3.11. 校内研修7日目:TPR

小学校外国語活動(11) 「校内研修第7回目:TPR」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

1. はじめに

今回は全身反応学習(Total Physical Response: TPR)の勉強をします。実はTPRの手法は、『英語ノート』では歌やジェスチャー・ゲームなどで少し用いられているだけで、それほど多く利用されてはいません。しかし、「体験させる」「気付かせる」という外国語活動の精神からすれば、もっと沢山取り入れられるべきだと私は思います。TPRは小学生の身体的、情緒的発達に寄与する指導法だからです。そこで今回は、TPRの基本的な考え方や、基礎的な指導法だけでなく、すこし工夫を加えることによって、児童の創造性や表現意欲を引き出すことが可能になる手法でもあることをお話します。その前に、まずは前回の振り返りから始めましょう。

2. 振り返り

1)ゲームをやってみたが、児童が意欲的に参加してくれなかった。なぜだろう?

ヒント:児童が興味を持つ内容のゲームでしたか?ゲームのやり方の説明や英語の練習をしっかりしましたか?指導の手順をきちんと踏みましたか?教師自身が楽しんで参加しましたか?

2)ゲームは喜んでやるのに、タスクになると消極的になる。

ヒント:タスクで盛り上がらないとすれば、タスク自体が児童には現実的だとは思われないか、英語に自信がないか、進め方が複雑だったか、人間関係が上手くいかないグループだったかなど、なにかの理由があるはずです。理由を見つけて対応策を講ずることが大切です。

3) これまでの外国語活動で気付いた点、上手く行った点、苦労した点などを話しあいましょう。また、困難を乗り越えた工夫も紹介しあいましょう。

3. 佐野先生のミニ・レクチャー:TPRはいろいろな場面で役立つ万能薬です

(ペアでレクチャーを音読し、振り返りを参考に話しあいましょう)

基本的な考え方

TPR(Total Physical Response)の手法の有効性を科学的に証明したのは、1960年代に活躍したアメリカの心理学者J. Asher ですが、実はそれ以前から英語教育には利用されていました。日本で口頭での英語指導法を定着させようと努力したH. Palmer 博士は同じ手法をImperative Drill と呼んで、利用を薦めています。理屈はいたって簡単です。幼児が母語を覚える様子を観察すると、自分の身の回りのことに関して、母親が発する命令文や話しかけに身体動作で反応することで、無意識的に意思の疎通を図り、身近な品物や動作を表す単語を習得するだけでなく、単語と単語を組み合わせる文法の基礎的ルールも自然に身につけていくからです。Asher は幼児が全身で反応することで周囲とinteraction を行い、それが言語の素地を脳に形成する働きをするのだとして、同じ発想のTPRを他の外国語指導法、特に話すことを中心にした指導法と比較して、TPRの優位性をいくつかの論文で発表しています。

具体的な手法

これも至って簡単です。意味的に関連する数個の動作を連続して発し、教師と一緒に児童にも動作をさせます。それを2,3回繰り返した後で、今度は教師は命令文を発するだけで児童だけに動作をさせ、それを繰り返します。具体例で示すと、

Please stand up. Walk. Stop. Jump. Turn around. Go back to your seat. Sit down.

など、一連の連続する動きとなる命令文を発しながら、教師も児童と一緒に動作をします。全員が容易に動作ができるようになったら、今度は命令文の順序を変えて実施します。たとえば、

Please stand up. Jump. Turn around. Sit down. Stand up. Walk. Stop…

などとするわけです。これも全員がスムーズに動作ができるようになったら、今度は教師は命令文を発するだけで、児童だけに動作をさせます。それもできるようになったら、今度は自信のあるvolunteers を募ってチャレンジさせます。Asher の研究では、自分で身体動作はしなくとも、仲間の動作を見ている児童にも、英語が定着するとされています。ですから、嫌がる児童には無理強いをせず、「心の準備ができるまで、観客の役をしてね」と指導してもよいのです。

英語学習の中で

立って歩くだけでは、英語学習には役立たないと思われたかもしれません。しかし、教室にあるいろいろな品物を覚えさせるとしたら、次ぎのようなTPRが考えられます。

-Please touch your desk, chair, bag, your partner’s desk, chair, bag.

-Please point to the door, window, blackboard, clock, floor, ceiling.

-Please point to the door, stand up, walk to the door, open the door, close it and

go back to your seat. stop. Touch your partner’s desk. Now sit down.

-Please open your bag. Take out your pencil case. Put it on the desk. Open the pencil case. Pick up a pencil. Put it on your head. Pick it up. Now put it on your partner’s head. Pick it up. Put it in the pencil case.

-(黒板に月を表す単語カードが並べられているとします) Class, please point to January, February, March, etc. (と順序どおりにしたら、今度は順序を変えて指差しをさせます) A 君。Stand up. Point to September. All right. Walk to the blackboard. Pick up the card. Show it to the class. Good. Go back to your seat. Sit down. Thank you. Any volunteers?

-Let’s act out what you do each month. それぞれの月に自分がすること、あるいはしたいことを動作で示しましょう。January! Oh, A 君、You ski. B さん。What are you doing? 何をしているの? ああ、雪だるま作り! B san is making a snowman. C kun is eating rice cake. Am I right? 御餅を食べているんだよね。

などと日本語まじりで動作を認め、誉め言葉を与えて自己表現を励まします。

教育的効果

*TPRの効果は、まず、単語の聞き取りの力を伸ばすことです。また、単語と単語の結びつきから、主語+動詞+目的語という英語の最も大切な文型の語順を定着させることができます。また、big apple, small apple , a pencil on the desk, a pencil on the head, などを選ばせることで、修飾関係も無意識のうちに習得させることができます。

*次ぎにリスニングの力が伸びます。TPRでは一連の流れの中で単語や文の意味を理解する習慣がつくので、知らない単語に遭遇しても文脈から推量する能力がつきます。また、身体動作をして単語や文を理解するので、聞き手や読み手の立場にたって、人の気持になって、英語を聞いたり読んだりすることができ深い理解につながります。

*ALTがやる英語だけの授業に抵抗が少なくなります。TPRでは、意味が分からない時には、周囲の仲間の動きや教師の身振りなどを手がかりに、推理して行動します。日本人は「あいまいさへの耐性」が低いといわれていますが、実際のコミュニケーションでは、あいまいなままでも会話を続け、次第に明確にしてゆくことも必要です。あいまいさへの忍耐の欠如は克服すべき点なのです。TPRはこの点でも役立ちます。

*身体動作や言葉での自己表現への抵抗感が減ります。ジェスチャー・ゲームのような活動はもちろんですが、身体の各部の動きを意識させるだけでも身体表現への抵抗感を減らします。その例を紹介します。たとえば、次ぎのような文に反応させます。

-Touch your head, shoulders, neck, stomach, waist, knees, toes.

- Shake the head, shoulders, neck, upper body, legs, knees, feet.

- Make a triangle/ circle/ square with your fingers/ hands/ arms/ whole body.

- Make A, B, C, D, etc. with your hands, body and legs. Work with your partner.

このような英語の指示が複雑だと思うなら、命令文をカードに書いて、それを読み上げてもタイミングさえ間違いなければ、活動はスムーズに進みます。

*演劇的な活動にも通じます。次ぎのような一連の動きを、まず、絵などで示してイメージを作らせたあとで、自分の身体を創造的に利用して、創作的な活動に取り組ませます。

- Suppose you are a piece of ice. Your head starts to melt, shoulders, etc.

- Close your eyes. You are a candle. Stand straight and hard. I’ll light you up. Now your head burns and melts, your arms, shoulders, legs, knees, and you melt down on the floor.

最後の2つの例はかなり英語が難しく、身体表現としても高度なものですから、これにチャレンジするには、教師にも児童にもかなりの経験が必要でしょう。しかし、児童が楽しみながら身体表現に取り組むようになれば、彼らの言葉での表現意欲は飛躍的に高まります。こうした活動はイギリスでは「ムーブメント教育」と呼ばれ、自己表現能力の育成に効果があるとされています。

*ドラマ的な活動に繋がる。舞台で定まったせりふを、きまった登場人物が話す劇の上演とは区別して、児童が劇的な活動を通して創造性や言葉の力を伸ばす活動は「ドラマ活動」と呼ばれます。せりふを暗記して、教師の振付けを舞台で演ずる活動は、かなり精神的に成長していないと、児童の主体性や創造性を奪いかねません。「ムーブメント教育」で身体表現に自信を持たせたら、物語を話しその中でいろいろな動きやせりふを児童自身に発見させてゆくドラマ活動こそ、小学校の児童の発達段階にふさわしい演劇活動だといえます。

4. 振り返り

1) TPRを中心にした英語活動を設定するには、自分の学校のどこがふさわしいでしょうか。動き回るための広さはもちろん必要ですが、あまり広いと教師の指示が徹底しなくてコントロールがしにくくなります。

2) 杖と椅子のある教室では、どのような活動がこのアイデアで可能でしょうか。たとえば、机の上に本と鉛筆と消しゴムを置いたとして、in / on/ under/ betweenなどを用いて、位置関係を教えるTPRを考えてみましょう。

3) TPRをよりinteractive にするには、児童同士を関係づけることが効果的です。たとえば、Pick up your pencil Put it on your head. Pick up your partner’s eraser. Put it on his/ her head. Now, your partner is going to do the same thing. などの指示で楽しみながら活動させることが大切です。

お断り

この講は、藤沢の小学校ではまだ、実践していません。実際、『英語ノート』に記載されている活動を消化するだけで手一杯だからです。しかし、先進的な地域では、『英語ノート』に捕らわれず、自分たちで工夫した活動にも是非チャレンジして欲しいものです。そのときにはTPRの発想や方法がきっと役立つことと思います。

(配信日 2009/11/01)