小学校外国語活動(17) 「小学校らしい英語活動と『英語ノート』活用上の留意点」
神奈川大学 教授 髙橋一幸
■中学校の先取りでない、小学校らしい英語活動とは?
小学校外国語活動は、中学校英語教育の「先取り」にあらずということは、文科省も繰り返し強調してきたことです。しかし、アルファベットの発音を教えても、Hello. How are you? にせよ、『英語ノート』で触れることになるI want to go to Italy. にしろ、中学で学ぶ言語材料であり、それを教えてはダメと言われれば、何も出来なくなってしまいます。触れさせる言語材料の問題ではなく、この通信で佐野先生が何度も触れられてきた通り、要は体験させる活動の目的と内容、そして指導法の問題と言えるでしょう。中学校の先取りではない、小学校ならではの英語活動とは何かと問われれば、授業づくりにおいて、次のような視点を持つことだと私は考えています。
○○の英語表現を教え、どんな活動ができるだろうかと考える「文法構造中心の発想」に加えて、他教科での学習内容、学校行事での体験など、共有体験に基づく子ども達の興味・関心に合った内容を取り上げ、それを英語活動化できないか。形に残る作品を完成するなどの「作業」を行う過程の中で必然性を持って英語に触れたり使わせたりできないかなど、「内容中心の発想」を持つこと。
次に示すのは、前回紹介した横浜市立の小学校で行われた4年生の「買い物ごっこ」の実践例です。4年生では3時間の「買い物」の単元の最後に、「お人形のすてきなファッションをコーディネートしよう!」という活動を行いました。(写真参照)
サポーター(私のゼミ生)が英語で、“Draw pretty eyes. Paint your doll’s eyes. What color do you like? ・・・ Cut out your sweater.”などの指示を出し、担任は前で実際に演示します。英語を聞き、担任の行う動作を見ながら、子どもたちは紙に描かれたお人形に目や鼻や口、髪型を描き、衣類に模様を描いて色を塗り、型紙から切り取ります。そのセーター、スカート、ズボン、帽子などを使って、本時はお店をオープン。学習した英語表現を使って自分の好きな衣類を買い、お人形シートに糊付けしてファッショナブルな「私だけのお人形」を作るという活動です。
最後は、子ども達全員の作ったお人形を黒板に展示しての「ファッション・ショー」。サポーターと担任が、一番気に入ったお人形を選んで英語で褒め、作った児童に簡単な質問をしてYes, Noなど簡単な英語で答えさせ、光を当ててあげると、その子どもはニッコリ、とてもうれしそうでした。
中学校では行わない、児童の発達段階に適した活動の一例であり、全時間を児童と共にする担任ならではの発想と言えるでしょう。
先行実践に取り組んだ研究校では、このような手作りの英語活動が行われてきましたが、初めて取り組む学校や先生方にとって、数時間に渡るこのような活動を立案し、指導するのは簡単なことではありません。文科省が外国語活動必修化を見越して共通の教材モデルとして作成した『英語ノート1・2』は、このような学校にとって頼りになる存在であり、今後の指導で中心的な役割を果たすことになるでしょう。ただし、その使用に際しては、この教材の持つ長所と留意すべき問題点を十分吟味して活用を図る必要があると思います。
■『英語ノート』の長所
① 小学校で指導すべき表現と語彙の明示、取り扱うべきテーマと活動の例示
『英語ノート』を通して、小学校で体験的に児童に触れさせたい表現や語彙が明示されたことの意味は大きいでしょう。概して言えば、中1から中2の1学期に学習する文型文法事項を、文法用語などによる説明や構造理解を排して、あくまでも聞き、話す活動の体験を通して、コミュニケーションへの意欲を高め、ことばへの気づきとともに理解力・発信力の素地を養う、と捉えればよさそうです。また、「世界の“こんにちは”を知ろう」、「ランチメニューを作ろう」、「行ってみたい国を紹介しよう」など、児童の興味・関心を引く取り上げるべきテーマ例と具体的な活動例が示されたことも授業設計や指導の大きな参考となります。
② 詳細な『英語ノート指導資料』で指導細案を提示
『英語ノート』には、各課のねらいと指導計画、各時間の具体的な指導手順と活動の進め方などの例とともに、各時間の指導案(教師の児童への日本語および英語での指示を含む指導細案)が掲載された『指導資料』が用意されており、指導計画の作成や授業の立案と実施に責任を持つべき小学校教諭にとって参考になります。
③「電子黒板ソフト」を含む準拠視聴覚教材の提供
『英語ノート』には、準拠の音声CDはもとより、「電子黒板用ソフト」も提供されています。このソフトを使えば、登場人物のイラストが口や体を動かして会話したり歌ったりする動画を見ながらチャンツや歌をリズムに乗って練習したり、リスニング活動では、英語を聞きながら絵と絵を線で結んだりすることもできます。これを活用すれば練習や活動が俄然楽しくなるでしょう。仮に電子黒板がなくても、パソコンとプロジェクターがあれば、児童が直接黒板に触れて操作することを除き、ほぼ同じ機能を使用することができます。
(しかし、例の「事業仕分け」で小学校外国語活動のために児童や担任に配布予定の『英語ノート』作成費などを含む「英語教育改革総合プラン」(小英関係8億4000万円)も「廃止」されました。とりあえず、平成22・23年度については、『英語ノート』は配布されることになりましたが、その先は廃止。1億円の予算をかけて作ったと言われる「電子黒板ソフト」がお蔵入りでは、それこそ血税の無駄遣い!通信(40)の佐野先生の「新年雑感」と同じ思いです。今の政治家に「米百俵」の精神はないのか?!)
■『英語ノート』・『英語ノート指導資料』の短所とそれをふまえた指導の工夫
何事も長所と短所は紙一重、長所といえども「両刃の剣」で扱いに注意しないと短所に変貌することがあり、『英語ノート』についても同じことが言えそうです。
① 担任教師にとっての指導の難度と教員研修の必要性
『英語ノート指導資料』には、各時間の指導細案が掲載され、指導者(学級担任・AET)の使う英語も記されています。概して指導案のレベルは高く、英語教員免許を持つ教師(JTE)ならともかく、英語専門でなく外国語活動の指導経験も少ない一般の担任には指導難度が高いように思えます。また、AET(またはサポーター:ES)とのティーム・ティーチングを毎時間確保できない地域では、担任にかなりの負担がかかることは否めません。
さらに大きな問題は、児童が一斉に行うペアやグループ活動で、「行きたい国/自分の夢を紹介する」など、ある程度の自由度を与えた創造的な活動の場合、子ども達の表現意欲にいかに対応して助言するかも難題です。このような個に応じた指導にはある程度の指導の専門知識が必要で、AETやESがいるからといって必ずしも一任できるものではありません。
中核教員研修を実施し、その研修を受けた教員が所属校で研修を企画運営するといったピラミッド型研修に留まらず、担任教諭のための指導法悉皆研修の実施を検討するとともに、将来的には真の中核教員として小学生に外国語を指導することを中心に学んだ小学校教諭の養成も必要でしよう。そのためには小学校英語の「教科化」が前提となりますが。
② 難度の上がる6年生での指導計画における「レディネス」への配慮不足
『英語ノート1』では、おおむね無理なく次の段階に移行できるレディネスに配慮した指導過程が提示されていますが、『英語ノート2』では、内容が難しくなり文も長くなるのに、新たに触れる言語材料が多く、時間配当も窮屈で、未定着のまま活動に移行すると思われる指導計画や授業過程も少なくありません。成功体験は、さらなる意欲を喚起し積極的態度の育成に寄与しますが、失敗体験は、自信喪失と英語嫌いを生みだします。
例えば、『英語ノート2』Lesson 7「自分の1日を紹介しよう」の4時間の指導計画と各時間の内容を見ると、1~60までの数字と時刻の言い方、様々な日課表現、おまけに国名や都市名と時差の存在への気づきなど、学習内容、言語材料が過密です。時刻や日課の表現は、現行の中学校検定教科書では第1学年で登場しますが、この両方が同一のレッスンに目標文として盛り込まれることは少なく、まして1時間で扱うことを想定した同じパートに混在して登場する教科書は見当たりません。中学校教科書の1課は通常5~6時間程度を配当して指導するのが一般的です。また、活動もリスニング中心で、文レベルでの発話練習が不十分なまま、グループ内でのまとまりあるスピーチ発表に突入します。しかも、複数グループが一斉に行う活動で終わるので、自信のない児童やつまずいた児童のサポート体制が極めて不十分な状態での発表活動は危険で、①で述べた教師による個々の児童の活動のモニター評価や指導のフィードバックも行えず、「やらせっ放し」に終わる危険性があります。
③ ローマ字と英語の表記(訓令式/ヘボン式ローマ字)
『英語ノート1』のLesson 1には、「名刺を作ろう」という活動が登場します。小学校新指導要領では、国語科におけるローマ字の指導は4年から3年生に前倒しされましたが、学習するローマ字は日本語の音韻体系のルールに従った「訓令式ローマ字」で、英語発音に準拠した「ヘボン式ローマ字」ではありません (昭和29年内閣告示第1号「ローマ字のつづり方」による)。『英語ノート1』の名刺の作成例として示される鈴木健(Suzuki Ken)君なら問題はありませんが、例えば、クラスに土屋真司(つちや・しんじ)君がいたら困ったことになります。国語で習った訓令式で書けば、Tutiya Sinziとなりますが、英語のネイティブスピーカーが読めば、[トゥティヤ・スィンズィ]と発音されるでしょう。正しく読んでもらうには、ヘボン式でTsuchiya Shinji と書かねばなりません。
④ 小・中の連携-中学入門期の生徒のつまずきをどう防ぎ得るか?
小学校外国語活動は、あくまで聞き、話す音声中心の活動であり、「アルファベットなどの文字や単語の取り扱いについては、児童の学習負担に配慮しつつ、音声によるコミュニケーションを補助するものとして用いること」とされ、『英語ノート』でも、A, aは「エー」でなく[ei]、C, cは「シー」でなく[si:]とアルファベットの大文字と小文字の名前を英語らしく発音できることに留まり、単語のつづりも見せるだけに留まります。5,6年生のみ週1時間の枠内では妥当な判断でしょうが、これだけでは、文字体系を知らぬ児童には「コミュニケーションを補助する」ヒントとはなりえません。この点については、第4回の通信(44)「小・中連携の今後の検討課題」で述べたいと思います。
⑤ 地域の研究開発学校や拠点校の先行実践の成果継承と教師の授業設計の主体性
多くの自治体では高学年に留まらず、低・中学年から英語活動を導入しています。そういう地域では、『英語ノート』を参照しながら、それを調整・分散するなどして新たなシラバスを構築する必要があります。試行錯誤のうちに積み上げ、改良を加えてきた地域の先行実践の成果と課題をいかに引き継ぎ発展させていくかも重要で、『英語ノート』が提供されたことにより、それらの取組みが無になるようでは大きな損失です。また、教師が自分の児童を見ながら、主体性を持って授業づくりに工夫を凝らすことを忘れ、『英語ノート指導資料』を片手に授業を進めるようでは、血肉の通った授業とは程遠いものとなるでしょう。
(配信日 2010/03/01)