■はじめに
いかに事前調査を緻密に実施して仮説を設定しても、実践を始めると仮説がうまく作動せず、クラスのムードが悪化することさえあります。また、一時期うまくいっていたはずの活動が、ある日突然、効果がなくなってしまうこともあります。初心者は、最初に立てた仮説自体に自信がないので、生徒が期待どうりに動かないと、「仮説が間違っていた。変更しなければ!」とあせるのです。その場合、どうすればよいのでしょうか。
1. 生徒の反応に一喜一憂しない。
生徒は教師の「共同研究者」ですから、彼らの思いを理解することは何よりも大切です。しかし、生徒もまた、新しい試みに戸惑いがあります。ある活動でクラスが盛り上がっても、新奇さを失うと活気は失われます。しかし、教育的な意義の理解が定着すれば、活動は持続します。ですから、教師は意義のある活動を導入すると同時に、一度決めたら、少なくとも2週間か3週間は、活動を取り入れた意義を伝え、生徒の様子で修正を加えながらも活動は継続します。この間、教師は一喜一憂せずに可能性を信じることが大切です。教師の自信が生徒の見方を変えることもあるのです。
2. 生徒にアンケート調査をする。
2,3週間しても、生徒が活動を受け入れないときには、仮説自体に問題があるか、あるいは、実施の方法が誤っているかのどちらかです。その阻害要因を取り除く一番の早道は、生徒の意見をアンケートで尋ねることです。その場合は、まず、教師が活動を取り入れた意図を話し、成功しない原因を発見することを助けて欲しいと生徒に伝えます。具体的には、活動ややり方をどう変えれば、意図の実現が可能だと思うかと尋ねます。
アンケートの結果は正確に集計し、生徒に伝えます。ただ、その結果の解釈を誤ってはなりません。たとえば、「活動は面倒くさい」「やり方は面白くない」という否定的な意見が多かったとします。その文字面にだまされたら負けです。「生徒は楽しく勉強したいと思っている」という前提で、前向きに解釈するのです。「面倒くさい。面白くない」という言葉の背後に隠れた可能性を探るともいえます。具体例を挙げて説明しましょう。
3. 結果の解釈は前向きに。
中3で、英語を話すこと、聞くことに強い抵抗を示すクラスでした。教師はこの英語アレルギーを克服しようと、簡単な英語で話しかけるのですが、一向に反応がないばかりか、英語の挨拶にも顔を背ける生徒が多い状態が続きました。そんなある日、偶然ALTがはじめたCriss-cross gameがきっかけとなり、簡単な応答には英語で答えるようになりました。ところが、教科書のListeningに入ると、Oral Introductionをしても、聞き取りのポイントを日本語で示しても、全く意欲を示しません。そこで、教師はこのように話しました。
「先生は聞くことは英語学習の基本だと考え、リスニングの活動にいろいろ工夫してきた。でも、みんなのリスニング嫌いは直らない。なぜ、リスニングが嫌いか、どんな活動だったら取り組んでみようと思うか、みんなの考えを是非、教えて欲しい。」
生徒が挙げた嫌いな理由は、「単語が分からない」「英語が早すぎる」「先生の思っている答えと違うと恥ずかしい」などでした。どのような活動ならやる気になるかという質問に対しては、「答えが分かればやる気になる」「分かることを質問してくれれば」という返答がありました。この回答から教師は、「与えられた設問に答えられずに恥をかくのが嫌なのだから、生徒がテープから聞き取った単語や文を発表してもらい、それを核にして、教師と生徒のQ and Aを積み上げて、内容理解を図るほうがよいのかも知れない」と考え、それを新仮説として実行し、見事に成功したのでした。詳しくは、拙著『アクション・リサーチのすすめ』(大修館書店)の中の奥山先生の実践をご覧ください。
4. 結果を理論的に解釈する。
奥山先生の新仮説は、アンケートの解釈からだけで生まれたものではありません。英語教育の理論的知識が作用しているのです。すなわち、生徒の回答は、全体から部分を聞き取るtop-down のアプローチではなく、単語の聞き取りを積み上げてゆくbottom-up の方式のほうが取り組みやすいと伝えているのです。また、「分かることを質問して欲しい」という心理的な要因への配慮も求めています。奥山先生の新仮説はそれを満足させるものだったのです。ですから、取り扱う問題に関する文献研究も大きな助けになります。
5. 仮説の順番を変える。
通常、ある事態に対応するには複数の仮説を立て、最初はクラスのムード作り、次ぎに単語や文法の学習に関る工夫、そして学習の成果を生かすための活動という順序で進めます。
たとえば、「スピーキングの能力を伸ばす」というテーマなら、(1) クラスのムード作りに貢献するクイズ的な話す活動を入れる。(2)単語テストや音読練習の徹底で 表現に必要な単語や文型を指導する。(3)自己表現的なスピーキング活動に取り組ませる、といいう順になります。実際上の指導としては、まず、(1)の活動に時間とエネルギーをできる限り割き、ムードが改善されたら、テーマに関連する単語や文型を教える(2)の活動を重視し、それもスムーズに進行するようになったら、スピーチやデベイトに取り組む(3)の活動に時間を割くという流れになるでしょう。通常、中学生では、このような流れがうまく機能します。
しかし、能力の高い高校生だと、もっと「大人びた活動」を好むかも知れません。その場合は、流れを逆にして、(1)現実的なコミュニケーション活動をペアで行わせる。(2)2人の意見を合わせて、文法的にも整理した文を書かせて、全員の前で発表させる。(3)発表の中に含まれていた基礎的な文法的な誤りを拾いだしてドリルする、という流れにします。
■まとめ
仮設を設定するときには、できるだけ先行のリサーチを読むなり、関連する文献に当たり、personal theoryに依存した姿勢を改めることが大切です。ARでは「振り返り」を重視しますが、それが単なる自己反省ではなく、theory-backed reflectionによって将来の展望が開くものであることが望まれます。仮説を設定するとき、また、見直すとき、できるだけ多数の人の知見を得て、より広い視野で振り返ることが大切です。
(配信日 2009/02/15)