2019年度(令和

2019年度(令和元) 年間テーマ“翻案”

物語研究会2019年度テーマ「翻案(アダプテーション)」

武藤那賀子


1.翻案(アダプテーション)の定義


 今年度のテーマは「翻案(アダプテーション)」である。このテーマは、2017~2018年度のテーマ「翻訳」を引き継いでおり、とくに「記号間翻訳」(2017年度呼びかけ文、あるいはヤーコブソン参照)に踏み込んだものであるといえる。

翻案は世界中に氾濫しているが、その多くは二次的・派生的なものとしてネガティヴに捉えられる傾向がある。その背後には、独創性とオリジナルの創作の才を高く評価する(ポスト)ロマン主義的価値観があるといえる。しかし、リンダ・ハッチオンによれば、必ずしもオリジナルの方が優っているわけではない。オリジナルが権威的であるがゆえに翻案されるのではなく、翻案されたがゆえにオリジナルが読まれる/知られる。その結果、オリジナルそのものの存在価値が見いだされ、権威化されていくこともある。

翻案とは変化を伴った反復であり、ある種の痛快な驚きと一緒になった定型儀式の安心感である。この安心感とは既視感や記憶によるものである。ただし注意したいのは、翻案とはオリジナルの反復ではあるものの、あくまで、複製はしない反復だということである。さらに、そこに金銭的な魅力や経済的動機、商業的成功といった功績が付くと、その翻案は成功だといえ、オリジナルに劣るものとは見られなくなる。こういった翻案への評価は、オリジナルへの忠実さからくるものではない。

翻案されたものを翻案として解釈することは、「作品」ではなく「テクスト」として扱うことである。古典文学作品においては翻案が多く見られる。ただし、「引用論」とは違い、あくまで翻案は「テクスト」として扱われる必要がある。これは、形式は変わるものの内容は残るということである。しかし、そこには、精神、トーン、スタイルといったものは入ってこない。内容/ストーリーが共通していながらメディアやジャンルを異にするというのが翻案である。


2.三つの観点


 今回扱うテーマ「翻案アダプテーション」でポイントになるのは、「越ジャンル」「脱時代性」「通文化(文化の横断)」である。また、二つのものを比較するのではなく、変遷/プロセスを重視していきたい。

リンダ・ハッチオンは、翻案について考える際に5W1H(何を? 誰が? なぜ? どのように? どこで?いつ?)という文化的アプローチ(テクスト外のアプローチ)を重視する。翻案は、作者・翻案者・受容者の三つの立場を考える必要があり、その情報を整理するうえで5W1Hが有効だからである。また、これらに加えて、政治・文化・個人・経済にも着目したい。これはつまり、どのような政治状況の中で、どのような文化の中で、どのような個人によって翻案が行なわれ、その結果どのような経済効果がもたらされたか/見込まれたかという点についても留意する必要があるということである。

ハッチオンは以下のように述べる。

……翻案とは、いわゆる「流動的なテクスト」であり、いくつものバージョンで存在するものだと言いたい。翻案とは、「変化する意図の物証」である(ブライアント 2002年 9、強調は原著者)。そのようなものとして翻案は、歴史的な分析をとりいれる必要を示唆する。その分析により「創造的プロセスと、テクストの流動性を推進する力」を説明することが可能となる(11)。

翻案とは、ひとつの記号体系から別のそれへ間記号的に置き換えられる形の翻訳といえる。これは、言い換え(パラフレーズ)という概念だ。翻案者は解釈者であり創造者である。このため、「歴史的に正確/不正確である」と論じることには、ほとんど意味がない。

流動的なテクストである翻案が、どのようにしてなされたのか。結果ではなく、その変遷/プロセスを見ていくことに重点を置いて考えたい。


3.メディアの変更とジャンルの移行


 翻案元テクストから翻案へ移行する際には、その度合いに違いが出る。

主題:メディア、ジャンル、コンテクストを横断することができる。ただし、小説や劇では重要視されるがテレビや映画では重要視されない。

ストーリー:メディアを越えて移行可能。ただし、変更が加えられる可能性がある。

登場人物:移行可能。

これらのことから、物語提示の手法の変更、すなわちメディアの変更に目を向けることが必要であるといえる。メディアには、書かれた形態、見せる形態、参加する形態の三つがある。この三つについて現代のメディアを列挙してみる。

本・絵画・漫画・工芸品・書・図柄・庭園(含借景)・演劇・ミュージカル・オペラ・ライブ・能・狂言・歌舞伎・ラジオ・テレビ・アニメ・映画・YouTube・テーマパーク・VR

さらに、映画においては4DXという体感的な施設が作られているし、演劇においてもイマーシブシアターというこれまでにない見せ方が生まれている。

もちろん、メディアによって見せ方が変わるということは大前提である。だが翻案を考える際にメディアに焦点を合わせることだけが重要ではないということにも注意しておくべきだ。

また、メディアの変更とはジャンルの変更をも意味することがある。ジャンルの変更について考える際には、とくに以下のことに注意したい。古典作品においては、たとえば、書かれたものから見せるものへとジャンルの移行が起きている場合でも、見せるものというジャンルそれ自体が書かれたものになっているということである(例外として、式年遷宮は見せるものというジャンルで一切の変更を加えられずに現在まで引き継がれている)。つまり、我々は、近代以前に「見せるもの」として翻案されたものであっても、「書かれたもの」を経由しなければ把握することはできないのである。書かれたものから見せるものへの変更、あるいは見せるものから書かれたものへの変更が行なわれたとき、観客の期待には変化が生じる。この期待の変化は、経済面の変化にもつながると考えられる。

みなさまの発表をお待ちしております。


【参考文献】

  • ロマーン・ヤーコブソン、川本茂雄監修『一般言語学』みすず書房、1973年

  • リンダ・ハッチオン、片渕悦久,鴨川啓信,武田雅史訳『アダプテーションの理論』2012年

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