小学校外国語活動(16) 児童の発達段階と指導上の留意点 ―「高学年の壁」
神奈川大学 教授 髙橋一幸
■はじめに
小学校外国語活動については、本通信の第3部として(24)~(39)までの15回にわたり(No.29は欠番)佐野先生が連載されてきましたが、「小・中連携」を主たるテーマとして原稿を寄せてほしいとのご連絡をいただきましたので、寄稿させていただくことにしました。佐野先生や長崎先生が新たな第4部の構想を練られる間、しばしお付き合いください。
私は元中学校英語教師で、中・高の英語教育改善と教師教育が専門分野ですが、ここ5~6年は研修会講師として依頼される仕事の9割以上が小学校外国語活動の支援です。個人的には、主として神奈川県内の横浜市、川崎市、横須賀市、小田原市、南足柄市、綾瀬市などの文部科学省研究開発学校や神奈川県および市の研究指定を受けた地域や学校の支援に携わってきました。教育委員会や学校の研究への取り組みや先生方の授業を実際に観て感じたことを、以下のテーマで4回に分けて紹介したいと思います。
第1回: 児童の発達段階と指導上の留意点 ―「高学年の壁」
第2回: 小学校らしい英語活動と『英語ノート』活用上の留意点
第3回: 「態度の育成」 and/or 「技能の育成」?
第4回: 小・中連携の視点と今後の検討課題
■児童の発達段階と指導上の留意点
1.「高学年の壁」― ある研究校での児童・生徒アンケート調査から
神奈川県下のある市では、2003年度から3年間にわたり、小・中の英語教育の連携について取り組みました。研究校として教育委員会の指定を受けた小・中学校は、道路一本隔てたお隣同士の学校で、児童・生徒は一貫ですが、研究開始当時は管理職を除き、一般の先生方の多くは互いに顔も名前もわからない、ほとんど交流のない状態にありました。
小・中の連携教育の開始点は、小学校担任教諭(HRT)と中学校英語科教諭(JTE)の相互理解と協働から。授業は小学校HRTと中学校JTEのティーム・ティーチング(TT)で小学校1年生から6年生までの英語活動を相互の協力連携(授業案作りから活動の準備、指導実践から振り返りまで)により実施、さらに同じ指導体制で中学1年生の検定教科書を使った英語授業にも小学校HRTが参画してTTを行いました。同じ指導体制で小1から中1までの英語指導を行ったのです。研究の最終年度に児童生徒に対してアンケート調査を行いました。その結果を見てみましょう。
「英語活動/英語の授業が好きですか?」の質問に対する肯定回答の比率は、小学校低学年の1・2年生で90%超、中学年の3・4年生では約70%、そして高学年5・6年生では、残念ながら50%をやや下回る結果が出ました。高学年の指導が特に悪かったわけではありません。指導体制はもとより、指導内容も歌やゲーム、体験的なアクティビティーなど、小学校全学年を通じて共通していました(実はここに問題があったのですが)。児童のこのような英語活動に対する肯定的回答の推移傾向は、この市に限らず多くの地域や学校で見られる共通した現象です。さて、中学校1年生の回答はどうだったでしょうか? さらに低下して30%前後?と思いきや、70%台にV字を描いて回復したのです。
「英語活動/英語の授業が好きと答えた人は、なぜ好きなのか自由に書いてください」という自由記述を見てみましょう。低学年児童に共通する回答例を要約すると、「英語自体はあまりわかんないけど、歌を歌ったり身体を動かしたり、やることが楽しいから、英語の時間は大好き」というのが圧倒的でした。この回答は中学年でも多数を占めましたが、4年生では減少傾向が見られ、高学年では明らかな減少が見られました。そして、私が最も注目したのは、中学校1年生では、この種の回答がゼロ%、一人もいなかったことです。
「楽しい英語授業」をスローガンに、得点を競うゲームやごっこ遊び的(?)なinformation-gap活動を取り入れた中学校の授業が多く行われていますが、中学校教員にとって、このデータをどう解釈するか、授業実践の振り返りと「小学校で育成される素地を生かした」今後の中学校の英語授業のあり方を考える上で示唆は大きいと思います。
2.小学生の発達段階と学習の特性
私の勤務する神奈川大学の近隣にある横浜市立のある小学校でも市の先行実践校として6年前から英語活動に取り組んできました。大学から徒歩数分で行けるこの小学校には、英語教員をめざして勉強している私のゼミ生の中から意欲と適性のある学生をサポーター(ES)として派遣し、HRT・AET・ESの3人でのTTを実施しています。次に示す表は、英語活動の指導を数年間経験した担任の先生方に低・中・高学年別の児童の発達段階と学習上の特性をまとめていただいたものに、私の授業観察・分析を加味したものです。
低学年
・好奇心が旺盛で、未知のもの、異質なものへの抵抗感が少ない。
・仮に意味がよく分からなくても、抵抗なく耳にした音声をそのまま真似ようとする。
・周囲を気にせず、積極的に楽しんで表現しようとする。身体を動かすことを好む。
・2年生になると、友達とのつながりが強まってくる。
中学年
高学年
・ひとつの活動に長時間取り組むのは苦手である。
・新しいものに進んで挑戦したいという気持ちが出てくる。
・友達と協力したり、関わり合う活動を好む。
・身体を動かす活動を好む。
・4年生後半頃から知的欲求が出始め、理解できないと不安を抱くようになり、間違いや失敗に対する抵抗感を持ち始める。
・知的欲求が高まり、ゲームなどの表面的な楽しさのみでは飽き足らなくなり、関心ある内容や、考えて行う活動に興味を持つようになる。
・論理的思考力・理解力が高まり、知識を体系化する能力が高まってくるが、自信を持って理解できないと消極的になり、声が小さくなる児童が目立ち始める。
・文字に対する興味が高まり、英語を自分で読みたい、書きたいという願望が生じてくる。音声インプットのみで、なんとなく分かるだけでは物足りなくなり意欲を失う。
・やりがいと達成感、力がついているという実感など、学ぶことの意義が感じられないと次第について来なくなる。
小学生は中学生にも増して大きな身体的成長を遂げますが、大脳も劇的に発達し、思考方法が子どもの思考から大人の思考へとある時期に変わります。個人差はありますが、早い児童では4年生後半からその変化が現れ、高学年ではそれが顕著に現れることが分かります。低学年児童から中学年にかけては、身体を動かすことが大好きで、異質なものに対する拒絶意識が少なく、たとえ、意味がわからなくても聞いた音声をそのまま真似ようとし、音声模倣能力が高い。文科省の「小学校学習指導要領解説・外国語活動編」にもあるように、「柔軟な対応力」を持つことがうかがえます。しかし、4年生後半から高学年になると、我々大人と同様に論理的思考力が高まり、知識を体系化し一つの理解から他を推測することが出来るようになってきますが、その反面、不確かな理解に対する不安や失敗に対する抵抗感を感じ、自信がないと声が小さくなったり、もはや歌ったり踊ったりといった表面的楽しさだけでは物足りなく感じ始め、学ぶことの意義を感じないと次第に興味を失い、ついて来なくなります。
この小学校担任の先生方の分析は、1のアンケート調査とも符合します。学習をやり始めた1~2年間は、目新しいものへの興味で持ちますが、長く続ければ、同じ指導法や内容では、子どもたちの満足感は維持されず、興味・関心が持続しないのです。私はこれを「高学年の壁」と名付けています。今回改訂された新教育課程で、初めて全国展開をめざす外国語活動必修化を高学年のみの2年間に限ったのは、この意味では妥当な判断であったかもしれません。しかし、横浜市、横須賀市、南足柄市をはじめ、低学年・中学年から英語活動をスタートする地域・学校も少なくありません。児童の発達段階と指導内容、指導方法につては、今後のさらなる研究実践が待たれる所以です。
(配信日 2010/02/15)