2.6. 実践段階(その1:点検)

AR支援ネットワーク通信(14) 「実践段階(その1:点検)」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

「通信12・ 13」では、「アクション・リサーチ交流会」の様子や、そこでの基調講演の内容を説明しましたが、今回からはもとの計画に戻り、ARの実践段階で留意すべき点を説明します。ポイントを3つに絞り、(1) 計画の最終チェック、(2) 生徒や同僚との協働、(3) 仮説の訂正をそれぞれ説明します。今回はこのうちの(1) を扱います。

1.最終チェック

リサーチしたい点が見つかっても、すぐにそれに飛びつかずに、ARの課題として適切か否かを検討することが大切です。ARS@MUの場合は、夏休みの宿題としてARの課題を決め、多少なりとも文献研究を実施し、リサーチ・フォーマットを完成してくることになっていました。また、夏休み中に、まだ決定していない人のために、問題発見のマニアルをメールで送りました。ですから、夏休み後の最初の会には、出席者の大部分はフォマットを一応は完成してきていました。会では、それを見ながら、以下の視点で自己点検し、その後ペアで話し合いをしました。Yes の回答が各5項目中3項目以上ない場合は、リサーチの内容を見直すか、表現をもっと焦点化するようにアドバイスしました。

自己点検のためのリスト

a)扱う問題は適切か?

• 教師が教室で対応することで、期限内に改善が期待できる問題か。

• 大部分の生徒に関わり、また、他の教師にも関心のある問題か。

• 生徒の(隠された)願いに応え、解決が生徒の利益になる問題か。

• クラスの長所が生き、また、教師も意欲的に取り組める問題か。

• 文献や他の実践から、解決の方策になにがしかの手がかりのある問題か。

b)事前調査の計画は問題に対応して適切かつ十分か?

• 対象クラスの特徴を地域や学校の文脈の中で捉えようとしているか。

• 個々の生徒の実態(意欲、好き嫌いなど)の質的データーを集積しているか。

• 生徒やクラスの実態(英語力や行動など)の数量的データーを集積しているか。

• 個々の生徒のこれまでの学習暦や将来の進路などを調べようとしているか。

• 教師自身の指導法や生徒理解の方法を調べようとしているか。

c)リサーチ・クエスチョンの方向性が明確か。

• 事前調査の結果を踏まえた現実に立脚したクエスチョンか。

• 研究の到達目標は具体的で、かつ、達成可能で、道筋が明確か。

• 道筋にそって進行していることの検証が可能か。

• 検証作業は授業中に実施できるか。

• 対策(仮説)の結果を集積すれば、RQへの解答になるか。

d) 仮説が関連性を持ち、論理的に設定されているか。

• クラスのムード作りやリサーチの準備的な活動が工夫されているか。

• 関連する言語的側面(発音、単語、文法など)の学習に配慮されているか。

例:スピーキング能力を伸ばしたいなら、それに直接関係している単語指導

(発音も含めて)や表現に必要が構文や文法項目の指導を十分行い、必要事項を学習させているか。

• 学習の成果を享受する発展的な言語活動が工夫されているか。

例:スピーキング能力を伸ばすなら、機械的な練習だけでなく、学習した成果を生かして、

スピーチやデベイトやALTとの会話で自分を表現した活動に従事させる工夫があるか。

• 生徒が自分の伸びを評価できる仕組みがあるか。

• 授業時間や教師の労力などを考慮して、過大な期待になっていないか。

実践や検証の方法の見通しはできているか。

*実践の基本は生徒との協働であることを認識した計画になっているか。

*授業中のメモや生徒の行動や発言の観察で途中経過を検証する工夫があるか。

*中間や期末テストを利用して、数量的なデーターを集める工夫があるか。

*途中で生徒の意見を聴くことは必要だが、迎合しない姿勢はあるか。

*生徒の変化ばかりでなく、教師の変化も記述する機会を確保しているか。

実際はARS@MUのメンバーにはこのリストは初見ではなかったのですが、いよいよリサーチを開始する段階で改めてリストで点検することで、扱う問題が整理できたようです。それでもリサーチの方法が見つからない人には、私からアドバイスを与えました。

ここで、用語について説明が必要です。「ARでは教師が直面する教室内の問題をリサーチする」という表現をよくします。ただ、この「問題」というのは、必ずしも「教師が扱いに困っている問題」という意味ではなく(実際はこの場合が多いのですが)、「教師が教室で取り扱いたいリサーチの課題」という意味でもあります。ですから、「教室にはなにも困る問題はない」という人は、「クラスにもっとこの力を伸ばして欲しい」という視点から「問題設定」を考えることになります。

さらに、ARは「授業を改善する」ためだけではなく、「理解を深める」ためにも行います。自分のリサーチが「改善」を目指すのか、あるいは、教室内で起きていることがらをより深く「理解する」ことを目指すのか、目的を明確にすることが大切です。このような点検がすめば、いよいよ実行です。ただし、ARは、一人ではできません。生徒や同僚との協働は不可欠です。では、どのように生徒に働きかけていくか、また、同僚の場合はどうか。さらに授業観察の留意点について、次の通信でお知らせします。

(配信日 2009/01/15)