AR支援ネットワーク(53) 第4部 「授業は英語で」をめぐって(7)「 小学校外国語活動の場合」
横浜国立大学名誉教授 佐野正之
■はじめに
これまで述べてきたことを要約すると、新指導要領の「授業を英語で行う」ということだけが注目されているが、それ以上に大切なことが見落と されているように思われます。それは、国際化・情報化に対応し「知識基盤社会」で生きてゆくには、学力だけではなく、国際市場競争や情報化のもたらす負の部分への対応、すなわち、格差社会への対応、異文化との共存、市民性の伸長など、いわゆる「社会力」の育成が見落とされているということです。実際、他の 先進国では十分にこの点を意識した教育政策が練られているのに、我が国の新指導要領では「学力」(それもPISAの 求めるものよりも狭い意味での)だけに注目が行き、もう一方の「社会力」の育成への配慮が欠落しています。この傾向は英語教育にも表れていて、本来外国語教育で最も重要視されるべき異文化間コミュニケーション能力の育成が直接的な目標ではなく、英語を使いこなす力を育てることだけが目標になっているという ことです。
「指導要領がそうなら教師としてはそれに従うより仕方がない」という意見が出てくるかも知れません。しかし、プロの教師として英語教育をありようを考える際には、「指導要領を越えた」発想が必要ではないかということなのです。より具体的な場面で言えば、教案や授業の進め方を考えるときに、ただ単に英語を使いこなす能力を育てることを目標にするのではなく、英語学習が子どもや生徒の視野を世界に広げ、かつ、彼らが社会や人類に貢献するために英語を使うことに積極的になるような指導を考えることが必要だということです。これは、新指導要領で指摘している「総合的・統合的な言語学習や言語能力」にあてはめて考えると、タスクをどのように設定するか、すなわち、そのタスクが生徒の英語を使いこなす力を伸ばすだけでなく、「社会力」を育成する上で有効か否かという視点で工夫するということなのです。
中学校や高校の場合は、受験があり、そのための教科書の指導は無視できないのが現状です。その場合でも、あるLesson の指導を始める前に、「このLessonが 終了した段階で、生徒にどのようなタスクを課せば、生徒の英語を駆使する能力だけでなく、彼らの社会力の向上に貢献できるか」と考えることになります。もちろん、時間的な制限や生徒の能力があることですから、それらを十分に配慮することは必要ですが、その場合はいくつかのLesson を まとめてタスクを設定したり、モデルを示すことで英語力を支援したりする必要はあるでしょう。形はどうあれ、「英語駆使力」と「社会力」を共に伸ばすタスクの設定をすることが教師の最も大切な役割だと私は思います。と言われても、話しが抽象的で分かりにくいという批判があるでしょうから、これから3~4回に渡り、具体的な授業案の形で私の主張を提案したいと思います。今回は、小学校外国語活動を考えてみます。
■小学校外国語活動の目標
指導要領で示してある外国語活動の目標は以下のようになっています。
「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」
この目標の解説はすでに別の場所で行っているので省略しますが、基本的には中学校や高等学校の外国語(英語)の目標と非常に類似していて、「コミュニケーションに積極的な態度」は一言一句同じです。違う点は「体験的に理解を深める」「音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、素地を養う」という2点です。ただ、いずれも指導上の留意点を述べているだ けであって、最終的な目標は、あくまでも中学校や高校の英語教育と同じく、コミュニケーション能力の育成で、外国語活動ではその素地となる力を養成することを求めているだけで、「社会力」への言及はありません。ところが、『解説書』を読むと、かなり「社会力」に近い記述が出てきますが、どれもいまいち迫力に欠けています。
まず、「言語文化」については、「理解を深めるにとどまらず、たとえば、地域や学校などを紹介したり、地域の名物を外国語で発信することなども考えられる」などの表記があります。ただ、全体としては、「発信することで社会に貢献する」という発想ではなく、「言葉の大切さや豊かさ等に気付かせた りすることは、国語に対する興味・関心を高めたり、これらを尊重する態度を身につけさせたりすることは、国語に関する能力の向上にも資すると考える」と結局は「知識偏重」から抜け出してはいません。
「コミュニケーションを図ろうとする態度」についても、「現代の子どもたちが、自分の感情や思いを表現したり、他者のそれを受け止めたりするための語彙や表現力及び理解力に乏しいことにより、他者とのコミュニケーションが図れないケースが見られることなどからも、コミュニケーションを図ろうと する態度の育成が必要だと考える」と「社会力」の不足は認識しながらも、それを「表現力・理解力の乏しさ」に起因するという「知識偏重」の解釈に留まっています。しかも、「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成するには、国語などを通じたさまざまな方法が考えられるが、外国語活動は、「外国 語を通じて」という特有の方法によって、この目標の実現を図ろうとするものであることを明確にしたものである」と解説しています。ということは、「英語でコミュニケーションすることに積極的になれ」と言っていることと同じく、本来は「英語力」以上に重要だと思われる「社会力」を「英語力の枠組みの中で捕え る」ことに終わっているのです。
「音声や基本的表現に慣れ親しみ」の項目では、「聞くこと・話すことのスキル向上のみを目標にした指導が行われることは、本来の外国語活動の目標とは合致しない」としながらも、結局は「小学校段階の外国語活動については、聞くことなどの音声面のスキル(技能)の高まりはある程度期待できる」と しています。『英語ノート』のListening や対話がほぼnatural speed で録音されているのもその表れなのでしょうか。結局、この目標を通じて見えてくる外国語活動の姿は、「英語の知識理解・技能の重視」であり、その学習が児童 の「社会性」の発展に重きを置いていないことが見てとれるのです。『英語ノート』の題材では英語以外の言語も扱い、児童の目を世界に向けることは意識していても、それは理解のレベルでとどまれば十分であって、その人達と交流してよりよい関係を築き、未来社会に貢献するための社会力の育成には目が向いてはい ないのです。では、どうすればよいのでしょうか。それは『英語ノート』を越えた指導を心掛けるということです。
■『英語ノート』を越えて
『英語ノート』はこれまでの英語活動の成果を盛り込んだということもあり、児童に興味深い活動が多く含まれています。ゲームや歌やチャンツなど、CDが ついているので、クラス担任でも利用できる活動が沢山含まれています。また、クラスの仲間との交流の場もふんだんに用意されているので人間関係の改善にも役立つ側面がかなりあります。この意味では「コミュニケーション能力の素地を養う」という精神が生かされているといえます。では、この『英語ノート』のど こが不足だというのでしょうか。『英語ノート1』のLessons1-4まで を見てみましょう。
Lesson 1 は「世界のこんにちはを知ろう」とい うタイトルで、英語やフランス語だけでなく、ポルトガル語や韓国語、中国語などの挨拶表現がでています。英語に特化する前に、いろいろな言語に触れるこうした活動はすばらしいことです。最後は自分の名刺を作成して交換しあうというのもクラスの人間関係を良好にする作用があり、「社会力の育成」からも適切な 活動です。ただ、これも『英語ノート』を指導することで満足していると、世界の挨拶に触れさせることで終わり、「社会力」をつけるまでに至っていません。なぜかといつと、児童の触れる挨拶は彼らの生活とは関係がないので、たんに好奇心をくすぐるだけで終わるのです。では、どうすれば「世界の挨拶」と「児童 の生活」を結べばよいのでしょうか。それには教師の工夫が必要です。
まず、『英語ノート』の教材を扱う前に、自分たち の町に(あるいは県に)どのような外国の人が多いかをインターネットで調べます。すると、地域によって『英語ノート』に載っている国以外の外国人が多い土地もあるでしょう。それをまずクラスに推測させ、その後教師が調べてインターネットの結果を見せ、自分たちの町(県)も国際化が進行していることを実感さ せてから、『英語ノート』の中で自分たちの生活に関連の深い国にスポットを当てて扱います。児童に自分の住んでいる社会の国際化の実態を知らせるための教材に変換することによって、「社会力」の育成に役立てます。
Lesson 2 は「ジェスチャーをしよう」というテーマです。ある調査によれば、英語での対人コミュニケーションの8割はnon-verbal で行われると言われています。ですから、異文化間コミュニケーションでは表情やジェスチャーは大切な役割を担っています。ただ、ジェスチャーには、たとえば親指を立てて”Good” を意味したり、人指し指を振って非難を意味したりするような特定の文化と結びついた身ぶりと、嬉しいときには微笑み、悲しいときには目を伏せるなど感情表現があります。前者はある言語に特定なものなので無理に教え込む必要はありません。むしろ、万国共通の感情表現をよりopen に してコミュニケーションの円滑化を図ることが大切です。ですから、「表情は豊かに相手に伝える」ことは異文化コミュニケーションで大切なことだ」と強調して教える必要があります。また、英語を単に記号として覚えるのではなく、身ぶりや表情(すなわち、意味)と結びつけて触れさせ、記憶させることは英語学習 の上からも大切なストラテジーです。そうした視点でこのLesson の中の活動に比重をつけて扱います。
Lesson 3 は数です。いろいろな国の数の数え方 を扱い、英語の数字にもなれさせます。これも教科書で数の数え方に触れる前に、教室の児童数、机や窓の数、町の小学校の数など、児童の生活の中から数える対象を見付けて導入し、それから『英語ノート』で練習します。すると、英語の数え方が先になり、他の言語の数え方を先に教える『英語ノート』と授業の組み 方は異なることになりますが、教科書よりも児童の生活や実態に近いところから始めることによって、英語を本当の意味でのコミュニケーションの手段と感ずるようになります。また、漢字の画数を数えさせるのも悪くはありませんが、暗算に挑戦させ、「10になる2つの数字の組み合わせを沢山挙げてみよう。たとえば、8 plus 2 is 10 というように。正しい式ができたら皆で繰り返して言ってみよう」など、意味があり、児童の考えが生かせる活動を設定します。「そうか。英語も日本語も表現するには考えることが先に必要なんだ」と感じさせることが大切なのです。
Lesson 4 は「自己紹介」というタイトルで自分 の名前や好きな食べ物、果物、動物(ペット)、スポーツを紹介する活動です。最終的には名前、好きなものを3つ紹介し、挨拶で終わるというスピーチ活動になっています。自分の好きなものを友達に紹介したり質問したりすることも、クラスの人間関係の改善に役立つので「社会力」を育てる一つ方法にはなります。 ただ、問題もあります。たとえは、この案で行けば最終的な児童のスピーチは ”Hi! My name is SANO MASAYUKI. I like a rabbit. I like a strawberry, and I like soccer. Thank you. で終わることになります。これでは談話として不自然です。では、これを「児童の目を世界に向ける」という視点から考えるとどうなるでしょうか。たとえば、Lesson 1 でやった国名の中から好きな国を選び、その理由を食べ物、動物、スポーツで説明するように活動を変更します。すると、スピーチとしては、”Hi! My name is SANO MASAYUKI. I like China, because I like ラーメン. I like pandas, And I like 少林寺拳法(ジェスチャーつき)。Thank you.”などのスピーチになり、談話としてのまとまりも出てきます。L1-4までの1復習になるばかりでなく、世界の国について、友達の好みについてより意味のある活動に変更できます。ペアで相談させてから発表させれば、協働作業が加わるので、一層「社会性」の訓練になります。
同じような発想が『英語ノート2』では一層充実したものにすることができます。たとえは、同じくLesson 4 の「できることを紹介しよう」という活動を考えてみましょう。「英語ノート2」 では、Lesson 1 では「アルファベットで遊ぼう」, Lesson 2 では「いろいろな文字のあることを知ろう」、Lesson 3 では「友達の誕生日を知ろう」などのテーマでローマ字の大文字、小文字、町で見るアルファベット、数字や月や祭日などを扱っています。このLesson 4 の最終的なタスクは、自分ができる・まだできないスポーツや演奏、料理などを絵を見せながらShow and Tell の形でクラスに紹介する活動が設定されています。これも、ただ、I can play soccer. I can play the guitar. I can cook okonomiyaki. But I can not swim. I can not play the piano. I can not tamgoyaki. と 紹介するだけでは、児童が人と繋がり、できれば人の役に立ちたいという思いを育て、「社会力」を育てる活動としては不十分です。もちろん、練習として上記のような活動があることは必要でしょうが、それに一工夫加えることによって、よりその目標に近づくことが可能になるのではないでしょうか。
たとえば、「自分の町を訪れるなら、何月が一番よいかペアで考え、外国からの訪問客に知らせるプレゼンテーションをしよう。絵や写真やポスターを利用してもよいよ。ただ、見ることができるもの、遊ぶことができるもの、食べることができるものを必ず加えて説明しよう。」 として次のようなモデルを用意してやります。
この町を訪れなら、 (August) is the best month. You can watch Hanagasa festival. H-a-n-a-g-a-s-a. Hana is a flower. gasa is a hat. Look at this picture. It is beautiful.
You can eat Obanazawa ,o-b-a-n-a-z-a-w-a, water melon. It is very good. And you can ski in Mt. Gassan. But you can not eat Imoni, potato-cook . It is in October. Thank you.
などの形で発表させれば、月の名前、地名のローマ字の復習ができ、自分の町の良さを見直すきっかけにもなり社会力の育成になります。
もう一つ『英語ノート2』からLESSON 7のWhat time do you get up?を説明しましょう。まず、TPRで
Get up. Eat breakfast. Go to school. Study. Eat School lunch. Go home. Watch TV. Take a bath. Go to bed.
の一連の動作を教師の動作を真似て行わせ、その後、聞き取りの形に教師が動作に時間を書きいれてゆきます。たとえば、I got up at 6:00.などのように書き入れてゆきます。その後、動作を示す絵を見せて動作を示す表現の練習をした後で、「質問に英語で答えてください。ただ、今日は細かい何分とかの部分は省略して、時間だけで答えてください。」と言ってWhat time do you get up? 以下質問を繰り返し、児童がスムーズに応えられるようになったら、児童で会話をさせます。ここまでは、いわば定番です。
そしてALTが来た時間に、「世界の子どもの日常生活」をこのパタンを用いて聞き取らせます。実はこの内容はNHKがBS1で放送している「地球に暮らす子どもたち」の番組がヒントになっています。先週はイギリスの子どもを扱っていましたが、小学校3年 生の男の子は朝起きるときにはロックを聞いて起き、朝食は家族一緒ではなくばらばらに食べる。食べながら、学校に行く前に母親が英語のスペルのチェックする活動が入り、昼食は自分で用意する。学校に行くには必ず両親のいずれかが校門まで連れて行かなければならない。授業では教科書は使うことは少なく、教師 の自作教材や自分たちで問題の出し合いをする。帰宅は友達と一緒で両親の付き添いは不要。夕食の料理を手伝い、必ず家族一緒に食事し、後片付けも共同作業。夕方はテレビを見ることはなく、男の子のドラムの練習に家族で付き合う。男の子なのに、人形と一緒に寝るという内容でした。もちろん、戦争や飢餓で苦 しんでいる地域の子どもの日常生活もあるわけで、世界のいろいろな子どもも生活と自分とを比較し、ある場合にはその子どもたちのために自分が何ができるかを考えさせ、書かせ(もちろん、日本語で)、話し合わせることによって「社会力」を伸ばすことに英語活動は多いに貢献することができると思うのです。
ALTがいない場合は、決められた(学習した)構文のところだけ教師が英語で話してやり、後は日本語で説明してもよいと思います。自分の体を動かして覚えた表現ですから、他の国の子どもたちの生活にも同一化を起こすことができ、社会力の育成に役立つことになると思います。
どうでしょうか。「社会力の育成」を意識した英語授業の展開を御理解いただけたでしょうか。実は、今回は中学校の教科書の話しをするつもりでしたが、小学校の外国語活動も「素地を養う」という意味では同じだと考えて取り上げてみました。次回は中学校を扱います。それでは暑さ厳しい折からご自愛ください。
(配信日 2010/08/15)