寿金大中(ことぶきこがねのだいちゅう)
マスメディアなど無かった江戸時代の広告宣伝は、看板、絵の中にそれとなく店の名前を書き込んだり、歌舞伎の中に商品や店名を織り込んだりしたが、景物本と称する広告宣伝雑誌があった。
教材で取上げたものは玉屋と云う化粧品屋が、当時人気の歌舞伎や浄瑠璃の場面に駄洒落を交えて商品の宣伝をしたもので、店先や商品購入者に無料で配布したものである。
寿金大中(ことぶきこがねのだいちゅう)
春水作
国貞画
当ル未の新板
p1
柳ハ染布簾に翠をなし、花ハ紅看板にくれなゐを見ず
その色々の御化粧道具、油小間物の類まで、年来老舗の
店ほどありて、麁末な品ハ決してないと、主顧がたの御贔屓
うけ、替らぬ色の松金香、実に看板に毛筋立など、うそは
ごんせぬ、本町の、御存じ知られし角店を、こたび普請を倣
せしと言ふより、売初の景物に難がな御慰になる、草子を編め
との需に応じて、山東翁の前作に效ひ、狂言づくしの見立
物、こんな作者と茶ぶしになさらず、こいつハゑらいえら趣向
と御覧の程を願ふになん
安政六ツといふとしの吉事を菊月の中旬
為永春水記 花押
光り増す玉屋の見世に おとくいの
こがねの品をちらず売ぞめ
P2
私見世の義ハ本町二丁目角にて、としふるく紅その他
おけやう道具いつしき(一式)商売仕りまするところ、
明る二月のうりぞめより、はつゆめに見たふじの山
など、おとくいさまの御用をかうむり(蒙り)むうが
(冥加)しごくありがたく、よつて先年京伝老人の
作にて、七福人(神)たちの茶ばんをいたす、くささ
うし(草双紙)を、うり出しのけいぶつ(景物)に
さしあげましたるところ、ことのほかぎょい(御意)
にかなひ、いよいよはんじやう(繁昌)仕りますれバ
このたびハ春水にしゆけう(手稿)をたのミ、店に
ありあふしろものが紅ハ紅、おしろいハおしろいと
めいめい(銘々)にやくをわりつけ、狂言づくしを
いたさせまするも、ほんのおわらいぐさなど、
わらふかどにおいであそばすふくの神の
おきゃくさまを、御けんぶつ(見物)におねがひまうし
(お願い申し)ながら、くだらぬこじつけくもんく
おめながにごらんのほどをひとへにねがひ
たてまつりますト、家名の玉がまかりでて口上を
もうしあげる、
○がくやにハとうじ(当時)日の出のやくしやしゅ
(役者衆)をたのミ、ふりをつけてもらひますゆへ
いしやうのこのミ(衣装の好み)からしうちまで、
すっぱりやくしやのやうに(役者の様に)できます、
わけておことハり(御断り)申上ますハ画にかきます
のに、たとへ店のしろものでも、おしろいのふくろや
すきあぶらのまげものが、くびになってゐてハ
あんまりいろけ(色気)がないから、これもやくしや
にいたしました、
(中段右)
様々口上に出ましたから、まぜつかへさないで、
だまっておききなさいまし
(中段左)
七いろぐわし(七色菓子)をたかつき(高付)へ
つんで、べんたう(弁当)のむすびをまめ(豆)の
めしにしたところがありがてへ、おほかたおちゃやハ
甲子やだろう
(下段右)
やりをもつてゐねへと、びしやもん(毘沙門)の
やふに見へないから、もつて□□□へが、見たなら
やりやりごくらう(御苦労)といふだらう
(下段左)
寿老人さまがた、お女中さまがたハあとより
そろそろおかへりもふるいしゃれだ
P3 (仲之町鞘当の場)
序幕ハくも井こうといふあぶらが(云う油)
くもゐにいなづまと見たてて、ふハばん左衛門の
やく(役)まハり、三ツ櫛が三ぼん笠のもん(紋)から思ひついて、
なご屋山三、そうはう(双方)たんぜんすがたにて両はなミち
よりいで(出)、例のせりふになる、
くもゐ「とほからんものハおとくいさまのごふいちゃう(お得意様
の御吹聴)にきけ、ちかくハよつて三ツぐしのめにも見たての
くぁんくわつでたち、いまりくこう(流行)のあぶらやへ、にほひ
くるひとみせさきを(店先)をくぐれハ、たちまちごくやす(極安)
下直、たせうにならぬあきないハ、
三ぐし「たぼのかたちのかミたちが、たへなるつやか、すきあぶら
さゝいろ、べにやおしろいの、いろにいろあるそのなかへ、
つげの木ぐしか、あらぐしに、
くもゐ「それとしらずや、うりだしのはじまりみたり、かどのみせ、
せきにせかれて代物をうられてかへる客姿、
三ツぐし「ふへるとくいや、ぜにのあめ、うれにぞ、うられし店の富、
くもゐ「ならバかたなぎ繁昌ハ、
三ツぐし「たがひにはでのうりくらべ くもゐ「ひがしにつくぞ、
三ツぐし「にしにふじ、
両人「山とうりこむかねまうけト、このせりふがすミ両人
ぶたいにかゝり、いつものとふり さやあてのしうち(仕打ち)
ありて、 さうほう(双方)たちまハりになるところへ、楊枝はみがきが
茶屋女のこしらへにて、とめにはいり、両人のかたなを▲
▲はこぢやうちん(箱提灯)にておさへながらせりふ
楊枝「まアまアまつてくださりまし▲△
▲△をなごだてらにふさわしいふさようじとも
おもハんしゃうが、しらはの
なかへべにいりハ店のかでんのじゃ香いり、口中
一ツさい、なにごともうがひのミづにさつぱりと
ながしてあづけてくださりませト、
この見えよろしく幕、
せりふハいづれもこじつけなれど、しらはにようし
はみがきといふのおちがくる、 *白刃 *白歯
くもゐ「おひらハひさきまんじやのおいらんと
おんなじなたから女がたおX
Xつけられそうなところを、かたきやくでハ
ちつとしうちをかたあぶらでやうすハなるまい
三ツぐし「がんがん三ツくしといふから、かりがね
ぶん七でもやりたいところを、ぬれつバめのいしやう
(衣装)でハ、けんぶつのうけがどうだかしらん
P4 (お染久松)
今もむかしもかわらざる名代ほどある店ひさし、
おくれ道なる人迄も又たちかかる店の売れつもりのうへの
売物もこゝで玉屋の安売ハ心を紺に染のれん、人目
つゝみに買ものを手どり手とりてゐたりける
こゝハくこねりの油がおそめのやく、松の尾といふおしろいが、
松といふところで久松、じやうるり(浄瑠璃)ハ清元、紅寿、
太夫あいつとむる
じやうるりのふしのとが、ちゃぶしのやうにつやがあるのと
すきぐしのやうによくとふる(通る)のでけんぶつが
ぐつとうける
「おそめさま おなたハやつぱり 山のやうに
おかハれ(買われ)なされてくださりませ
P5 (寿曽我対面)
このまくハくろあぶらがくらうすける、といふところで
工藤すけつね、しらぎくといふびんつけに一チ
ばんといふ名があれバ十郎すけなり、はこいりの
てうじかうがはこわかといふ見たてで五郎ときむね、
いづれもごくこじつけたやくわり(役割)にて、まくがあけバ五郎の
せりふ、てうじ香「けふハいかなる吉日にて、日ごろかひて人
ほしいといふふくの神をせがんだ
かひあつて、今かふハうどんげのはな、まちえたる
けふのうりぞめ、しいれハかミがた(上方)
みせハ江戸三がのつねに、お女中さまのおかほ(顔)にえがく
ふじびたい(富士額)、そのゆきの玉たま
あられ、じせつをこゝに松の尾や
今ふきはいるあまつかね、いわひにいわふよろこびの
さかづきてうだい(盃頂戴)つかまつツてござる、
しらぎく「コリヤかならずそまつのないやうに、なほ
しろものにねんをいれ、ねだんをさげてミなさまへ
てうじ香「がつてんだトこれよりきゃうだい(兄弟)
とすけつねがさかづきのとりかハしもおしろいと
あぶらだけのりがよくて、つやもあり、そのしうちが
しゆびよく (首尾よく)▲
▲すむと、又すけつねのせりふになる
くろあぶら「思ひいだせバをゝそれよべに、かんばんの
あかざハ山おきやくさまをバこだてにとりあてるやさき(矢先)へ
あやまたず、くら(蔵)を山ほどたてつらね、馬荷もどんと
もちこミの
しらぎく「五ツや ▲△
▲△三ツのくらよりも、思ふ存分やりあてて
くろあぶら「江戸一ばん X
Xはんじやう(繁昌)なし
しらぎく「そがの十両すけなり
くろあぶら「又もはこいり(箱入り)よくうれて、
てうじ香「おなじく五両ときむね
くろあぶら「さてこそきゃうだい(兄弟)かがミ(鑑)たて、
おけしゃうだうぐ(御化粧道具)小間ものるい、
ハテめづらしいやすうり(安売り)じやナア
作者曰「おしろいのたいめんゆへ、さしづめけハひざかのせうせう
(化粧坂の少将)がだしたいところだが、大いそぎのとらでしたゝめ
ましたから、あさひなの引とめておくこともできませねバ、そこを
いちばんおつこてへて、ごけんぶつをくださりませ *我慢した
P6
こゝにてハ玉あられといふ
おしろいがたまやのじやうるり
しよさごとをつとめる
まくがあくとれいのきよもとの
めうおん まことにきゝごとなり▲ *名音
▲たまやといふのがいゑ名に
はまるのでおちがくる
上るりのもんく「さアさ よったりきたり
かふたり ひゃうばんのたまや たまや
あきなふしなハ八百八いろ、まいにち
日にち おでいりのおきやくしゅ、よせて
すきずきに、お目にかけねのないしろものハ
こんどしだしじやなけれども、お女中さま
のおたしなミ、ごぞんじしられし玉あられ
てつぽだまとはことかハり、おかほにけがの
ない、おしろいのきゃくハさまざま
おほがね こかね うりだめハ
その日その日のうれしだい
おしろいの後見に、えりおしろいのはつちりが
はなのつゆといふ、けしやう水をゆのミへ
ばつちり いれてひかへてゐる
「えりへつけるおしろいといふところで
さくしゃがおいらをこうけんに *後見
みたてられて、なんだかやくハ *役
やすいやうだか、これでもふだんむすめ
こどもにひゐきにされるところハきつからう
P7 菅原伝授手習鑑 寺子屋の段
すがわらでんじゆ手ならひかがミ てら
こやのだん、はじまり さようト
口上がありてまくがあけバ、まゆはけが
はけといふところからぢぐつて、はけべ
げん蔵、たぼさしがにょうばう(女房)おちよ
まつがね香といふあぶらが、松王のやく
いつものしうちをたつぷり見せて、おゝつめが
けん蔵がきつて(切て)かゝらうといふ
ところを、大こく
さまのこづちをかりてうつてけれバ
おちよもいつもなら、手ならひぶんごで
うけやうとするところを、みせのぜにばこの
いつぱい▲
▲はいつてゐるやつを、うんといってさしあげて
小づちをうける、こゝがぜにばこに実があり
のだんといふ、がくやおちのちやばんと見へたり
「べにおしろいも、のこらずかん中せいでござります
といつても、かんしうさいといふこじつけに◎
◎いきそうなものだのに、なんだかこの
ままハおもしろミがすくないと、べんてんさまが
わらつて見てゐる
げん蔵「しながよけれバおや子ぶんとも
ちよ「かねてしハれの京おしろいかふと、さだめて
おりますわいなア
松がね香のあぶらのふくろに、はいりしを、
まつの小ゑだにぶらさげて、もって出ながら
「うれハとミさかへハかねの世のなかに、べにとて
かずのうれさかるらん
にようぼうよろこべ、あぶらハミやげにかつたハやい
P8 積恋雪関扉 舞踊せきの戸
さて此まくハせきの戸の上るり、
太夫ハときハづ、かもじ太夫あいつとむる、やく
にんハくろあぶらが大とものくろぬしといふ
ところで、せきべゑ、小町香がさしづめ小まちの▲
▲やくにて、しょさごとはじまる
上るり「いつたいあたまのふうぞくハはなにも
まさるかミかたち、あつらひ◎
◎まゆはきやすくして、またとあるまい上もの
ハ、おぶけさんがた、お女中さん、おほくのきゃく
にみとめられ、ただハうらせぬはづなれど
そこをいろいろはたらくハ、きたる
うりぞめ、たいていハせうちじや(承知)あるまいか
△トもんくハいたつてこじつけなれど、かたる人が
かもじ太夫だけ、こゑのほそミにつやがあって
きやうげん(狂言)にぐつとあぶらがのる
「このゆふぐれまで、たへまなく、ともをもつれて
おほぜいづれ(大勢連れ)、このみせの戸へござつたハ
なんぞしこたまかつてやろうと、いハつしゃるのか
「アイわたしやみせびらきに、かひものゝもの(物)
はやふかハしてくださんせ
〇玉あられにくるきゃくでハなし、
まんざらしらぎくのかほでもあるまいのに
べにべにと、まつがね香にさせずと、手のすき
あぶらにうつておくれト、お客様なら
おつしゃるところだ
P9 二十四孝狐火の段(人形浄瑠璃)
こゝでハ二十四孝きつね火のだん
ゆきの玉といふおしろいが、やえがきひめ、
ミのかもじがかつより、ねれぎぬのやくが
べにぞめの手ぬぐひがあいつとむる
これもずいぶんこじつけのやくわりなり
ことば
「まうし、かつよりさま、おやとおやとが
いり用にかいし、やうすをきくよりも
よめいりする日をまちかねて
おまへのすがたをまきゑぐし、させバ
さすほどうつくしい、こんなたまやによいくしの
上るり
「直(値)ハひけなしの家風ぞと、月にも
はなにもおなじミハ、けしやうのはへる(映える)
てうじ香、かほりもめいよとなつたるか、けわい
しようとて、おしろいのべにハはづしハせぬ
ものを、せわしいみせのまつがね香、ぜにかね
いくらもあるならバ、かハふとたんといくこゑも
おこゑがきゝたいききたいとどざう(土蔵)のかべも
ねりきよめ、どんとしやうばい(商売)さかへるける
上るり
「ミのかけがすがた見まがふ ながかもじ、ゆうゆう
としてひとまをたちいで
ことば
「われハきんかんのもといに ゆわれ、人のおもてを
わがやがせしを、それとしつて かいこみこしが
またハしらがのそめあぶらか、ハテなんにもせよ
かひてが見へた
ぬれぎぬ「すミのうけさま、ゑもんつきなら
かもじのつけやうお大小のさしぐし
から にほひぶくろの にほひまで▲
▲にたとハ、おろかやつぱり そのまま
わたしや りんじに御用だそうな
P10 娘道成寺
大詰ハ京がのこ、むすめハだうじやうじ
このまくハ京おしろいが
つとむべきはずのところを ひがのこの
まげひもに やくをゆづつて つとめさせる
小ぎれにハずいぶんたいやくなり
そのほか太夫れんぢう(連中)そうでがたり
にてまくがあく、もつともはなやかにて
みものなり
うた「かねにうれるハかずかずござる、しよやの
かねに うるときに、しょほうむしやうとうれる
なり、ごやのかねにうるときハ、むしやう
めっぽうにうれるなり、しんしやうの(身上)
きらくにハ、そうべつべつに入用ハかくべつ、
げぢき(下直)にあげるなり、きいてよろこぶ
人ばかり、己れも御用のかずふへて、しんしやうの
よきをながめせしまん▲
▲うた「いハずかたらず ミなこゝへ かひに
しまだのわげくゝり、くれないハただ
うれがよく、どうでもをなごハきゃくじやものト
これよりいつもの とふりのしよさごと
見ごとやりあてた
ひがのこの おほでき、ずつしりもふけたうりぞめに
くらのなかへの かねいりまで めでたくすんで
せんしうらく まずこんにちハこれぎり さよう
めでたし めでたし めでたし
P11
為永春水作 梅蝶楼国貞画
目出たさの つもる 千歳万歳は
これぞ 手箱の玉屋なりける
「大こくさまのこづちから うぢだしのたいこの
おとドンドンドン おきゃくもドンドン かねも
ドンドン うれもドンドン ひょうばんも ドンドン
もひとつまけて ドンドンドン
私店の義ハ年久しく御得意さまの御贔屓に預り、日増
に繁昌仕り、此度の普請をなししも、全く大江戸の
御光りと冥加至極難有、依て何がな御礼をと、その
売初の景物に吉例なれバ、七福神を書入ました草子を
バ、御笑草に差上候、此うへにも宝船にて積込程に
いろいろと仕入を致し置ますれバ、七福よりもまだ多き
八百八町のお客様がた、相も替らず幾久しき御用を
沢山奉願上候
一小町紅 一松金御すき油
一雲井御びん付 一紅入御すき油
一松金香御びん付 一枸杞御すき油
一枸杞練御びん付 一雲井御すき油
一しらぎく御びん付 一松金御水油
一玉消嶋御びん付 一枸杞御水油
P12
一丁子香御白粉
一白牡丹御白粉
一松の尾御白粉
一雪の玉御白粉
一玉あられ御白粉
一五大力御白粉 、
一小町香御白粉
是はうす化粧にて御年より様がた御用ひ、御目に立
不申、うつくしく相成候事玉のごとし
一かほに香油薬
一玉椿香油薬
御化粧御顔一切によし、御きめこまやかにして
あれる事なし
ぱつちり
一唐焼御白粉
一御匂ひ袋品々
一御長掛御かもじ
一御中掛御かもじ
一御二のわしなじな
一小枕付御かもじ品々
一御はみがき
一御やうじ品々
一茶ぶし
一生ぶし
一御根うけ類品々
一御手あらひ粉
一梅花御水油
一いぎりす御水油
一しらしぼり御水油
一ごま御水油
一椿御水油
是ハふけをとり、御毛ねばり不申候
一花の御水
一御化粧水
近年所々にて売々致し候ハ、ただの水に匂ひ
を付ケ、何のおためにも不相成にせ水相見え
申候、私方にてむかしより売弘メ候ハ、本方
にして御顔の御薬第一に製法仕り候へは
其外々の品御つかひくらべのうへおためし
可被下候
一まき絵くし類品々
一さしくし類品々
一三ツくし類品々
一毛すぢ立類品々
一たぼつし類品々
一丸わげ類品々
一かみはげぬ粉
一文七禿結品々
一万小間物類品々
京都出店 日本橋通本町二丁目角 たまや
出典: 電通所蔵本