5.3. 高等学校におけるARの試み-コーディネーターの立場から
AR支援ネットワーク通信(61) 「アクション・リサーチを支える人々(3)」
特集「アクション・リサーチを支える人々」の第3回は、アクション・リサーチを活用した「英語授業改善塾」についての米野和徳先生(山形県教育庁)からのレポートです。英語授業改善塾は、佐野先生が塾長を務め、中堅教員の先生方が、長期にわたって、アクション・リサーチに 取り組むというものです。今年、ネット書籍でもっとも売れたのは、岩崎夏海著「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)だったそうですが、この本がこれほど読まれたのも、効果的なマネジメントが、成果を生み出すということに多くの人が注目しているからでしょう。米野先生は、この事業にコーディネータとして、関わってこられています。コーディネータという立場で、研修事業を進めるには、受講者を直接支援するメンタリングとは、異なった角度からの働きかけが必要になると思われます。研修事業全体のマネジメントが求められるということです。米野先生は、どのような立場で、どのような企画・運営をされたのでしょうか。
「高等学校におけるアクション・リサーチの試み〜コーディネータの立場から〜」 山形県教育庁 米野和徳
10月3日横浜で開催されたアクション・リサーチ全国大会では、平成21年度から山形県教育委員会が開催している事業「英語授業改善塾」について報告させていただきました。以下、その概要と振り返りを紹介させていただきます。
●「英語授業改善塾」について
1 期間 平成21年度からスタート(2年目)
2 目的 高等学校の中堅英語教員が授業改善技術(AR)を身につけながら、授業を改善するとともに、県内の英語教員が共通に抱える課題解決のための指導モデルを開発する。また、同時に県内英語教育を推進するリーダー教員を育成する。
3 塾長 横浜国立大学名誉教授 佐野正之 先生
4 対象校
H21年度:9校(9名)
H22年度:9校(9名)
5 年間スケジュール
4月 授業の現状確認(各所属校)
5月 オリエンテーション(県庁)
5月~7月 実践研究Ⅰ(各所属校)
7月 中間報告会(県庁)
9月~12月 実践研究Ⅱ(各所属校)
(指導主事のメールや学校訪問によるメンタリング)
2月 最終報告会(県庁)
3月 全英語教員への報告書配布
目的やスケジュールは2年間ほぼ同様に実施しています。佐野先生にはオリエンテーション、中間報告会、そして最終報告会に御参加いただき、御指導していただいています。しかし、受講者が躓く点はいろいろですから、私は単に「改善塾」を計画し進行するコーディネーターとしてだけではなく、可能な限りメールや学 校訪問により進捗状況を伺ったり、相談に乗ったりしてメンターとしての役割も担えるよう心がけています。9人という少人数ということもあるので、受講者それぞれのcritical friendとしての役割を果たせるよう努力していますが、受講者と私の信頼関係が成功のカギになるのではないかと考えています。
6 2年間のリサーチ・クエスチョンの例
塾長の最初の講義で は、More Communicative→Less Japanese and More English(for Happier Classes) という大きな目標を掲げてのARを薦めていただいているので、受講者の扱う問題はこの大きなテーマに自分が一番興味のある側面から取りかかるリサーチが多くなります。代表的な例を紹介すると次のようなものです。
・ 語彙指導と英語力伸長に関するもの
(例)「発表的な語彙を増強し、英語を書く力を高めるにはどのような指導が有効か」
・ 英語で行う授業に関するもの
(例)「英語をより多く使った授業への抵抗感を減らし、理解力、表現力をつけるにはどのように指導を工夫すればいいか」
・英語の理解に関するもの
(例)「リスニング力を伸ばすにはどのような活動が効果的か」
・表現力に関するもの
(例)「生徒が相手に伝わりやすい文が作れるようになったと実感し、英語表現にもっと自身をもつようになるには、どのように指導したらよいか。」
・学習事項の定着に関するもの
(例)「生徒が英語で発話する機会を増やし、学習事項を繰り返し使用することで定着を図るには、どのような音声活動を取り入れたらよいか」
・動機づけと英語力向上に関するもの
(例)「英語に対する苦手意識を克服し、英語に対する理解を深めて表現できるようにするために、効果的な指導法はどうあるべきか」
7.コーディネーター(メンター)として留意している点
年度当初、事業に参加していただく先生方には、御自分の授業の現状と課題や指導観、さらには生徒達が望んでいる と思われることや目指したい授業等を私が用意したワークシートに沿ってじっくり振り返ってもらいます。また、そのレポートを読んで、佐野先生に話していただく内容をより具体的にすると同時に、私も受講者の抱える問題意識を理解するように努めます。
参加 される先生方は皆、豊富な経験と実績をお持ちで、自分に厳しく、現状に満足することなく、常に授業のさらなる向上を考えておられる先生方ばかりですが、ワークシートへの記載を見せていただくと、それぞれの先生方が、日々の実践を続けながら、「いつかはこういうことをやってみたい」という英語教師としての 希望をお持ちであることがわかります。実は、ここでは、現状の「振り返り」とともに、こういったことに改めて気づいていただくことも狙っています。
5月のオリエンテーションでは、私の方から事業の趣旨説明とアクション・リサーチに関する情報提供を行うとともに、各自の課題の絞り込みに向けて受講者同士で話し合いを行っていただきます。ただ、この時点でリサーチ・クエスチョンを定めることは求めません。という のは、佐野塾長のMore Communicative→Less Japanese and More English(for Happier Classes) の理論と実際についての御講義や、塾長や参加者同士との話し合いを通して、自分の問題意識がまだまだ漠然としていて、的が絞り切れていなかったことに気付くことが多いからです。ですから、オリエンテーションは、先生方が情報や意見の交換により、お互い刺激を与えながらこれからリサーチをする自分の方向性や 具体的な手段について協同的に学ぶ機会と位置付けています。
その後、5月から7月まで各参加者が事前調査、仮説、具体的な実践計画、そしてその検証方法の検討を行い、実際 の対象クラスで計画を試行し、7月末の中間報告会に臨みます。これはいわば「ミニ・アクションリサーチ」で、本格的なリサーチを始める前の予備練習のような位置づけです。ですから、ここでのリサーチは成果を上げることを求めるのではなく、リサーチのやり方に慣れることと、本格的なリサーチ・クエスチョンを 設定するためのクラスの実態把握が中心です。
中間報告会では、アクション・リサーチをより深く理解していただくとともに、仮説設定までのプロセスが妥当で あったかを検証します。ほぼ全ての先生方がARは初めての体験なので、県教委で作成している「手引き」は手元にあるものの、特に仮説設定は大変御苦労され るところです。参加者同士の協議、場合によっては塾長直々の個人面談(佐野先生ありがとうございます)によって、方向性の確定を行い、自信をもって夏休み明けからの本格的な授業改善の実践を行っていただけるような機会となるよう努めています。
その後、先生方は9月から12月まで、実践の記録を残しながら計画を実践し、実践結果の検証、まとめを行い、年明けの最終報告会に臨みます。
最終報告会は、午前中は参加者対象、午後は一般参加者対象の報告会とし、参加者が成果の共有、今後の課題と授業改善の指針の確認
するとともに、同様の課題を抱える一般参加教員に対し、成果だけでなく失敗例や課題などもあからさまに報告し、フィードバックを得ることになります。一般参加の先生方には、この報告を今後の実践の参考としていただくことになります。(今年度は2月4日県庁にて開催予定)
●「英語授業改善塾」の成果と課題
まだ事業自体改善が必要ですが、ここまで以下のような成果と課題があると考えています。
1 成果
・県内教員同士のネットワークが形成されてきている。
・授業改善につながる参加教員による授業の省察と気づきがあった。
・参加教員がARによる授業改善手法を体得した。
・参加教員がARにより授業改善を実際に実践し、成果を得た。
・参加教員同士が協同での学びを助けに、各所属校で自律的に授業改善を進めるとともに、指導力を高める研修方法の可能性を確認することができた。
・『授業改善報告書』による指導モデルの普及を行った。
以上をまとめると、More Communicative→Less Japanese and More English(for Happier Classes) に向けての自分なりの授業改善に向けて前進したこと、生徒理解やプロ教師としての成長の重要性に気付いたこと、また、教員同士の連帯が授業改善には欠かせないという認識が広まったことがあると言えます。
2 課題
・「所属校での実践」と「集合会議」のバランスが難しい。出張を増やすことは難しい。
・所属校での実践する参加教員への効果的なメンタリングの在り方をさらに検討しなければならない。
・改善手法と指導モデルのさらなる普及を図り、一層の授業改善を図る必要がある。
・指導モデルの他校での検証を促し、指導モデルの改善を図りたい。
・参加者に事業後の実践継続を促すとともに、そのフォローの在り方をさらに検討しなければならない。
・所属校内で他の教員へ授業改善が波及し、組織的な取組みへと移行するような働きかけが必要である。
先生方は忙しく、日々様々な校務をこなさなければなりません。いろいろな苦難を抱えながらの実践研究ですから、ここでの私の第1の役割は「良い聞き手になり、自分も勉強しながら、授業改善の楽しさを伝えて励ますこと」だと考えています。
●おわりに
私は事業担当者として大きく以下の3点を心がけて事業を企画・運営しています。
1 各参加教員が自律的に授業改善を進めていくことができるよう、「研修のOwnership」を保障すること。押し付けの研修では、見た目だけを気にした実践しか生まれず、教師の成長に繋がらない。
2 各事業参加者同士の情報交換と協同的な学びが促進されること。本当の学びは講演や授業参観からよりは、むしろ、それを契機とした同僚との話し合いから生まれることが多い。新しい情報も大切だが、それ以上に相互に悩みやアイデアを交換することで成長することが多い。
3 参加者の実践が同僚や県内の他の教員に普及するよう努めること
残念ながら、この点はまだ十分ではないと思っています。ただ、今年度は事業参加者が在籍する学校の英語科全体で授業改善に取り組もうとする動きも出てきたので、こうした動きを加速させるような事業の在り方を探っていきたいと思っています。
4.私自身がARを通して学び続けること。
メールのやり取りや要請訪問を通し、参加者と 一緒に授業改善のための最良の方法を考えていくというスタンスで事業に臨んでおりますが、担当者自身がもう一人の塾生として、塾長や参加者の先生方から一番学ばせていただいているのではないかと思っております。また、佐野塾長からもその気持ちを大切にするように励まされています。
10月に開催された全国大会には25名を超す指導主事の参加があったと伺いました。実際、大会期間中、教員研修を御担当されている先生方から御 質問やお声がけを頂く機会が何度かありました。これは、従来の短期的な知識・技術伝達型やワークショップ型の研修によって授業改善を進めようとするのではなく、研修参加者同士がお互いに学び合い、協同的に内省を深めつつ、中・長期的に自分の生徒と向き合いながら、自律的に授業改善を進めていくという研修方 法の可能性に目が向けられてきているということの表れなのではないかと感じています。
本事業を通して、高等学校英語担当者のAR経験者の裾野が広がっていますが、各参加者の取組みが所属校の組織的な取組みへとつながり、学校全体の授業改善が進むことが大きな願いです。
(配信日 2010/12/15)