2.14. ARS@MU(松山大学ARゼミ)の総括

AR支援ネットワーク通信(22) 「ARS@MU(松山大学ARゼミ)の総括」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

ここまで「ネットワーク通信」2部として10数回に渡り、愛媛県の中学や高校や主事の先生方と松山大学でのアクション・リサーチのゼミの様子を報告し、発表されたレポートを2通紹介してきた。この稿では、参加者のレポートを収録した『研究レポート集2008』を主たる資料として、主催した側から見たゼミの総括をしたい。総括の視点としては、(1) 研修が参加者の期待に沿うものであったか。(2)具体的な授業改善に結びついたか。(3) 教師としての成長に資する認識の変化があったか。(4)「振り返り」の成果の4点から実施したい。

1.研修は参加者の期待に沿うものであったか。

自主的な参加を建前としたこの研修では、ゼミの内容に満足しなければ欠席して終わりである。また、意思はあっても、勤務や体調で出席できなくなった人もいた。ゼミの出席に加えてARを実践しなければならないのだから、多忙な教師にはかなりの重荷だったはずである。実際に、校務の関係で、ゼミの参加を取りやめた人が1名いた。また、主事4名を除いた19名の参加者のうち、最終的にARのレポートを提出した者は16名、感想文だけを寄せた人が1名だった。結局、約8割の参加者がARを実践しレポートを完成させることができたことになる。これは自主的なゼミとしては、高い達成率である。

理由は、まず、このグループの研修意欲が高かったからである。一回も欠席せず、皆勤という者も数名いた。しかし、それ以上に研修内容が参加者の期待に沿ったものだったことが挙げられるだろう。毎回ゼミのまとめに感想を聴取したが、いずれも高い満足度であった。また、研修の進め方も、「協働的なリサーチ」を合言葉に、体験談やアドバイスの交換の機会を可能な限り増やし、協力して問題解決に向かう姿勢を強調したことも参加意欲を高めた。さらに、欠席した人に対するケアにも心を配った。研修会の活動内容や受講者からのコメントをまとめた「ゼミ報告」を毎回全員に送付し、また、メールでの個人的な支援も実施した。その結果、研修内容については次ぎのような感想がよせられている。

*この会に参加して、リサーチに対する考え方が変わりました。大学や大学院時代にさまざまなリサーチ方法を学びましたが、現場に出てからは、リサーチは自分には「縁遠いもの」と考えるようになっていました。しかし、今回、ARを基礎から学ぶことで、目の前にいる生徒にどうすれば力をつけることができるか、実践を通して調べることができ、小さなサイクルを繰り返し行うARの有効性を知りました。

*この会で他の先生の実践を伺ったり、佐野先生から指導いただいたり、様々な刺激を受けた。立ち止まってはいられない、生徒にとって有効だと感じたことは全て実践したいと思った。この会に参加していなければ、日日の忙しさに負け、自分の授業を細かく振り返ることはなかったと思う。このようなチャンスをいただき本当に感謝している。

2. 具体的な授業改善に結びついたか。

研修が評価された理由は、まず、リサーチが授業改善につながったからである。この点を確認するために、提出されたレポートを読んで、各自が設定した問題の解決に近づくことができたかという視点で4段階に評価した。その結果、16名全員がプラスの成果を報告していた。リサーチの成果の分布は以下のようになる。

成果を得た(9名) 多少得た( 7名) 分からない(0名) 得ていない(0名)

「成果を得た」グループは、目標の達成を質的なり数的な証拠で示した報告である。「多少得た」グループは、正しい方向に進んでいると感じてはいるが、証拠が提示されてない。具体的なレポートで言えば、20回目で紹介した実践は「多少得た」に、21回で紹介した例は「成果を得た」というグループに分類されている。

一方、「分からない」は、問題の絞り込みが不十分で調査方向が定まらず、検証ができていない報告、「得ていない」は、本気にリサーチに取り組むことをしなかった報告である。悉皆研修では、後者2つのネガテイブな報告が全体の5分の1はあるが、このグループでは皆無だった。少人数な上に、メンターや同僚のアドバイスを長期的に得ることができたからだと考えられる。「成果を得た」と評価した感想を2つ紹介する。

*9月のインタビュー・テストでは、平均12点(16点満点)で、ALT の質問に2文以上で答えた生徒は10名だったが、1月には平均が14点に、2文以上で答えた生徒は17名に増加していた。授業中に教師が話す活動を多く取り入れること、目標を設定して授業を進めることの大切さを実感した。(「話す力を伸ばす」リサーチ)

*中間層の頑張りが、定期テストの平均点の向上(48 点から66点)や自由英作文の回答率アップ( 60%から89%)に繋がった。ただ、上位群と下位群の伸びが期待ほどではなかった。「英語の授業は楽しい」から「楽しくって点もとれる」という意識を生徒に持たせるように改善してゆきたい。(定期テストの成績向上と、自由英作文の白紙撲滅のリサーチ)

だが、ARの成果を論ずるときには、生徒の成績や学習態度の好転という結果と同様に、教師の意識の変化が重要である。というのは、このグループが実際にARを実践したのは、半年に過ぎない。生徒に大きな変化を期待するには、短かすぎる。だから、それ以上に、教師の認識に変化が生まれれば、今後の指導の変革や教師としての成長が期待できるからである。この点では、全参加者に成果が見られた。次の感想に代表される。

*ARを通して、生徒の変化よりも、教師としての私自身の変化のほうが大きかったと思う。たとえば、授業中に生徒を入念に観察したり、生徒と反応や変化を記録したり、活動の順番や時間配分を計画的に考えてから授業に出たりするなど、さまざまなことができるようになった。(中略)ARを行うようになってから、自分が行おうとすることの内容をより吟味し、クラスによって変化をつけて実践するようになった。

3. 教師の認識の変化

では、認識の変化とは何を指すのか。英語の教え方は、教師が持っている「言語観」「学習観」「教育観」に強く影響される。コミュニケーション能力の育成を目指す視点から言えば、「形式よりも意味の伝達を優先する」言語観、「機械的な暗記よりも生徒の意欲や可能性を優先する」学習観、教師の役割は、「教え込むより学習を支援することを優先する」とする教育観が重要である。この発想がアンケートに見られるか探ってみた。

「言語観」

*コミュニケーションを重視するようなりました。「言語知識の切り売り」や「教え込み」ではなく、教師が積極的に授業で自分に関する話しをしたり、エピソードを入れたりするようになりました。(中略)「ぼくはこれまで英語を覚えることが面白いと思っていたが、会話で使うことが面白くなりました」と答える生徒も出てきました。

*生徒は様々な活動に対して意欲的に取り組んだ。英語を使うことへの躊躇は飛躍的に減少した。(中略)英語は使うもの、通じるものという教師の思いが生徒に伝わった。

「学習観」

*これまで繰り返しが必要だと信じ込んでいたが、生徒のニーズに合致しないまま繰り返しても本当の力にはならないことが分かった。ARでは生徒の意見や反応をみて改善を繰り返すので、教師と生徒が同じ目標に向かって努力し、力も伸びやすいと感じた。

*まず、どんな生徒でも良くなる可能性を持っていることに気付きました。教師があきらめればそれで終わりです。生徒をやる気にさせるために教師の授業改善の努力が欠かせないことを忘れてはならないと思いました。

「指導観」

*生徒の実態に応じて授業を組み立てることが大切だと実感した。いろいろな工夫を授業に組み入れた。今では、毎回授業を行うことが非常に楽しみです。「今日は、どんなことをしてみようか?」「どんな反応が返ってくるかな?」と考え満足感を得ています。

*「授業は教師だけが作るものではなく、生徒と一緒に作るもの」。生徒を信頼し、教師が一生懸命取り組めば、生徒の英語に対する姿勢が変わることに気付いた。また、ペアやグループ学習が教師主導の指導よりも効果があることも発見だった。

このような認識の変化が多くの参加者に見られたのは、なぜだろうか。その要因は「振り返り」である。ARでは、自分の授業の進め方や発想を振り返ることを余儀なくされる。次ぎの感想はその点を明確に示している。

*これまでの私の授業は、私が中学や高校のときに受けた授業に少し工夫を加え、その振り返りも自分の従来どおりの視点でしか評価していなかった。だから、「授業が上手くいっていない」という感触があっても、それは「生徒が悪い」「環境が悪い」と思い、自分に何かが足りないということに気付いていなかった。それがARを通じて、授業を生徒と教師の両方の視点で観察し、理論と実践を結びつける必要性を認識するようになった。(中略)それがプロの教師に求められている振り返りだと気付いた。

4.振り返りの成果

では、ゼミではどのようなどの点で振り返りの効果があったのだろうか。Jon Roberts のリスト(Appendex)を用いて参加者に自己評価してもらった。詳細は省略するが、大まかな傾向からすると、ゼミの開始前には調査項目の11項目の全てで2のレベル、すなわち「あまり強くは認識していない」がずば抜けて多い。だから、実質的な振り返りは行っていなかったことになる。ところが、終了時点では、全項目とも「かなり認識している」が一番多く、ほぼ同数で「強く認識している」が続いている。だから、振り返りの重要性を「(かなり)強く認識している」ことになる。結局、ゼミ開始の時点と比較すると、振り返りの効果についての認識は1ランク以上の向上が見られたのである。

では、11項目の中で、特に、効果の顕著だった項目はどれか。差異の大きかった順に、項目ごとの人数を紹介する。( )の数値はゼミ開始時点での人数である。

1位「教師には生徒との言語交渉の特徴を分析する能力が必要である。」

最大の人数は、「あまり認識していない」から「強く認識している」に移動している。これは、教師が生徒と英語で会話する機会が増えたことと、また、生徒への言葉かけを意識しクラスのムード作りに努力している姿が数値に反映していると考えられる。

2位「授業を振り返り、分析的に評価することが必要である。」

3位 「授業を多くの視点から振り返ることが必要である。」

2つの項目とも振り返りの重要性の認識が増したことを示している。結局、漠然といつもどおりの授業をするのではなく、授業を構成する各活動が狙いどうり機能しているか、また、教師の視点からだけでなく生徒の視点から見る必要性を認識したことになる。

4位 「無意識的な授業活動が、状況にふさいわしいかチェックが必要。」

自分の思い込みで進めていた授業を、生徒の反応や理論から、本当にこのクラスに効果的なのかを考え、実践を批判的に見る姿勢が育ちつつあることの現われだと考えられる。

一方、ゼミの結果で差があまり生じなかったのは、「自分の教育についての信念、考え、理論には特徴がある。」 この結果はこれまでの説明と矛盾した部分がある。なぜなら、振り返りの重要性を強く認識するようになったのなら、当然、この認識も変化するはずだと考えられるからである。しかし、この認識が育っていない者が4名もいたことは、「思い込みからの脱却=personal theory に気付く」がいかに困難かを示すと同時に、ゼミの主催者としてその困難さに対する配慮が十分だったか反省する必要がある。今後の課題である。

■まとめ

現職の教師グループと10ケ月間継続してゼミを開催するのは始めての経験だった。一番苦労したのは、どうしたら参加者を減らさないかということであった。当初の8割の参加者がARを実践し、また、その多くが体験を肯定的に評価しているから、このゼミは全体的には成功したといえる。以下の成功要因と考えられる点を挙げると、

1) もともとかなりの授業力のある教師の集団だった。ARは確かに授業力改善に役立つが、基礎的な授業力が不足している集団だと、成果を挙げることが難しい。その時には、授業の進め方を訓練することも重視して進めたほうが効果的だろう。

2) 指導主事に熱心に参加していただいた。いつも先輩教師の主事が話しあいに加わってくださったことで、内容が充実した。また、一種のプレッシャーとなって、途中で放棄することの防止効果があったかもしれない。

3) 「横浜の会」との交流を機会に、他の地域でARを進めている人との交流ができ、一層、意欲的になれた。成果を公開し、交流の機会を持つことが成果を産む。

4) 「協働してARを続けよう」という基本姿勢と、そのための活動の組み方が正しかった。有名講師の講義もなく、視聴覚やコンピューターを使う派手な活動はなかったが、問題解決に向けて、毎回、認識を高めるwarm-up があり、ARの講義があり、話し合いで理解を深める意見交換の活動があり、実践後の感想の交換という地味な活動を積み上げ、発表会で成果を交換しあった。そのこと自体が最大の成功要因ではないかと思う。それを可能にするには、メンターの信念と熱意が不可欠である。この実践がこれから研修を計画されている人に役に立つことを願って第二部を終わる。

(配信日 2009/05/15)