3.2.学習指導要領の目標

小学校外国語活動通信(2) 「学習指導要領の目標」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

前回は、外国語活動に関する現場の戸惑いを克服するには、校内研修がきわめて重要だが、その計画には、英語力の不足や活動に対する馴染みのなさからくる不安に十分な配慮が必要だと説明しました。今回は、研修計画を考える際にさらに重要な、外国語活動の目標をどのように捕らえればよいかを中心に説明します。すなわち、指導要領では目標をどのように定めているのか、従来の英語活動とどう違うのか、中学英語とどのように関連するのかを考えます。また、そのことが教師に求められる授業力どう現れるのかについても、私なりの解答を示します。

ただ、指導要領の解釈にしても、教師に求められる資質にしても、唯一の正解があるわけではありません。いろいろな解釈や意見があって当然です。それらを出しあい話し合う中から、自分なりの解答を各自が発見することが大切だと考えています。理由は、押し付けられた解答では教師の不安の解消には繋がらず、取り組みに前向きになることが期待できないからです。ですから、ここで述べる私の解釈も一つ意見交換の材料だと考えて欲しいと思います。

■外国語活動の目標

さっそく、改訂版指導要領では外国語活動の目標をどのように定めているのか、また、それは従来の英語活動の目標とどう違い、どこが同じなのか、また、中学校の目標と比較するとどのように異なるのかを見てみましょう。まず、外国語活動については、次ぎのように定めています。

「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」

太字にした理由はあとで説明します。さて、この目標は、現行の「総合的な学習の時間」の中の英語活動とどう違うのでしょうか。現行は、次のように説明します。

「国際理解に関する教育活動の一環として外国語会話等を行うときには、学校の実態に応じ、児童が外国語に触れたり、外国の生活や文化などに慣れ親しんだりするなど小学校段階にふさわしい体験的な学習が行われるようにすること。」

太字にしたキー・ワードを見ると、ともに「体験」「慣れ親しむ」が同じです。それは、外国語活動も英語活動と同じく、「体験を通して、慣れ親しむことで言語や文化を学習する」という言語習得の発想を共有しているからです。外国語の習得の方法には、日本人が英語を学校で学ぶときのように、意図的な努力を継続して覚えてゆく「学習」と、移民の子が遊びや生活の中で、いわば自然に英語を身につけてゆく「獲得」の2つがあると言われています。指導要領では外国語活動の場合は、単語や文法を暗記し、繰り返し練習して身につける「学習」ではなく、ゲームや歌や対話などの体験を通して、楽しみながら自然に英語の基礎を見につける「獲得」で英語を覚えさせて欲しいと伝えているのです。とすると、何よりも大切なことは、児童が興味を持って取り組む活動に従事させることです。気の進まぬ活動だと情意フィルターが拒絶するので、「獲得」は望めないからです。ですから、外国語活動では、クラスに楽しい雰囲気と人間関係が確立していることと、興味ある活動に取り組ませることが大切なのです。では、中学校の指導要領と比較するとどうでしょうか?

「外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。」

小・中の指導要領の形式的な類似は一目瞭然です。「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」は同じですし、最終目標も小学校では「能力の素地を養う」、中学校では「能力の基礎を養う」です。ついでに、高校の指導要領では「能力を養う」と設定されているところを見れば、目標は段階的に設定されていることが分かります。すなわち、外国語活動を日本の英語教育の「素地」と位置づけるのが意図なのです。逆に、差があるのは、英語活動で見られた「学校の実態に応じて」の表現が消えていることです。これは、全国一律の外国語活動を期待してのことでしょうか。

そうではありません。『指導要領解説』には、「外国語活動の実施に当たっては、それぞれの学校の実情や経過を踏まえて実施する」と明記されています。すると、これからの外国語活動は、従来の英語活動で重要視された「慣れ親しむことを大切にした、子どもの体験重視の学習」を工夫すると同時に、それが「コミュニケーション能力の素地」となることが期待されているのです。では、この「素地を養う」とは、何をどうしろというのでしょうか。

まず、「能力の素地」には、英語だけではなく、いろいろな外国語の音声や挨拶などに触れさせ、言語や文化に興味付けをするという意味があります。また、「コミュニケーションに積極的な態度」についても、中学校のように「英語でのコミュニケーション」に限定する前に、いろいろな言語に触れる体験を与えることで外国語だけでなく、日本語でのコミュニケーション能力にもよい影響を与えることが期待しているのです。しかし、「素地」には別の側面もあります。

実は、指導要領の書き方には独特の約束事があり、一番最後に書かれる目標は、それに先行する具体的な目標を実現することによって達成されるということになっています。すると、「言語文化の体験的理解」、「コミュニケーションに積極的な態度」と「音声や表現に慣れ親しむ」の3つの目標を達成することが即、「素地を養う」ということになるのです。また、より詳しく言語活動の部分まで指導要領を読んでみると、この3つは「理解」を重視した活動と、「コミュニケーション」を重視した活動の2種類に分類できます。すると、次のような目標と言語活動の関係図が想定されます。

コミュニケーション能力の素地を養う

言語文化の体験的理解

積極的な態度 音声や表現に慣れ親しむ

*音声やリズムに慣れ、日本語との違いを知り、面白さに気付く。

*生活、習慣、行事などの違いを知り、多様な見方や考え方に気付く。

*異なる文化の人々との交流を体験し、文化等に対する理解を深める。

*外国語を用いてコミュニケーションを図る 楽しさを体験する。

*積極的に外国語を聞いたり、話したりする。

*言語を用いてコミュニケーションを図ることの大切さを知る。

結局のところ、外国語活動の目標を達成するには、上述の2種類の活動を実施することで達成して欲しいということなのです。さらに、コミュニケーションの活動については、あいさつ、自己紹介、買い物、食事、道案内などの「場面」や、相手との関係を円滑にする、気持を伝える、事実を伝えるなどの「働き」の例を示していますから、子どもの身近な場面で、しかも、具体的にことばが使われる目的を重視して英語を扱うことを求めているのです。

換言すれば、抽象的なルールとして英語を教えるのではなく、体験を通して理解させることが必要で、そのためには、聞いたり、話したりして英語に触れる機会を多く与え、親しみを覚えるようにすることが大切だとしているのです。ですから、児童が英語を楽しみ、意欲的になり、コミュニケーション能力の素地を養うことが一番重要な目標になるのです。

■教師の仕事

では、そのために教師がしなければならない仕事とは何でしょうか。もちろん、クラスの人間関係を良好に保ち、楽しく建設的な雰囲気作りは大切です。また、児童のやる気を引き出す活動を用意することも必要でが、この点は、さしあたり『英語ノート』の中から、児童の生活や興味と合致する部分を選択して扱うことで対応できるでしょう。それ以外にも、どうしても教師がしなければならないことがあるのです。それは、まず、自分自身が外国語活動を楽しむことです。教師が嫌っていては、子どもに楽しめと言っても無理です。たとえ英語嫌いでも、プロの誇りにかけて授業を楽しむことが必要です。そのための注意点を挙げます。

まず、第1点は教師の役割を正しく認識することです。外国語活動に求められているのは、英語力の向上ではなく、英語への興味付けとコミュニケーションの態度の育成なのですから、教師に求められているのは「英語のモデル」ではなく、不完全な英語でも、楽しく「コミュニケーションするモデル」だということです。ですから、多少発音や文法が標準的な英語とは異なっていても、ALTと楽しく話したり、活動を生き生きと進めている姿こそが大切なのです。

第2点は、そのためには、手に負えない活動は先送りすることです。英語を話すことが苦手な人は、話す活動はALTにお願いします。また、身体表現が苦手な人は、TPRやドラマは扱わないことです。できることを楽しく実施し、その中で少しずつできることを増やしてゆくことが大切です。1回に10分とか、15分とかの細切れの活動を繰り返し指導し、自信ができたところでいくつかの活動を組み合わせ、まとまりのある外国語活動にチャレンジするのも一つの方法でしょう。

第3のポイントは、自分らしい、責任の持てる授業をすることです。『指導書』どうりに実施しようとすると、英語力の問題や児童の現実とのギャップがあり、強行すると「英語嫌い」を作りだしかねません。ですから、『英語ノート』を利用するときにも、自信のある題材を選んで、組み合わせを少しずつ変えながら繰り返し実施し、次第にレパートリーを広げることが大切なのです。

とはいえ、たとえ10分の英語活動でも、不慣れな教師には重くのしかかってきます。それを克服するには校内研修が欠かせません。その具体的な方法は次回にお話しします。

■まとめ

外国語活動の目標で理解しなければならないことは、英語活動と基本的な発想は変わらないが、英語教育の素地として、英語だけでなく他の外国語や日本語への興味づけをすること、また、より積極的なコミュニケーションの意欲を高めることが大切だということです。その目標を実現するには、教師は楽しみながら外国語活動を進めることによって、児童の英語への興味付けと、コミュニケーションの意欲の向上を図らなければなりません。ですから、校内研修のねらいは、そのために必要な発想を理解した上で、楽しく授業を展開する授業力の育成にあるのです。では、どのような発想のもとに、具体的にはどう進めればよいのでしょうか。次回はこの点を扱います。

(配信日 2009/07/01)