3.18. 「態度の育成」 and/or 「技能の育成」?

AR支援ネットワーク通信 (43) 小学校外国語活動(18) 「態度の育成」and/or「技能の育成」?

神奈川大学 教授 髙橋一幸

■小学校高学年に見られる授業の失敗例

近年、小学校外国語活動の授業を参観する機会がたくさんあります。どの学校でも、試行錯誤の中にも工夫を凝らした意欲的な授業を見ることができ、私自身学ぶところが多くあります。特に子どもたちの興味・関心を引き付ける導入の妙、教師からの一方的説明ではなく児童が自ら気づくためのヒントをクモの巣のごとく張り巡らせた授業過程、そして児童が気づいたときの褒め方の上手さなど、「教育の原点は小学校にあり」と思うことが多いです。

しかし、高学年の授業ではインプットでの気づきはうまくいくのですが、その先で破たんする授業を見ることも少なくありません。破たんするのはほとんどが同じ場面です。

①担任とAETが、例えば買い物の場面の英語でのやりとりを何度か演示したあと、「どんなやりとりをしていたかわかった? OK?」などとたずねると、児童は声をそろえて元気よく「OK!」と答えます。そこで、②担任やAETが「よし、じゃあ君たちの番だよ。ペアでやってごらん。(OK. It’s your turn! Talk in English with your partner.)」と活動開始の指示を出すのですが、それまで元気だった児童のテンションが急降下して教室がシーンと静まり返るのです。

意味がわかることと、それを発話できることはイコールではありません。体育の鉄棒の授業で先生が見本を示し、やり方を説明しただけで「逆上がり」ができるようにならないのと同じです。①のインプットを②のアウトプットへと繋ぐための練習、すなわち意味のわかった英語に「慣れ親しみ」、再生可能な段階にまで定着を図るインティクの過程を飛ばしてしまったための失敗です。すべての指導の鉄則は「レディネス」を作って次の段階に無理なく移行すること。通信(41)でも述べたように、高学年では、論理的思考力・理解力が高まり、知識を体系化する能力が高まってきますが、自信を持って理解できず、あやふやなままだと消極的になり、声が小さくなる児童が目立ち始めます。『英語ノート』で取り扱う文の長さが長くなる6年生の指導では、この点に特に注意が必要です。

■「態度」の育成と「技能」の育成

小学校の先生方は、他の授業で上記のような練習過程をすっ飛ばした指導を行われるでしょうか? まずあり得ないと思います。しかし、英語活動でよく見かけるのはどうしてなのでしょう? 私は「小学校英語では、態度の育成が目的であって、スキルの育成は必要ない」という教えが効いているのではないかと推測しています。それを推し進めると、「小学校英語では教え込んではいけない」→「教師主導の練習はダメ!わかったら体験させる」という曲解に至ります。学習者自身の気づきが重要で、教師の一方的教え込みではダメ、お仕着せの意味を伴わない機械的練習がダメなのは中・高の英語授業でも同じことです。小学校では特に、意味を伴った様々な楽しい練習活動による慣れ親しみ(=intake)が重要だと考えます。確かに主目的は、「ことばへの積極的な興味・関心を高め、ことばを使ったコミュニケーションの楽しさを体験する中で、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てること」ですが、コミュニケーションの楽しさを体験するには、ある程度のスキルは必要であって、それが「必要ない」とは言い過ぎだと思います。まずは興味を持たせること、学習過程においては動機づけがまず重要です。しかし、それは一過性のものであって、成功体験がないと三日坊主で崩れ去ることは、我々も自己の体験を通じて知っています。

次に示すのは、学習者の情意面の変容と教師の授業設計モデルを図示したものです。この図は、小・中・高の校種を問わず、すべての外国語指導に当てはまると思います。

小学校英語活動の指導では、上記モデルの②が弱い授業をよく見かけます。活動へのレディネス作りに不可欠な練習なしに、すぐに児童主体の活動に移るため、児童が戸惑い、高学年では自信を失い、「うまく言えなかった」→「英語は難しい」→「きらい」という児童を作ってしまう危険性があります。「楽しく取り組める必要な練習をさせて成功体験に導くこと」と「教師が一方的に教え込むこと」は全くの別物です。「態度の育成」と「技能の育成」もまた、二律背反的なものでなく相補的関係にある、技能の育成を度外視した態度の育成など本当はあり得ないというのが私の考えです。

授業観察を通してしばしば感じる中・高英語授業の課題について一般論として言えば、中学校では④が弱い(活動内容が生徒の精神年齢や興味・関心と乖離しており、いつまでも教師主導で生徒の創造的活動が少ないため、実践的な表現能力・運用能力が十分に育成されていない)こと。増える1時間を活用し到達目標として設定する「言語活動の質的充実」とそれを担保する「学習活動の精度向上」。教科書本文を深め、理解から表現・発表へとつなげる統合的な指導が課題だと思います。高校では、まず、①③⑥など生徒の情意面への配慮が不可欠です。(教師の文法説明と訳読による予習の答え合わせでは、積極的態度も運用力も育たず大学入試にも対応できない。)中学校の課題に加え、生徒主体の活動的な授業への構造改革とコミュニケーションに生きて働く文法指導のあり方が大きな課題だと思います。

■ある研究開発校に観られる6年生の到達度

次に示すデータは、中学3年生の英語スピーキング・テスト(国立教育政策研究所2007「特定の課題に関する研究」)の一部です。このテストは全国から抽出された1000余名の中学3年生が被験者として受験しました。紙も鉛筆も持たずにヘッドセットを装着してコンピュータに向かい、必要に応じて画面のイラストなどを見ながらヘッドフォンを通して聞こえてくる指示に従い、装着したマイクに向かって制限時間内に英語で応答し、録音された音声が分析されます。このテストは4つのセクションからなり、§1は絵を見てその英単語を発音する問題、§2は3~8語文を2度聞いて,発信音の後その文を再生する問題、§3は絵を見ながらの英問英答、§4は与えられたテーマについて1分間考えた後の即興スピーチで、次に示すのは§2の問題と正答率です。

1) We are students. 3語文 [正答49.6%, 準正答46.8%]

2) I don’t play basketball. 4語文 [83.1%, 2.9%]

3) I gave my friend flowers. 5語文 [17.3%, 20.3%]

4) There are many buildings in Tokyo. 6語文 [11.7%, 20.8%]

5) I have lived here for five years. 7語文 [5.2%, 4.0%]

6) When I left my house, it was raining. 8語文 [2.9%, 9.0%]

文の繰り返しは、一定の語数を超えると短期記憶だけでは対応できず、直聴直解で瞬時に意味を理解した上で、記憶も頼りにしつつも自分で文を再生する能力が求められるためにリピートが困難になります。一般には7語あたりがその境界線と言われているようですが、この調査での日本の中学3年生では5語が境目でした。8語文になると、正確にリピート出来た生徒は3%を下回りました。

『英語ノート2』では、What time do you go to bed? ―I go to bed at ten thirty. Where do you want to go? ―I want to go to China. など5語を超える文もたくさん出てきます。こういう文は要注意。練習しないと上手に繰り返せない児童が続出するリスクがあります。

さて、大阪府のある研究開発学校での6年生の授業をDVDで拝見しました。『英語ノート2』Lesson 6「行ってみたい国を紹介しよう」の最終回の授業でした。一連の授業の最終目標は、Where do you want to go, and why? の質問に対して、英語で自分の行ってみたい国を理由も付けて述べることができることで、指導過程の概略は次のようなものです。

1. あいさつとThe Hello Song(いろいろな国の挨拶)

2. 復習

①既習の国名や動詞(want, see, eatなど)の復習

②チャンツ “I want to go to Italy”・・・電子黒板ソフト使用

③リスニング・クイズ ・・・登場人物の行ってみたい国とその理由を聞きとり線で結ぶ(電子黒板)

3. 調べ学習と個人練習

①PCソフトを使って自分の行ってみたい国について調べる

(画像をクリックすると単語の発音練習も可。)

②コンピュータに録音されたAETのモデルを聞き、後について練習する

③モデルにならって自分の行ってみたい国について話す練習をし、ボイスレコーダーに自分の声を録音して聞く

4. インタビュー・チャレンジ

①AETとHRTのインタビューのモデルを聞き、やり方を理解する

②クラスを2分割して出来るだけ多くの友達と対話し、結果を記録する(教師は児童の活動をモニターし、必要に応じて支援)

5. 個人スピーチ

①ALTとHRTのスピーチのモデルを聞き、良い点と悪い点を確認し、目標を意識させる(担任はあえて、下手な悪い例を示す。)

②近くのペアと練習(教師は児童の活動をモニターし、必要に応じて支援)

③児童の個人での発表 とリスナーの理解確認

6. 授業の振り返り

7. あいさつ

授業の最後ゴールとしての児童の個人発表をDVDから書き起こします。

S1(女児): (イタリア語であいさつ)Buongiorno! My name is ○○ ○○.

Ss:(HRTやAETと一緒に声をそろえて)Where do you want to go, and why?

S1:I want to go to Italy, because I want to eat pizza and I want see Colosseum.

Thank you.

この女児の応答総語数は(Colosseumの前のtheが欠落しているが)18語です。それを彼女はニッコリと微笑みながら、詰まることなく大きな声で答えました。5語を超えると文のリピートの精度が極端に落ちる中学3年生も多いのに、小学校6年生でもこれだけできる。ただし、上記指導案を見ればわかる通り、最終の「個人での発表」に至るまでに、教師によるモデルの演示に加え、手変え品変え、相手を変えて、様々な意味ある練習活動を経て、どの生徒も最終ゴールに到達できるレディネスを担保した上で、個人発表に移っています。レディネスのないままに個人発表させ、失敗体験をさせない綿密な指導過程が子どもたち一人ひとりを達成感を感じられる成功体験に導いたと言えます。この様な指導の成果として、この子ども達には、基礎的なスキルに支えられたコミュニケーションへの積極的態度が養われていると言えるでしょう。

(配信日 2010/03/15)