3.19. 小・中連携の視点と今後の検討課題

小学校外国語活動(19) 「小・中連携の視点と今後の検討課題」

神奈川大学 教授 髙橋一幸

■学習指導要領と小・中連携の視点

文科省・新学習指導要領の方向である「小学校段階での外国語活動を通して養われた、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度と、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しんできたという“一定の素地”を踏まえて、中学校では4技能に関するコミュニケーション能力の基礎を養う」とは、具体的にはどういうことなのでしょうか? 私は次のように考えています。

小学校外国語活動は英語の「おもちゃ箱」。楽しみながらたくさん触れさせることにより単語や表現で箱を一杯にしてあげる。未整理でかまわない。中学校英語教育では、それを「引き出し」ごとに整理して、必要なときに必要なものを取り出して使えるようにしてあげる。

■小・中連携へのルートマップ

小・中の連携を図る上で、重要な事項と将来の展望を以下に示してみます。

① 中学校英語教員が、地域の小学校における「英語活動」の実施状況と内容を知ること。

・当該小学校英語活動の「教育目標」を理解する

・学校間・教員間の連絡・連携、小中教員の合同研修会の企画開催

・小・中相互の授業参観と協議 → 小学校HRTと中学校JTEのTTによる小学校外国語活動の体験的実践 (交流・合同研修の場の設定は、教育委員会/校長の責務)

② 中学校としてどのような力を新入生に求めたいのか?

・中学校英語教育に生きて働く資質・能力とは何だろう?(=小学校英語の目標となりえるもの)

eg. コミュニケーションへの積極的態度(および基礎的な能力)の育成

英語の音声に関する興味・関心と柔軟な対応力を生かした発音能力

リスニング力の育成~英語を聞くことへの慣れ、部分から全体の意味を推測する能力の開発

音声認知・発表レベルでの、外来カタカナ語、身近な単語など潜在的語彙能力の拡充

③ 小学校として中学英語で何を生かして欲しいのか? (小学校教育は中学校の下請けにあらず。)

④ 中学校英語授業のあり方、(特に中1入門期指導の内容の再構築)

小学校での学習体験をいかに生かして授業に取り込み、新境地を拓けるかが中学校の責務。

・「英語は、まずはアルファベットから」では、生徒の意欲をいきなり潰す!

・「英語の時間は英語を使うのが当たり前じゃん」と思っている子ども達に訳読授業は通じない。

・「その歌/そのゲーム、小学校でやったよ」などと言われるようでは、「連携」の名に値せず。

(中学校検定教科書も小学校『英語ノート』をふまえて、大きく変わるはず。)

⑤ 中学英語(義務教育終了時)の到達度が上がれば、高校英語教育も変わる?

⑥ 小学校を基点とする「日本の学校英語教育の一大構造改革」が近い将来起こる可能性も・・・?

・新教育課程はゴールにあらず、更なる改革の本格スタートか?

・「5年後には指導要領見直し」の声 ~小学校英語の開始学年引き下げ、「教科化」の可能性も?

■中学入門期の生徒のつまずき

上記②では、新教育課程の枠内で小学校に求めたいものを列挙してみました。しかし、小・中連携のひとつの目的が、中学校の入門期における早い段階での生徒の落ちこぼれ(落ちこぼし)を防ぐことにもあるとするなら、上記②のみでは不十分かもしれません。

中学校の先生方ならお分かりの通り、英語での導入場面などで、教師やAETの話す英語の意味を理解し、教師やCDの後について発音することは多くの生徒たちにとってそれほど困難なことではありません。しかし、英語の文字と発音の関係についてまったく未知の中1入門期の生徒たちですから、自宅に帰って教科書を開いて音読しようとしても音声モデルがないと文字が読めない生徒は少なくありません。ましてや自力で読めない単語のつづりを覚えるのは至難の業です。しかし、1学期の定期考査では、既習の単語のつづりはもちろん基本文を書くことも求められます。学習開始から結果を求められるまでの期間が短く、成果をすぐに求められるのが中・高の英語学習の宿命です。ここをうまく乗り越えられない生徒は入学間もない1学期早々に惨憺たるテストの点数を取り、英語嫌いが生まれます。

■韓国の小学校英語における文字指導

1997年に必修化された韓国の小学校では、英語は3,4年生で週1時間(45分、年間34時間)、5,6年生で週2時間(年間68時間、4年間の総時数204単位時間)、正規の「必修教科」として実施されており、国定教科書(3,4年:各8 Lesson、5,6年:16 Lesson。巻末に切り取り式上質厚紙絵カード付…『英語ノート』のモデルになったと思われる)を使用し、準拠教材として音声テープと教師用・児童用のマルチメディアCD-Romも完備されています。内容は、3年生は音声指導のみ。文字は4年生から段階的に提示し、4年生ではアルファベットの識別から単語の認知まで、5年生では慣れ親しんだ単語の筆写やライティング、6年生からは文を書き写すことも導入し、6年生修了段階では、モデルを参考に単語を自分に当てはめて入れ替え、手紙などの5文程度のまとまりある文章を書く段階まで指導します。韓国では、生徒がつまずきやすい文字指導の小・中連携が制度として系統的に図られています。

■小学校における文字指導シラバス私案

次に示すのは、韓国の文字指導も参考にして私が考えた、1年生からの英語活動開始を想定した学年別の文字指導シラバス案です。(A)は文字の「認知・理解」、(B)は文字による「表現・発信」を示します。

[3年次] -----------------------------------------------------------------

1) アルファベットの大文字・小文字の発音と認知活動 (A)

例、大文字と小文字を線で結ぼう! 絵の中に隠されたアルファベットを見つけよう!

「何が出てくるかな?」―アルファベットを順に線で結び、絵を完成しよう!

2) 基本的なフォニックス指導と慣れ親しんだ簡単な単語の綴りを見ながらの発音練習 (A)

[4年次] ------------------------------------------------------------------

3) フォニックス指導の継続

4) 単語のスペリングへの段階的習熟を図り、綴りを見て、発音できる単語を地道に増やす (A)

5) 「あみだくじ」をたどって絵と綴りを結びつけたり、「ワード・サーチ」など、絵などをヒントに単語の綴りを探したりするゲーム活動 (A)

[5年次] -------------------------------------------------------------------

6) 四線上で、単語をなぞったり、書き写すcopying活動 (B)

7)「歌詞」をヒントに見ながらの歌やチャンツの活動 (A)

8) 慣れ親しんだやさしい英文1文(~2,3文のまとまり)を読む活動 (A)

9) 文字の整序や補充による単語の綴りの完成 (B)

10)「クロスワードパズル」などヒントなしに独力で単語を綴る活動(spellingの記憶)(B)

11) グループやペア、個人で「ワード・サーチ」や「クロスワードパズル」を創る活動 (B)

→(異学年交流活動)優秀作品をみんなで選び、4年生に提供しよう!

12) 慣れ親しんだやさしいセンテンスのcopying活動の導入 (B)

[6年次] --------------------------------------------------------------------

13) センテンスのcopying活動の継続 (B)

14) モデル文の空所の部分補充による自己表現1文作文 (B)

15) 短いDialogやpassageを読む活動 (A)

16) 継続する2文、3文のcopying活動(1文単位からdiscourseへの拡充) (B)

17) 簡単なセンテンスを独力で書く活動 (B)

18) 語句の整序作文などにより語順への意識化を図る活動 (B)

19) やさしい絵本を読む活動 (A)

→(異学年交流活動)低学年の子ども達へのグループでの絵本の読み聞かせ

20) モデルを参考にした「カード」や「手紙」など、まとまりある文章のcreative writing (B)

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私が支援してきた文科省研究開発指定を受けた神奈川県南足柄市では、児童の発達段階に合った活動を目指すとともに、このシラバス案も参考にしながら、3年生からの段階的な文字指導にも取り組んでいます。南足柄小では、『英語ノート2』Lesson 9「招待の夢を紹介しよう」の学習をふまえて、6年生の卒業スピーチを実施しました。実際にお見せできなくて残念ですが、次は2人の児童のスピーチをDVDから書き起こしたスクリプトです。

S1(女児):Hi! My name is ○○. I’m twelve years old. I live in Minamiashigara. I have a hobby. I like music. I listen to Kobukuro. I have a favorite subject. I like social studies. History is very interesting. So I study it hard. I have a dream. (演台の下にもぐり、衣装を替えてディズニーグッズを身につけて再登場!)I want to be a cast of the Disneyland. I want to make many people happy! Thank you. (ドナルド・ダックのくちばしをつけて「ブー」という笛を鳴らす。)

S2(男児):Hi! My name is ○○. I’m twelve years old. I live in Minamiashigara. I have a hobby. I like reading books. I like novels and mysteries. I have a favorite subject. I like social studies. History is very interesting. So I study it hard. I have a dream. I want to be a baseball player. I want to be a good short stop and I want to play baseball. Thank you.

児童の発表の様子を見ると、みんないい表情で聴衆に目を向けながら話しているのですが、時々ちらっと下を向き、すぐに目を前に戻す子が見られました。実は原稿を持っていて、必ずしも丸暗記でなく、必要に応じて文字で次に話す事項を確認し、顔を上げて聴衆に向かって話していたのです。上のスクリプトからも分かるように、スピーチにはformatがあり、共通部分は教師が文字を与え、児童は4線の引かれた空所に自分に合う単語を選んで書き写したり、先生の助けを借りて文を付け加えたりして原稿を完成し、Read & look-upで発表できるまで練習して全体発表の場に臨んでいたのです。学習指導要領にあった「音声によるコミュニケーションを補助するものとして文字を用いる」とは、本来はこういうことを言うのではないでしょうか。

小学校外国語活動の良さは、成果を急いで求めなくていいこと。点数評価をしなくてもいいことです。高学年のみを対象とする新教育課程では無理ですが、小学校低学年から実施する地域や学校では、この利点を生かすことができるかもしれません。性急な結果を求めず、のんびりと時間をかけて、子ども達に楽しく英語の文字に触れさせながら、遊びを通して英語の文字を読んだり、書き写したりすることに慣れ親しませることができれば、高学年児童の自然な欲求にも叶い(南足柄市の全6小学校の児童アンケート調査では、高学年でも80%近い授業に対する肯定的回答率を維持しています)、中学入学早々の生徒のつまずきを防いであげられる可能性があります。文字指導は難しく専門知識が求められますが、それゆえに今後の研究課題として取り組むべき課題のひとつだと思います。

■おわりに

ARネットワーク通信(41)~(44)の4回にわたり、小学校英語について私自身の支援体験も踏まえて書かせていただきました。必ずしも一般的とは言えない私見を述べた部分も多々ありますが、今後の検討の参考になれば幸いです。(髙橋)

(配信日 2010/04/01)