4.8. 中学校の場合

AR支援ネットワーク(54) 第4部 「授業は英語で」をめぐって(8) 中学校の場合

横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

週刊誌を読んでいたら、国際経済学者の大前研一氏がユニクロや楽天などの日本企業が英語を社内公用語とする決定をしたことを擁護し、日本の英語教育を批判している記事に出くわしました。氏によれば、日本の英語教育は3つの誤解に支配されていたというのです。第一は英文和訳や和文英訳が できることが英語力だと誤解してきたこと、第二は、No sooner than などのバラバラな構文を多数暗記することが英語の勉強だと誤解してきたこと、そして第三は、評価は減点主義が当然だと誤解してきたこと。例えば、英文を書いたときに、文法やスペルの誤りで減点して点数をつけ、その英文が意味の伝達に成功しているかという視点がなかったこと。しかし、国際ビジ ネス英語では全く逆の発想が必要で、発音や文法の細部よりも意味の伝達こそ大切だという主張でした。

この記事の内容自体は珍しいものではなく、いわば英語教育の常識です。すなわち、英文和訳や和文英訳はコミュニケーション能力とは異なるものであること、構文を孤立して暗記するのではなく談話の中で習得させるべきだということ、さらには評価は言語的な正確さよりは意味的な内 容を重視すべきだということを言っているにすぎないからです。しかし、こうした常識が実際の教室では実行されていないばかりでなく、この変則的な事態を擁護する議論が有名大学教授らによって公言されているときに、日本の英語学習にはびこる誤解を取り除く必要があるこ とを、国際ビジネスの権威が指摘している点は注目してよいことだと思います。すなわち、大前氏の意見は、新指導要領の英語指導と発想を共有していて、それは現行の指導要領のいう「実践的コミュニケーション能力」を一層徹底して捕え、そのための統合的な言語活動 や、言語活動を通した文法指導や、さらには「授業は英語で行うことを基本とする」という主張に連なっているのです。

だが、これだけでは不十分だとするのが私の主張です。国際社会に貢献する民主的な市民の育成という目標からすれば、大前氏の論も新指導要領も、言語観には賛同できるものの、そこに未来志向の教育的視点が欠如していること、すなわち、「社会性」や市民性の育成が目標とさ れていない点に大きな不満が残るのです。フィンランドをはじめとする他の先進諸国の教育目標と比較してみれば分かるように、今外国語としての英語教育に必要なのは、単に英語を使いこなすための「コミュニケーション能力」ではなく、「異文化間コミュニケーション技量」なので す。この意味では、現場の英語教師に求められているのは、「指導要領を超えた」発想や指導法だと言えるでしょう。では、それはどのような授業で実現できるのでしょうか。それは「コミュニケーション能力」と「社会性」の育成を同時に計るものでなければなりません。もちろん、それぞれの学校や教室の現実的 な制約を取り入れて考える必要はありますが、私の提案したい指導法の原理は次のようにまとめることができると思います。

■指導要領を超えた英語指導法の原理

1) 「学びあうクラス作り」がまず最優先。この意味では、「授業は英語で行うのが基本」という視点も教室の中での「人と人のつながり」を最優先するという視点からは見直しが必要です。この視点に固執するあまり、当初から教室英語を多用することによって、教師とクラスのムードが悪化しないように注意 する必要があります。大切なのは生徒が英語で言語活動をする時間や機会を増やすことなのですから、そのための指示やムード作りに日本語の使用が必要なら、効果的に使用することは一向に非難されるべきどではないと思います。

2) タスクを中心にした授業づくり。中学、高校で英語を教える場合には、教科書の使用はmustでしょう。しかし、その場合でも、まず、「教科書を教える」の ではなく、教科書に扱われている題材や構文に配慮して、「このレッスンが終了した時点で、生徒は何ができるようになればよいのか」という具体的なタスクを設定し、その目標に向かって英語学習と「社会力」の育成に貢献する指導を工夫することが大切です。それはタスクを設定する場合にも、そこに至る指導過程を考える場合にも当てはまります。

3) 最終的なタスクに直結する導入。レッスンの導入時には、レッスンの最終的なタスクの達成を目指したインプットを与えることを意図し、その後の展開(教科書の指導)では音読練習や語彙指導などは十分行いますが、いわゆる英文和訳や文法説明に掛ける時間をできるだけ短くするよう工夫します。文法は大切ですが、本当に文法が分かるということは、教師の説明を聞いて頭で理解するよりも、実際に使ってみて、その中で理解することが多いのです。もちろん、一定の期間ごとに特別時間を設定し、文法指導を総合的に行うことも必要でしょうが。

4)意味の伝達を重視した評価。 タスクの評価では「言語形式の正確さ」よりも、「内容的な豊かさや流長さ」を当初は重視し、次第に「正確さ」や「言語形式の複雑さ」などにも配慮するようにします。当初から完ぺきな英語で表現することを求めず、むしろ、「日本語が入ってもよいから、言いたいことを表現するように」と指導するこ とが大切です。「正確さ」を無視してよいというわけではなく、意味の誤解を生まないlocal errors は無視ないし軽視し、意味の誤解を生む語順や時制などのglobal errors に生徒の注意を集中させることも必要です。

5) 学年の目標の段階的設定。こうしたタスクの積み上げと評価から、次第に「自分の学校の生徒たちには、それぞれの学年では何ができることを目指すべきか」を探り、それを集約して校内で統一の基準を作成するようにします。特定の地域(たとえば市単位に)で資料(生徒の作品、感想、ビデオ、テストの 成績など)も集積してゆき、共通の目標を設定することもよい方法でしょうう。そうすることで、目標がより具体的になり、評価規準にもとずく評価基準が作成できるからです。

6)自律的学習者の育成。英語の授業の一つの目標は、生徒を自律的な学習者に育成することです。そのためには学習方法を教えると同時に、生徒個人が自分の学習に責任を持つように指導することが必要です。具体的には、個々の生徒のself-assessment (現在の自分の状態を正しく知り、それを一歩向上させるための評価)を大切にして生徒に学習の「振り返り」をさせることです。そのためには、生徒に自分の学習の成果に責任を持たせ、教室では仲間と協働することでしかできない活動を中心に置き、個人でできる学習は家庭学習で行うよう指導してゆき ます。

7)「質問力」の向上。教師の授業力の大きな部分は、教材や生徒に適切な質問を発しることができるかです。生徒の協働的な学習にも、相互に質問する力を伸ばすことが不可欠です。ですから、授業の全ての活動を通じて、質問力の向上を図り、協働的な学習の質の向上や活発化を図ることが大切です。すなわち、「人と関わり、助け合い、貢献することを喜ぶ力」を伸ばすための質問と応答。それこそ、異文化間コミュにケーション・スキルズの中核にあるからです。

ではこうした「原理」は具体的にはどのような授業として現れるのでしょうか。残念ながらまだ、実践が累積されているわけではないのですが、私が現在思い描いている授業の姿を教科書教材を用いて説明します。ですから、これは最終的な決定版ではなく、いわば、これから試行してみたいモデルの提案です。

■具体的な教科書教材

ここではSunshine English Course 2[開隆堂]Lesson 5:How Often Do You Help Him?を取り上げます。たまたまある研究会で指定されたレッスンを取り上げたので、タスクはこのレッスンで完結することを意図していますが、実際の指導に当たっては、複数のレッスンを結合して一つのタスクにすることも可能でしょうし、あるいは、教科書と離れたタスクを設定することもできるでしょう。以下 が教科書の本文で、文中の太字はそのsection で扱うことになっている文法的なターゲットを示しています。

5-1 まちでリーは由紀に会いました。

Li: Hi, Yuki. Are you free this afternoon?

Yuki: No, I’m not. I’m going to help my neighbor, Mr. Yamada.

Li: Oh, I see. How often do you help him?

Yuki: Once a month. I fist helped him when I worked as a volunteer four years ago.

Li: Can I go with you?

Yuki: Yes, of course.

5-2 リーと由紀は山田さんの車いすを押しています。

Li: A lot of things are blocking the wheelchair on this street.

Yuki: That’s true. We never notice them when we’re walking.

Mr. Yamada: Be careful. That bicycle is in the way.

Yuki: Yes. Some streets are all right for wheelchairs, but some are not. I think this

street is too narrow.

Li: I agree.

5-3 山田さんは友人に会いに行くようです。

Mr. Yamada: Li, could you take me to my friend’s house? Today is his birthday.

Li: Pardon me?

Mr. Yamada: Will you please take me to my friend’s house?

Li: OK. Where is it?

Mr. Yamada: Go straight ahead and turn left at the four corner. His house is on the right.

Li: OK.

Yuki: We have to slow down. This is a hill.

タスクの設定

この教材も生徒の実態や興味によっていろいろなタスクの設定が可能です。たとえば、「道案内のスキット作り」にすることも、「この町の 交通問題のデスカッション」にすることも、あるいは「私の小さな親切運動のプレゼンテーション」とすることもできます。ここでは「私の小さな 親切運動」に設定することにしました。理由は、「小さな親切運動」は日本発の運動ですが、世界的に広まり国際会議も開かれており、よその国のユニークな「親切運動」を知ることもできるし、運動の精神を世界にアピールする活動にすることもできるからです。参考に添付した資料を見れば分かるように、この運動 を世界平和運動の一歩と位置付けることも可能です。ですから、、自分たちのプレゼンテーションだけで完結させるのでなく、参考資料の内容を平易な英語に直して読ませるとか、 ALTに話してもらう資料とするとか、あるいは、他の国の「小さな親切運動」を紹介することによって、「小さな親切運動」が社会で、広くは国際社会でどのような意味を持つのかを考えさせる展開が大切だということです。しかし、こうした発展的な活動の紹介はいずれかの機会に譲ることにして、どのようにタスク を見つけ出すかということと、授業の最初の導入でタスクに結びつくインプットをどのように与えるかを中心に説明します。(参考:World Kindness Day (pdf))

タスクを設定するには、まず、教科書の内容を考えます。それとの重なりが大きければ大きいほど、タスク活動と教科書の指導が一致するからです。特に、語彙や表現はタスクの導入で触れ、教科書でしっかり学習し、さらにタスクの発表活動でoutputに利用することで定着が高まるからです。次に考えるのはターゲットです。このレッスンでは接続詞のwhen, I think (that), have to の3つが挙げられています。もちろん、以前に扱ったターゲットを加えてもよいし、あるいは、3つを同時に扱わず個別に扱ってもよいでしょう。しかし、大切なことは、ある構文なりターゲット自体を単独に扱うのではなく、意味のある、まとまりのある談話として扱うことです。when ならwhen だけを取り上げて導入や練習をするのではなく、すくなくとも導入の場面では、あるまとまりのある文章の中で生徒に触れさせるということです。そのことによって、when の意味や機能ばかりでなく、どのような文脈で使用されるのかが明瞭になるからです。談話の中で身に着いたターゲットは、談話の中で使用することができるのに対して、個別に取り扱ったターゲットは、まとまりのあるコミュニケーションでは使えないのです。このレッスンでは、最終的なタスク と3つのターゲットを考えれば、3つ同時に導入してinputとして与えてやり、その上で教科書のsection ごとの指導の際に個別にもう一度練習し、最後のタスクでまとめて使用する機会を設定するよう工夫すれば、接触や練習や使用の回数が増えるのでより定着するでしょう。具体的には、教師が教材の内容やターゲットを考慮しながら、最終的なタスクのモデルともなるような身近な話題を話し、その間に ターゲットや主要な単語は板書して生徒に注意を向けさせ、その後構文の練習をします。

具体的な手順

a. 写真を示したり、黒板に略画を描きながら次のようなOral Introduction を行う。太字の部分は繰り返して注意を促す。

T: Today I’m going to talk about my grandfather. Look at this picture. My grandfather is now 87 years old. When he was young, he was a very good baseball player. He ran very fast. But now he can not walk. We have to take him in a wheelchair when he goes out.

Last Sunday, my grandfather said to me, “Are you free this afternoon? If you are, will you take me to Mr. Hara’s house? He is going to have his birthday party today.” Mr. Hara was an old friend of his. Fortunately, I was free that afternoon.

So I put him in a wheelchair and took him to Mr. Hara’s house. His house was down the hill. So I had to push the wheelchair very carefully. It was not an easy work. But when they met, they looked very happy, and talked about their young days. I thought that I did a good thing.

When people are old, some of them can not walk, or even take care of themselves. But just think. They worked and helped us when we were young. I think that we have to take care of old people this time. What do you think?

b. Comprehension check

以下の質問を提示して上の英文をもう一度聞かせ、その後質問に日本語で答えさせ、その答えを教師が英語で言い直し、何度も英語で聞く機会を与える。

提示する質問

(1) 若い時のお爺さんはどんなでしたか?今はどうですか?

(2) お爺さんが外出の時は何をしなければなりませんか?

(3) お年寄りにどうしなければならないと思っていますか?

(4) それはなぜですか?

Comprehension check: 具体的には次のようなinteraction になる。

T: 「若い時のお爺さんはどんなでしたか?」

S1: 「野球の選手でした」

T: That's right. When he was young, he was a very good baseball player. And of course, he could run fast. 「それで今はどうですか」

S2: 「歩くことができない」

T: Exactly. Now he is 87 years old and he can not walk. では「外出する時にはどうするのですか?」

c. ターゲットのチェック

教師の英文を聞かせながら、( )の中に聞き取った言葉を書きとらせる。

(1) ( ) he was young, he was a good baseball player. But now he can not walk.

(2) ( ) he goes out, we ( ) to take him in a wheelchair.

(3) I ( ) we have to take care of old people, because they worked hard and helped us when we were young.

d. 暗唱文の提示

ターゲット文の理解を確認したのち、次のような暗唱文を提示し、理解の確認の後、何回も音読練習をする。

When my grandfather was young, he was a good baseball player. But now he can not walk. We have to take him out in a wheelchair. I think we have to take care of old people, because they worked hard and helped us when we were young.

e. 暗唱文についてQ and A

(1) Was my grandfather a good baseball player?

(2) When was he a good baseball player?

(3) Can he play baseball now?

(4) How is he?

(5) How does he go out?

(6) What do we have to do then?

(7) Do you think we have to take care of old people?

(8) Why do you think so?

暗唱文はいわばターゲットを集約したものなので毎時間暗唱し、また、話題に入れ替えて聞き取りの作業をさせ、その後、教科書の扱いは Section ごとに予定どおりこなすことにします。たとえば、2時間目の授業だったら、次のような聞き取り作業が考えられます。

Yesterday, when I was taking a walk, I saw an old woman. She was carrying a big bag. She could not walk fast. When she was crossing a street, she had to walk fast because some cars ran very fast. So I said to her, "Excuse me, shall I carry your bag when you cross the street? " She said, "Oh, thank you very much." So I carried her bag and helped her. She said "Thank you" many times.

I felt very happy. I think that anyone can do this kind of small kindness. Please do some small kindness and tell us about it.

あるいは、3時間目にペットを話題にすることもできるでしょう。たとえば、次のような話しをします。

Do you know English people love dogs very much. They think dogs are members of their family. And yet, they kill their pet dog, when they think they can not take care of it any longer. They think they have to do so for the dog. How about Japanese people? When they can not take care of their pet dogs, do they kill them? No, usually not. They leave them in the parks or mountains. Do you think Japanese people are kinder than English people? Just think! What will happen to the dogs? They are caught by city dog hunters and are killed. What do you think about it?

このようにいろいろな話題の聞き取りの活動をさせることによって、生徒に最終的な まとめの活動である「私の親切運動」のモデルを沢山示すことをねらっています。最後の活動では、モデルにならってプレゼンテーションの原稿を書かせ、相手を替えて何人かに紹介させ、グループで発表、相互評価、自己評価もさせ、原稿は提出して教室に貼り出すことにします。

以上が私のアイデアです。次回は実業高校の教科書を用いた活動を紹介します。

(配信日 2010/09/01)