3.20. 小学校外国語活動のまとめ

AR支援ネットワーク(45) 小学校外国語活動(20) 「小学校外国語活動のまとめ」

横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

これまで20回にわたり小学校外国語活動の研修のあり方や小中の連携の実践を紹介してきました。最後の4回は高橋先生が指導された優れた実践を紹介していただきました。レポートを読んで、「小学生でもここまで出きるのか!」と驚かれた方も多いと思います。私もまた、小中の連携の見事さや段階的な文字指導に感銘を受けました。こうした貴重な実践は広く共有し、今後の外国語活動の参考にして欲しいものです。

しかし、また一方では、各地域や学校には、それなりの歴史があって現状があるのですから、それを恥じる必要はありません。たとえそれが負の遺産だとしても、まずは足元を見つめ、遺産を引き継いでスタートする覚悟こそが大切なのです。たとえば、私が関係している藤沢市では、2年前までは英語活動や外国語活動は極めて低調でした。そこで、昨年度は全5-6年生に最低10時間の授業を実施する、今年度は20時間の授業を行い、来年度からの本格的な外国語活動の導入に備えることになっています。文部科学省の調査では、全国の昨年度の外国語活動の平均時数は27時間ほどだそうですから、全国レベルからすればかなり遅れていると言えます。しかし、研修は地域の実態を踏まえ、無理のない着実な計画を立てなければなりません。授業を展開する力のある地域ではさらに質の向上を目指し、また、そこまで行っていない地域では、まず、授業を進める能力をつけることをねらうべきです。そこで、この最後の稿では、レベルに関わらず、外国語活動の研修を計画するときに心得ていて欲しい原点を再度確認しておきましょう。

■外国語活動研修の留意点

1.英語の知識ではなく、コミュニケーションの体験を与えることを大切に。

優れた実践を見ると、つい児童がどの程度のレベルの英語を聞き取り、話しているかという英語力の側面に注意が向きがちですが、外国語活動の第一の目標はあくまでも「英語でのコミュニケーション活動を楽しく体験させる」ことにあるはです。とすれば、児童の英語力を超えた活動を押しつけ、暗記することを強制する授業は避けなければなりません。換言すれば、授業評価は「どれだけ効果的に単語や文法を覚えさせたか」ではなく、「どれだけ意味のある体験を与えたか」という視点からなされなければならないのです。ということは、たとえ英語力のレベルは低くとも、それなりに意味のある(この内容は次に説明します)授業を計画しなければならないということです。

研修に関していえば、「どれだけ上手に英語で授業ができるか」を目標にするのではなく、「どれだけ児童に意味のある活動を工夫する力を育てたか」という視点から、成果を検討することが必要だということです。ですから研修では、まず、「なぜ小学校で英語活動なのか。そこで大切にしなければならないことはなにか」を明確に伝え、話し合わせ、その過程でなぜ英語の単語や文法の知識ではなく、「意味があるコミュニケーションの体験」が必要なのかを理論と体験で知らせることが必要です。教師が外国語活動の意義を理解していなければ、「意味のある体験」など授業で与えてみようがないからです。

2.「意味のある体験」で児童の「生きる力」を育む。

では「意味のあるコミュニケーションの体験」とはどんな体験でしょうか。それは、「生きる力」、すなわち、将来の地域の担い手として、また、日本や国際社会に貢献できる力を育てる体験です。「生きる力」の根源は人と人との関わりの中で自分を生かす力であり、社会に貢献しようとする力もあります。もちろん、英語を覚えるための学習や練習活動は必要ですが、それだけでは外国語活動としては不十分です。むしろ、「覚えてから使う」というよりは、人との関わりを深めるために、また、協力して社会に貢献するために英語を「使いながら覚える」というほうが近いのです。というのは外国語活動の究極的な目標は、外国人と協働して持続可能な国際社会の建設に役立つことなのですから。その根底に「コミュニケーシンに積極的な姿勢」があるはずなのです。

これでは、あまりに抽象的な表現で分かりにくいかもしれません。具体的な授業の目標に落として説明すると、覚えた英語を使って、趣味や好きな食べ物などの情報を交換することでクラスでよりよい人間関係づくりに役立てたり、協力して街の「英語地図」や学校の「きまり集」などを作成し、社会や学校をALTに紹介し、将来の外国からのお客さんに役立つ仕事を計画するということです。一方、こうした授業をするための教師の研修としては、『英語ノート』の英語を教える技術を与えることに終始するのではなく、むしろそこからヒントを得て、児童の生活と結びつける活動の工夫を教え、実際に作成してみてモデル授業で試して改善してゆくことが大切です。たとえば、「世界の挨拶」をテーマにするとしたら、現実に自分たちの街や県に住んでいる外国の人たちの人数や母国をインターネットで調べ、「まず、この人たちと友達になるために挨拶をしよう」という活動を工夫するということです。

3.『英語ノート』との距離を適切に

このことは『英語ノート』にべったりと頼ることはしないということでもあります。確かに『英語ノート』を利用すると便利な点は沢山あります。まず、目標とすべき英語力の一定の目標を設定してくれているので、学校間格差をせばめることに役立ちます。また、興味深い活動が沢山紹介されているので、従来の訳読式とは全く異なる「楽しみながら英語を学習する」方法も知らせてくれます。また、カードやCDや教案など、教師がそのまま授業に利用できる準備ができているので、忙しい教師には大助かりです。外国語活動をこの本を中心に発想を膨らませることは有効な手段なのです。

しかし、一方「『英語ノート』さえ教えればよい」という姿勢が生まれる危険性があります。「本に書かれている英語を覚えさせればよいのだ」という思いが自然と強まり、そのことが知らず知らずのうちに授業を児童の実態や生活とはかけ離れたものにし、「意味のあるコミュニケーションを体験」から遠ざかることになります。「意味」は児童から生まれるのですから、児童から離れた活動ではだめなのです。結局、『英語ノート』を教科書にように扱ったり、付属のCDや指導案への依存を強めると、授業は教師主導型の講義式の「詰め込み主義」になりかねなません。あくまでも『英語ノート』からヒントを得て、児童の体と心と体験と頭を総動員する児童中心のタスクを工夫することが大切なのです。

ですから、研修では『英語ノート』に書かれている活動に習熟させることにとどまらず、それをどのように児童の身近な活動に改定する協働で工夫することが必要です。

4. ALTとの協働を工夫する。

外国語活動が盛んに行われている地域でも、実はALTの学校訪問の折には授業をまる投げし、教師は教室の後ろで傍観者になり、ALTが一方的に授業を進めてしまうというケースがあると聞きます。これはいくつもの意味で外国語活動の授業のルール違反です。まず、担任が授業を投げ出すことは教師としての責任放棄です。第2に担任は「英語を教える」必要はないが、「コミュニケーションを体験する」モデルとなることが期待されているはずなのに、期待にそぐわないどころか、無言のうちに「英語のコミュニケーションなんてどうでもよいことなんだよ」と教師自らが無言のうちに児童に伝えているからです。これは裏切り行為にほかなりません。担任が立派な英語を話す必要はないのです。日本語混じりでも相手に通ずればよいのです。限られた挨拶とか褒め言葉とか、活動の切り替わりの指示などを担任がすることで、ALTと協力して授業を進めている姿を児童に示すことが大切なのです。

ですから研修では、ALTとやりとりするための基本的な挨拶や教室内の英語での指示、児童への褒め言葉、短い対話の進め方などは指導する必要はあるでしょう。

5.研修は参加する教師の希望を生かして。

研修でどんな立派なモデルを示して勉強しても、教室での授業は教師の手にゆだねられるのです。ですから研修では、教師の悩みや希望など、外国語活動を進める上での問題点にできるだけ対応することが大切です。かなり授業力のついている教師集団だったら、アクション・リサーチの手法で自分の授業改善に取り組ませることが有効でしょう。逆に、外国語活動の授業の進め方そのものに不慣れな教師が多い集団なら、個々の活動の意義や進め方をこれまでの「AR支援メール」で説明したように、モデル授業の形で習得する機会を多くすることが必要でしょう。また、集団で研修をすること自体が難しい場合は、以下で説明する『英語活動簡単レシピー』のようなものを作成し、個々の教師に配布し、その一方で教師が孤立しないように精神的・技術的支援体制を整えてこくことが大切でしょう。どのような形態がよいのかは、その地方の実態によるのです。

6.外国語活動簡単レシピー

藤沢市の教育文化センターでは、英語・外国語活動部会の6名の研究員が集まり、今年度の研究の方向性を話しあいました。結論として、「外国語活動が地域や世界に貢献する未来市民の育成を目指すのなら、私たち部会のメンバーもまた、藤沢市の外国語活動に貢献する研究を進めるべきだ。だから、藤沢市の外国語活動を活発化するために何かできるかを追求しよう。手始めに、今年初めて外国語活動を担当する先生でも気軽に取り組めるよう、『英語ノート』を平易にし、藤沢らしい児童中心を前面に出した教案を月に1回各小学校にメールに配信し、それをヒントに外国語活動をやってもらって、そこからフィードバックを得て、自分たちの研究を進めよう」ということになりました。

以下、資料として添付するのは、その4月分の下書きです。参考になったら皆さんもやってみて意見をお寄せください。今年は、藤沢の外国語活動の研修は、この『簡単レシピー』を中心にし、かつ、希望があれば昨年と同様に個別の学校訪問をする計画です。

■おわりに

外国語活動を推進することは確かに苦労が多くあります。しかし、このことがまた、日本の小学校教育の在り方に新しいインパクトを与えることは間違いありません。それだけでなく、外国語活動の導入が中学校や高校の英語授業はもちろん、大学や大学での教員養成の在り方にも大きな変革を要求することになると思います。大げさに言えば、外国語活動は日本の外国語教育政策、いや教育の在り方自体に見直しと改善を迫る起爆剤となりうるのです。力を合わせて頑張りましょう。

それでは、外国語活動の支援メールはひとまずこれで終わりにします。ご愛読ありがとうございました。

(配信日 2010/04/15)