■はじめに
前回はARS@MUの「報告集」の中から、中学校での実践を紹介し、生徒の実態に注目した日日の授業の「振り返り」が教師の成長に大きな意味があることを示したリサーチを紹介した。今回は、同じ「振り返り」でも、文献研究などで外部から得た知識や認識が、どのような変化を教師と生徒にもたらしたかを示す例を紹介する。今回の報告を書かれた先生は、実際に工業高校で勤務しながら、夜間に大学院で学び、そこで得た知識や認識を授業改善に生かす努力をされた。ご承知だと思うが、工業高校の英語授業は週に2時間しかない。こうした厳しい状況でも実現可能な目標として、「タスク活動を通して英語嫌いの克服を目指し、コミュニケーションに前向きな姿勢を作る」ことを目指したARである。この報告は、後期の実践を紹介しているが、実は、同じような問題意識で前期から実践を始めていた。しかし、期待した成果が出ずに、後期に再度、新たな試みとしてこのARに取り組んだのである。
■AR実践報告チャート
■実践の振り返り
① 生徒の変化
このクラスの一番の問題は、中学校低学年で英語嫌いになっていた生徒が多かったことだ。しかし、その中からも英語好きになった生徒が出た。中学で学級崩壊のために英語が全くわからなくなっていた生徒も最後のアンケートで英語が好きだと書いていた。逆に、英語がとても得意な生徒(高校一年の秋に英検準2級に合格)に、タスク活動(簡単なスキットを書き、覚えて発表)をどう思っているか聞いてみると、「ぼくはこれまで英語を覚えるのがおもしろいと思っていたが、会話もおもしろいと思うようになりました」と答えた。彼はただ暗記したことを発表するだけでなく、相手の言葉を聞いて、ちょっと考えるような演技までやっていた。もちろん、あまり変化の見られない生徒もいるが、1,2年後にでも、じわじわとこの授業でしたことの目的や良さがわかり、それによって英語に対する抵抗感が減ってくれば、と思う。
② 教師の変化
コミュニケーション重視になった。生徒が知っていることを授業に取り入れる目的もあり、授業中はもちろん、それ以外でも生徒の意見を聞いてみるようになった。英語でしばらく話してみて、逆効果(生徒がやる気をなくしてしまいそうだ)と思えば、日本語も使った。自己開示が多くなり、授業に自分に関する話を織り込んだり、概要の導入に自分のエピソードを入れたりするようになった。共通のクラスを担当している他教科の同僚とも生徒についての情報交換をすることが多くなった。人間同士の交流である授業が、単なる「知識の切り売り」や「教え込み」になるのではなく、生徒が自律的学習者になるように上手にガイドするのが私の仕事だと思うようになった。
③ リサーチによる気づき
生徒が自律的学習者になるように手助けすることが大事であることに気づいた。学習者の知識や特徴も千差万別だ。学校を卒業してからも必要になれば英語を勉強できるように、生徒が自分にはどんな勉強法が一番向いているのか自分で見いだせるように助けることの必要性に気づいた。
クラスの特徴や人間関係、生徒の学習方法の傾向に合わせた授業の実施が必要だと実感した。2クラス担当している1年生のうち、このARは英語嫌いが多く、英語力も乏しい生徒が多い方のクラスで行ったが、同じ計画に基づいて授業を行った。もちろん生徒の反応を見ながら方法に変化をつけてはいたが、非対象クラスでは文法の説明などで明示的な指導を多くしたほうが良かったのかもしれないと思った。なぜなら、事後アンケートにそのような意見を書いていた生徒がいたからである。それまで生徒が受けていた授業方法から徐々に移行して新たな方法に慣れさせることの必要性を実感した。
教科書を見なおした。教科書を生徒に合わせて上手に利用することが教師の腕の見せ所であり、醍醐味であるということに気づいた。教科書の題材を詳しく調べて授業に取り入れると、生徒が非常に興味を示し、理解を助けることが多かった。
生徒を教えるのか、教科を教えるのか、とよく言われるが、私のこれまでの考えは後者に偏っていたことに気づき、教師と生徒の人間関係の重要性を実感した。
アクション・リサーチは自分が置かれた状況の範囲で行うことであり、今回も時間数が少ないことを計算に入れて行ってみた。それなりの成果はあったが、やはり時間数が少ないことは言語学習には非常に不利だと実感した。工業高校における英語教育のあり方について見直し、カリキュラムの編成から考え直す必要がある。
■佐野先生のコメント
通常、週2時間の授業では英語力の向上は望めないとされている。とすれば、現状では工業高校で英語を教えることは、生徒への嫌がらせともなりかねない。事実、この先生は、工業高校に転勤する前には進学校で指導していたので、同じ発想で授業を展開しようとして生徒をますます英語嫌いにしてしまったという反省から、授業改善の方法を求めて大学院への進学を決意されたのである。
結果的には、この報告に見られるように、その選択は教師にとっても生徒にとっても実りのあるものであった。具体的には英語を教えるということの考え方そのもののが大きく変わりつつあることが分かる。教師の英語を見る目、生徒を見る目、教師の役割の認識が大きく変化し、そのことが生徒に英語への興味を高め、授業に積極的に取り組む姿勢を育ててきたのである。また、タスク活動を利用したのも正解だった。というのは、タクス苦活動の本質を追及すればするほど、授業の組み立てや評価や生徒への接し方が「学習者中心」に変化せざるを得ないからである。この実践は、教師として「学び続ける」ことの重要性を示している。
(配信日 2009/05/01)