6.2. 第2話 挑戦

AR支援ネットワーク通信(66) 「ある新人教師とメンターの物語」 第2話 挑戦

■仮説への挑戦

AR では複数の仮説を設定することが多いが、実施の仕方には2通りある。ベテランの教師の場合なら、仮説の具体化の手法や生徒のコントロールの方法を知っているので、複数の仮説に同時に挑戦し、授業全体を組みかえることができるだろう。しかし、新人は手法も生徒への対応も不慣れのことが多い。親しんだ指導法が変えられた場合の生徒からの抵抗は覚悟しなければならない。たとえベテランでも、拒否反応を示す生徒が現れクラスの人間関係が悪化することがある。だから、生徒に理由を納得させながら、実施しやすい仮説から始めるか、あるいは、授業の冒頭部から少しずつ変えてゆくのが安全だろう。

稲垣さんの仮説は以下の3つだった(細部は前号参照)。

仮説1(主として導入の部分に関わること)

各授業のはじめに最終目標につながるwarm-up や導入をすれば、生徒はその時間の内容をよりよく理解し、より積極的に授業に取り組むのではないか。

仮説2(主として教科書理解に関わること)

教科書の指導では、語彙力をつけるためにフラッシカードを利用して練習すると同時に、さまざまな音読練習を与えることで、教科書の内容理解も深まるのではないか。

仮説3(主としてまとめの言語活動に関わること)

まとめの活動として書くことによる自己表現活動をまとまりのある談話の形で行うことにより、書いて表現する力を伸ばすことができるのではないか。

稲垣さんの場合は、挨拶などのClassroom Englishでは生徒との交流がスムーズにできていたので、仮説1から順番に取り組むことにした。結局、挨拶に結び付けて導入やwarm-up の対話を英語で進めることを優先し、これに慣れた段階で、教科書の指導(特に単語指導と音読)を改善する第2仮説に移り、その後、第3仮説に挑戦するということである。もちろん、第1段階でも教科書やまとめの言語活動にも取り組まなければならない。しかし、さしあたりは第1仮説にエネルギーを注ぎ、その間は他の活動は今まで通りでもよいと考えるということである。

だが、実は、この第1の挑戦が最もやっかいなのだ。身近な話題でターゲットを導入したりwarm-up の活動を設定することは、従来の教科書依存の体質からの脱却を意味し、教師の意識改革を必要とするからである。それを助けるには、活動のモデルを具体像として示してやることがメンターに求められる。

■文型導入のモデル

観察授業の次の時間は Unit 2 のEmi goes abroadに入り、targetはbe going to である。このtargetなら身近な話題で導入することは簡単で、教科書ではGolden Week の予定を尋ねることになっているが、すでに時期的には過ぎていたので、「夏休みの予定」に変更し教師が自分の予定を話し生徒にも尋ねるという形で、英語で進める。その対話の中からモデル対話を作り、それを用いていろいろなペアで対話させ、その中から一番興味深かった人の予定を3文程度の文章に書かせるというアイデアである。具体的には、日本語の使用も許可して

Hiroshi is going to visit his uncle in New York

He is going to see the Statue of Liberty.

I urayamashi(envy) him.

程度の文章を書くことが目標になるだろう。だから、この導入活動に苦労はしないだろう。

ではUnit 3 のE-pals in Asia ではどうか。そこでのtargets は不定詞の副詞用法(目的)と名詞用法で、「まとめの言語活動」は、I want to be a singer. などを用いて将来の夢を書く活動である。教科書で提示されている導入文は、Do you use a computer? Why? I use a computer to play games. で、次のsection ではI want to find some e-pals. となっている。この2つの用法をひとつずつ丁寧に指導してから違いを教えるのが普通だが、両方を同時に示して違いを生徒に発見させ、その後一つずつ練習し使用させるというアイデアが考えられないかと提案した。例えば、

T: What are you going to do this Saturday? A 君?

A: Baseball.

T: Do you want to play baseball? Do you like baseball?

A: Yes, I do.

T; I see. You(I)want to play baseball on Saturday. Oh, you are a member of the baseball club. You practice baseball hard every day. Why? Why do you practice baseball so hard?

A: 大会で勝ちたいから。

T: I see. You( I ) play baseball to win the Championship.

By the way, what am I going to do this Saturday? Do you know? Well, I’m going shopping. I want to buy a pretty dress. Why? Because I need it to go to my friend’s wedding party. I need the dress to go to the party.

の太字の4文を板書し不定詞にunderline して、「4つのto-動詞の意味を2つに分けるとしたらどれとどれが同じか、どうしてか?」と質問しペアで考えさせたのち、「それでは今日は<~するため>という意味になる不定詞の使い方を練習しよう」と言って教科書の活動に入る、という内容の提案を稲垣さんにした。もちろん、稲垣さんがこれに拘る必要はない。ただ、私の考えは、稲垣さんに次のことを理解して欲しかったからである。

(1) 教科書のターゲット文がいつも一番よいとは限らない。まずは、できるだけ身近な話題からスタートすることを考える習慣をつける。稲垣さんは買い物に行く予定はないかもしれないし、友達の結婚式もないかもしれない。もちろん、本当のことが話せるならそれにこしたことはない。ただ、英語の授業の教師の話しは、生徒と英語、生徒と世界を結びつかせるためのもので、必ずしも事実である必要はない。現実にありそうなことであればよいのであって、教師の創造性が試されるのである。

(2) レッスンの最初の授業の導入の段階から、そのレッスンの最終的な言語活動(それは何らかの書く活動と結びつけたほうがよい)を意識しながら進め、以降の教科書指導でも常に最終目標に役立つことを授業の柱の一つと考えるくせをつける。

■メールでのメンタリング

以上が最初の授業観察の後のメンタリングの概要である。次の授業観察までの期間に扱う教科書のUnits について、考え方の概略を示してやることも「授業力向上」という意味では大切なことである。その一方、稲垣さんが実践を振り返ることは一層重要なことだ。そこで、仮説1-3に関して(特に1を中心に)、毎時間、ごく簡単でよいので実施したこと、その時感じた問題点などをメモしておいて、1週間に一度、まとめてメールで送るようにと約束した。たとえば、be going to や不定詞の導入後の週の振り返りには次のように書かれていた。

6/2(火)Unit 2 Staring Out( be going to の導入)

自分の夏休みのプランを話すことで未来の表現を導入した。英語で授業が進んでいくので生徒たちの表情は硬かった。理解しているのかいないのか不安だったが、聞きとれたところを日本語で発言する生徒もいたのでなんとなく理解できていた様子。その後、相手を変えながらペアで予定を聞きあった。I’m going to 以外なら日本語を使っても構わないと言ったので、普段より生き生きと取り組んでいる生徒が多かった。自己評価カードを用意して生徒の感想が聞いたほうがいいと思った。

(私のメールでのコメント: 頑張ったね。生徒が当初まごつくのは当たり前だから、たじろがないこと。相手を変えてペア活動させたこと、生徒の発話は日本語でも可としてことは良いアイデア。今の段階で生徒の感想を調べる必要なし。)

7/1 (水)Unit 3 (不定詞の導入)

佐野先生のアイデアを参考に、副詞的用法と名詞的用法を同時に導入した。その後、今回はペアワークをせずに、I use a computer to… やI study English to…などの例文をプリントで提示し、「何するためにコンピュターを使う?」「何のために英語を勉強しているの?」と言った質問を投げかけ、生徒から出てきた答えを使ってみんなで文を作り、言う練習をするというやり方で進めた。4時間目だということもあり、なかなか声が出なかった。読む練習をしっかりできていなかったので、案の定、書く練習ではなかなかペンが進まない生徒が多かった。

(私のコメント: もっと聞く、話す活動で押せなかったか?授業が説明調になれば、生徒の音声面が弱くなり、声が出ないのも当然。英語を聞かせ話させるという原点を忘れないよう。)

いずれの導入でも、戸惑いながら取り組んでいる稲垣さんや生徒の様子かうかがわれる。同時に生徒とinteraction を多く取ろうとする稲垣さんの挑戦は確実に授業を活性化させている様子が他の日のメールから読みとれたので、メールで「今のまま進めてよい」と励まし続けた。そしてそれを確認したのは、第2回の授業観察である。

■2回目の授業観察

7/10(金)に、Unit 3 Reading for Communication の最初のsectionの授業を観察した。 授業構成や活動内容は概略以下のようであった。

1) Greeting

教師が生徒に日付や天候を質問して答えさせるのではなく、生徒同士で質問して答えた内容を教師がまとめ、それをクラスで繰り返し言わせた。教師や生徒の話す英語の量も増え、クラス全体が集中して授業に参加する姿勢が出てきている。

2) Oral Introduction

2枚のpicture cards を用いて、教師が生徒に英語で質問し答えをまとめて内容の概要を理解させよさせようとした。教師の英語による導入に対して、英文で答えるばかりでなく、自分の好みのマンガについて話したがっている生徒がいた。日本語だが対話の意欲が見られる。教師もまた、日本語ではあるが、「先日、大和駅の本屋さんに行ったら、日本のマンガが英語だけでなく、中国語や国語や韓国語で書かれたものが売られていたよ」と教科書の内容を身近な例で解説していた。

3) 単語指導

Flash Cards を用いて、単語レベルで終わらず、たとえば、grade という単語の場合は、”You are in the second grade. You are second-grade students. というように文例を示して解説していた。その姿勢は生徒にも伝わっていて、popular という単語の練習では、”I am popular! “と自慢する生徒もいた。ただ、教師がそうした生徒の反応を拾い上げ利用するまでには至っていない。教師の側は確実に単語指導の重要性や基本的な発想は認識しているのだが、まだ、指導技術が十分ではなく、例えば、個人に答えさせたほうが良いのか全体で練習したほうが効果的なのか、日本語で答えさせるのか英語のほうがよいのかという区別が明確ではない。単語指導の技術を身につける必要がある。

4) 内容理解

ワークシートを用いて内容理解を指導していた。まず、教師の後について音読をクラス一斉に行う。その後、教師の英語での質問に生徒が英語で答えるQ and Aを実施し、生徒の答えを教師が日本語に直して理解の確認をし、また、「なっとう」、「とうふ」など「マンガ」と同じく日本語が英語になり斜字体で表記されている言葉があることや、nickname の解説をした。この間、説明は全て日本語で行っていた。

5) 音読練習

教師の後に続いて読む一斉読みや、立って方向を変えて読む4方読み、重ね読み、グループ読みなどの後、教科書を見ずに教師の後についてrepeat して暗唱を目指す読みなど多彩な方式を取り入れていた。その後、宿題を提示して授業は計画通り終了した。

■観察後のメンタリング

*全体的には授業改善は順調に進んでいる。初回の授業では教師の講義調が中心であったのが、教師と生徒との対話を中心に進めようとする意図が明確で、生徒の積極的な授業参加も前回に比較すれば格段に増え、教師の英語使用率も前回が10-15%だとすれば、今回は30%以上に増えている。稲垣さんとすれば、 「少なくとも50%は英語で話しているはずだ」という思いがあるだろうが、英語を話した後に日本語で確認するので、どうしても英語の占める率が低下する。英語で理解を確認するように工夫すること、また、不安になっても英語でねばって対話を続ける技術を伸ばすことが必要だろう。

*第1仮設の英語での導入は、今回はピクチャーカードを用いて、本文の内容である外国語のマンガについて導入し、Q and A で確認するなど、一応やり方は定着したようだ。だが、その一方で「もったいないな」と思ったことがある。それは「大和駅には中国語や韓国語で書かれた漫画本を売っているよ」という情報を稲垣さんが後から説明として付け加えていることである。そうするのであれば、むしろその情報を生徒に英語で質問するか教師の発見として話してやり、「マンガはアジアに広まっているんだね。では教科書にはどんな例が書いてあるかな」という形で導入したほうがより効果的ではな かったか。

*フラッシュ・カードの利用で単語の発音指導も格段に進歩した。ただ、その利用法については、もっと工夫が必要だから、持参したビデオを見て利用方法を学ぼう。

* 内容理解の確認も英文和訳からQ and Aを中心に実施したり、他の文化情報を加えるなど工夫の跡が見える。ただ、内容の理解もリスニングの活動で大まかな理解をさせ、次の黙読で細部を理解させ、ペアで分からない部分を探させ教師や仲間に質問させてから音読活動に移ったほうがよいのではないか。Q and A は音読の後でもよいかもしれない。

*音読練習もいろいろな種類の活動を増やしたことで、生徒への定着に貢献した。ただ、音読練習の方法にももっと工夫が必要だ。これもビデオを用意してきたので、後で見てみよう。また、授業のまとめの活動は暗唱だけで終わるのではなく、例えば、「今日読んだところで一番重要な文はどれかノートに書きなさい」というような書く活動で終わるべきだ。

*まとめて言えば、生徒はかなり集中してオーラルイントロダクションを聞くようになったが、稲垣さんのinteractionに粘りが不足している。生徒が分からない様子を示したらその時こそ好機だと思い、しつこく英語で言い変えたり、例を出したり、質問したりして切り込んで欲しい。ねばり強さとinteraction の進め方や質問の仕方にまだ改善の余地がある。ただ、これは今後仮説2を進めながら改善してゆくことができるので、明日からは第2段階の教科書の指導も視野に入れた授業改善を目指そうと話した。

この後、奥山竜一氏の授業から主にフラッシカードを用いて単語指導について、また、中西美保氏の授業ビデオから音読練習の方法を学んだ。また、いずれの授業でもリスニングが重視されていることを指摘し、今後の授業では、第1仮設の導入の工夫に加え、リスニングを取り入れた教科書の単語指導と音読指導に意図的に取り組むことにした。

■稲垣さんの感想

本格的にリサーチに取り組み始めると、新出文法の導入に悩まされる毎日でした。佐野先生から導入のアイデアをメールで送っていただき、それを参考に授業を考えるように努力しました。そのなかで「教科書の基本文にこだわる必要はない」ということに次第に気付き始め、アイデアを考える縛りがなくなったような気がしました。それでもやはり、生徒にとって身近な話題や人物を取り上げることはとても大切で、架空の内容を扱った時には受け身の反応しか返ってきませんでした。扱うテーマの理解や教師の想像力など、自分に足りない部分が見えて先が不安になったことを覚えています。最終到達目標となる活動と導入をうまく結びつけることに慣れるまでは、時間がかかりました。

初めはこちらからの一方通行でしたが、英語をどんどん与えることで生徒はよく耳を傾けてくれるようになりました。また、英語で授業を受けることに慣れ、それが当たり前だと思うようになった様子でした。そのような生徒の様子から少しずつ手ごたえを感じ、より研究に力が入っていきました。生徒が変わっていく様子が私を励まし、勇気づけてくれました。生徒の協力も大きな成功要因だと思っています。

佐野先生から見せていただいた授業風景のビデオにも、たくさんのヒントが隠れていました。それをどんどん自分の授業に取り入れてみました。うまくいったりいかなかったり、試行錯誤の繰り返しでした。失敗してもいい、いつかうまくできる時がくる。そう思いながら実践を続けました。この頃から、授業づくりが少しずつ楽しくなってきたのです。

■振り返り

2回目の授業観察で、「このアクション・リサーチは成功だな」と確信した。稲垣さんの英語を教えることに関する基本的なスタンスが変わったことが見えてきたからである。技術的には問題点はまだ沢山あるが、一番重要なのは、「教科書に書かれていることを教える」のではなく、「教科書を利用して、生徒に英語を使う体験をさせ、コミュニケーションの力をつけるように教える」ことだからである。稲垣さんも、多分、途中ではかなり苦しい心の葛藤があったことだろ。「やめてしまいたい」と思ったこともあるかもしれない。それを乗り越えることができたのは、稲垣さんの生徒への愛情だろう。「感想」に書いてあるように、「生徒の変わってゆく様子が私を励まし、勇気づけてくれました」というのが本音だろう。だが、教師が変わらなければ生徒は変わらない。それには教師の勇気とチャレンジが必要なのだ。チャレンジには苦しみがつきまとう。それを恐れていては成長はない。また、同僚のO先生やK先生の私には見えないところでのサポートも大きな助けとなったことだろう。

(配信日 2010/03/01)