きのふハけふの物語上
きのふハけふの物語上
一むかし天下をおさめ給ふ人の御内にばう *傍若無人
しやくぶじんなるものどもあつまりて
禁中へ参りてぢんをとらふといひて *陣
やりのいしづきをもって御門をたたく *槍の石突
おつほねふたふたと立いで給ひて申
さるるハ、これハ、たいりさまと申てたや *内裏様
すくげヽの参る所にてハないぞ、いそ *下々
P2
ぎいづかたへも参れとおほせけれハ、この家を
ぢんにとらせぬといふりくつのあらば *理屈
ていしゅ出てきつとことハりを申せと *亭主 理
いふた
一おたの信長公ときどきけうにだんこき *織田信長
こしめす、よく参るとて京わらんべ共 *京童共
うへさまだんごと申これを一だんと、そ*上様団子 一段
こつなる御小姓御まへちかきところに *粗忽*近き所
て、このよしをざうたんしけれハ、これ
をきゝ給ひて御ふくりうなされ、すで *腹立
に御かんきをかうぶらんとせしを、一けい*蒙むらん
道山御とうじやうあり、御尤の義にて *登場 *一渓道三
は候へとも、世情にさやうに申事かへつ
て御ほまれにて御座候、其ゆへハむかし
てんしちまきを御らんじて、一段おもし *天子粽
ろきおりちよくぢやうあれバ、それより *勅諚
P3
して。京わらんべともだいりちまきと今 *童、内裏
に申ならハし候と申上られ候へは、のぶ *信長
なが御きげんなおり、右御小姓御しや *赦免
めんなさるゝなり、惣じてうへうへの御 *御側
そばにこれ有人ハ万事にきづかひを *気遣い
いたさう事じや
P4
一ある人寺へ参る、長老御覧じて、さて〱
きどくの御参りとてしやうじ給ひて *奇特
先々御ちやしん上申せ、もみぢにたて *お茶進上ゝ
参らせよとおほせらるゝ、此人聞てふしん *不審
して色々あんじてもがてんゆかず、いや *合点
いやとふハ一度のはぢとおもひ、長老さま *恥
にとひ申せハ、こうようたてよと申事ぢや
とおぼせける、尤と合点してかへる、知
人の所へ立より、此事いふべしにて、小姓
衆御ちや一ふく給はれ、もみぢにたてゝ御
意にかかられよといふ、ていしゅも小姓共
もがてんゆかず、いかなるいはれぞとたづ
ねけれバ、こくよくといふぎりじやといは
れた
P5
一いなかよりはじめて京へ上りたる人三 *三条
でうあたりに宿をとり、東山へけんぶつに
出るとて、下人をよびよせ、京ハ家づくり
おなじやうにて、見しりにくひぞ、なに
にても心じるしをしてよくおぼえよと *心印
いひ、つくる心得申たるとうけごうて、さ
て方々けんぶつしてかへり、そんそくとれ
とてさきへつかひけれハ、あんの如く、忘れ
て、ここかしこをたづねあるく、されバこそ
とおもひ、しるしハととへハ、いな事じゃ、見
へぬといふ、なにをしるしにしたるぞととふ
いやたしかにかどばしらにつはきにて *門柱、唾
かきつけをしてをきたるといふ、さたのかぎ
り、それがやくにたつ物かとてさんざんに
しかれバ、またしるしかあるといふ、ほかの *他の
なにぞととへハ、やねにとびかとまりて *屋根、鳶
P6
いたが、これもをらぬよ
P7
一ある人寺へ参りて長老さまといへハる *留守
すじやと申、はるばる参りたるに御残お
ほい事とて、しばらくやすらひけるに
折ふしたけの子時分なれバやぶをのぞ *藪
きまハれバ、長老さまハ見事なるがん *鴈
のけをむしりて御座有、そろりとそ *毛を毟り
ばへより御見舞に参りたるよし申
せば、長老ぎやうてんして、さてさて此*仰天
鳥のむくげをまくらにいれ候えハず
P8
ふうのくすりじゃと申程に、か様にいた
すがなにとしても手なれぬ事ハ
ならぬ物じやと仰らるゝ、だんな聞て
それハやすい事で御ざある、是へくだ
されよとて、くるくるとひきむしり
けをバをしよせて御枕に御入候へと
て、此鳥のミハこなたにいらざる物よ
とてやがて取て帰りしやうくわんす *賞翫
P9
一有人もっての外に煩、ぞんめい不定の時 *存命
女房を近づけて、此分ならハ二三日中に
しなんと思ふなり、あらば名残おしく候
P10
又いかなる人にかそひ給はんとおもへハ是 *添
のミ心にかかるといふ、女房聞て、それハ
御心やすくおぼしめせ、しぜんのこともあら
ば、かミをそり後生一へんにして御あと
をとふらいひ申候べしといふ、おとこ聞て
それハまんぞくにて候、さりながらかミハ
そりても又はへるものなれハおなしくハ
我らがいきのかよふ間にそもじのはなをそい
て見せ給へ、さあらバあとしき家くら其外
ざいほう一つも残さず参らすべしといふ
それハやすき事とて、みづからはなをそい *易き事 *自ら
て見せけり、此上ハ心にかかる事もなし
とてかきおきなどをこまごまとして女房 *書置
にわたし、しするをまつばかりなるが、此二*死する
三日ちとしょくがすすむ、心もかるくなる
などといふ内に、やがて本ぶくして、さてさて *本復
P11
めでたい事とてひしめく所、おとこ
つくづくとおもへハ此はなそげ殿を朝ゆふ
見る事ハなにとしてもなるまじきと
おもひ、ある時女を近づけて申けるハ、近ごろ
めんぼくなき事にて候へとも、そなたの
はなを見れバ命いきのびてうらめしく候
とて、申かねて候へとそもじハいんきょ *隠居
して給はれといふ、女房聞て是ハおもひ
もよらぬ事をおほせ候、生れつきたるはな
なり共此年月のなさけハ有べし、まし
てそなたのしわざなれハさほど見ぐるし
くおもハバわ殿出よとてぶけう千万也 *吾殿 *不興
おとこ聞て尤りひにまがう事ハなく *理非
候へとも只今までのなさけに是非共いん
きょして給はれといへハ女はらにすへか
ねて、所のしゆごへ申上けれハ、やがて両
P12
方めしだし御尋ねなさるる、其時おと
こまかり出て申けるハさいぜん女ども申
上候通一々いつはりこれなく候、然ど我 *偽り
等わかきものの事にて候へバ、あのごとく成
ものを朝ゆふ見候はん事もめいわくに
存候、先いんきょに仕候やうにとの申分に
て候間、おほせ付られて下され候へと
申せハ、奉行聞給ひてしばらく分別
して、彼おとこのはなをそげと申付ら
るる、此男きもをつぶしにげんとするを *肝を潰し
とらへてずんどそいで彼女にとらせて
此上ハたがひのうらミも有まじきぞと
ておつたてられ、すごすごと帰りけるが *追立られ
男、心におもふやう、いやいや此なりに
てハよき女をまうくる事ハ成まじき *儲ける
とおもひ、ただもとの女になかうどなしと
P13
て、はなそげ二人手を引てかへり、それより
五百八十年まで *長寿を祝い何時までと云う祝い言葉
P14
一ある寺にあハびりやうりのさい中へ、だんな *鮑料理
ふと来る、坊主きやうてんして、此かいハ目
の薬にて候と申が、まがしらにさし候か又
まじりにさし候かといふ、だんな聞て、にく
き事とおもひ、それハ目により候、我ら
見くさして参らせんとて、あふのけに
ねさせてすにしほの入たるわたを大はま *酢に塩 腸
P15
ぐりに一はいほど入けれハ、まなこの玉がぬ
けるとて又躰をなげておめきける、其
間に賞翫して、我等がまなこにハ口からさし
たるがふさうたとてみなしまふた
一又ある坊主のすずのはちにてなますをあ *錫の鉢、膾
ゆる所へ人の来れハ、ふと立てかくさんとす
れど、まぢかくなれバあたまにいただき、ま *先
つ此なりにづきんを・・・するが何 *頭巾
と御座らふといはれた
一あづまの人の物語にしなのの国そのはら *東、信濃の国
山にてたび人わるんずをふミきり、とく *旅人 草鞋
P16
さにてつくりてはきけれハ、ひた物に *木賊、砥草
あしのうらがみがかれて、やがてあしく *足首
びばかりになりたるといふ、つくしの人 *筑紫
是を聞て尤さようあらふ、九州にても
あんらく寺のけんざんのてんもくを夜ご
とにねずミがきしりけるが、てんもくハ
かたし、ねずミのはがひたものちびて此 *鼠の歯
程ハおばかりに成たるといふた *尾
一きのふ日よし太夫くハんじんのふにすミ *日吉大夫、勧進能
だ川をして、しばい中をなかせた、さり
とてハめいじんじやといふ、ある人これを
聞、あくる日さうさう見物に先せん *千歳ふ
さいふ、翁の舞もすぎて、三番叟
のなかばに、此人さめざめとなく、あたり
なる人々是ハなに事ぞといへはハ、あの
すミだ川があはれにてものもいはれぬ
P17
一てんりう寺のさくげん和尚へ信長公御 *天龍寺
尋ね候ハ、なにとて世間に大ちごをどん *鈍
に小ちごをはりこんにいひならハし候 *りこう?
小ちごのなりあがりハ大ちごよ、ちいさき
時さへりこんならハせいじんにしたがひ *成人
いよいよりこんに成べきがいかがふしん *如何、不審
じやとおほせられけれハ、さくげん聞給
ひて、尤の御ふしんにて候、我等も左様
に存候、しかしながら小ちごの間ハいま
だ里心の御座候ゆへ、武家のりはつ *利発
P18
身につきそふて御座候が、寺じミて後
には長そでのなまぬるき立ふるまひ *長袖=僧
を見なれて、をのづから心をとり申かと
存ると給けれハ、信長事の外御きげん
にて、一段尤の御へんたうやとおほしめし *御返答
けれハ、みな人々かんぜられける
P19
一ある人さんざんに煩、いしやをよびミやく *医者
とらせ候けれハ、是ハ大事の御わづらひに
て候、一義を御ひかへなくハ御薬ハしんずる *進ずる
事成まじきと申されけれハ、其段ハ
御きづかひなされぞ、はや二三年も其かた
は御座ないと云、それハきどくの御事 *奇特
じや、さらハ先薬を参らせう、此かげんを
見てかさねて仰らせ候へと云、御ついでに
女共のミやくをもおそれ申せとて、よび
出す、くすし此ミやくハくわいにんの *懐妊
P20
心もち御座ある、是ハくるしうもおりないが
ていしゅの其きしよぐにて、あのやうなれハ *亭主
中々りやうぢか成まいと申さるる、てい *療治
しゅめいわくして、それハ我らが子にては
御座あるまいといはれき
一あるものむこ入をするとて、先はあん内
のために女ばうをさきへやりける、しう *女房
とまんぞくして様々のよういをする
扨むすめを近づけて申けるハ、そちの
P21
はなににてもげいが有かといへハ、むす
め聞て、たいこが上手じゃが、みなかねを
もちてならひにくるといふ、それハ心にく
い事じや、さらハやくしゃをあつめよと
て方々よりそれぞれのげいしゃをあつ
むる、扨むこ殿御出にて、三々九度のしう *祝言
げん過て、しうと申されけるハ、むこ殿の *舅
たいこ承ハりとよびて候、なにか一ばん
あそばせとて、たいこを出す、大御酒に
たべえひで候へ共、御所望を仕らねハ慮外 *酔
にて候ほどに、そといきさうとて大かた
ぬぎ、かたばちおつとつて、なむあミだ
なむあミだと六さい念仏をたかだかと出しけれバ
座中の人々けうをさましける
P22
一そこつなる若衆、もちを参るとて物数 *餅
を心がけ、あまりふためひてのどにつまる
人々しやうしがりて薬を参らせても、此
もちとをらず、なにかといふ間に天下一の *と越らず
まじなひてをよびけれハ、やがてまじなふ
て、そのままちもげもとを一つたたきけれハ *身柱元 襟首
りうごのごとく成もち三げんあまりさ
きへとんで出る、みな人々是を見て、扨も
めてたい事じや、此まじないちとをそく
は、あぶなかつたが、さりとてハ天下一程ある
といへハ、若衆聞給ひて、さのミめいじんに
てハない、あつたら物を内へ入やうにしてこ *惜しい
こそ天下一よ、二でもないといはれた
P23
一いかにもがんしょくおとろへ、ろうろうとし*顔色
たる人、たけだ法げんへ参り、ちときこん *気根
のおつる御くすりを申うけ度といふ、法
げん是を聞給ひて、扨々御見かけとハ
ちがうたる御のぞミかなと、ふしぎなる
よし仰られけれハ、此のやせ男、いやいやそ
れがしが用にてハ御座ない、女共にあたへ
候と申た
P23
一中むかしの事にや、しなのの国にてある *信濃国
人主人を申入んとておはりのあつたへな *尾張熱田
またいをととのへにつかハしけるが、此つかひ *生鯛
のもの、たいといふ物をしらず、やうやうあつた
につきて、うをや町にゆきいかにもたか *魚屋町
だかとたいうを、たいうをとよはるる、うをや *魚屋
是を聞て、これほとおほきたいをかはずし
てたいうお、たいうおといふハさだめて遠国の
ものよと心え、たいと名付ていかにも
大きなるにしをうる、此ものいそぎ
帰るほどに、殿の御出なさるるあさ参り
つく、ていしゅこれ見て、是ハたい
にてハないぞ、まどひきといふ物じや
というておつかいひの者をさんざんにしかる
はうちやう人是を見て、これハたい *包丁人
にてもなし、又まどひきにてもない
P25
是ハおにのきこふしと云ものじやと
いふ、又あるさふらひの申さるるハ、さたの
かきり、みなみなハ是を御存なきか
これハへふぐりといふ物じやと云
まどひきの、おのにきこぶしの、へふぐり
などといひて色々せんぎまちまちする *詮議
所へ殿の御出て、あるていしゅ御むかひに
罷出、今日の御こしかたじけなきよし
申上る、又御ちそうのためにおハりへさ *尾張
いぜんよりたいをととのへにつかハして候 *鯛
が、たいにてハ御座なきかと存るいろいろ
の名をつけたるよし申上る、さらハそれ
見うとおほせられけれハ、やがて御目 *仰せ
にかかる、主人御らんじて、みなみなは
遠国にすミ候とて是ほどのうをの
名をしらぬか、是ハまどひきにてもなし
P26
おにのきこぶしでもなし、又へふぐり
にてもない、是ハにかわときといふ物
じやと申された
出典: 国立国会図書館 きのふはけふの物語 寛永版上巻より抜粋