大会印象記

2019年度(令和元) 通算54回大会 8月19(月)~21日(水)

開催報告:西原志保

8月19日(月)~21日(水)、神奈川県にある湘南国際村、レクトーレ葉山にて、物語研究会2019年度大会が開催され、自由発表3本とテーマシンポジウム、テーマ発表1本が予定通り終了しました。三日間とも、よく晴れた猛暑日でした。

駅を出ると、海側にはいかにも観光地「湘南」的な町並みが広がっている が、湘南国際村 は観光地ではない山のほうにあり、バスも1時間に1本程度しかない。遅れ気味だった私はタクシーで向かうが、タクシーだと2000~3000円くらい。集まりが悪かったため開始を少し遅らせていたとのことで、発表が始まる前に到着することができた。

1日目午後、1本目の発表は、笹生美貴子氏「『源氏物語』「手習」巻における物の怪「行ひせし法師」の解釈をめぐって―紺青鬼説話・樹木怪異譚の視座から―」 。浮舟に関わって現れる物の怪について、紺青鬼説話や中国の志怪小説・伝奇小説から考察し、さらに浮舟が木の下で発見されたことについて、『うつほ物語』のような樹木怪異譚・世界樹のイメージの系譜上に位置づけるとともに、浮舟の視点で語られる「宮と聞こえし人」を八の宮と解釈するもの。盛りだくさんな内容で、しかもそれでもさらにそれ以上に様々な観点から読み解ける、浮舟に関わる物の怪の面白さが伝わって来る発表だった。

2本目の発表は、東原伸明氏「『伊勢物語』第23段の語りと言説分析-冒頭文、漢詩文発想の可能性追究-」 。『伊勢物語』第23段(有名な「筒井筒」の段)について、漢詩文的な対句的発想を指摘するもの。質疑応答の際に、この女が「計算高い」という話になっていたが、本当に「計算高い」のであれば、生活できない相手と結婚しているよりも、お互い別のもっと裕福な相手を見つけようと考えるのではないかと思ってしまった。好きな相手がいればそれで良いのだろうか…、でもどうやって生活するのだろう。

2日目午前は3本目の自由発表、張 培華氏「前田家本『枕草子』本文再検証――漢籍に由来する表現から見た楠説――」 。前田家本『枕草子』について、漢籍に由来する表現に着目し、その重要性を指摘するもの。重要な指摘であるとは思うが、質疑応答でも触れられていたように、漢籍を「正確に」引用するということを、単純に「良い」本文であるかどうかと言うことではなく、どのような性格の本なのかというレヴェルで考えたほうが良いように思った。

2日目午後は、テーマシンポジウム として、年間テーマ「アダプテーション」に関わる3本の発表を行った。

企画は斉藤昭子氏で、イギリス文学、日本近代文学、そして日本古典文学の領域から、物語のアダプテーションを考えるものである。広くジャンルを超えた移行、アダプテーションのありようを議論し、関わりの深いこれまでの物語研究会の年間テーマ――インターテクスチュアリティ、語りの視点、引用など――の成果を踏まえつつ、「アダプテーション」ならではの切り口から物語の提示の手法、表現的特質や効果に関する議論を深めることが企図されている。

最初はシェイクスピアを専門とする伊澤高志氏による、「翻案作家シェイクスピアを翻案することについて」 。イギリス文学とアダプテーションをめぐる最近の研究動向を踏まえながら、シェイクスピアによるアダプテーションと、シェイクスピア作品のアダプテーションについて、『ロミオとジュリエット』を具体例として、実践を紹介するもの。個人的には虫のロミオとジュリエットが気になった。ぜひ見てみたい。

次は、日本近代文学を専門とする山田夏樹氏による、「三島由紀夫「橋づくし」の現在性―「猿真似」の果て」 。近松門左衛門「心中天網島」の「名残りの橋づくし」をエピグラムに引く三島由紀夫「橋づくし」は、従来、そこで行われる儀式のゲーム性が指摘されてきた。これについて、4人の女性のうちたった一人内面が語られず、願掛けを成功させる「みな」に注目し、「橋づくし」の内包する行為の模倣性の意味を考察するもの。個人的には、女性性を強調される他の3人の女性に対して、たった一人「みな」だけが、たくましく力強い身体性が強調されることが気になった。

最後に、三田村雅子氏「「異本」伊勢物語絵巻の「異化」を問う」 。19世紀前半に狩野養信とその一門によって模写された鎌倉時代ころの絵巻であり、独自な画面と変わった本文によって注目される東京国立博物館臓「異本伊勢物語絵巻」について、本文・注釈・絵画化の歴史の中で、伊勢物語を中世神話として再生する営みと力学について考察するもの。日常の空間と神話的な空間の配置、岩や松などに性的な暗喩が込められていること、海の広がりなどに注目し、元寇があった後の時代的な文脈に位置づける。個人的には、三田村さんのほうからも少し触れられていたが、動物の絵がとても生き生きとしていることが気になった。特に犬の絵は可愛い 。

3日目午前、最後の発表は、武藤那賀子氏によるテーマ発表「『源氏物語』「若菜下」巻における「女楽」の翻案とその焦点の所在」 。『とはずがたり』における『源氏物語』女楽の再演を中心に、『あさきゆめみし』における女楽の場面、現代における女楽をイメージした演奏やピアノ曲なども合わせて、考察するもの。それらの再演においては、人物の位置関係が有耶無耶である、4人の女君の順番が入れ替わることも多いが、そこにおいて何が焦点化されるかが明らかになる。

シンポジウムと3日目のテーマ発表を通し、様々な「アダプテーション」のありようを見ることができ、「アダプテーション」という切り口の有効性が感じられるとともに、例えば「引用」や「インターテクスチュアリティ」などのテーマと差異化することの難しさも浮かび上がった。

発表は以上だが、毎年楽しくもあり、たいへんでもあるのが、夜の懇親会の時間。私は二日とも遅くまで飲んでしまったのですが、ゲストの山田夏樹さんが、ずいぶん遅くまで付き合って下さったのが印象的でした 。藤井貞和さんと、ちらっと矢川澄子の話ができたのは良かったです。いつかきっとどこかで矢川澄子のことはやりたいと思っています。

最後に。今年も楽しく、無事に大会の時間を過ごすことができました。大会係の池田さんをはじめ、事務局のみなさまに感謝申し上げます。

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