3.5. 校内研修1回目:なぜ小学校で外国語活動なのか?

小学校外国語活動通信(5) 「研修1回目:なぜ小学校で外国語活動なのか?」

横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■導入(15分)

皆さん、今日は。1年間、外国語活動の校内研修のお手伝いをすることになった佐野です。ところで皆さん、私の肩書きの「名誉教授」ってどんな役割の教授なのかご存知ですか。実は、名誉教授というのは、退職した教授で功績のあった人に大学が与える名称なのですが、別の言い方をすれば、「名誉教授という名前は使っていいよ、でも月給は上げない」という役なのです。もちろん、授業はもっていないのですから、当然と言えば当然なのですが。(できるだけ楽しい自己紹介にするよう心がけます。講師の人柄は研修の成否に大きな影響を与えますから、できるだけfriendly な雰囲気の醸成に努めます。)

さて、初回ですから、まず、研修の進め方を提案させてください。私は、校内研修では「誰もが発展途上」という認識にたって、協同研究する姿勢が大切だと思っています。誰もが最終的な答えを持っているわけではないのです。それは講師である私自身にも当てはまることです。なるほど、私は英語の教え方なら皆さんよりも詳しいでしょうが、その反面、小学生の扱いかたとなると全くの素人です。皆さんから学ぶことが沢山あります。ですから自由な意見交換で、みんなで力を伸ばしてゆくことが大切だと思います。みんなで協力して、この学校に合った外国語活動を創造していきましょう。そのための研修の進め方のルールを提案します。大きくは2つあります。

(1) 研修には前向きに。Yes, we can!の協働の精神で。具体的には、

*人の話しは共感的に聞き、まずは受け入れてから考える。

*自分の意見をいうときには、一般論をぶつのではなく、体験に基づく発想や代案を示す。

(2) 個々の教師の自律性の尊重。逆に言えば、自分の学習や実践には自分が責任を持つ。

*全体研修で扱ったテーマについては個人学習や短時間の実践で定着を図る。

*研修で学習したことや実践についてはポートフォリオを作成し、振り返る。

まず、この提案についてペアで話しあいましょう。もし研修がこの提案によって運営されたら、情報伝達が中心の研修と異なる点はどこですか。相手の話しの聞き方、自分の話し方の練習も兼ねて、自由に意見交換を行いましょう。(話し合い後、数人に発表してもらう。批判的な意見も講師は受け入れて聞く。)

■講義:外国語活動の目的(40分)

皆さんの話しから、皆さんが抱いておられる大きな疑問や不安は、(1) なぜ小学校で外国語活動を必修にするのかと,(2) 資格のない教員が英語を教えてよいのか の2点だと思います。いずれも大切な問題ですので、一つ一つについ私の講義という形で情報を紹介します。

(1) なぜ、小学校で外国語活動を必修にしなければならないのか。

ここでは、指導要領の目標ではなく(これは次回に扱います)、もっと上の社会的・政治的要因に関る教育上の目的を考えます。なぜ、外国語活動を小学校に取り入れる必要があるのかという問題です。この点については、実は、文科省も文科省なりの解答を用意しています。それは『指導要領解説』に書いてありますが、そこでは「社会や経済のグローバル化が急激に進展し、異なる文化の共存や持続可能な発展に向けて国際協力が求められるとともに、人材育成面で国際競争も加速していることから、学校教育において外国語教育を充実することが重要な課題となっている」と説明しています。

この記述は間違いではありません。しかし、抽象的すぎて分かりにくい上に、説得力がありません。確かにグルーバル化が進んでおり、国際協力や経済のために英語力が必要には違いありませんが、ただどれだけのことなら、「英語ができる外交官や経済人を多くすれはよいではないか」と反論できるからです。ですから、小学校で外国語を教えるには、それ以上の教育的な理由が必要です。その答えを求めて、小学校での外国語教育を世界に先駆けて取り入れたヨーロッパの様子を見てみましょう。ここでは、外国語教育は平和への道と位置づけられているのです。

これには理由があります。第一次・第二次世界大戦はフランスとドイツの戦が発火点でした。それは政治・経済だけでなく言語戦争でもあったのです。ですから、戦後イギリスのチャーチル首相なども加わりCouncil of Europe が設立されましたが、そこでは言語教育が主要なテーマとなりました。現在では、最低でも自由に使える外国語を2つ、少しできる外国語をもう一つ履修するのがヨーロッパの義務教育では普通です。ですから、外国語教育は単なる実利主義ではなく、異文化・言語を尊重し、民主主義を守る「ヨーロッパ市民」の育成を目指しているのです。外国語が話せればよいだけではなく、言語や文化の異なる人達と平和的に問題を解決してゆく能力、考える力や感じる力の育成が求められているのです。当然、感受性の強い小学生からの教育が重視されてきました。

特に現在では、国際化の進展にともない、市場至上主義がもたらす経済的格差や社会問題が顕在化しています。しかし、動きだした金、人、物の世界的な流通を止めることは、決して豊かな明日の生活には繋がらないことは誰もが承知しています。そこで、「国際化に逆行はできない。しかし、人権、平和、環境、固有の文化を尊重する姿勢を育む必要がある」という見解がヨーロッパでは広く受け入れられるようになりました。この発想はアメリカ発の市場主義を中心にした国際化に対応して、「もう一つの国際化」とも呼ばれ、教育にも大きな影響力を持ってきました。この認識に立つなら、外国語教育はただその外国語を技術として使えこなせればよいというのではなく、自分とは異なる考え方や感じ方の人達と協働するために必要な「異文化間コミュニケーション能力」の育成が目標になるのです。当然、経済的交流はもちろん、国際問題も協働で解決する姿勢を育てることが強調されています。となると、優秀な何パーセントの人が外国語を使って国益を図ればよいのではなく、皆が同じ地球の住民として、協働してよりよい明日を作る責任を持てるように、小学校生のうちから外国語に親しみ、興味を持つことが必要なのです。これはヨーロッパに限ったことではなく、国連でもまた、2008 年を「国際言語年」とし、外国語教育、特に少数民族の言語の尊重が平和主義には不可欠だとしています。

アジア諸国の中でも、日本の遅れは明らかです。韓国では1997 年から3年生以上に正規科目とし、台湾では2001 年に3年生から、中国では2001年から原則1年生からの履修になっています。世界の主要41国で外国語を小学校で課していないのは、ブラジル、トルコ、日本の3ケ国だとされています。日本国内を見ても、旅行客だけでなく、色々な職場に外国人が増え、今また、看護の分野でも外国人との協働が求められています。このような事情を考えれば、これからの世界を生きる子どもたちに外国語学習は必修だと言えます。次回に指導要領が改訂されるときには、正式な教科と位置づけられる可能性は大だといえるでしょう。

さて、こうした情報をあなたはどう考えますか?3人の人と意見交換しましょう。(話し合い後、数名に発表してもらう)

(2) 資格のない教師が英語を教えてよいのか

外国の例を見ると、たとえば韓国では52,000名の小学校教員に120 時間の課外授業を課しています。台湾では、英語の得意な志願者を募り、1年間の教師養成訓練を課したのち、採用試験で合格した教師を英語担当にしています。それに比較すると、日本の文部科学省から県の指導主事へ、そこから学校の中核教員へ、中核教員から一般の教員に校内研修や研究授業で情報を流してゆくという方式は、経済的ではあるが、流れる落ちるたびに失われるものがあり、決して、手厚いケアとは言えません。日本は国家予算に占める教育費は、世界でも最低たといわれています。

しかし、一方では日本の「授業研究」や「校内研修」の長い伝統があり、Lesson Studyという名称で海外にも紹介されています。日本の、特に小学校の先生たちは、この手法で授業力を高めてきたことは有名です。文科省が外国語活動にまで「校内研修」を利用しようとしたのは、日本の小学校の先生が優秀さに付け込んで、一番経済的な手法に依存したのです。諸外国のように、もっときめ細かな教員に対する研修が本当は必要なのではないでしょうか。しかし、また、小学校の先生は「苦手の英語を教えることなどできない」とハナから思い込みすぎているように私は思います。なぜなら、外国語活動で教師に求められているのは、英語を教えることではありません。英語を使ってゲームや歌や対話などを楽しむことによって、あるいは、片言でも外国人講師とやりとりする姿を見せることによって、英語を楽しむモデルとなるだからです。「英語のモデル」ではなく、「英語を楽しむモデル」となることなのです。この視点からすれば、児童をよく知り、指導力もあり、時間的な運用も柔軟にできる担任が英語活動に取り組む意義は大いにあると思います。たとえALTが利用できる場合でも、担任が中心になって活動を進めることを志すべきだと私は思います。

さて、この主張について、4人と意見交換をしましよう。相手を説得しようとはせずに、相手の意見を共感的に聞き、自分の考えも素直に伝える練習もしましょう。

■演習:世界の今日は 『英語ノート1』のLesson 1 から(25分)

(1) 世界の挨拶

「世界の今日は」のテーマで演習をします。皆さんはどんな外国語の挨拶を知っていますか。(回答を引き出す)いろいろありますね。では、藤沢では、どんな外国からの人達が生活しているでしょう。インターネットで藤沢市の外国人の人口を調べてみました。一番多いのは、ブラジル、それからチリ、韓国、中国でした。さっき皆さんが出してくれた外国語の挨拶を加えて勉強しましょう。コミニケーションの基本は挨拶ですから、しっかり練習しましょう。

*まず、世界地図を指して私が発音しますから、その音を真似ていってください。お隣の韓国では「アンニヨンハセヨ」、中国では「ニーハオ」、ブラジルでは「ボア・タージ」, チリでは「ブエノス・ディアス」、フランスは「ボンジュール」、ロシアは「ズートラーストヴィッチェ」、ケニアは「ジャンボ」。(何回か繰り返す)

*今度は地図を指すから、挨拶を言ってください。英語の「ハロー」は知っているよね。英語を話す国をどこだっけ?そうですね。では、そこでは「ハロー」と言ってください。では練習しましよう。Well-done. Very good. それにね、シンガポールやインドでも学校では全部英語で生活します。英語は広く使われているんですね。

*キー・ワード・ゲームをしましょう。『英語ノート1:指導資料』p.11参照。

*話しあいです。なぜ、英語以外の外国語を外国語活動の最初に扱うのでしょうか。

(2) 英語の挨拶

*英語の最も使われる挨拶を練習しましょう。後について発音してください。

A: Hi! How are you?

B: I’m fine. And you?

A: Fine. Thank you.

*では、私と佐藤さんでモデルを示します。挨拶の仕方の大切な点を見つけてください。

(として、対面すること、eye-contact, 微笑などの重要性に気付かせる)

*挨拶で大切なことは、相手に「友達でいようね」と伝えることなのですから、そのためには発音よりも、むしろ表情や態度が大切です。ペアを変えて5回練習しましょう。

*ただ挨拶で終わるのはつまらないし、不自然だよね。そこでcompliments を交換することにします。相手に軽い誉め言葉を言うのです。今日は、相手の持ち物や身につけているものについて、You have a nice watch. の表現で言ってみましょう。言われたら、

素直にThank you. というのが礼儀です。それでは、モデルを示します。

*それでは、挨拶、誉め言葉、Good-bye の別れ言葉まで、一連の流れで練習しましょう。

■振り返り(10 分)

(1) 講義、演習で気付いたこと、面白いと思ったころ疑問に思ったことはなんですか。

(2) これからの研修に望みたいことは何ですか。ポートフォリオにまとめてください。

(3) 次回までに、今日やったことを自分で確かめてきてください。それが宿題です。

藤沢の小学校では、概ねこのような形で研修を続けています。次回から、2回目の研修の様子をお知らせします。乞ご期待!

(配信日 2009/08/01)