登との再会と別れ

第33作「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」

1984年8月4日公開

テレビ版から映画初期作まで、寅さんの舎弟として登場していた登(秋野太作さん)。

何度も寅さんから「堅気になれ」と言われ別れていたが

不思議な縁・・・というよりやはり腐れ縁?でいつも旅先で再会していた二人。


見ているこちらをホッとさせるような、そんな再会を続けていた登であったが、

1972年公開の第10作「〜寅次郎夢枕」での再会を最後に、とんとシリーズに登場しなくなっていた。

いつしか寅さんの舎弟といえば、寺男の「源公」(佐藤蛾次郎さん)がすっかり定着。

登の存在は自然と忘れさられていったのである。

そんな二人が偶然再会したのは盛岡城跡での「さくら祭り」


再会まで約12年の歳月が流れていたのであった・・・。


バイをしている寅さん

登との約12年振りの再会である。

若い頃のような、あの弾けた勢いは今の登にはない。

寅次郎の口上に合わせたお調子は、年齢に見合った落ち着いた感じになってはいたが、

それでもやっぱり聞けば昔の登を思い出す。

あー、時が経ったんだなぁ〜、としみじみ感じる瞬間である。

このあと寅さんは、ひとしきりバイを続けた。

その後、登と一緒に中津川沿い「中の橋」そばにある登の店に向かうのであった。


店に着き、昔の舎弟の時のようによう振る舞おうとする登。




寅さんはそんな登を諭すように話し始めます。

「お前と俺が兄弟分だったのは昔のことだ。

今はお前は堅気の商人だぞ。

俺は股旅烏(またたびがらす)の渡世人だ。


俺がお前の家に訪ねてきても

「私は今、堅気の身分です。あんたとは口をききたくありませんから帰ってください。」

お前にそう言われても俺は「そうですか、すいませんでした。」

そう言って引き取らなきゃならねえんだぞ。


それをなんだお前。

酒を買えの、肴を買えの、店を閉めろのと。

そんな気持ちでもってこれから長い間、堅気の商売ができるか?

お前の顔見たからもう俺はそれでいいんだ。

先帰らぁ、な!」

寅さんのこの言葉に、深い愛情を感じます。

何度聞いても目頭が熱くなります。

寅さんは登の幸せを、そして秋野さん本人の幸せを、本当に心から願っていたのです。


そして、これからはお互いの住む世界の違いから

これが本当の別れであることを、心の中でそっと噛み締めていたのではないでしょうか。

店を出る寅さん。

残念ながら今はもう登の店はありません。

登の女房:「あのー」


寅さん:「え?」


登の女房:「これ、忘れ物」


寅さん:「ははは(笑)、これはどうも失礼した。

いや、ほんの手土産のつもりで。どうぞ受け取ってください。」


登の女房:「どうもすみません。」


寅さん:「おかみさん、登のことをよろしくお願いします。」


登の女房:「はい。道中ご無事に、親分さん。」


寅さん:「へへへ・・・親分だなんて

そんな立派なもんじゃ・・・

まあ、ごめんなすって」

寅さんの「粋」が全面に溢れています。

あー、ここはいつか行ってみたい。

この時の撮影のことが秋野太作さん著の「私が愛した渥美清」にて書かれています。

若い頃の秋野さんにとって、渥美さんは愛してやまない存在だったのでした。

まるで映画での寅さんと登のように。


そんな二人でしたが、歳を重ねていくうちにそれぞれの道に沿って人生を歩み始めます。

秋野さんはテレビの仕事が増え、映画にはスケジュールが合わなくなってきていました。

それが第10作の頃だったわけです。


テレビ版の時も秋野さんは途中から出演がなくなっていました。

それは当時秋野さんが所属していた劇団の仕事関係からでした。


ところがテレビ版の最終回だけはチョロっと出ています。

それはこれまでの登場人物がその後どうなったのかを

視聴者に納得してもらうよう、言ってみればサービスカット的な意味合いで。


なので今回の出演オファーも、もしかしたら映画版が最終回に近いのでは、

と秋野さんはお考えになったようです。

最もそれを大きく後押ししたのは渥美さんから言われたのだろうと思ったようです。


そんな思いや、約12年振りの渥美さんとの映画共演ということで

秋野さん自身は万感の思いがあったようなのですが、

素の渥美さんとはほとんどお話はできなかったそうです。


そして最後に渥美さんの姿を見たのは、

このロケからの帰りの新幹線の中、座っている渥美さんの後ろ姿だったそうです。

車寅次郎と川又登の別れ。

そして、

渥美清さんと秋野太作さんの別れ。


寅さんのセリフが、渥美さんから秋野さんへの言葉のように聞こえてきます。

「お前は自分の道を生きろ。俺は最後までここに残る。」そんな意味合いでしょうか。

あの真剣な表情は、寅さんではなく渥美さんから秋野さんへの想いを込めた顔だったのではと

思わずにはいられません。


秋野さんがほとんど話ができなかったというのは

それほどあのセリフが、登というよりも自分自身への言葉として

心の奥底まで深く届いていたからなのではないでしょうか。

山田監督って、演者の方の個人的な事情を

物語の中に織り込んでくる事が、結構あるような気がしております。

作品毎に見逃せない秀逸なシーンが必ずあります。

個人的に第33作では、この寅さんと登の再会と別れのシーンがそれになります。

おしまい。