5.4. 高知の挑戦と成果-闘うメンターの記録-

AR支援ネットワーク通信(63) 「アクション・リサーチを支える人々(4)」

特集「アクション・リサーチを支える人々」の第4回は、中学校の英語の先生方全員を対象とした研修会(中学校英語授業改善プロジェクト)で、メンターをつと めている高知県教育センターの井上祐子指導主事の「告白」です。この研修会では、県内の英語担当指導主事が、一人3名程度の受講者を受け持って、メンター として関わっています。同時に、メンター育成も重要なテーマになっていて、OJTとして受講者の支援をしながら、メンター自身も学びを続けていくというプ ログラムになっています(教員研修モデルカリキュラム開発事業:教員研修センターの委託事業)。井上指導主事には、喜びや悩み、苦しさもふくめて、この1 年感じたことを、率直に語ってほしいとお願いしてあります。彼女は、何を考え、どのようなメンタリングをしてきたのでしょうか。

「高知の挑戦と成果 ~闘うメンターの記録~」 高知県教育センター 指導主事 井上 祐子

「闘うメンター」よい響き。自信がないとき、私は、ついハッタリでなんとかならないかと思ってしまいます。そこでちょっと強気なタイトルになったわけです。で も「挑戦と成果」の方は、高知県教育委員会が掲げている合言葉。高知では学力問題が深刻で、挑戦し、それに対する成果をきちんと挙げていこう!と頑張って いるのです。英語についていえば、平成15年度から5年間、英語教員指導力向上研修を行ってきたにもかかわらず、どうも結果が見えてこない状況がありま す。そこで教育センターでは、今年度から「中学校英語授業改善プロジェクト事業(以下、英プロ)」(採用11年目から25年目までの教員全員が3年間で受 講)を行っています。

高知県の英語担当指導主事は、小中学校課、東部、中部、西部の教育事務所、高知市、高等学校課、教育センターを合わせて今年は10名。代々、長﨑 先生を含む先輩指導主事が、この指導主事会を大切に育ててきてくださったので、連携はバッチリ。「私たちが顔を突き合わせ、共通の事例を前に語りあわない で、どうして高知の英語教育を創っていけようか」という想い。英語にかかわることは、できるだけ会をもち、普段はメーリングリストを使って意思疎通や情報 共有を図っています。研修についても、全員気持ちは一つです。

さて、ここからがいよいよ本題。ここからは私の心にだけ焦点を当て、お伝えします。

「戸惑うメンター」

5年間の悉皆研修では、英語免許状をもつ教員全員がアクションリサーチ(以下AR)に挑戦。各指導主事が約10名の受講者のメンターとなって進めました。平 成18年度、私も指導主事1年目でメンター初体験。グループの中には、採用当時お世話になった先輩のお姿も・・・。受講者とは、メールや電話でのやりとり が主でした。「ここでいう語彙力とは何ですか?」「この仮説を具体的に言うと?」授業を観たこともなく、教育観を語り合ったこともない方々に対して、私が できたのは、「~とは何かを問うこと」だけ。「私にメンターなんて、無理。」そんな気持ちが心の大半を占め、とにかく受講者のみなさんが気持ちよく取り組 んでくれますようにと祈るばかり。自分の無能さに落ち込む日々。でもそんな時、私を助けてくれたのは、仲間のメンターや長﨑先生であり、佐野正之先生でし た。集合研修でのお話やいつでもメールで受講者やメンターの相談にのってくださる佐野先生の存在は本当に心強く、ありがたいものでした。おかげさまで 400名を超える高知の英語教員に、ARという共通語が生まれ、同時に「なんかやっていけそうな」ぬくもりをみんなで共有した気がします。だって「授業で 悩めるって幸せ!」「これほど自分と向き合ったことなかった!」こんな感想でいっぱいだったんです。感動でしょう?

「立ち上がるメンター」

高知の英語教員は熱い。授業を何とかしたいと闘っていることを実感しました。それだけに、 今年度また「英プロ」を実施することになったときは、意気込みもあったけれど、やっぱりとても悔しかった。研修企画の時、「もう一度、全員でARに挑戦し よう!」と迷わず決定。同時に大変なプレッシャーの始まりでもありました。前回は、ARという手法を全員で学ぶ第1ステージ。今回は、挑戦だけでなく、成 果へとつなげる第2ステージです。これを受講者にも確認したうえでAR開始。でも問題は私たち。私たちも前回と同じではいけないのです。1人が3~4名の 受講者を担当。さあどうするか。

ある日、英プロのアドバイザーである長﨑先生から、メンター全員に渡されたのは、一冊の本『メンタリング・マネジメント』とジャーナル用のバイン ダー。そして「ぼくらあが本気にならんと、何にも変らんがで」の一言。そう、もう私たちは「自分なんて・・・」とモジモジしている場合ではないのです。な んたって「メンター」なのですから。

それにしても、怖いくらいの気迫だったな、あの時の長﨑先生。もうハッタリはやめようと決意した春でした。

「さらけ出すメンター」

早速、長﨑先生のリードによって『メンタリング・マネジメント』を読んで、指導主事同士のメーリングリストでコメント交換をするようになりました。もう何度もこの本を開きますが、私はいつも必ず、最初のページを読みます。その中に、こんなことばがあります。

・「相手が本気にならないのは、自分が本気になっていないから」

・「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」

・「人を育てたければ、自分が育つ姿を見せることである」

この3行だけで心いっぱいになり、大きなため息とともに、本を閉じること もあります。メンターとなり、今年度の受講者とどう向き合うか、英語教育とどう向き合うか、ということばかり考えていた私に、まずは自分自身と向き合え! と突きつけられた気がしました。自分と向き合うのはとてもしんどいですよね、それはみんな同じなのか、メーリングリストでは、お互い吐き出すように自分の 弱さを出しています。そして励まし合いながら心のバランスをとっています。日頃の信頼関係があるからこそと仲間に感謝しています。

「競うメンター」

受講者のみなさんと、徐々に情報や想いを共有でき、「私たちのグループ」と言えるようになってく ると、なんとなく気分も盛り上がる。でも不思議なことに、盛り上がれば盛り上がるほど、不安にもなる。「本当にこの方向でいいのか」、「本当にこのレベル でいいのか」と不安になる。だから、同じ部屋でARのグループ協議をしている時は、絶好のチャンスです。メンター仲間が何をどんな風に伝えているのか、学 べます。合間を見つけて他のグループの様子をうかがいに行く。耳をそばだてる。「そうか、年上の方には、ああいう風にお伝えすればいいんだな」とスキルを学べたり、理論的な話をしているのを見ると、焦ってその夜は自分も本を読んだりと、いい意味で競い合うこともできているように思います。

「待つメンター」

年の瀬も迫った先月27日に、今年度最後の集合研修がありました。ARはポスターセッションで中 間報告会、同じグループで取り組んできた共同研究は全体発表会という日。佐賀県から、横溝先生が来てくださり、研修後にメンターの勉強会をもつことができ ました。多くの時間は、私たちのお悩み相談でしたが、横溝先生からご指導いただいた中で、特に心に刺さったのは、次の2点。

*メンタリングのベースについて

「信頼関係がすべてのベース。それを築くためには、とにかくお話に耳を傾けること。」時には、何度も足を運び、何時間もお話を聴くこともあると伺いました。

現在の英プロのプログラムでは、受講者の教育観にじっくり耳を傾けるような時間を確保できているとは言えません。授業も一度ビデオで見るだけ。やはり、ここをどうクリアするかは大きな課題です。

*受講者に対する情報提供について

「いかに情報を蓄積しておくか。その情報をどのタイミングで、どの程度出すかが大事。」というお話をいただきました。

メンターとしての悩みが大きい分、自分の存在意義を探し、焦り、協議でもよくしゃべっていたかもしれない。一人ひとりに必要な情報を察知し、収集 し、整理しておく。機が熟すまで待ち、提供する。そんなことができるメンターを目指そうと思いました。でも「今がその時!」と判断するには、やっぱり相手 を知らないとできないのですよね。それに授業でも私は苦手だったな・・・「待つ」って・・・。ああ難関。

「拡がるメンター」

私が受講者をあまりよく知らなくても、それなりに協議が活性化したのには理由があります。英プロは同じ学校や、地域でグループを組んでいるため、受講者が お互いにわかり合えていて、鋭い指摘や助言が可能だったこと。そしてAR第2ステージであったため、受講者のみなさんに手法や用語について説明の必要は一 切なく、一緒に内容についての深まりだけを追えたこと。受講者の鋭いコメントに、「もう指導主事なんて要らない」と言われそう! と一瞬焦ったことがあります。でもよく考えると、それはある意味理想的なこと。目の前の子どもに力をつけるには、どうしたらいいのか。語り合う場所は、教 育センターではなく、学校や地域のはず。英プロで、再びARにこだわったのは、教室に根ざした自律型の研修にしたかったからでした。地域にどんどんメン ターが拡がっていくといいなと思います。

「育てられるメンター」

「メンターはメンティーによって育てられる。」と言われます。今もう一つ感じて いるのは、「メンターにもメンターがいて育てられる」ということ。親メンター、子メンターと心の中で分けています。佐野先生、長﨑先生、横溝先生ありがと うございます。横浜での大会もこんな不安いっぱいの子メンターには、とても心強いものでした。どんどんネットワークが拡がって、やがて孫メンター、ひ孫メ ンターもできていくのかな。みなさまこれからもご指導よろしくお願いいたします。

(配信日 2010/01/15)