始まりはここにあり!

2024年4月投稿

1968年10月3日、テレビ版「男はつらいよ」が放送スタート。

そして1969年3月27日にテレビ版は最終回を迎える。

テレビ版の最終回から約5ヶ月後の1969年8月27日、その後約50年に渡る壮大なシリーズの第1作、映画版「男はつらいよ」が封切られたのである。

公開から約55年後の2024年、

その第1作の更に冒頭の部分、映画の原点とも言える寅さん初登場のシーンに今回はスポットを当ててみた。

映画のシーンと比較しながら、その現在をご紹介したいと思う。

松竹マークが現れ、あの心地よい優しい音楽が流れ始め、

そして寅さんのナレーションで映画はスタートする。

桜が咲いております。


桜の木が映る。

この頃、柴又の土手には桜はなかった。

寅さんが子供の頃に見た風景を思い出しているシーンとして桜の映像が出てくる。


この映像は水元公園の桜を撮影している。

懐かしい葛飾の桜が

今年も咲いております。

水元大橋が映る

思い起こせば20年前、

つまらねえことで親父と大喧嘩

貴重な「川甚」の屋上からの眺め、カメラは左へとパンしていく。

頭を血の出るほどぶん殴られて


そのまんま、プイッとウチをおん出て

もう一生帰らねえ覚悟でおりましたものの、


花の咲く頃になると

左へカメラのパンを繋げてみた。当時の風景が大きく広がる。

ほぼ180度カメラを動かしているのがわかった。

決まって思い出すのは故郷のこと

ガキの時分ハナっタレ仲間を相手に暴れ回った


水元公園や

江戸川の土手や

帝釈様の境内のことでございました

風の便りに二親も秀才の兄貴も死んじまって


今はたった一人の妹だけが生きていることは知っておりましたが


どうしても帰る気になれず・・・

今日の今日までこうしてご無沙汰に打ちすぎてしまいましたが、




今こうして江戸川の土手に立って生まれ故郷を眺めておりますと


何やらこの胸の奥がポッポとほてってくるような気がいたします。

そうです、

私の故郷と申しますのは


東京、葛飾の柴又でございます。


寅さん、初登場!

私、生まれも育ちも葛飾柴又です。

帝釈天で産湯を使い

性は車、名は寅次郎

人呼んで

風天の寅と発します。

俺がいたんじゃお嫁にゃ行けぬ

わかっちゃいるんだ、妹よ。

いつかお前の喜ぶような、


偉い兄貴になりたくて


奮闘努力の甲斐もなく



今日も涙の


今日も涙の


陽が落ちる

陽が落ちる

寅さんが江戸川の土手を駆け上がってくる。

当時は階段があったが今はない。

黄色の点線はカメラのアングル。赤い点🔴が寅さんのいた場所。

寅さんの後ろに松戸側の鉄塔が見える。

寅さんの上がった土手は、この鉄塔が目印となる。