40周年プロジェクト



冒頭で松竹会長さんの挨拶、

専務さんのプロジェクトの概要の説明があり


いよいよ本日のメインゲスト


山田洋次監督

倍賞千恵子さん

登場となったのである。



(司会)さぁ、それでは本日はこの発表会の為に

素敵なスペシャルゲストをお招きいたしました。


どうぞ皆様、大きな拍手でお迎えをお願い致します。



-----♪『男はつらいよ』のテーマが場内に流れる。♪-----



本日のスペシャルゲスト、

山田洋次監督、倍賞千恵子さんです。

どうぞお入り下さい。



(拍手)




-------お2人左の出入り口より入場、壇上へ。-------


(司会)

ありがとうございます。


改めてご紹介いたします。

映画『男はつらいよ』シリーズの原作者であり

ほぼ全作品の脚本、監督を努められました

山田洋次監督です。

(拍手)


(司会)

一言ご挨拶をお願いしても宜しいでしょうか。


(山田監督)


ハイ。


えーっと・・・こんなに大勢の方、御出で下さるとは

予想もしておりませんでした。本当によく来て下さいました。

40年前、第1作を作った時の事を今朝から色々思い出しています。


この『男はつらいよ』という作品が企画として立ち上がるについては

結構色んな問題がありまして、会社との間にも様々なトラブルがあって

当時の会長・・・社長だったかな?木戸さんの・・・まー最終的な

「鶴の一声」でようやく決まったような経緯がありました。


この映画は(当初)そんなに歓迎されない撮影だったんですね。


だから何だか悔しくて悔しくて撮影していても時々こう・・・

ムカムカしたりして・・・。


楽しい映画を作るのにこんな気持ちじゃいけない、

明るく笑える映画を作るのにこんな気持ちじゃいけない!


と、しきりに自分に何度も言って聞かせてました。

渥美さんもその気持ちを察してくれたらしく

時々そんな僕を慰めてくれたり、励ましてくれたりしたことを懐かしく思い出します。


ひとつの映画を造るにあたって監督と俳優の巡り合いというのは本当に運命です。


渥美さんという素晴らしい才能のある俳優さんに巡り合う・・・


そして渥美さん扮する「寅さん」という名ピッチャーがですね

ホント気持ちよくのびのびと球を投げるのを受け止めてくれるキャッチャーに

倍賞千恵子さんという素晴らしい女優さんを得て

この名コンビによってこのシリーズが、

この映画が長く続けられたんだなぁーと今思っています。

えー、

40年も経って再びこんな形で大きなイベントを組まれる。

もー寅さんを、ライブで実際劇場で観たという人はどんどん少なくなってきていると

思いますが、そういう若者たちが「寅さんって面白いなぁ。」と

あるいは「あの頃日本はこうだったんだ。」というような思いと

この映画を観て、笑いながら感じてくれれば良い。

そんな観客が新しく増えてくれれば良いなぁ・・・

そんな事をしきりに今思っております。


本当に今日はありがとうございました。

(拍手)


(司会)

ありがとうございます。

そして今監督のお話にもありましたが『男はつらいよ』の中で

渥美清さんが演じられた車寅次郎の妹役、

「さくら」で全作品にご出演なされました倍賞千恵子さんです。


一言ご挨拶をお願い致します。


(拍手)


(倍賞さん)

皆様、こんにちは。

倍賞千恵子です。

えー・・・40年も経ってしまったのかなっていう思いと・・・


(最初に)この『男はつらいよ』という台本を頂いた時に

「こんな人に出会いたかったなぁ」と思う人がたくさんこの映画には出てきて

そして私は、そんな人達が住んでいる(素敵な)街の話に

そこで生きている「さくら」という役を私も演じられるんだという事が嬉しくって。


撮影が本当に楽しみだった事を今監督の話をお聞きしながら

思い出していたんですけれども。。。


これ(「男はつらいよ」)は1作で終わるってずうっと私はお聞きしてて

(そう)思っていたんですけれども・・・


次から次へと映画が続いていって

そのうちに監督がいつでしたか

「「さくらさん」はあんな風に早く結婚させなければ良かった。」って

仰った事があったんですけれども・・・


(会場笑)


私は1作目で子供を産んで、そしてその母親になっていくっていう(役で)・・・

その中でいつもお兄ちゃんの事を・・・

(自分が)結婚してもお兄さんのことを心配している役をやらせて頂いたんですけれど


この作品は、ずっと26年間演じる事によってこの作品の中で私は

社会とか世間とかたくさん、役者としてもちろんそうなんですけれども

人間として色んな事を学ばせて頂いた作品だなぁーと思っております。


で、いつでしたかこの間、地方に行きました時に

(ある男性が)「僕、初めてこの映画観ました。」って仰って。


「あなた何歳?」って聞きましたら

「36歳です。」っていう・・・。


「何で今までこの映画観なかったの?」って言ったんですけれども・・・


ホントに(その方は)感動して

それから「その後に全部、全作品を借りてこの映画を観ました。」

「この映画はこんなに素晴らしかったんですね、倍賞さんも美しかったですね。」って。「ただ若かっただけなのよ!」って言ったんですけれども・・・。


(会場笑)


映画の中で歳を重ねていってそれが・・・


『男はつらいよ』という映画はこれからもずっと、

私が死んでからもずっと残っていくのかなと思ったら

私はとっても素晴らしい作品と出会えたんだなって。

今、とてもそんな風に思っております。


えー、今日はありがとうございました。

どうぞよろしくお願い致します。



(拍手)


(司会)

ありがとうございました。


それではイスにお掛け頂きまして皆様からのご質問にも

お答え頂きたいと思うのですが・・・。

それでは椅子にお掛け頂いて皆様からのご質問にも

お答え頂こうと思うのですが。


監督、最初はこんなにシリーズが続くなんて思ってもみない

というスタートだったという事ですが

今はもう本当に色々な世代、色んな立場の方、年齢も幅も

色んな方に愛されてますよね。


こんな風に多くの方に好かれるっていうのは

魅力って、どうしてなんでしょうか。


一番の魅力って言うのは・・・。





(山田監督)


ま、なかなか作っている当人にはわからないもんですけれどもねぇ。

何と言っても渥美さん・・・

渥美清という俳優さんはちょっと比較・・・

比べる人がいないくらい、素晴らしい人!

表現力が豊かで、記憶力が抜群で何よりも頭が良かった。

非常にクールな頭脳をしている人でしたねぇー。


やっぱりこの人がいたからじゃないのかなぁー。

 


(司会)

あの生誕80年、今年は13回忌と言うことで

渥美さん、もし生きていたらこの40周年ってどんな風に

思いになられたかなーなんて思うんですが

あのー、スーパーヒーローにしては、でも監督、見た目といいますか

カッコイイ、2枚目っていうタイプではなく本当に愛されるヒーローっていう

感じですよね。



(山田監督)

そういう珍しいヒーローが誕生したっていう感じで

あの時代話題になったような事を記憶しておりますけれどもねー。




(司会)

現代ではどうでしょうか。この寅さんのシリーズ、

また若い方に観て頂くとどんな魅力があるのかなって思うんですが

如何ですか?



(山田監督)

一言で言って不安な時代ですよね。

先行き不透明な。


特に若者は自信を持つ事が難しい時代に

また別の意味を持って寅さんを見る。


寅さんによって、寅さんの表情や寅さんの言葉を聞きながら

何か慰められる!


かつ何ていうのかな、「そんなに人生って捨てたもんじゃないんだ」

っていう風に思って少し元気になるっていうかな。


そんな風にこの映画が役立ってくれれば良いなって思いますけれどもね。



(司会)

倍賞さんは本当に日本の妹というか、美しくてそれこそあの

賢くてちょっと控えめで、あのー、

倍賞さんの中で「さくらさん」っていうのは

どのくらい「さくらさん」が占めているんですか。

(倍賞さん)

ほんの少し。。。


(会場笑)


(司会)

ほ、ほんの少しですか!?


もう本当に素敵な女性ですよね!


(倍賞さん)

(力強く)そうですよねー!

あんな風になれたらいいなぁって思いますけども。


とってもこう・・・優しいし、辛抱強いし、賢いし

私はその反対でおっちょこちょいです、もーホントに。


あのー勉強家じゃないし・・・


さくらさんはミシンを、

山田さんがいつか仰ったんですよ。


「さくらさんていう人はミシンを踏みながらふっと鏡を見ると

そこにね単行本が置いてあるようなそういう人なんだよ」って仰った事が

あったんですけれども。


そんな風に勉強家だし

その辺はすごく尊敬しています、私は!


それとこの作品が丁度始まった時に、うちの姉が丁度

子供が産まれる時だったものですからさくらさんは・・・

私がいつも姉を観察しながらそれを頭にインプットして

「あっ、こういう時はこうするんだ!あっ、こういう時はこうするんだ」って

それを こう覚えながらさくらさんを初めての作品の時に

演じたことを覚えております。


(司会)

少しはお姉さまの部分もあると。


(倍賞さん)

はい、そうですね。姉とか母とか

何かそう、見ながらチョット・・・。


(司会)

でも本当にいつ見ても(映画は)新鮮に面白くて

楽しいて可笑しいですよね。


(倍賞さん)

そうですね、

私思うんですけれども玉手箱みたいな作品じゃないかなぁって思うんです。


その作品(毎)によってもそうだけどもずっと観ている内に

色んな発見があって

暮らしもそうだしファッションもそうだし

人間性もそうでしょうけどもそういうものが色んなところにこう

風景もそうだけども、そういうものがたくさん散りばめられている

玉手箱みたいな映画じゃないかなってすごくよく思うんですけれども。。。


(司会)

ずーっとそんな作品であり続けるのかもしれませんねー。


ありがとうございます。


それではあのー、せっかくですので会場にいらしたお客様も

どうぞご質問のある方手を挙げて頂けますでしょうか。

係りの者がマイクを持って伺います。


如何でしょう、あっ!一番前の方です。どうぞ。



(質問者)

○○テレビの○井と申します。お2人に質問なんですけれども

お2人にとって一番思い出深い寅さんのシリーズは

どのシリーズでしょうか。


(司会)

あー難しい質問かもわからないですが・・・


如何でしょうか?


(山田監督)

うーん・・・それはなかなか・・・

自分でも決められないですよね。


できの良い悪いってのもそれはあると思いますけれども

できが悪くても、できの悪い息子が可愛いってよく言いますけれども

あの映画あんまり上手くいかなかったなぁ、

だけどあの映画愛おしいなぁというのもありますしね。


だから・・・ 

一番気に入った作品って言えば第49作目!未完、作らなかった

最後の作品が一番良いに違いないって僕はそう思っておりますけれども。


(司会)

ありがとうございます。


倍賞さんは如何でしょう。


(倍賞さん)

私やっぱり一番最初の作品が一番印象に残ってますね。


(司会)

強烈な印象?


(倍賞さん)

ハイ。


渥美さんに「さくらー!」って言われた時の

「ドキッ!」とした時の

それを今でも思い出すと「グッ」ときます。


(司会)

ほぉー、それで26年間48作プラス1作という大変な長さで

そんな風に思ってもみなかったんじゃないですか。


(倍賞さん)

そうですね。はい。


(司会)

という事ですが宜しいですか?


ありがとうございます。



(司会の方が次に移ろうとした瞬間、声を被せるようにして山田監督から)



(山田監督)

あの~、「さくら!」・・・「お兄ちゃん?」「そうよ!」って言う時の

最初のキーがわりに低かったのかなー、渥美さんの声の。


だから僕、「もうちょっとキーを上げて下さい!」って

もうちょっと上げて下さいって。


「そうよ!」っと高い声出した時に

それでね、寅さんの芝居の基調がね・・・決まった!って気がしたね。


(司会)

どんな「そうよ!」だったか・・・


(山田監督)

一番最初は(低い声で)「そうよ」っていう・・・。


(倍賞さん)

普通の(落ち着いた声で)「そうよ」っていう。。。


(山田監督)

そうそう・・・。


それをもっと高い・・・キーをもっと上げてくれと。


(倍賞さん)

私が「お兄ちゃん?」って言うと

(普通に淡々と)「そうよ」って言ってたのが段々こう上がっていって


(山田監督)

頭(手で頭を指して)・・・ここから出るような

「そうよ!」って言って欲しかったんですよね。


(倍賞さん)

(高い声で)「そうよ!あんちゃんよ!!」っていう。。。


(司会)

それはですね、是非お帰りになって皆様

1作目の映画を観て頂くと良いかもしれませんね。


とりあえず1作目の印象というのは素晴らしく印象に残っている

・・・という事でした。

他に如何でしょうか?

是非あのー、こんな機会は滅多にないので・・・。


あっ!いらっしゃいます。

1列目の方です。


(質問者)

○○新聞の高○と申します。

監督にお伺いしたいのですが今回のHDリマスターを監修された時の

感想といいますか印象をちょっとお伺いしたいのですが。



(山田監督)

うーん・・・

(深く考えて・・・)


久しぶりに見る作品も結構あるんです。10年ぶり、20年ぶりにねぇ。

やっぱりたくさん作りましたから。


見る回数が多い作品と、ほとんど観ない作品とがあるんですけれど。


「あっ、こんなショット撮ったんだ!」とか、

「こんな芝居、したんだ」とかいう

発見が僕にはあってとっても楽しかったですね。


それと、作った直後というのはつまり色々失敗した事だらけで、

あそこもいけない、ここも良くないっていう風に

後悔ばかりしてるもんなんです、今でもそれはそうなんですけれども。


こんだけ時間を置いて見てみるとある新鮮さがあるんですねぇ。

良いなぁって思う。


まー、僕も若かったこともあるんだけれども。

今の僕じゃできない事を、そりゃ下手なところもありますよ。

拙いなー、今ならあんなことやらないのになぁ、と思うところもあるけれども

それよりも、今の僕にはできない何か瑞々しい、こう、感性みたいなものをね、感じて

とても珍しいものを観るように観ましたね。



(司会)

本当に映像も音もクリアに・・・



(山田監督)

そうですね。

今もドルビーサウンドにならないのはとても残念ですけれど

音も随分キレイにした・・・。


(司会)

倍賞さん、嬉しいですよね?


(倍賞さん)

そうですね。


(司会)

そうですね~!

よろしいですか?


他に如何でしょうか。


あっ、2列目の方です。お願い致します。女性の方。



(質問者)

○○テレビの○○の○本と申します。

先程の「そうよ!」の所についてもう一度お伺いしたいんですけれども


声のキーを高く上げる所で、以前も何か別の作品で監督が

女優さんに演技指導なさってたこと聞いた事があるんですけれども


「そうよ!」という所の低いよりも高いキーで言うところの

何か理由というか、意味をもう少し教えて頂きたいのと、


あと、倍賞さんに質問なんですけれども


そのー、男はつらいよの中で何かこう

監督に演技指導されたところで想い出に残っていらっしゃるところとか

面白かったエピソードとかがありましたら教えてください。



(山田監督)

まーあの、男がいい声を出す時はやっぱりバリトンなんですね。

低い声で言う。


女性を口説く時なんかも低い声で言う方が女性には良いと勝手に男は思っている。

で、だから俳優さんの声って普通のスターの声はみんな低いんですよ。


フフ・・・(笑)


だけど、あの場合はもう、思い出して欲しい、思い出して欲しい、と

思っていたらようやく思い出してもらえた。


「わーっ」っと嬉しくなってきちゃったっていうんだから

そんな良い声なんか出している時じゃないだろうと僕は思ったわけ。


だからうーんと高い声で「そうよー・・・」と言って欲しかった。


で、そん時に渥美さんが何か掴んでくれたんじゃないかと思う。

この車寅次郎像っていうのをねぇ。

そんな風に思いますね。


だから声の高さ、逆に言えばもうちょっと低い声にしてください

とかいう形で演技指導することはよくありますよ。


(司会)

よろしいですか。


はい。

倍賞さん如何でしょうか。


(倍賞さん)

今、思ってたんですけども「そうよ!」って

もう上ずっちゃってる「そうよ!」なんですよね。


(かなりの裏声で)「そうよー!」ってこう・・・


(山田監督)

バランスが崩れちゃっている。


(倍賞さん)

そう、バランスが崩れちゃってる。


(山田監督)

普通の発声じゃあなくなっている。


(倍賞さん)

そうそうそうそう。

あのー、それで、私の質問ですよね。

いつもよく私怒られてばっかりいたの・・・


とても素敵な時っていうのは真面目なシーンでも可笑しくなっちゃうんですよ。


とっても素敵で。


それでよく笑っちゃって。

それでふいて・・・それでよく叱られていたんですね。


「笑わないの!」って言ってる監督が大体が笑っていたんですよ。


「カットォ~」と言いながら笑いながら「カット」を出して

それがNGになったりすることもあったんですけれども。


一番それがでも楽しかったですね。


お芝居していながら、台詞以外の時に・・・

これは何と言うんでしょうね。


監督にいわれた、と言うよりも渥美さんとお芝居をしていて

全然違う次元のくだらなぁーい事で

お互いの顔の表情の事で、その鏡を下に置いてこんな顔したら

どうなるんだろうね。って。


待ち時間にそれで遊んでいるうちに

2人で可笑しくなっちゃって。


それでまた叱られたりとか

そういうことがたくさんありました。


叱られたことが。ハイ。



(山田監督)

いつかビートたけしさんが言ってたけれども


渥美清さんという人は笑わせようと思うと、もー(こちらは)可笑しくなるんですよね。

これはスゴイ、何も言わないでもねぇ、(皆を笑わす)うーん。


(倍賞さん)

あのー、そうでした。


私がね、とっても面白い花咲か爺さんの話があったんで、その話をしようと思って。

それが初めて聞いた時、とっても面白かったから

絶対これ渥美ちゃんに言わなきゃと思ってね。

それで会った時にそれを先ず話しだそうと思ったら

それよりも自分の方が話す前に思わず笑っちゃったんですよ。


(山田監督)

そうそう、そういう事ってあるよねー。


(倍賞さん)

そう、そしたら

(渥美さんの真似をしながら)

「お前バカだなぁー、ちっとも面白くねえよ。」って言われて。


(会場笑)



(倍賞さん)

(渥美さんが)本当に面白い話ってのは人が聞いて面白くなるんだぞ!



(山田監督)

でも、でもね、面白い話しようとして

「あのね渥美さん」って言うともう可笑しくなっちゃう。


(倍賞さん)

そうそうそうそう。


(山田監督)

まだ何も話していない。

でもね何となく可笑しいんですよ。


そうするともう話さなくて良くなっちゃうんですよ。


(倍賞さん)

そうそう、わかっちゃう。

(山田監督)

じゃあ、何のためにその会話があるかって言えば要するに

あるひとつの事について共感し合いたい。


まー、それは感動するにせよ、泣くにせよ、笑うにせよ

そのためにするわけだから


一緒に「あのねー渥美さん。」といって一緒に笑い出したら

もう)話する必要が無い。


それでもう楽しくなっちゃう。


(倍賞さん)

そうそうそうそう。

そうですね。


(司会)

はぁー・・・なんか凄くその頃の撮影風景が目に浮かびますねー。



(山田監督)

そうねー、よく皆で笑いましたよ、現場でねー。



(司会)

あのー、何だかすごく素人の質問ですが

そうするとアドリブと言うようなものではなく

やはり監督がこう演技指導なさるんだけれども雰囲気がもう・・・



(山田監督)

うーん、あんまりアドリブは無いんじゃないですか。


(倍賞さん)

そうですね。


(司会)

何ともいえない雰囲気が作り出されていく。


楽しい現場・・・だったんですね、そうすると。


(倍賞さん)

(わざとらしくクールに少し低いトーンで)そんなでもないですよ。


(司会)

そ、そんなでもない??(笑)


(倍賞さん)

厳しい現場でもありました。


山田さんがやっぱり違うと思っていると「もう一回」

「もう一回」、「もう一回」・・・


「あら、まだやるのかしら。」って思ったりすることが多々ありましたし

その中で、もちろん楽しかったですし・・・


私が一番印象に残っているのが

まだ「とらや」って呼ばれている時に渥美さんとこういう風に話をして


で、こっちにキャメラがあって向こうの通りを人が自転車に乗って

こう通っていくっていうカットで、2人で台詞のやり取りをしてたら、


監督が突然 「違う、違う、違う、違う!!」


(驚いて)「え!?何が違うんだろう???」って言ったら

私たちのことを通り越していって


その表のところに歩いている人に向かって

「君は歩き方が違うだろう!」って。


「何処から来て何処に行くの?お腹すいてるの?

誰か病気の人が待ってんの?」って仰ったんです。


で、それはあの歩き方ひとつ、


「あっ!そうか。それによって歩き方って違うなぁ」って



(司会)

なるほどー。


(倍賞さん)

そんな人のことをみながら自分がこう監督がそういうところで

演出しているところを見て学んでましたけど・・・。


(今)突然思い出して・・・


もー、あん時怖かったですよ。違うよ、違うよって言って。(笑)


(司会)

はぁー・・・(感心しながら)


寅さんの台詞覚えているファンの方多いんですけれども、

その細部まで今度は是非ですねもう一度繰り返し繰り返しね

その綺麗な映像であのチェックを皆様

よろしくお願い致します。


えー、ということでお二方にお話を伺いました。


えー、どうもありがとうございました。




・・・以上で発表会は終わり。



この後、取材用の撮影が行われ

その写真がネットやテレビ等で掲載されたのである。