物語研究会2025年度テーマ「ヨ(誦・読・詠・訓・よ)むこと」
2025年度テーマ発表委員一同
今年度の年間テーマは「ヨ(誦・読・詠・訓・よ)むこと」に決定した。物語研究会ではこれまで物語テクストとそれを取り巻く言説を分析していくことがテーマとして取り上げられてきた。テクストの中でどのような価値観やイデオロギーが表現されているか、それらがテクストの外部に存在する社会的・歴史的背景や状況等といかに相互作用してきたかを剔抉してきた。文学研究は読むことを通してはじまるが、文学を「読む」という行為それ自体も制度に支えられており、それ自体にも意識を向ける必要がある。
○「よむ」の諸相
「よむ」という言葉については、その意味に応じて「読・詠・頌…」などの漢字が宛てられる。現代では「読む」というと、一般的には黙読を指す。しかし、古代語の「ヨム」は、音読を指していた。和歌をつくることを「詠む」というのは、それが声に出されていたからであろう(藤井貞和)。前田愛は『近代読者の成立』のなかで、黙読から音読へという流れを論ずるが、古代では現代の黙読にあたる行為は「見」が使われていたという批判もある(鈴木貞美)。藤井は、前田の指摘を受けて、古代にも黙読はあったが、問題はそこではなく、近代においてすら読むことに一種呪術的な何かがあったことに注意を向けるべきではないかという(『古日本文学発生論』「寿と呪未分論(下)」)。
音読はパフォーマンス性が不可欠である。そのことが呪術的な何かを呼び込むことになったのであろう。一方、黙読は書かれたもの、テクストの存在が前提となる。しかも、日本語は外国語であった漢字から派生したかなによって書かれるため、その初期から文字と音声との乖離が生じる。しかし、そのことによって、掛詞や縁語といった和歌特有の修辞技法が成熟していった。W・J・オングは、声の文化は決まり文句を多用し型に従った思考を重視するといい、一方文字の文化では決まり文句を排除し、創造性を重視すると指摘する(『声の文化と文字の文化』)。この図式的な整理は和歌の歴史とも対応するように思えるが、日本語の場合は訓読によって文字の文化になったという大きな問題がある。今回のテーマである「よむ」という言葉は、先にも挙げたとおり様々な漢字が宛てられるが、これはラカンがいうところの、訓読みが音読みに注釈される事態であろう(『エクリ』日本語版序文)。日本語はもともと「声の文化」に属していたが、漢字との接触によって文字を獲得する。そして、訓読というプログラムを通して、日本語による文は生成される。訓読は外見上読むためのものであるが、その本質は和文を書くための装置であった。つまり「日本語においては「書く」という行為がそれ自体では成立し得ず途中で消失しており、「よむ」という行為によって引き受けられることによってしか成立しなかったということでもある」(山城むつみ「文学のプログラム」)。これまでの物語研究会では、物語文学のテクストは読者が「よむ」たびに流動変容する可能性が与えられたものであったという指摘(兵藤裕己)や、「物語文学」なるものが、口承文学を偽装したものであるという指摘(神田龍身)がされてきた。そういう問題意識を受けて、「よむ」ということを改めて考えたい。
○脱構築的なアプローチ
古典的な解釈学において、解釈とは諸々のテクストを正しく解釈することであった。テクストにあるとされる真の読みに迫っていこうとする解釈学的なありかたに異を唱えるのが、ポール・ド・マンの仕事である。ある文を理解するためには辞書的な意味だけでなく、修辞的な意味も考えなければいけない。たとえば、「どうしてそのようなこともわからないのか」という一文を解釈しようとすると、これは疑問にも詠嘆にも反語にもとれる。しかも、その区別は決定不可能である。このような脱構築の批評のあり方について、バーバラ・ジョンソンは次のように述べる。「テクストの脱-構築はむやみな疑いや恣意的な転覆によってではなく、テクスト自体のうちで競合する意味作用の力を注意深く丹念に引き出すことによって遂行されるのだ。脱構築的な読みにおいてもし何かが破壊されるとしたら、それはテクストではなく、一つの意味表明のあり方を別の意味表明のあり方に有無を言わさず優先させようとする主張である。脱構築的な読みとは、テクスト自体のうちに生じる批評的差異の特異性を分析する読みなのだ。」(バーバラ・ジョンソン「批評的差異」)。また、高木信は「一義的な意味を生成しよう、再現=表象しようというのは一種の〈暴力〉であ」り、「一義性を押しつけてくる〈暴力〉には抗わなければならない」という(高木信『亡霊論的テクスト分析入門』)。
○ポストコロニアル的視座
そうした一義的な意味を押し付ける力に対して抵抗する例として、新城郁夫の研究は注目に値しよう。新城は、「日本文学にはない特殊な何かを保持しなければ、沖縄文学というジャンルそのものの存立の条件が怪しくなるという思い込みがあるということである。」「沖縄文日本文学にはない沖縄の特殊性が全面化されることは、沖縄文学においてままあ」り、「この特殊性は、民族的文化の具現化として説明されるようなものであり、沖縄文学は、この文化的遺産を継承する器として期待されている」と指摘する。このときに問題となるのは「それが期限的なイデオロギーとなる際の領土かと排他性であり、このさいに沖縄語は、文化(財)として死産されうる」という。「近代沖縄における同化そして日本語強制の典型例とみられることの多い『沖縄對話』」においては、「沖縄的なるものとしての民族事象や文化事象の強調」が「国民化の流れ」と「共犯関係にあり、この共犯姓において沖縄が領土化されている」と指摘する。そして、「自己エスニック化と土着主義的な感性への帰一から逃れうる沖縄文学」として又吉栄喜『ギンネム屋敷』、堀場清子『首里』などの文学作品を読み、「文化の継承という枠組みが、(中略)継承するものの排他的選別と、継承の強制性を同時に作動させていることに思い至るとき、沖縄文学のなかのいくつかの作品が、沖縄的なるものを派生的な連携のなかに開き、これを特殊性の牢獄から解き放ってきた」という(新城郁夫「沖縄文学史論―「骨」から「他の沖縄」へ―」)。 新城の論攷は、中央と地方の共犯関係をあばき、強制される国民化から解き放つ可能性をもつものとして「沖縄文学」を読むという、非常に倫理的な論攷であった。
○「インターセクショナリティ」と「間読み性」
土田知則は、読むことについて、H・ブルームやJ・クリステヴァ、U・エーコらの議論を踏まえ、「無限のテクストの引用から作られるテクスト」を読むことは、「尽きせぬ「読み」の交差・交通から織りなされる「読み」の引用態」であるといい、その実践を「インター・リーディング(間読み性)」といった(『間テクスト性の戦略』)。
先の引用に「交差」という語を引用したが、昨年度までのテーマ「インターセクショナリティ」は、まさに「交差」から生み出される権力や抑圧の問題を分析するための概念であった。「読むこと」において、解釈学的な、「真理」「他の何にも依存しないシニフィエ」を目指すような 、モノローグ的な読みに対する批判を経た現在、「読むこと」は、たとえばテクストAとテクストBとは影響関係にあるとか、テクストBはAという歴史的背景から生まれた、といった、一方通行の関係ではなく、同じ水準に置かれ比較検討されるありかた、つまり対話的に読むことも求められる。一方的な解釈を押しつけると批判される国語教育であるが、『学習指導要領』では「主体的・対話的で深い学び」の実現を求め、評価基準の一つである「読むこと」を含む「思考力・判断力・表現力等」にかかわる目標として、「生涯にわたる社会生活における他者との関わりの中で伝え合う力を高め、思考力や想像力を伸ばす」ことを挙げる。この目標を敷衍することが許されるならば、国語科教育もテクストを対話的に読むことを求めているといえるだろう。
○現代的な問題へ
さらに、「読むこと」はテクノロジーの向上により、さらに拡張されたようにも見える。通信技術と音声合成技術の発展により、オーディオブックの量は増加し、「耳で読むこと」を日常生活に組み込むことは非常に容易になった。様々な事情から書店へ本を買いに行けない人々にとって、好きなときに好きな本を購入できる電子書籍の登場と普及も、大きなトピックであろう。これらの技術によって、読書環境の合理的調整は過去に比べると徐々になされるようになってきた。ところで、オーディオブックと、物語の「音読」は、一体どのような点が共通し、またどのような点で違うのか。
記号学者の石田英敬は、現代を四つの状況にあると指摘する。①活字メディアによる文化圏が一区切りを迎えた、「ポスト・グーテンベルク Post-Gutenberg」状況にあるということ。②「近代」が文化的にも学問的にも一区切りを迎え、「近代」を支えていた価値と文化の階層秩序が崩れ、平準化の状況が一般化している「ポスト・モダン Post-Modern」状況にあるということ。③「国民国家」という世界システムがひとつの終わりを迎え、一国的な言語・文化が相対化を受ける時代にいるという「ポスト・ナショナル Post-National」状況にあるということ。④「人間」と「テクノロジー」との境界がゆらいでいるという「ポスト・ヒューマン Post-Human」状況にあるということ。そういう状況では、いったいどのような問題が生じているのか。そして、「よむこと」は、それらにいかに対応できるのだろうか。
以上の様に、「読むこと」は、様々な課題を内包する。読/詠、インプット/アウトプット、理解/創作、受動/能動、自/他、長期/短期、記号/音声、目/耳…「よむこと」をめぐっては様々な対立が想定できるが、そのような対立を脱構築しつつ、対話的に読み直すことで、問題提起をすることができるだろう。
様々なアプローチからの発表をお待ちしております。
〈参考文献〉
『現代思想 特集=読むことの現在 』2024年9月号、青土社
石田英敬『現代思想の教科書』2010年、ちくま学芸文庫
磯前順一、タラル・アサド、酒井直樹、プラダン・ゴウラン・ガチャラン(編)『ポストコロニアル研究の遺産』2022年、人文書院
岡本恵徳『「沖縄」に生きる思想 岡本恵徳批評集』2007年、未来社
神田龍身『偽装の言説 平安朝のエクリチュール』1999年、森話社
北川眞也『アンチ・ジオポリティクス』2024年、青土社
西郷信綱『古典の影』1979年、未来社(文庫版:『古典の影』1995年、平凡社ライブラリ)
新城郁夫「沖縄文学史論―「骨」から「他の沖縄」へ―」(『新沖縄文学』96号、2025年 所収)
酒井直樹『死産される日本語日本人』1996年、新曜社(文庫版:『死産される日本語・日本人』2015年、講談社学術文庫)
崎山多美『コトバの生まれる場所』2004年、砂小屋書房
鈴木貞美『入門 日本近現代文芸史』2013年、平凡社新書
高木信『亡霊論的テクスト分析入門』2021年、水星社
高橋哲哉『デリダ 脱構築と正義』1998年、講談社(文庫版:『デリダ 脱構築と正義』2015年、講談社学術文庫)
土田知則『間テクスト性の戦略』2000年、夏目書房
中井亜佐子『日常の読書学』2024年、小鳥遊書房
兵藤裕己『語り物序説: 平家語りの発生と表現』1985年、有精堂(新版:『物語・オーラリティ・共同体 新語り物序説』2002年、ひつじ書房)
兵藤裕己『王権と物語』1989年、青弓社(文庫版:『王権と物語』2010年、岩波現代文庫)
兵藤裕己「変容するテクスト、本文、書物」(小森陽一・富山太佳夫・沼野充義・兵藤裕己・松浦寿輝(編)『岩波講座 文学1 テクストとは何か』2003年、岩波書店 所収)
藤井貞和『古日本文学発生論』1978年、思潮社(増補新装版:1992年、思潮社。文庫版:『古日本文学発生論 文庫版』2024年、人間社)
宮崎祐助『読むことのエチカ』2024年、青土社
山城むつみ『文学のプログラム』1995年、太田出版(文庫版:『文学のプログラム』2009年、講談社文芸文庫)
Benjamin Walter. Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit, 1936(ヴァルター・ベンヤミン(高木久雄、高原宏平訳)「複製技術時代の芸術」『ベンヤミン著作集 2 複製技術時代の芸術』1988年、晶文社)
de Man, Paul. Allegories of Reading: Figural Language in Rousseau, Nietzsche, Rilke, and Proust, 1979, New Haven: Yale University Press.(ポール・ド・マン(土田知則訳)『読むことのアレゴリー』2022年、講談社学術文庫)
Johnson, Barbara. The Critical Difference: Essays in the Contemporary Rhetoric of Reading, 1980, Johns Hopkins University Press.(バーバラ・ジョンソン(土田知則訳)『批評的差異 読むことの現代的修辞に関する試論集』2016年、法政大学出版局)
Miller, Joseph Hillis. The Ethics of Reading: Kant, De Man, Eliot, Trollope, James, and Benjamin, 1987, Columbia University Press.(J.ヒリス・ミラー(伊藤誓、大島由紀夫訳)『読むことの倫理』2000年、法政大学出版局)
Ong, Walter Jackson. Orality and Literacy, The Technologizing of the Word, 1982, Methuen. (W-J・オング(桜井直史、林正寛、糟谷啓介訳)『声の文化と文字の文化』1991年、藤原書店)
Scholes, Robert. Textual Power: Literary Theory and the Teaching of the English, 1985, New Haven and London: Yale University Press.(R・スコールズ(折島正司訳)『テクストの読み方と教え方』(岩波書店)と教え方』1999年、岩波書店)
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