1.2 Personal Theory からの脱却

☆AR支援ネットワーク通信(2)「Personal theory からの脱却」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

前回の通信(1)では,教師が授業に責任を持って自主的に授業改善を目指すためには、

「リサーチのownership」を感じながら研修に向かうことが大切で、ARもそのための有力な手段だと説明しました。それでは、ARを取り入れさえすれば、万事がうまくいくでしょうか。決してそういうわけではありません。まず、「授業をきちんとするには、リサーチ(=原因と結果の関係を深く考え、論理的に追求する)が必要だ」という認識がなければなりません。ところが、これは決して容易なことではありません。なぜなら、それは自分の信じ込んできたpersonal theory を捨てることにつながりかねないからです。Personal theory が全部いけないというわけではないのですが、時代遅れになったり、誤って理解していることがあるので、それを見直すことが必要なのです。

■Personal theory とは

人それぞれに、personal theory(自分なりの指導法についての考え方)を持っています。Theoryとは何でしょうか。「OO教授法」という場合、その教授法に特有な「言語観」「学習観」「指導観」があります。たとえば、Audio-lingual Approachでは、「言語観」は表に現れた言語の組み立てを重視し、「学習観」は組み立ての基礎から繰り返しの練習で身につけさせ、「指導観」は、習慣形成を外部からリードするという発想があります。それらが結び合ってひとつの教授法になっているのです。一般の教員は、自分の教授法を詳しくは意識していません。ところが、無意識のうちに、「英語の基礎は文法だ」という言語観や、「文法習得にはドリルが大切」という学習観や、「教師の仕事は文法を分かるように説明することだ」という指導観を身につけているのです。これがpersonal theory です.

では、このpersonal theoryはどこからきたのでしょうか。多くの場合、それは英語の知識と一緒に身につけたものなのです。中学や高校で英語を学習したときに、気づかぬうちに、英語の指導法までも習っていたのです。これは無意識的ですが、隠れたところで強力に作用していて、「これこそ、最も自然な、正しい指導法だ」と信じ込ませてしまいます。ですから、文法・訳読式で教えられた人は、途中でよほどの出来事があって改信(文字どうり、宗教=信じてきた価値観を変えることを)しない限り、コミュニケーション中心の授業は不自然で、無理な指導法に思えてしまいます。これは英語力には関係ありません。いかに英語が達者でも、personal theory に支配されている限り、その人の授業は相変わらず、英文和訳を中心に進むことになるのです。ですから、自分のpersonal theory を意識的に捕らえ直し、もし、それが現在の英語教育の目標に照らして適切でなければ、personal theory から脱却し、客観的に「自分の授業をリサーチすること」ができる教員を育てることが、教員研修の重要な目標になるのです。

■講義だけでは不足なわけ

Personal theoryからの脱却は、何もARをしなくとも、講義を聴いて自分の思い込みの誤りに気づけば、それでよいという反論があるでしょう。しかし、考えてもみてください。あなたは喫煙の害を説かれただけで、タバコがやめられますか。メタボの危険性を告げられたら、すぐに晩酌がやめられますか。やめられる人もいるでしょう。特に、自分でうすうす健康に不安を感じていた人には、これが引き金になって改善へと進むことはあると思います。しかし、大部分の人は、知識は与えられても、それを自分に都合よく解釈して、結局はこれまでの悪習を断ち切れないのです。たとえば、メタボの危険性を指摘されて久しい私は、「確かにメタボは悪い。でも、医師の話しでは、ストレスもまた、メタボ以上に健康の害になるということであった。だったら、ストレス解消のための酒はless evilだ。飲みすぎはよくはない。でも、どれくらいが飲みすぎかは個人差がある」と手前勝手の解釈をして、これまでと変わらぬ生活を送るはめになります。

同じことが、優れた授業実践を見たときにも起こります。「生徒が優秀で、やる気があるからできたことで、自分のクラスでは無理だ」と自分の都合のよいように解釈してしまうのです。講義にしても、モデル授業にしても、そこに受講者の問題意識との関わりがなければ、「馬の耳に念仏」で終わります。これを防ぐには、事前に自分の授業を振り返って問題意識を持たせてからインプットを与え、具体的には、多様な形のモデル授業を見せ、それぞれの背後にある発想や、自分の実践に生かせそうな箇所を選ばせ、実施した場合に期待される効果や問題点などについて徹底的に同僚と話し合わせることによって、自分の偏向に気づかせると同時に、解決の糸口を探らせることが大切です。

■まとめ

「リサーチのownership」という視点からすれば、ポートフォリオもまた役立ちます。授業の問題点について、先輩教師と話しあうことで自分の偏向に気づき、実践の過程で生徒の変化だけでなく、自分の変化も記録していくことによって、personal theory からの脱却が可能です。しかし、メンターからの支援が恒常的に得られない状態では、「振り返り」だけでは周囲が見えなくなり、社会との関わりを見失いがちです。適切なアドバイスが期待できない場合は、生徒の力も借りながら自分で対策や実践の評価ができるARのほうが実際的です。このような考えから、次回は、初年者研修と10年次研修を取り上げ、それぞれにアクション・リサーチをどのように位置づけるかを説明します。

(配信日 2008/07/15)