3.3. 校内研修の基本路線

小学校外国語活動通信(3) 「校内研修の基本路線」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

これまでの通信で、外国語活動の校内研修は情報伝達型だけではだめで、参加者が協働して作り上げる姿勢が大切だということ、個々の教師の主体性は尊重されるべきだということ、そのことが外国語活動の目標に照らしてみても、また、体験的に学習するという指導法の原則からしても必要なのだと説明してきました。指導法の知識や技能は全員が一緒に学ぶ部分は必要だが、それをどのレベルまで習得するか、また、どう授業に取り入れるかについては、個々の教師の判断に任せるべきだということです。そうすることで、責任を持って、主体的に外国語活動に取り組む姿勢が育成できるのです。

しかし、こうした理想論が月に1回、1回2時間足らずの研修で実現可能なのでしょうか。この稿では、まず、文科省版の研修の問題点を指摘し、より深い理論的な理解や指導技量の段階的育成が必要だと指摘し、その上であるべき研修の進め方の基本路線を提案します。

■文部科学省版の問題点

文科省作成の『小学校外国語活動研修ガイドブック』では、2年間に30時間の校内研修の時間を確保し、(1)授業指導力向上研修 (2) 英語運用能力向上研修の2本立てを薦めています。具体的には1年目では、(1) に関しては、外国語活動の理論を含めたオリエンテーション、研究授業と授業研修会、教材作成研修会、指導主事訪問、校内協議会での反省と課題などです。(2) に関しては、クラスルーム・イングリシュや英語の歌やチャンツ、ゲームなどの講習を提唱しています。2年目も、基本的には1年目と同じですが、後半では指導方法や授業運営のケース・スタデーの実践と検証が含まれています。また、教師が一同に集まって行う集合研修だけでなく、『英語ノート』やそれに附属するCD, また、『研修ガイドブック』を用いて、英語の表現や発音、クラスルーム・イングリシュなどを自主的に学ぶ自己研修を求めています。

すでに英語活動の実績を積んできた学校でなら、こうした資料を手がかりにして、集合研修と自己研修を組み合わせて進めることは意味があるでしょう。しかし、この「通信」で取り上げた学校のように(実は、同じような学校が全国では沢山隠れていると私は考えています)、外国語活動に批判的な教師が複数いて、また、これまでの英語活動の経験もない学校では、文科省版の研修には無理があります。たとえば、オリエンテーションで外国語活動の意義を説いたところで、批判的な教師の態度が急変することは期待できません。むしろ彼らの意見も尊重しながら、実践を振り返る中で疑問を話し合い、理解を深めることが必要です。また、授業力についても、中核教員の授業を見た後は、自己研修で伸ばせと言われても当惑するだけです。実際には挨拶の指導さえ自信がないのです。文科省が考えている以上に、多くの教師が授業の進め方や英語力に強い不安を抱えているという現実からスタートするのでなければ、校内研修の成功しないと私は思います。

結局、「校内研修は情報伝達の場」という発想では、教師の不安の解消も、授業力を伸ばすこともできません。まして、授業改善の力を伸ばすことなど望むべくもありません。何故なら、情報伝達の研修は教師を受身にしてしまい、自主的に、かつ、協働して問題に向かおうという意欲を殺ぐからです。では、どうすればよいのでしょうか。

■佐野版校内研修

経験がない教師に突然外国語活動の授業をすることを求めるのは、泳ぎ方を知らない人に、「今、すぐに海に飛び込みなさい」と要求しているようなものです。中には投げだれたとたんに泳ぎをマスターする人がいるように、少し経験しただけで外国語活動の授業力を身につける人はいるでしょう。しかし、多くの教師にとって、step by step の指導が望ましいことはいうまでもありません。水泳なら、まず、顔を伏せて水に浮くことができてからバタ足に、その後息つきなしで10メートル、息つきをして15メートル、20メートルと指導したほうが、容易に泳ぎが習得できるのと同じことです。英語の挨拶や歌やゲームなどの活動の指導法を個別に学習する必要があります。それらができた段階で、活動を組み合わせ、時間も次第に長くし活動に慣れていくほうが実際的です。

また、これと平行して、外国語を小学校で教える意義や個々の活動のねらいについて、情報を与え、実践して意見交換する機会が必要です。当然のことですが、実際に授業で使う以上の知識や情報を教師は持たなければなりません。授業力と認識の深まりは両輪の輪のように進まなければならないのです。ですから、校内研修では講義で情報を得ることと、指導技術の練習と、意見交換で考えを深める振り返りの3者がバランスよく計画されなければなりません。

こうしたバランスのとれた研修を通して、児童の自主性を大切にした授業を展開する力が身につくのです。ですから、研修は学校を民主的な学びの場とし、同僚性を高める協働の場でもなければならないのです。

■研修の基本路線

では、研修を計画する際の基本路線はどうあるべきでしょうか。私の関係している学校では、研修は教員全員が参加する全員研修と、5-6年生の学級担任が中心の担当者研修の2種類があります。しかし、いずれの場合でも、『英語ノート』で扱われる活動の一つにテーマを焦点化して実技演習をし、その一方で外国語活動についての理解を深めるための講義と話しあいを持つことにしています。全員研修では講義に、担当者研修では実技演習により多くの時間を割きますが、基本は同じ発想で進めていますので、両者を区別せずに説明します。研修の基本路線は以下の通りです。

1) 校内研修を情報伝達の場ではなく、協同研究の場と位置づける。

講師がある情報や技術を伝えたら、それについて話し手と聞き手、あるいは、教師と児童などの役割を変えながら、話し合ったり練習しあったりして、自分なりの指導法の習得を目指します。また、その後の話し合いを大切にすることで、「皆が発展途上」の精神を大切にしてゆきます。

2) 理論と技量と振り返りのバランスを大切にする。

例えば、初回の研修の目標は、「外国語活動の目的の理解」です。まず、全員が私の講義を聴きます。時間は20分程度です。(その概要は、やがて「通信」に出します。講師がいない場合には、「通信」をコピーして全員で読み、意見交換してもよいでしょう)その後、相手を変えながらペアで講義内容について意見交換をします。結論を出すことが目的ではなく、いろいろな考え方に触れることで自分の意見を相対化し、「自分の思い込みに気付く」ことです。15分程度は必要でしょう。

一方、実技編では『英語ノート1』の最初のレッスン「日常の挨拶ができる」を扱います。まず、講師の後について発音練習とペアでの対話練習のあと、一人が先生役、もう一人が児童役で行います。また、4人チームになり、一人が教師役で指導法の練習も行います。35分は必要でしょう。

最後は、今日の研修で気付いたこと、考えたこと、実施してみたいことなどを簡単に個人に発表してもらいます。互いの考えが理解できるだけでなく、講師にとっては、研修のねらいが達成できたか評価する機会でもあります。最後に、今日の気付きをポートフォリオに書くこと、また、短時間でもよいので、挨拶の活動を実際に教室で試みることを宿題とし終わります。20分程度は必要でしょう。

3) 個人研修の到達レベルは各自が選択する。

個人研修は研修で取り上げた月ごとのテーマに関して、各自が練習し、教室で実践することを期待します。また、到達目標にレベルを設定し、各自が自分にも実施可能だと考えるレベルを選んで、次回までに達成度を自己評価し記録しておきます。例えば、「日常の挨拶ができる」なら、

a)定型表現を用いた挨拶ができた。

b)ごく短時間ではあるが、授業で実践できた。

c)発音(リズムやイントネーション)に注意し、楽しみながら指導できた。

d)表情、身振り、組み合わせなどを)工夫し、児童が楽しめる活動が実施できた。

が考えられるでしょう。外国語活動の授業を持っていない人でも、a) b) のレベルなら実施可能ですから、少しずつ慣れることを目指します。理想としては、外国語活動担当者は授業ごとに到達目標の達成度を簡単な報告書に記入し、「外国語活動実践箱」に投入しておきます。

4) 指導案は各自が決める。

研修で扱ったテーマを含めて、それぞれ指導案を作成します。45分でいろいろな内容を扱う人もいるし、10分でテーマに関わる部分だけを試みる人もいます。選択は自由です。理由は、押し付けられた活動では教師に自由がなく、自由がなければ責任を持って改善しようという意欲が生まれず、「英語の楽しさを児童に伝える」工夫をしなくなるからです。テーマに関る部分は全員が実践し、簡単な報告書に記入し、「実践箱」に投げ入れておきます。報告書の内容は、月日、学年、活動のタイトル、活動時間(何分)、テーマに関して自分が選択したレベル、成否、気付きなどが必要でしょう。「気付き」の欄以外は、選択肢や数字で答えられるように工夫します。(残念ながら、時間の不足で、私の訪問している学校では、この部分は実践できていません)

5) 研修会では達成度を調査し、アイデアを交換する。

研修会では「実践箱」から報告書を出し、メンバーの到達度を調べます。平均がBレベルに達していれば合格と考え、次のテーマに移ります。到達しないメンバーが多ければ、テーマの選定や到達目標に無理がなかったかを話し合い、再度、同じテーマにチャレンジします。このようにして、次第にレパートリーを増やし、より高いレベルを目指すのです。

ただ、研修会はチェックが目的ではありません。実践を振り返り、同僚のアイデアや児童についての発見、英語や授業についての気付きなど、建設的な話し合いの場としてゆくことが大切です。

6)実践は全体研修で報告し、担当者以外の意識の変革を図る。

現在担当していない教師も、早くからの準備が必要です。それ以上に、外国語活動の研修が協同研究であることを常に全員に意識しておいてもらわないと、「得意な人がやればよい」という無責任な態度が生まれ、担当者に負担のしわ寄せが生じるからです。外国語活動は担当していなくとも、「楽しそうだから、自分もやってみたい」と考え、音楽や体育などの他教科の時間などで、1年生からでも少しずつ試みることを励まします。

7) 研究授業は年2回実施し、振り返りの機会とする。

1年に2度、保護者や指導主事を招いた公開授業を実施し、研究テーマがどの程度教師や児童に定着したかを探り、また、今後の進め方を話し合います。「子どもが英語好きになり、クラスの人間関係も良好になっているか」という視点から振り返り、次年度の研修の立案に生かします。

■まとめ

残念ながら、ここで書いてある全てを私が講師をしている学校で実践しているわけではありません。計画倒れの部分もいくつかあります。しかし、より大規模な学校で、外国語活動の授業力に能力差があるところでは、こうした準備と体制づくりに十分な時間をかけ、最初から合意の上でスタートすれば効果的だろうと考え、アイデアを書きました。

私は関っている学校では、担当者の5年生も6年生も学年としてのまとまりがあり、研修で扱ったことを中心にリーダー格の教員の呼びかけで、時間を見つけて不定期な研修を進めています。具体的には、互いの授業に参加したり、協力して指導案を練るなかで、「皆が発展途上」の精神が生かした協働が進行しています。講師としては嬉しいことです。

(配信日 2009/07/15)