小学校外国語活動 (14) 「校内研修 第10回目:授業の評価」
横浜国立大学名誉教授 佐野正之
■はじめに
一通り外国語活動の授業が流せるようになると、誠実な教師なら次ぎは、「授業はこれで良かったのだろうか」とか、「改善には、どこを注意すべきか」という疑問を抱くことでしょう。この疑問の解決には、当然、毎時間の評価の視点をより意識的に、明確に定義することが必要になるわけですが、外国語活動の授業ごとの評価を論じる前に、少し、一般論として「評価」とは何かを考えてみましょう。
■評価とは何か?
「評価」というと、「成績をつけるための作業」と考えられがちです。確かに「評価」するには、児童がどの程度の技能や知識などを身につけたかを調査しなければなりません。この代表的なものがテストです。個々の児童の力を正確に捕らえないと指導効果の判定が不可能なので、テストで代表されるassessment (測定)は評価の重要な一部です。外国語活動の場合は、テストで能力や意欲を見ることはなじみませんから、個々の児童が何ができるようになったか、どのように取り組んだかなど、毎時間の授業観察や発表活動や自己評価やアンケート調査などで意識的に見取るようにします。個々の見取りをしないで、クラスのムードだけで授業の成否を判定してはいけません。もちろん、外国語活動を始めたばかりのころは、十分な見取りするゆとりはないでしょう。しかし、一通り授業ができるようになったら、次ぎは、見取りの力を伸ばすことを心がけます。クラスの人数が多く、授業ごとに全児童を対象にすることはできない場合は、対象とする児童を絞り、複数回の授業で
実態の把握に努めます。クラスを盛り上がりは大切ですが、それだけでは「測定」にはならないのです。
では見取りで「測定」すれば、それで十分なのでしょうか。そうではありません。その「測定」の規準が学年の授業目標やクラスの実態から見て適切だったかを判断しなければならないからです。すなわち、使用尺度が適切だったかの判断が必要です。分かりやすい例を挙げると、分数の授業だったのに割り算の問題だったり、計算問題ばかりで考える問題が含まれていなかったり、難しすぎてクラスの実態にそぐわないテストであれば、テストの数値も、また、テストの対象になった授業のあり方も、ともに見直しが必要です。同様に外国語活動でも、授業が本当に目標に見合ったみとりをしたか、また、指導が適切に行われたかを含めて総合的に判断するevaluation (評価)が必要なのです。
ということは、「評価」には児童の成長を確認する目的と、授業が(指導法や教材だけでなく、目標の設定も含めて)正しく行われたかをチェックする2つの目的があることになります。1時間の授業でも外国語活動の目標を念頭に置いて、評価の視点を設定しければなりません。そこで、再度、外国語活動の目標を考えてみましょう。
外国語活動の目標
外国語活動の目標は指導要領で次ぎのように定められています。
「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」
この目標を3分割すれば、
(1) 外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深める。
(2) 積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る。
(3) 外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませる。
この3点は、中学校の指導要領で目標を3分割した場合の
(1) 外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深める。
(2) 積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る。
(3) 聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。
と極め似ています。「コミュニケーションの態度」は同じで、「言語・文化の理解」では小学校に「体験的に」の文言が加えられているだけです。最も異なるのは第3の目標で、小学校では「音声や基本的な表現に慣れ親しませ、コミュニケーション能力の素地を養う」が中学校では「4技能などのコミュニケーション能力の基礎を養う」に変わっている箇所ですが、これも要求度のレベルの差と読めなくもありません。ですから、類似点に注目すれば、「小学校の外国語活動は中学校の英語をレベルダウンして実施することだ」と読めなくもないのです。
しかし、類似点だけを重視するのは誤りです。目標を誤って捕らえると、授業の進め方も誤ることになります。たとえば、買い物の場面を扱うときに、まず、意図的に単語や表現を教え込み、その後、表現を繰り返し練習させ、最後に役割を決めて対話練習して終わるという指導をしたとします。これは、中学校の英語授業では最も一般的なパタンでそれなりに理屈のある指導法ですが、外国語活動のねらいにはそぐわないのです。では、中学校の英語授業にはない外国語活動の特徴とはなんでしょうか。それは、小・中の目標で異なる部分に注目することで明らかになります。すなわち、「体験で学ぶ」「気付く」「素地を養う」ということです。それぞれを簡単に説明しましょう。
■外国語活動の特徴
まず、「体験で学ぶ」を考えてみましょう。中学校の英語指導では、原則として、単語や文法を導入した上で十分練習を与え、その学習した言語項目を用いて現実的なコミュニケーション活動に発展させるという方法が用いられます。これは、Presentation(提示・導入), Practice(練習), Performance (演示)の頭文字をとり、「PPP方式」と呼ばれる指導法です。この利点は、教師が意図した言語形式を個別に、また、正確に教えることができることです。いわば、部品を組み合わせて機械を作らせ、その後運転を楽しませるという方式です。知能指数の高い子なら、文法の理屈が分かってから練習し応用するこの方式で効果的に学習することができます。ところが、この方式には弱点があります。それは、導入や練習が知的作業に偏るので、勉強が苦手な子は英語嫌いになる可能性が高いことです。勉強は嫌いでもコミュニケーションの体験なら楽しむことができる子は沢山いるのです。機械を運転をすることなら、誰でもが楽しめるのと同じです。この「楽しさ」を体験させることがまず先で、部品の組み立ての指導は後からというのが外国語活動の原理です。
「でも、英語を知らないのに、どうしてコミュニケーションができるのか。そんなの無理だ」という反論があるのは容易に予測できます。しかし、本当に無理でしょうか?たとえば、私たちが言葉を知らない外国に旅行したとしても、買い物の具体的な場面に遭遇すれば、買い物に必要は語彙や表現を部分的に聞き取ることはできます。ましてそれが、小道具が用意され、単純な表現が繰り返し使用されるのを聞けば、児童は自分なりに必要な語彙や表現を聞き取り、Yes/Noなどの単純な対話を通じて必要な英語を学びとることはできます。全員は無理でしょうが、かなりの児童には可能な活動でしょう。ということは、擬似的な場面であっても、現実的な活動の全体像をまず体験させて、そこから学習をスタートする方法、すなわち、Task-based Approach(タスク中心の指導法)が外国語活動にはふさわしい指導法なのです。
もちろん、児童が聞き取った単語や表現は完全なものではないでしょうし、また、ALTに対応する英語にも間違いが多いでしょう。しかし、まず全体像を体験させた上で、個々の部分をサポートしながら完全なものに近づけてゆくのがこの指導法の特徴なのです。それは丁度、水泳ができない子でも、いろいろな器具を着けて水に浮く体験をさせてから、本格的な指導を始める方式と似ています。ですから、「体験を通して学ぶ」ということは中学校の英語指導とは対極の発想なのです。
中学校の指導と異なる2つ目のポイントは「気付く」です。「気付く」というのは教師に教えられた与えられた答えを覚えるのではなく、間違っているかもしれないが、自分なりの解答を見つけ出すということです。たとえば、英語の発音についていえば、正しい発音を最初から教え込むのではなく、「あれ、この音は日本語の音と少し違うかもしれない」と疑問を持つことからスタートします。その上でいろいろな発音を児童に試させ、そこから正しい発音を指導してゆくのです。場合によっては、「気付き」は無意識的に起きることがあります。特に発音などは、児童が自分で発見し、英語と日本語を区別して発音することがよくあります。
「気付き」は単語レベルでも同じです。20 までの数の言い方の練習で、一定のルールを発見する児童は多いでしょう。文法や会話のルールなどについても、身振りや文化に関することでも同じです。教師が用意した、覚えて欲しい項目を無理やり覚えさせるのではなく、児童が自分で気付いたものをpick up して、自然に身につけて行くことを期待しているのです。だから、児童が教師の意図した点に気付かないことも出てきます。その場合は、ある程度は気付きを促す発問を教師がすることも許されます。特に授業の目標に直結する「気付き」の場合は、児童に注意して欲しいポイントを指摘し、複数の答えを引き出し、それぞれを認めた上で正解を示すことがあってもよいでしょう。こうすることで知識は、「与えられた知識」ではなく、「見つけ出した知識」となり、児童の頭脳に定着する可能性が高くなるのです。
中学校と異なる第3の点は、「コミュニケーションの素地を養う」という部分です。これは、外国語活動は担任が指導するという原則にも関っています。なぜかというと、「コミュニケーションの素地」は、自己に対する肯定意識であり、仲間や教師との連帯感があってこそ成立するからです。社会(Community)のない場所でCommunication を成立させることは不可能です。「コミュニケーションの素地」の育成には、互いに尊重しあい協働する教室が必要なのです。ですから、外国語活動の教育的意味を問うときには、「体験」「気付き」にくわえて、活動がクラスの人間関係にどのような良い影響を与え、個々の児童の自己肯定感にプラスに作用したかも注目しなければなりません。中学校の英語授業でも、もちろん、クラスの雰囲気作りや人間関係は重要な意味を持っていますが、その素地である外国語活動では特に強調されなければならない視点です。
この点、外国語活動は他の授業にない強みがあります。普通の授業では、算数でも国語でも、何かの情報を覚えさせることが教師に要求されます。一方、外国語活動の場合は、英語を教えること自体を第一の目標とすることがないので、教師は人間関係や自己肯定意識の育成により多くのエネルギーを割くことができるのです。しかし、このことは英語力の伸びを無視してよいということではありません。活動を体験させる中で、自然に習得することを期待しているのですから、英語力の伸びも副次的に見取る必要があります。
■目標と3つの視点の関連
以上、外国語活動の特徴を示す3つの視点を説明してきましたが、それらは本来の目標とどう関係するのでしょうか。一時間の授業目標や評価の視点を設定するときには、活動内容が3つの目標のどれに一番関連が深く、また、どの視点から見たらその目標が一番明確になるかを分析します。表で例示すると、
表だけでは、分かりにくいかもしれません。たとえば、「外国の年中行事」のような「言語・文化の理解」の題材を扱う場合は、「気付き」の視点からは、「その国の人達は行事で何をするのか、どのような意味があるのか」とか「日本の行事で似たようなものは何か」とかなどをビデオや写真やALTの話しなどから、その文化の特徴と同時に、日本人にも共通する願いや祈りに「気付く」ことを目標にします。
「体験」なら、実際に行事の際の衣装や行動や食事など、可能な範囲で再現し、異文化を体験するだけでなく、上に述べた「気付き」に導くように活動を組みます。「人間関係」なら、行事を体験する中で、友達と協働したり、話し合ったり、ALTに質問することによって、異なる発想を尊重し、共存する態度を育成することを狙います。
「外国の挨拶」のような「コミュニケーション」が目標の題材ならば、実際に外国語の挨拶を「体験」させ、言葉だけでなく動作にも注意を向けさせ、挨拶の社会的な役割や人間関係に「気付かせ」たり、実際に友達と挨拶を交換することで、連帯感を深めることを意図します。
「聞く・話す」などの言語活動が目標の題材ならば、決められた英語表現を用いて、できるだけ自分らしい本物の情報や気持が交換できる活動をALTや友達と行わせ、「通じた」喜びを「体験」させ、そこで「自分らしさ」に「気付かせ」、また、相手の良さを発見することで仲間意識を高め「人間関係」の一層の改善を図るようにします。
上の説明からも分かるように、一つの目標(これは中学校の目標と一致している点が多いのですが)に対して、外国語活動ならではの視点から迫ることによって、より児童の実態に近い授業目標の設定が可能となり、それを達成したか否かの測定を個々の児童に関して正確に行うことで、より適切な評価ができるということなのです。
■まとめ
上の表はあくまでも例でしかありません。3つの目標と視点から活動内容を分析し、自分や児童にとってもっとも教育的な価値の高い授業目標はどれかを定めます。そして授業の最後に児童と一緒に授業を振り返ることによって、本時の目標達成だけでなく、次時の目標についても話し合い、その中で個々の自尊心を高め、クラスの連帯感を強めることをねらいます。結局、評価とは授業をよりよくするためのものなのです。
(配信日 2009/12/15)