1.5. Review: 教員研修とアクションリサーチ

☆AR支援ネットワーク通信(5)「REVIEW 教員研修とアクション・リサーチ」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

「AR 支援ネットワーク通信」をお読みいただきありがとうございます。7月1日からこれまでに4回のメールを配信いたしました。本で言えば、第1章が終了したところです。ここまで読まれて、実際に研修を企画・運営されている皆さんは、どのような感想をもたれたでしょうか?

この通信では、情報が一方通行にならないよう、皆さんの意見を紹介したり、共通の課題を取り上げ議論したりするなど、できる限り双方向で進めていきたいと考えています。そのために、レクチャーの区切りごとに、このようなREVIEWを設けていく予定です。REVIEWの第1回は、5年間の英語教育指導力向上研修でアクション・リサーチを実施してきた高知県教育センター指導主事のYさんとIさんの感想をもとに、これまでのレクチャーの内容を振り返ります。

■アクション・リサーチと達成感

「佐野先生からのメッセージを拝読するたびに元気をいただいております。佐野先生のメッセージは、いつも英語教育、人に対する情にあふれていて、どんなトピックでも的確な具体例によって、「動きが目に見える」ように導いてくださるからです。どこまで頑張ってもゴールはない教育という仕事に携わる私たちにとって、「具体的なゴールに向かう」という発想は本当に大事なことだと思います。それが佐野先生に御指導いただいたARに高知の英語教員が嬉々として取り組めた理由の一つではないかと思います。」

5年間取り組んできて、アクション・リサーチには、達成感が実感しやすいという特徴があることが分かってきました。自己評価では、「授業について深く考察するようになった。」「生徒のニーズを踏まえて授業を実施するようになった」など、アクション・リサーチに取り組んだことで、自らの変容が実感できたとする意見が多く見られました。授業に対する肯定的態度が高まるのです。これは、具体的なゴールを定め、生徒をじっくり観察して、データをもとに検証するプロセスがあることによるのではないかと考えています。この辺りにも、教員研修でアクション・リサーチを実施する意義があると言えそうです。

■初任者研修とアクション・リサーチ

「初任者研修では、具体的な短期目標を掲げるように気をつけています。受講者たちはあまりにも多くのことを一度に吸収しようと焦ったり、憧れ描いてきたものと現実とのギャップにつぶれてしまったり、悩みを相談できないまま自分は駄目だと思い込んでしまったり、激動の一年を過ごしているように見えます。そんな初任者さんたちには、自分を見直し自信を持ってもらうために、「ミニミニAR」をしていただいています。」

今年の初任者の授業研修に私(長崎)も同行させていただき、授業後の研究協議にも参加させていただきました。その中で、感じたことは、初任者の段階では、自らの力で課題を見つけ、その解決策を探っていくのはなかなか難しいということでした。メンタリング(コーチング)の基本にある、クライアントの経験や知識が乏しい段階では、一定の「指示」や「指導」が必要であるという考え方とも、一致します。アクション・リサーチをやれば自動的に授業改善が図れるという訳ではなく、本人の経験や力量、パーソナリティーなど、様々な要因を考慮に入れて、支援していくことが必要になるということでしょう。教員研修でアクション・リサーチが効果を発揮するには、優れたメンターの存在が必須です。これは、私たちにとっての今後の重要な研究テーマです。

■10年次研修とアクション・リサーチ

「10年経験教員研修に関しては、佐野先生のメールを本当にうなづきながら読みました。10年の教科研修はこの夏、二日連続で合計4日間ありました。その中で「よかった」、「研修が有効であった」と思えるのは、受講した教員同士が十分に日頃の実践を語り合い、課題を出し合いその手だてを考え、2,3人のグループに分かれて指導案を考え模擬授業をする時間がもてたことです。」

「中学校の受講者は5名、全員英語教員指導力向上研修も受講し実践(自信も)ある方たちだったので、5月の1回目の教科研修の時には、あまりこちらの話を受け入れようという姿勢がなく、私自身不安を感じたことでした。しかし、受講者同士の話し合いが深まるにつれ、研修の雰囲気は良くなり、5人ともとても前向きに協力して取り組んでくれました。自主的に資料を持ち寄り、情報交換をしていたりで、こちらは取り組むテーマの投げかけと時間の管理をしていれば良いという感じになりました。」

「高校の10年経験者研修は、自己課題解決を柱に、1年間の研修を組み立てています。年度当初に研修計画を立てるのですが、みなさんARの経験がありますので、RQ、仮説の設定など一連の流れがすでに自然に入っています。改めて、ARの偉大さを感じます。また、佐野先生がネットワーク通信でおっしゃっているように、経験、知識が豊富で指導力が高い方がほとんどです。それぞれの貴重な10年の軌跡を具体的に他の受講者に「自分のウリ(強み)」として示していただく機会とも捉えています。学校では若手教員の指導にその「ウリ」やセンターでの研修を生かしてもらう。若手教員を指導することによって、自己のこれまでの仕事の整理や理論の裏づけができること、そして「教科会の組織力の必要性」を意識していただけるのではないかと思っています。」

10年の経験を積んだことで、受講者の皆さんは、それなりの自信を身につけてきていることが伺われます。一方で、 personal theoryが固定化されてくるという側面もありそうです。やはり、受講者のニーズや特徴をしっかりと把握したうえで、研修計画を立てることが大切になるでしょう。また、10年の経験をもとに、後輩たちのメンターの役割を果たすことを研修の一部と位置づけるという指摘は、とても重要だと思います。それによって、自らの実践について、さらなる確信と自信を得るだけでなく、同僚性の中で、教師としての自己成長が促されるような職場づくりも視野に入れておくことができるからです。アクション・リサーチを身につけた次代のリーダーが、生き生きと活躍できるアカデミックな学校づくりを目ざしたいものです。

■英語教員研修のフロンティアに

メールによるレクチャーの中でも、日本の教員養成の問題点についての議論がありました。

「昨年丁度、カナダの教員養成課程を調査する機会に恵まれました。イギリス同様、大学院レベルでの教員養成が基本であり、大学と教育委員会と学校との連携により「資格」に相当するプロの教員を育てるシステムが構築されていました。「教員の資格を持つ人」とは具体的にどんな力がどれくらい備わった人のことなのかが気持ちよいくらい明確でした。日本の教員養成課程、教職大学院の今後も気になるところです。」

5年間、アクション・リサーチを実施してきて、私たちは何度も、我が国の教員養成の問題を考えざるを得ませんでした。人より少し英語ができて、少し教授法や指導法を学び、2週間程度の教育実習をやれば、教員として教壇に立てる。教員という仕事は、それほど簡単なものなのかと。人の命を預かる医師が、必要な訓練とインターンシップを経て、医療の現場に立つように、もっと専門職として厳しい訓練と教育が必要ではないかと。なぜ、アクション・リサーチなどの方法を教え、自らの授業を改善する力量を、教員養成の段階から身につけさせないのだろうかと。

もちろん、長年続いてきた、我が国の教員養成が、短期間で変わるとは思えません。だとすれば、採用後の教員研修の重要性がより一層高まります。現行の制度の中で、真のプロの英語教師を育てるためには、アクション・リサーチが不可欠なツールだと私たちは考えています。しかし、我が国では、まだまだ未開拓の領域です。この試みが、日本における英語教員研修のフロンティアとなる、そのような願いと確信をもって、共に取り組んでいきたいと思っています。

(配信日 2008/09/01)