1.3. 初任者研修とAR

☆AR支援ネットワーク通信(3)「初任者研修とAR」 横浜国立大学名誉教授 佐野正之

■はじめに

前回の「通信」では、personal theory から自由になって授業改善に取り組むためには、授業しながら授業をリサーチする(原因と結果を考えながら、物事を論理的に追求すること)姿勢を育てることが大切だと述べました。このことは、特に、初任者研修に当てはまります。というのは、自分の思い込みで間違った授業をしているのに、注意されずに野放しにされると、課題が化石化して、生徒から英語を学ぶ楽しさを奪い続けることになるからです。あるいは、内心の不安を隠すために、授業公開を極端に嫌う教師になってしまうかもしれません。いずれにしても、早めの手当てが必要です。こうした危険が顕在化しているのは、日本の教員養成に一因があります。それは、フィンランドや英国の教員養成と比較すると一目瞭然です。英国の例を紹介しましょう。

■英国の教員養成

英国では教員養成は大学院レベルで行われるのが普通です。しかも、在学期間の3分の2は複数の実習校での研修に当てるように法律で定められていて、そこでは、ベテラン教師の授業観察はもちろん、マイクロ・ティーチングでの指導技術の向上や、段階をおった実習など、細かな計画が大学と実習校の緊密な連携でなされています。特に、授業実践のあとでは、メンター(教育実習生の指導にあたるベテラン教師で、他の校務は一切免除されている)と大学の指導教官による個人指導が徹底的に行われ、ポートフォリオやアクション・リサーチで自分のpersonal theory を見直し、実践的な知識や技量を磨く機会がふんだんに与えられるのです。さらに、教員の資格は国家資格ですから、教科の知識や技量だけでなく、クラス・マネジメントから動機付けの方法や評価、はては、同僚や保護者との対応まで国で定めたレベルに達しているかが調査され、その上で免許状が出されるのです。2週間や3週間の教育実習でお茶を濁す日本とは大違いです。

もちろん、日本でも初任者の指導に当たるベテラン教師はいるのですが、その先生自身が自分の仕事で手一杯な現状では、多くのことは期待できません。そうなると、教育センターでの初任者研修が重要です。プロの英語教師として、自立して成長してゆくためには、教育センターの働きかけが求められているのです。実際の研修内容は多岐に渡るので、ここでは授業改善(=personal theory からの脱却)と、クラス・マネジメントについてだけ説明します。この2つが日本型の教員養成では、最も身につかない能力だからです。

■授業改善:Personal theory からの脱却

(1) 実態報告と意見交換。

教室でのsurvivalに不安を感じている人は、personal theoryからの脱却も、その後の成長も望めません。そこで、まず、初任者同士で悩みを交換させ、悩んでいるのは自分だけではないことに気づかせます。大学で習った教授法が通用しないとか、英文和訳でさえもうまくいかないとか、悩みは雑多でしょう。そこで、教案を示しながら、どのように教え、どこで問題が生じたか実態を報告させます。そのとき、指導主事は善悪の判断をせずに悩みを聞いてやり、仲間の実践や話し合いから解決方法を自分で見つけるように励まします。そこでの気付きや、その後の実践をポートフォリオに記録させ、また、自分の英語学習歴も書かせて、personal

theory との関連を考察させ、発表させます。

(2)理論は実践と結びつけて

指導要領や評価についての講義は必要なインプットです。ただ、それが生きて働く力となるには、理論と実践を結びつける道筋を示してやることが必要です。たとえば、他の初任者と協働で、評価の理論と教材とを結び付けた指導案を作り、モデル授業で練習させ、授業改善に繋がるかを話し合わせます。その上で実際の教室で試し、生徒の行動や自分の認識にどのような変化を生んだか、ポートフォリオに記録させます。結局、理論は単なる知識ではなく、実践と結びつけて利用するもので、教師は常に新しい情報を利用し、自分の指導力を向上させる責任があるのだという意識を育てます。

(3) 観察やビデオによる授業研究

ベテラン教師の授業観察や、ビデオでの授業研究もpersonal theoryからの脱却に役立つインプットです。複数のモデルを見せ、話しあいの時間をとります。ひとつに偏ると、表面の物まねに終わるからです。また、自分の授業をビデオで紹介するときは、初期は撮る箇所を限定し、指導力の伸びに応じて撮る時間を延ばしてゆき、最後に授業の全体像が完成するようにします。この点は、アクション・リサーチとも関連するので後述します。

■クラス・マネジメント

(1)授業とクラス・マネジメント

クラス・マネジメントというと、生徒を押さえつけるテクニークと誤解されがちですが、実は、より「分かる」「楽しい」「力のつく」授業にするために、生徒をどのように授業に参加させてゆくか、そのための方策を捜すことなのです。ですから、授業の目標を明確にし、生徒とshare することが第一歩です。次ぎに、その目標や時間に応じて、全体学習、グループ学習、個人学習などの形態を適切に組み合わせて使用するのです。そのそれぞれに指導上の留意点があることに気付かせ、習得させます。

(2)教室のムード作り

効果的な授業には、教室に前向きな雰囲気があることが必要です。しかし、それは当初から用意されているわけではありません。生徒との相互理解を深めるなかで、ということは、教師もまた、英語にかける思いや、自分が生徒だったころの英語学習などを積極的に話してやり、英語や自分に関心を持ってもらうように努力する中で、次第に育成していくものなのです。生徒に迎合したり、逆に、教師の権威を振り回したりせずに、友好的でかつ責任のある態度を持って接することが大切です。特に、孤立している子には、まず、教師が知り合おうとする姿勢を示し、それがクラス全体に広がることを期待します。

■まとめ

指導法の改善とクラス・コントロールは一体だということがお分かりいただいたと思います。一度に完璧な授業は期待せずに、ワンステップずつ、着実に力を伸ばしていけるように、見守っていきたいものです。

第1期の6月末までは、指導法については挨拶、復習、導入までに改善のポイントを絞り、コントロールに関しては、生徒の名前を覚え、個人的な対話を増やしてクラスに明るい雰囲気を作るという目標を指定し、それまでの取り組みをポートフォリオに記入し、全体講習の場で発表します。また、各学校の指導教員にも期ごとの目標を通知し、その点に集中して指導してもらうようにします。第2期には、第1期で達成できなかった点も含めて、教科書本文の指導と言語項目の定着を改善のポイントにし、コントロールでは、いろいろな学習形態を取り入れ変化をつけることを目標にします。第3期では、まとめの言語活動と評価、自己表現活動への積極的な参加などを改善の目標に設定することが考えられます。

このようにして、一通り指導法やコントロールの方法が習得できた段階で、今度は授業全体をビデオに撮り、問題点を自分で発見し、それに対する対策を講じて実践するミニ・アクション・リサーチを実施します。その結果を発表すると同時に、自分の英語指導に対する考え方が4月からどう変化したかを記録させて、次年度の目標と具体的な方策をレポートさせて初任研修を終わります。

(配信日 2008/08/01)