導の誤りは正さなければな らないからです。だが一方では、新指導要領では「知識面」や「技能面」(英語で言えば実践的コミュニケーション能力の育成)だけが強調されていると批判もしました。国際社会での「コミュニケーション能力」を語るなら、単に英語を駆使する能力以上に「異文化との共生」や「格差社会への対応」や「市民性の育 成」などの教育的目標が必要なはずなのに、新指導要領ではその視点が欠けている。だから現場でこの点を意識して補うことが大切だと指摘し、そのための英語授業の「原理」を仮説として提示しました。また、その具体的な方策の一部を、中学校の教科書のあるレッスンの教案の導入部として示しました。

今回は、その高等学校版で、英語が苦手な生徒の多い職業高校でどのようにこの「原理」を展開するかを教案の形で提案したいと思います。いうまでもないことですが、今回の改訂では、従来の「英語I, II」と「オーラル・コミュニケーションI, II」を合体して、「コミュニケーション英語I, II, III」とし、4技能を統合して英語での言語活動を中心に指導することを求めているばかりでなく、「コミュニケーション英語I」のレベルの英語力を、学校 の種類に関係なく、全高校生の卒業時点での到達目標と設定しようとしています。「ヨーオロッパ共通枠」で言えばThreshold Levelに相当する ということになります。職業高校の卒業生を含めての到達目標ですから、

「コ ミュニケーション英語I」は、かなり低いレベルの英語力に抑えられていて、従来の「英語II」や「リーデング」以上のレベルを意図している「コミュニケー ション英語II・III」との間にギャップがあるという批判があります。ただ、小学校外国語活動の開始や中学校の履修時間の増加などで、全体的には「コミュニケーション英語I」で使用される語彙や文法項目は増加するので、この原稿で扱うのは「英語I」ではなく、「英語II」の教科書に「原理」を当てはめたらどうなるかという視点から説明します。

具体的なレッスン教材の紹介: Viva English II(第一学習社)

Lesson 4 : Communication in America and Japan

■Get Ready

日本人の一般的な特徴の一つとして、自分の意見をはっきり主張しないということが挙げられるでしょう。世界にはいろいろなコミュニケーションのスタイルがあり、それは国や文化によって 異なります。海外の人たちとうまく付き合うためにはどのようなことが必要なのでしょう。

*英語でのコミュニケーションに必要なマナーを身につけよう。

相手を見て話をし、親しい間ではファーストネームをつけよう。

Hi. Susan. Nice to meet you, George.

「なるほど、そうなんだ、すごい」などの相づちをタイミングよく使おう。

Oh, really?

理由を含めて、自分の考えをはっきり言おう。

I can’t go. I have to finish my homework.

There are many different styles of communication in the world. For example, the American style of communication is very different from the Japanese style. Let’s look at some example.

1. The American Style of Communication

One day Miki invited her American friend Tom to her house. He said he had never eaten okonomiyaki, so she made some for him. He ate half of it, but left the rest. When she asked him, “Maybe you don’t like that?” He said, “No, I don’t like it.” Miki was surprised at his answer.

2. The Japanese Style of Communication

Susan was going fishing with her family. She knew her Japanese friend Akira liked fishing, so she invited him. But when she asked him about going fishing, he only said, “I’ve been studying for a test.” She said to herself, “Can he come or not?”

Japanese tend to avoid saying things straight out because it may hurt others’ feelings and damage human relationships. On the other hand, Americans tend to take the other way; they speak frankly and say things straight out because otherwise they might be misunderstood by others.

We don’t have to change our way of communication. But if we know the difference, it may help intercultural communication.

■基本的な構想

「原理」で示したように、ここでもレッスンの最終的なタスクを考えることからはじめます。教科書の本文のメッセージは、「自分たちのコミュにケーションを変える必要はないが、相手との違いを理解すれば、異文化間コミュニケーションの助けとなる」というものです。具体例で言えば、「お好みやきが嫌いだと言われて も、素直に言うのがアメリカ流なのだなと理解することが大切」だとか「アメリカ人に誘われた時には、理屈も加えて明確にYes/Noを言わねばならない」 という日英のコミュニケーションの差を知ることで異文化間コミュニケーションが容易になるということになります。

確かに、差異を知り、それに対して寛容であることは異文化間コミュニケーション能力の第一歩に違いありません。しかし、もし相手のアメリカ人が自分たちのスタイルが最も自然で、正しい方法だと信じて疑わなかったらどうなるのでしょうか。お好み焼きの感想や釣りの誘いを断る程度なら、我慢すれば済むかもしれま せんが、より大きな問題、たとえば、イラク戦争とか普天間基地の問題などを扱った場合を考えれば、一方の文化や価値観が正しく、他方が劣るという発想は真の国際理解には繋がらないことは自明です。すなわち、発想や価値観の違いを認めた上で、相互に納得がゆく第三の解決策を探る必要があるのです。これが異文 化コミュニケーションの基本です。

とすると、たとえ「お好み焼き」や「釣りに行くことを断る」というレベルでも、単に相手との差を理解するだけでなく、その差を乗り越える方法を探る具体例として扱うべきです。すなわち、「もし、君がTom だったら、Miki にどんな風に答えれば、お好み焼きは好きではないことを告げながら、かつ、日本の料理に敬意を表し、彼女の好意に感謝することができるか返事の仕方を2-3通り書いて発表しよう」とか、「もし、君がAkira だったら、どう答えれば釣りには行けないことを告げ、かつ、Susan の好意に感謝して次の機会にまた誘ってくれるように伝える返事を2-3通り書いて発表してみよう」というまとめのtask をさせ、そこから異文化コミュニケーションの場合に大切にしなければならない点をリストアップするという活動を設定することにします。

とすると、教科書にあるGet ready の活動は非常に不十分なので、この最終的なタスクに繋がるような導入の活動を考えます。また、このレッスンの文法ターゲットは現在完了進行形と過去完了ですが、これらは理解すれば十分で、production 用に練習する必要はない項目ですから、例文や本文に出てきたときにそれぞれ簡単に言語形式に注意を向ける程度にします。それでは、導入の時間と次のSection 1 を扱うときの方法を提案します。

■導入の時間:Schema-building activities

(1) T: 私たちの市にもいろいろな外国の人が住んでいます。その人たちの挨拶を知っていますか。[例を挙げさせる]。さまざまな言葉の挨拶があり、それぞれコミュ ニケーションの仕方も違います。でも、今ではどの国の生徒も英語を勉強していまから、このレッススンでは、英語と日本語のスタイルの違いを知ることを目標に勉強します。

(2) T: では、まず、ペアで日本語で初対面の挨拶をしよう。次に英語で挨拶し比べてみよう。

今日は。佐野です。 Hi! My name is SANO Masayuki.

横浜から来ました。 I come from Yokohama.

趣味はテニスです。 My favorite pastime is playing tennis.

よろしくお願いします。 Thank you.

として動作もつけなが ら、英文はモデルに合わせて行わせます。その後、両方に共通する点を挙げさせます。内容(はじめの挨拶、名前、出身地、趣味、終わりの挨拶)は両方に共通しているが、特に異なるのは日本語なら「よろしくお願いします」と頭を下げるところを英語では”Thank you.” で終わり、eye-contact や微笑を大切にすることに気付かせます。「両方とも相手に丁寧にしようとしているのに、どうして違いがあるのだろう?その秘密を先生が英語で言うから、動作から推察してごらん」とヒントを出し、英語で次のようにまとめ、分かるところは生徒に言わせ、最後に簡潔に日本語で説明します。

(3) The Japanese style of communication is different from the American style.

In Japan, “You are superior to me” is the rule. You should be humble. In America, “You and I are equal” is the rule. You should be friendly and say things straight out.

太字は板書して発音と意味を覚えさせる。その後、以下のモデル文を穴あき文で提示し、教師の英文を聞いて(実際は黒板の文字を見て)穴埋めをさせ、完成した英文を教師の後について音読の練習をし、暗唱文とします。

(4) The Japanese style of communication is ( ) from the American style.

In Japan, “You are superior to me” is the rule. You should be humble. In America, “You and I are ( )“ is the rule. You should be friendly and say things straight out. .

(5)暗唱文を見ながら、次の質問に答えさせ、その後、ペアを替えながら会話をさせる。

i) Is the Japanese style of communication different from the American style?

ii) What is the rule of the American style of communication?

iii) Why do many Americans smile when they greet?

6) 異文化間コミニケーションに大切なポイントを書くのがこのレッスンの目標です。今日の勉強で気付いたことをノートに書いておきなさい。日本語でも英語でも構いません。次の時間は35pの半分までします。暗唱文も音読してきなさいと指示します。

2時間目以降は原則、教科書の内容を扱いながら、最後のtask に繋がるよう授業を進めてゆきますが、暗唱文は毎時間の冒頭に暗唱させ、部分的に消して再現させたりして、教師の工夫で記憶の定着を助けます。参考までに第2時間目の概略を次に説明します。

■2時間目: Section 1の教案概略

1. Greetings, Warm-up と暗唱文の音読。

2. 単語の復習:Key-word gameで( )内の単語の発音と意味を復習。このゲームでは、教師がキーワード(例えば、different )を提示し、教師がその単語を発音したときにペアで消しゴムを取りあう。それ以外の単語では教師の発音を繰り返す。

(style, communication, different, superior, have to, humble, equal, friendly)

3. Oral Introduction. 太字は板書して後で発音と意味の復習。

There are many foreigners in our city, so there are many different styles of communication. For example, the American style of communication is different from the Japanese style. Let’s look at one example.

Miki said to Tom, a boy from America one day. “Tom, have you ever eaten okonomiyaki? “ Tom said, “No, I have never eaten okonomiyaki.” So, Miki said, “Come to my house this evening. I’ll cook okonomiyaki for you.” Miki invited him to dinner.

Miki cooked okonomiyaki and it was very good. But Tom didn’t eat much. He ate just half of it. Miki said to Tom, “You don’t like okonomiyaki, do you? “ Tom just said, “No, I don’t like it.” Miki was surprised at his answer and very sad.

日本語で質問し、生徒の日本語での答えを教師が英語に直してゆく。太字の英文は板書して暗記させる。

*この市には外国人はいますか。 That’s right. There are many foreigners.

*ではコミュニケーションのスタイルは? There are different styles of communication

*たとえば、日本とアメリカでは? For example, the American style of communication is different from the Japanese style.

*美紀はある日Tom に何をしてあげましたか。She invited him to dinner and cooked okonomiyaki.

*美紀は何に驚きましたか? She was surprised that Tom said “I don’t like it.”

4. Listening(上の質問の答えられないものは、そのままリスニングの聞き取りポイントにする。)

聞き取りのポイント:

(1) Tom はお好み焼きを食べたことがありましたか?

(2) 美紀はなぜ驚いて悲しくなったのだろう。

5. 教科書理解と音読

教科書の英文を一文ずつ音読し、その文について簡単なQ and Aをし、必要に応じて手短んに日本語で解説。「なぜ、ここではhave+ppではなく、had + ppとなっているのだろう」と過去完了に注意させる、

6. 「美紀が失望しないで済むには、Tom の返事の仕方は良かったのでしょうか。どのように話したらよかったでしょうか?」と質問してペアでいく通りかの返事を用意させ、他のペアに

紹介する。良くできているものを推薦させ、クラスに紹介する。最後にintercultural communication で大切なことでこのSection で気付いたこを日本語で書いておこうと薦める。自分の英語での気に入りの返事を書いてくることも宿題にする。

もちろん、この通りに授業を進め ることは難しい場合が多いと思います。だが、教材の分析の仕方、タスクの設定の仕方、導入の方法など参考になる点を授業にできるだけ取り入れ、生徒の変容 を観察してください。それがまた。生徒と協働で行うARの最初のステップとなると思います。

(配信日 2010/09/15)