男はつらいよ 飛耳長目録
OTOKOHA TSURAIYO HIJICYOMOKUROKU
ようこそ!「男はつらいよ 飛耳長目録」へ。
当サイトは「男はつらいよ」関連の情報を多方面から収集し、作品を愛し共感・共有頂ける方々と楽しんでいく超秘境的個人サイトです。このサイトを見つけられた貴方も、かなりの寅マニアでいらっしゃることでしょう。映画の48作目公開より20年以上を経過している現在でも、新しい事実が発見され、その事実を踏まえながら更に味わい深く映画を観ています。作品を愛する方々からの情報は大変貴重で不可欠です。是非、貴重な情報をお持ちであればお知らせください。
応援メッセージをこれまで沢山頂戴しております。大変励みになっております。誠にありがとうございます。
It's Tough Being a Man.
これまでブログという形で発信しておりましたが、運営会社の閉鎖により以前のブログは終了しております。
事前告知もなく、突然の閉鎖となりましたこと、深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。
今後はこちらのサイトにて発信して参りたいと思っております。2022年9月スタートいたしますが、少しの間は以前のブログを順次再掲載して参ります。
更新は不定期となりますが、これからも当サイト男はつらいよ 飛耳長目録(ひじちょうもくろく)を末永くよろしくお願い申し上げます。
後世にまで残る名作「男はつらいよ」。 作品に携われた方々のプロフェッショナルな仕事に一層の敬意と感謝の気持ちを込めて。
サイト内の最新情報は👆こちらからどうぞ。
【飛耳長目録】とは
塾生に何時も情報を収集し将来の判断材料にせよと説いた吉田松陰の「飛耳長目(ひじちょうもく)」のことである。自身東北から九州まで脚を伸ばし各地の動静を探った。萩の野山獄に監禁後は弟子たちに触覚の役割をさせていた。長州藩に対しても主要藩へ情報探索者を送り込むことを進言し、また江戸や長崎に遊学中の者に「報知賞」を特別に支給せよと主張した。松陰の時代に対する優れた予見は、「飛耳長目」に負う所が大きい。
映画「男はつらいよ」について、そんな飛耳長目にあやかりたいと思い、当サイトの名前となりました。
【吉田松陰】
天保元年8月4日(1830年9月20日)~安政6年10月27日(1859年11月21日)長州藩士にして思想家、教育者、兵学者。明治維新の事実上の精神的理論者とされる。幼時の名字は杉。幼名は杉虎之助または杉大次郎。養子後の名字は吉田、通称は吉田寅次郎。字は義卿、号は松蔭の他、二十一回猛士など。文政13年(1830年)8月、長州藩の下級武士・杉百合之助の二男として萩の松本村に生まれる。
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